いつも記事を読んでくださり、ありがとうございます。
癌の治療においては、特にステージが上がって、
腫瘍組織が大きくなっている場合には、
その環境の恒常性が健康な状態から顕著に逸脱しているので
薬剤によって医療介入するときには、
癌の成長因子を強力に抑制する必要があります。
その場合、
仮に基礎研究でわかっている腫瘍組織を攻撃する
免疫機能を高める因子があっても
そこだけに薬効を示す治療アプローチをとっても
腫瘍組織はそれを巧みに回避するシステムを獲得したり、
あるいは急激な成長を止められるだけの抑止が
働かない可能性も考えられます。
従って、実際の臨床では、
複数の薬剤が使われることが少なくともあります。
例えば、参考文献(2)では
転移性肺癌
(metastatic nonsquamous non–small-cell lung cancer)
に対して、4つの薬の同時投与が検討されています。
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〇bevacizumab:VEGFの働きを阻害
〇carboplatin:癌細胞のDNAの働きを抑える
〇paclitaxel :腫瘍細胞の分裂を阻害
〇atezolizumab:抗PD-L1抗体に対するモノクローナル抗体
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これらは細胞内、細胞外両方で働くことが
想定され、免疫機能を高める作用もあります。
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実際に細胞特異的輸送系統で想定している事の一つは
このような複数の薬剤を「同時輸送」することです。
例えば、転移性肺癌であれば、
その肺に最も効率よく到達するiPS細胞などで作られた胞に
事前に遺伝子導入などによって作成した
糖たんぱく質でできた装飾因子がiPS細胞の周りにあります。
細胞の周りに作製した装飾因子は
標的とする転移性肺癌の癌細胞に極めて親和性、
選択性が高い状態で結合するようにエピトープが設定されます。
その装飾因子自体も
例えば、本日、内容の一部を紹介する
ERBBファミリーのような細胞膜貫通受容体に結合するようにして
その受容体の異常な機能を弱め、薬効を示しつつ、
iPS細胞の中には細胞内の癌遺伝子に働くような
上述した薬を封入しておき、
結合している間にうまくiPS細胞が溶解、破壊されるように設計して
中の薬剤がその場で放出されるようなシステムです。
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この方式の良いところは同じ場所に同時に輸送することができるので
もしiPS細胞の走化性が非常に高く
効率よく標的となる癌細胞まで到達するような
システムを構築できれば、
複数の薬を作用してほしいところだけに同時に輸送することが
できる可能性があります。
そうすると今までよりも顕著に少ない量で
癌細胞を複数の経路で攻撃できるようになるため
副作用が少なく、身体に負担が少ない形で
癌組織を退行させることができる可能性があります。
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細胞特異的輸送系統ではそのようなシナリオを描いています。
従って、そのようなシステムにおいて
治療の元となる構成要素の機序を詳しく理解すれば、
様々な選択肢が生まれます。
一つ、基礎となるのはiPS細胞などの胞を
細胞貫通受容体にアンカーさせることをイメージしているので
その細胞貫通受容体と癌の幅広い生理機序というのは
非常に重要な科学情報となります。
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Shogo Kumagai氏, Shohei Koyama氏, Hiroyoshi Nishikawa氏からなる
医療、研究チームは上述した細胞膜貫通受容体である
ERBBファミリーと癌の作用機序について
詳しく総括されています(1)。
その内容の一部を抽出して、追記しながら
読者の方と情報共有したいと思います。
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//ERBBファミリーの種類、別名//ーーーーーーーー
ERBB1–ERBB4; 従って4種類
EGFR, HER2, HER3 and HER4
参考文献(1)のFig.1のように2量体(ダイマー)、多量体を
形成する事があり、
細胞内の様々な経路を通じて
細胞質内の機能や核の遺伝子に働きかけます。
基本的には受容体同士が同種(ホモ)、異種(ヘテロ)で
結合してダイマーを形成した時に
機能が活性化されることがある(3-6)ので
この経路を不活化させたいときには
この結合因子を阻害するようなリガンドの結合などが
検討されます。
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//ERBBファミリーと癌との関連//ーーーー
ERBBは様々な健康な細胞にあると考えていますが、
癌細胞では遺伝子変異(7-11)によって
異常に活性化する事が挙げられています(12-15)。
その活性化は例えば、EGFR(ERBB1)では
細胞質側(細胞内)のチロシンキナーゼドメインと呼ばれる
根元の部位の側面にタンパク質か何らかの物質が
結合する様なイメージです。
(参考文献(1) Fig.1より)
実際に、乳がんの4つある亜型の分類の中に
HER2というタイプがありますが、
これはERBBファミリーのHER2という細胞膜貫通受容体が
今述べた様に遺伝子改変(L755S)によって過剰に活性化されている
状態です(16)。
従って、HER2+乳がんを治療する際には
このHER2受容体の異常活性を抑える事が基本的な
治療戦略の一つとなります。
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//ERBBファミリーと免疫機能の関連//ーーーーーーーー
癌組織ではその土壌である微小環境も含めて
免疫機能が上手く働かないように歪められていますが、
その一つの原因は、ERBBファミリーの過剰な活性化によって
細胞内シグナルを介して、
様々なサイトカイン、ケモカインが放出され
それによって癌細胞を退行させるために
あるいは体を健康な状態に保つために必要な
免疫細胞の働きが弱められます。
例えば、
〇CD8+T細胞
〇樹状細胞
〇Ⅰ型癌関連マクロファージ
これらの機能が弱められます。
逆に〇制御型T細胞の働きが強められます。
EGBB(EGFR)にモノクローナル抗体などで機能を弱める
薬剤介入を行った場合には
これらの免疫細胞が健全な方向に動くとされています。
従って、
EGBBファミリーの癌細胞での過剰な活性化を
モノクローナル抗体などで防ぐことは
細胞内のシグナルの異常を防ぐだけではなく
それに付随した細胞外の免疫機能の正常化にも
貢献するという事です。
(参考文献(1) Fig.2より)
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//ERBBファミリー調整と臨床について//ーーーーーーーー
参考文献(1) Table 3に臨床試験の情報が記載されています。
この表を見ると、EGBBファミリーの異常活性を抑えるための
モノクローナル抗体だけではなく、
抗体と薬剤の混合である(antibody–drug conjugates)であったり
免疫チェックポイント阻害薬であったり、
冒頭で述べたような抗がん剤である化学療法も併用されています。
細胞特異的輸送系統では、この複数の医療介入を
iPS細胞などの胞による輸送媒体によって
同時、同所的に行うことを1つの可能性として想定しています。
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//細胞特異的輸送系統への応用//ーーーーーーーー
細胞特異的輸送系統では、
基本的にはCrispr Cas9のように
特定の位置に正確に物質を運ぶ必要があるので
常に「オフターゲット効果」というのが副作用としてあります。
狙ったところ以外の所に輸送されることです。
従って、患部まで有効に運ぶことを
様々なスケールで解剖学的観点も踏まえながら
考えていく必要があります。
一方、非常に近接する領域においては
(例えば)iPS細胞をアンカーさせる受容体を
このEGBBに標的として定めます。
その時にはモノクローナル抗体と同じような作用が出るように
信号を止めるような結合の仕方を考える事になりますが、
一方、オフターゲットを防ぐためには、
「癌細胞にだけ現れる構造的特徴」と捉える必要があります。
癌細胞では冒頭で述べた様に遺伝子変異によって
EGBBの機能が変わりますから、
その時にもし構造的な変異があるならば、
その構造的変異によって生まれた特異的なエピトープ(結合部位)に
特異的親和性を持つような糖たんぱく質を
iPS細胞の表面に装飾するように設計することです。
そうすると完全なオフターゲット抑制は難しいかもしれないですが、
例えば、90%は肺の癌細胞に結合するということが
実現できる可能性があります。
従って、遺伝子変異に伴った構造的な変化を
正確に捉える事が基礎として非常に重要になります。
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以上です。
(参考文献)
(1)
Shogo Kumagai, Shohei Koyama & Hiroyoshi Nishikawa
Antitumour immunity regulated by aberrant ERBB family signalling
Nature Reviews Cancer (2021)
Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
Division of Cancer Immunology, Research Institute, National Cancer Center, Tokyo, Japan.
Division of Cancer Immunology, Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center, Chiba, Japan.
(2)
Mark A. Socinski, M.D., Robert M. Jotte, M.D., Federico Cappuzzo, M.D., Francisco Orlandi, M.D., Daniil Stroyakovskiy, M.D., Naoyuki Nogami, M.D., Delvys Rodríguez-Abreu, M.D., Denis Moro-Sibilot, M.D., Christian A. Thomas, M.D., Fabrice Barlesi, M.D., Gene Finley, M.D., Claudia Kelsch, R.N., et al., for the IMpower150 Study Group
Atezolizumab for First-Line Treatment of Metastatic Nonsquamous NSCLC
The New England Journal of Medicine 2018; 378:2288-2301
(3)
Casalini, P., Iorio, M. V., Galmozzi, E. & Menard, S.
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