2020年12月11日金曜日

生体工学ナノ粒子薬剤輸送系統と精密医療(5)

いつも記事を読んでくださり、ありがとうございます。


生体工学ナノ粒子薬剤に限らず、通常の薬剤においても
個人個人の病状に合ったテーラーメイドの医療、
精密医療を実現しようとしたときには、
薬剤の輸送に関しては、
構造的な事を微視的な視点も踏まえて考えていく必要があります。
その薬を患部に作用させる前に
薬剤がどのようなルートで輸送されるか想定する中で
隙間がしっかり確保されているか?
周囲からどのような力を受けるか?
環境との反応による付着物、分解はどうか?
一緒に動いている物質はどのようなものか?
流れの方向、速度、液体はどのようなものか?
そういったことを考える必要があります。
身体の状態というのは
部位によっても違います。
個人差、同じ人でも時間によって揺らぎ、
同じ部位でも細かく見れば偏差はあります。
こういった事というのは、
今の薬剤でも当然影響することで
おそらく薬効に対して個人差、時間的変化はあると思いますが、
それをより精密にしていくとなると
特異性、感受性があがるので
個人差、時間的変化は大きい方に揺らぐ可能性もあります。
そういったことを考えると
輸送のロスはある程度許容して、
ロスしたところは薬効を示さないように
つまりオフターゲット効果を減らすことを考えるほうが
薬の患部への輸送の環境要因による揺らぎを
結果的には減らせるかもしれません。
例えば、
pH、極性、大きさ、化学的性質、物理的性質など
1か所だけを通過するのであれば、
それに合わせた設計をすればいいですが、
身体の中を輸送する際には
血管、リンパ、間質、臓器など様々な部位を通る中で
それらの性質も部位ごとに変わります。
しかし、ナノ粒子の性質をその時に応じて
任意に変えられるわけはないので、
ナノ粒子の設計がかなり絞られるか、
すべてにおいて許容される設計はないかもしれません。
そうした時には、
その薬に対して寛容性が高い場所、働きにくい場所では
そこでの損失を許容します。
つまりそこでの科学的要因を無視するということです。
そのように設計の自由度を選択的に上げるようなことが
必要かもしれません。
あるいは、難しいかもしれないですが
薬の付着物の状態をうまく考えて
上手く性質を変えながら患部まで運ぶ方法はないか?
そういう事も探る必要があるかもしれません。
精密医療をする中で
全てにおいて精密にするのではなく
感受性を上げるところと下げるところ、
正確にするところ、誤差を許容するところ
そういったメリハリの中で
如何に副作用を減らして
患部特異的に狙った薬効を示すか
そういったシステムとしての弾力性も必要になるかもしれません。

Michael J. Mitchell氏ら研究グループは
胃腸、癌組織、脳、粘膜を考慮した
微小環境での輸送の課題について
一つ一つ細かく総括しています(1)ので
読者の方と考察、追記しながら情報共有したいと思います。

/胃腸の微小環境/
胃腸の管はpH、酸性、アルカリ性の度合いが
大きく異なるとされています(2)。
また、反応性の高い酵素も存在しており
化学的な活性が高いために
ナノ粒子を安定に維持する事は難しいとされています(2,3)。
そうした環境の偏差、多様性が高いことから
癌や炎症などによってもその状態は変わり、
ナノ粒子との反応性の異種性は高いと考えられています(3)。
逆に言えば
患部の特異的な環境を利用して
その環境に合わせてナノ粒子を反応させ
分解させるようにすれば、
場所特異的な薬剤の放出が可能になります。
例えば、
傷があるところは温度がやや高いと言われています。
従って、ナノ粒子材料の反応における
温度依存性が高ければ、
それを利用して特異的な分解、放出を実現することができます(4)。

/癌組織の微小環境/
癌組織は基本的にはpHが低く、酸性度が高いですが
組織の炎症の状態によって
その値は変わると言われています(5,6)。
癌組織というのは固形癌の場合は
細胞が積みあがって組織を形成しているので
効果的に働かせるために
その組織の内部に入り込んでほしいという需要があります。
例えば、免疫療法ではT細胞、NK細胞など
細胞傷害性を持つ免疫細胞が如何に癌組織内部に
浸潤できるかというのが鋭意検討されています。
それはナノ粒子を使った薬剤輸送系統でも同じですが、
これまでの研究では免疫細胞と同様に
ナノ粒子の癌組織への浸潤には障壁があると考えられています(7,8)。
その理由として
・癌組織周りにある血管
・間質液の圧力
・細胞外マトリックス
これらが挙げられ、浸潤を阻むからです(9-12)。
しかしながら、一方で
「Enhanced permeation and retention (EPR) effect」
と呼ばれる浸透と保持が増強される効果があります(13)。
例えば、
・大きさが100nm以上
・ロッドの形
・電荷中性に近い条件
・無機の材料
において癌組織の蓄積が確認されています(14)。
他には
・免疫細胞との相互作用
・タンパク質の付着、装飾
・分子的な機序
これらが浸透と保持を強める効果に貢献している可能性も示唆されています(15)。
しかしながら、
その輸送効率の見積もりは
多くの報告を総括する中で0.7%程度にしか達しないという報告もあります(14)。
ただ一方でこの見積もりに対する定量性については
一定の疑問が投げかけられています(16)。
癌組織の周辺、あるいは間には
細胞外マトリックスがありますが、
癌組織の近くは特徴としては
通常の組織よりも密に形成されているために
それに付着したり、妨害されることによって
薬剤の輸送効率を落としてしまうという問題があります(17-19)。
また負に帯電しているといわれるので(20)、
電気的な引力がないようにするためには
電荷中性であるか、負に帯電させることが好ましいと考えられます。
従って、癌組織の輸送を考える際には
血管からアクセスして、微小環境のうち
細胞外マトリックスを介さないルートである
血管に露出している土台である内皮細胞から
機能を修復していくように薬剤を働かせるというのが
一つの戦略としてあると考えられます。

/脳の微小環境/
脳への輸送を考えるときには血管脳関門を超えることもそうですが、
それを超えて脳の領域に侵入できても
細胞外の間質の空間が限られている事
細胞外マトリックスに結合してしまう事から
ナノ粒子による薬剤輸送は阻害されるといわれています(21,22)。
そういった中で
PEGコーティングなど対流を高めるような
表面処理をナノ粒子に施すことで
間質で細胞外マトリックスに捕獲されないようにする工夫が考えられており、
例えば、膠芽細胞種で輸送効率が向上したという報告があります(21,22)。

/粘膜の微小環境/
胃腸、気管、鼻腔、口腔、肺胞など
様々な部位において上皮細胞の上には粘膜があります。
薬剤をこういった組織の患部に働かせるためには
粘膜を超えて細胞まで到達する必要があります。
粘膜は連続的な液体のようですが、
実際にはポリマーが結合していて
10nm~1000nmの空孔があることが知られています。
従って、物理的には浸透する事が可能ですが、
こういった大きさの制約によって
ナノ粒子が細胞に到達する前に捕獲されてしまうことがあります(19,23)。
ナノ粒子とどのように相互作用するかは
粘膜の組成、水和性、粘性によって異なると言われています(19)。
組織によって異なり
肺の粘膜は他の粘膜よりも薄くて、可動性に富んでいるといわれていますが、
胃の粘膜は40~450μm、腸の粘膜は110~160μmであるといわれています(19)。
上皮組織周辺は電荷中性に近く、腸管側は酸性度が強いので
pHの勾配が粘膜の厚さ方向にあります(19)。
肺の粘膜に関しては、
肺の状態が悪くなることによって特異的に表れる物質があります。
それがMUC5AC、MUC5Bポリマーと呼ばれます(24)。
嚢胞性線維症ではMUC5Bが蓄積され
密な構造で穴が小さく、粘膜の分解レートが低く
粘性に飛んでおり、菌膜も存在し、
好中球の移動度も低いと言われています(24)。
繊毛運動障害や喫煙による気管支炎によっても
MUC5Bが蓄積されるといわれています(1)。
MUC5ACは喘息で増えます(25)。
このような肺の粘膜の改変が
気管からスプレーでナノ粒子が運ばれた際にも
その輸送システムが複雑になるといわれています(1)。

以上です。

(参考文献)
(1)
Michael J. Mitchell, Margaret M. Billingsley, Rebecca M. Haley, Marissa E. Wechsler, Nicholas A. Peppas & Robert Langer 
Engineering precision nanoparticles for drug delivery
Nature Reviews Drug Discovery (2020)
(2)
Ensign, L. M., Cone, R. & Hanes, J. 
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(3)
Oliva, N. et al. 
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(4)
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(5)
Pieter, S. & Mahmoudi, M. Drug Delivery Systems 
(World Scientific, 2017).
(6)
Kruse, C. R. et al. 
The effect of pH on cell viability, cell migration, cell proliferation, wound closure, and wound reepithelialization: In vitro and in vivo study. 
Wound Repair Regen. 25, 260–269 (2017).
(7)
Nizzero, S., Ziemys, A. & Ferrari, M. 
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(8)
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