//背景//ーーー
新型コロナウィルスの社会の中のウィルス数を減らすためには
ウィルスは人などの生物の細胞の中でしか数を増やせないので
人社会においては人と人の接触機会を減らすことが重要です。
アルファー株、デルタ株でワクチン接種が進んでいない
最も脅威だった頃には
人同士の接触機会を7割から8割減らすように言われました。
そうした状況下でも経済を回していく必要があるので
従来からあったシステムでより普及したのがテレワークです。
パソコンのソフトウェアを使って、ディスプレイ越しに
人同士コミュニケーションがとれるようになりました。
それはビジネスなどフォーマルな場だけではなく
友人関係などカジュアルな場においても活用されるようになりました。
そのようなディスプレイ越しのコミュニケーションは
移動する必要がなく、
時間的にもエネルギー的にも効率が良いです。
特にその場に行く必要がないので時間効率がよくなります。
また、場所の制約もなくなるため、
対人関係においてどこに居住するかという自由度が飛躍的に上がりました。
このような様々な正の側面があると考えられます。
一方、
ディスプレイ越しのコミュニケーションの中で
どこか物足りなさを感じている人も多いと思います。
また、ディスプレイを切って一人になったときに
「急に寂しさがこみあげてくる」といった意見も聞かれます。
ディスプレイ越しでは言葉や表情を見る事ができますが、
3次元の空間、4次元の空間をシェアすることで初めて生まれる
非言語的な「空気感」は無視できない可能性があります。
またディスプレイ越しのコミュニケーションでは
提供する事が出来ない「触覚」を使ったコミュニケーションもあります。
あるいは、一緒に同じ食事を共有する事もできません。
-
ディスプレイ、オンラインを使ったコミュニケーションの萌芽は
社会において大きな付加価値をもたらしたと言えます。
しかし、今まで当たり前であった「Face-to-Face」の
直接的なコミュニケーションを見直すための時間を同時に与えてくれました。
Lauren V. Hadley, Graham Naylor & Antonia F. de C. Hamilton
(敬称略)からなる医療研究グループは
このような直接的なコミュニケーションの心理学的な生理プロセスを
分析する事は難しいとしながらも、
その理論と方法について定められた枠組みの中で総括されています(1)。
本日はその内容の中で、
上述した背景と
直接的ではないコミュニケーションとの差異を踏まえて
筆者の視点で内容を抜粋させていただき
その中でFace-to-Faceのコミュニケーションの価値について
再考したいと思います。
ーーー
//リズムの共有について//ーーー
新型コロナウィルスの世界的流行によって
様々な芸術文化が影響を受けました。
その典型的な一つが音楽です。
このパンデミック下で生まれたサービスとして
「オンラインライブ」があります。
パソコンの画面を通じてライブを閲覧するサービスです。
しかし、思った以上にこのサービスの主要化は進んでいません。
むしろ、従来の現場でのライブの価値が見直されています。
それはなぜでしょうか?
「Face-to-Face」のコミュニケーションを考える上で
1つ大切とされるキーワードは
「Synchronization」「Collaborative task」です(2,3)。
つまり、リズムを共有するということです。
このリズムというのは人の健康において非常に重要です。
〇呼吸
〇心臓の鼓動
〇歩行、走行
〇サーカディアンリズム
〇まばたき
、、、
様々なリズムが体内には備え付けられています。
また、環境のリズムもあります。
日本では春夏秋冬、四季があります。
また、昼夜の太陽のリズムがあります。
それとシンクロする形で上述したサーカディアンリズムがあります。
歩行とリズムではメトロノームで
パーキンソン病の患者さんの歩行サポートを行う
補助的治療もあります。
このようなリズムの共有というのは
私たちが健康で、心が満たされる生活をするうえで
不要不急ではない本質的なものかもしれません。
-
例えば、横浜アリーナのライブ会場にいけば、
1万人以上の収容人数がありますから
その中で音楽のライブを聴くことができれば、
現場において
「価値を共有した社会的な集団、つながりの中で」
様々なリズムとシンクロする事ができます。
単一、少数の双方向性ではオンラインでも可能です。
しかし、1万人以上の規模のリズムの共有は実現できません。
現場で周りの価値を共にする人と
共に一つのライブを観覧することによって初めて生まれる
「Synchronization」があります。
そこに大きな感動が生まれる事があります。
その様な価値がこの2年間のコロナ禍によって見直されたのではないか?
このように考えます。
-
このようなリズムの共有は、感覚、価値観の共有である
「共感」という概念と重なる部分はあるかもしれません。
//空間の相違について//ーーー
1990年代からのインターネットの萌芽によって
私たち人は今までにない空間を手に入れました。
俗に言われる「サイバー空間」です。
サーバー、クラウド上に膨大なアドレス(住所)があり、
それを非常に精緻に、高速で結びつけることができます。
従って、冒頭で述べた様に
位置を超えたコミュニケーションが可能になります。
そのようなオンライン上のコミュニケーションの世界は、
「現実空間」と「サイバー空間」の狭間にいると定義する事もできます。
ディスプレイ上に映し出される自分の姿や周りの風景は
現実空間に存在する物体です。
それを繋ぐ世界がサイバー空間です。
もし仮に自分が完全に現実空間から離れて
人とコミュニケーションをとるとしたらどうでしょうか?
例えば、仮想空間とサイバー空間によって
現実とは全く異なる空間でのコミュニケーションです。
それに対して、どのような感覚を抱くでしょうか?
あるいは、地球とは異なる火星に行って
ある閉鎖空間で完全に生活をするでもいいかもしれません。
そうするとどうでしょうか?
おそらく、一種の「恐怖感」を抱く人もいると思います。
宇宙に行った方の中には
「宇宙の生活は引き算である」
このようにいわれる方もいます。
色んなモノが不足している中での制限的な生活という意味です。
それだけ、地球の現実空間は満たされているということです。
そのような現実空間が当たり前となっている中で
仮にその一部がサイバー空間になると
おそらく「心の不調を訴える」人もいると思います。
サイバー空間になることで不足するものがあるからです。
「触覚」「リズムの共有」「匂い」「4次元情報」、、、
いくつかの不足は考えられますが、
言葉では定義できないものもあります。
例えば、気持ちが晴れない時に、
晴天の天候の中で森林の多い公園を歩いたとき、
そこで満たされるものはどんな感覚でしょうか?
それはサイバー空間や映像情報で全て埋められるでしょうか?
もし、そうであるとするならば、
旅行の一部の価値は失われてしまいます。
「Face-to-Face」のコミュニケーションを
現実空間と定義した時に定説化される概念は
非言語的な感覚的なものも包含されます。
例えば、
「体性感覚(somatosensory)」というものがあります。
これは視覚や聴覚といった特殊感覚と異なり、
感覚器が外からははっきり見えず、
皮膚・筋肉・腱・関節・内臓の壁そのものに含まれるものです。
各種細胞が神経細胞と連携する中で生じる
人の感覚的なものであると考えました。
そうしたものと社会的なコミュニケーションも考えられています(4)。
このような体性感覚は
渡り鳥が集団で空を舞うルール。
(隣の鳥との頭の間隔を保つなど)
これのようにシンプルなものに
従っている可能性が指摘されています(1)。
例えば、メトロノームの音が聞こえれば、
そのリズムに合わせて動作したくなります。
もし、そういった周期的な感覚の発現が
コミュニケーション手段によって変わるのであれば、
当然、そこから得られる心理的な感覚も変わる可能性があります。
ある調査では、大根を擦って、大根おろしを作るときに
メトロノームのリズムに合わせて動作すれば
その作業がない場合に比べて苦痛ではなくなった
というものもあります。
//伝わり方//ーーー
例えば、この文章を読まれている方と
私の中にある認知、認識は間違いなく異なると考えます。
それは観念体系、価値観の違いや
既に保有する知識などの違いに依存します。
あるいは、言語能力そのものによっても捉え方が異なります。
私が参考文献(1)でしているように
特定の情報から敷衍して考える方式をとる方もいるでしょう。
そうした中で伝わり方も多種多様です。
ビジネスにおける正式な場、
プライベートの形式的ではない場の両方においての
コミュニケーションでは
自分の考え、思いを相手に正確に伝えたい
という需要が生じることがあります。
そうした時に、
オンライン上とFace-to-Faceでは伝わり方はどう異なるでしょうか?
例えば、極端な例ですが、
あくびをしながら時間を聞いた(1)とき、
日本の感覚では相手に失礼になりますが、
相手はどうおもうでしょうか?
「時間を聞く」という事に対して
「相手の表情やしぐさ」という付加的な情報があることで
単に時間を尋ねるのとは異なる伝わり方になります。
今ではオンラインの方式でも
ファイルを共有したりもできるので、
コミュニケーションの中での情報量は増えていますが、
その場にいないと得られない付加的な情報もあると思います。
例えば、1対1ではなく全体としての関係性は
場を共有していないと得られない情報です。
単純にはAさんとBさんの画面においてBさんとCさんの
表情の1対1でのやり取りは見えにくいということです。
現場にはもっと他の情報もあります。
生活をしていたら重要な場というのはプライベートでもあります。
例えば、プロポーズをするときに
オンラインで相手にすることはないと思います。
仕事においてもこれからの会社の命運を決める
事業戦略を決めるときには、
オンラインか、Face-to-Faceどちらを選択するかです。
この場合は、両方を共に使うという事も考えられるかもしれません。
//許容範囲//ーーー
例えば、SNSでは通常の直接的なコミュニケーションでは
言えないような事を書くことができるケースが多いです。
それは自分の存在が知られない、相手も見えないからである
と想定する事ができます。
他には歌の歌詞においても、
コミュニケーションの手段が音楽を通してなので、
通常の会話の中では言いにくいことも書ける事があります。
そのような様々な意味での「許容範囲」が
コミュニケーションの手段で変わる可能性があります。
それはオンライン上のコミュニケーションと
直接的なコミュニケーションでも同じです。
必ずしもどちらが良いというわけではありません。
例えば、内気な人においては
オンラインの方が、発言数が増えて
相手の目を見て話する事ができる
という方もいると思います。
//人工的なコミュニケーション//ーーー
医療の現場でも人工的なコミュニケーションの需要は
あるのではないかと推察します。
患者さんの情報を得るときに、
細部まで聞こうとすると診察時間が長くなってしまい
他の患者さんを待たせたり、経営の悪化につながる事もあります。
それに対応するための補助的なスタッフもいると思いますが、
ある程度、人工知能、機械学習を使って
コンピューターが患者さんとコミュニケーションをとって
そのデータを元に診察、検査をするというプロセスが
今後、求められるかもしれません。
遠隔の医療においてももちろんそうです。
そうした時に単に決められた質問をするだけではなく、
上述した相手の体性感覚に作用するような仕組みを
うまく組みこむ必要性はあるかもしれません(5,6)。
その様な仕組みは、鳥などコミュニケーションをとる
生物から学べるところもある可能性があります。
//まとめ//ーーー
今まで当たり前としてあったものが、
一部失われたり、比較対象が生まれる事で見直されることがあります。
まさに今はそういう状況ではないかと思います。
Face-to-Face、直接的なコミュニケーションが
社会における付加価値創出
あるいは自分の心、身体の健康を保つために
必要不可欠な場があると思います。
その様な事を多く経験していない学生さん、小さいお子さんもいます。
その時に、パンデミック下で再評価された価値を
心の片隅に忘れずに置いておくことは必要かもしれません。
(参考文献)
(1)
Lauren V. Hadley, Graham Naylor & Antonia F. de C. Hamilton
A review of theories and methods in the science of face-to-face social interaction
Nature Reviews Psychology volume 1, pages42–54 (2022)
(2)
Sebanz, N. & Knoblich, G.
Progress in joint- action research.
Curr. Dir. Psychol. Sci. 30, 138–143 (2021).
(3)
Konvalinka, I., Vuust, P., Roepstorff, A. & Frith, C.
Follow you, follow me: continuous mutual prediction and adaptation in joint tapping.
Q. J. Exp. Psychol. 63, 2220–2230 (2010).
(4)
Cascio, C. J., Moore, D. & McGlone, F.
Social touch and human development.
Dev. Cogn. Neurosci. 35, 5–11 (2019).
(5)
Hömke, P., Holler, J. & Levinson, S. C.
Eye blinking as addressee feedback in face- to-face conversation.
Res. Lang. Soc. Interact. 50, 54–70 (2017).
(6)
van der Steen, M. C. & Keller, P. E.
The ADaptation and Anticipation Model (ADAM) of sensorimotor synchronization.
Front. Hum. Neurosci. 7, 253 (2013).
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