//背景//---
細胞の表面状態がどのようになっているか?というのは
遺伝子的に調べる事もできます。
しかし、遺伝子情報はイメージではなく、
最終的にはどのタンパク質がどれくらい発現されているか
というのが文字、数字としてわかるだけなので、
それがどのように分布しているのか?
というのをイメージとして掴むことはできません。
細胞の受容体はイメージ図が書かれていますが、
本当にその形状が正しいかどうか?
あるいは細胞表面でどのようになっているか?
というのを顕微鏡で観測するのは
細胞表面の生理を理解する上で重要になります。
また、細胞特異的輸送系統でも
細胞表面の受容体にナノ粒子を固定させるので
その状態を詳しく可視化する事は非常に重要になります。
原子間力顕微鏡は結合力を調べる事もできますし
表面状態を調べる事ができます。
その分解能はナノメートルオーダーと高いので
表面状態を詳しく知る手段として重要な測定法となります。
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Albertus Viljoen, Marion Mathelié-Guinlet(敬称略)ら
医療研究グループは生体の細胞に対して
原子間力顕微鏡の主に力分光法について総括しています(1)。
その内容の一部を独自の視点、考察を加えながら
読者の方と情報共有したいと思います。
//原子間力顕微鏡(AFM)について//---
(概要)
試料の表面と短針の原子間に働く力を検出して画像を得る顕微鏡です。
原子間力はあらゆる物質の間に働くため容易に試料を観察する
ことができます。
今回取り扱う細胞などの生体試料に関しては
タッピングモード、フォースモードで解析が行われ、
フォースモードでは試料に近づけて原子間力を検知する
ナノメートルサイズの先端を持つ探針を
支える軟らかいカンチレバーのしなりを
光学的(レーザー/フォトダイオード)かつ圧電素子で分析して
その力、変位から細胞膜タンパク質の検出や粘弾圧力の測定などを行います。
解像度は高く単一細胞、単一分子レベルで検出が可能です。
機械的性質の測定はカンチレバー、探針を細胞などの試料に近づけたり
遠ざけたりすることで計測が可能です。
Ref.(1) Fig.1bcで示されるように
カンチレバーを試料に近づけて、接触してカンチレバーが湾曲するときに
その力の変化から弾性を計測し、
遠ざけるときに試料が吸着する力によってカンチレバーが逆方向に
湾曲し、吸着力を測ることができます。
---
(制限と最適化)
正しいカンチレバーの校正は非常に重要です。
カンチレバーの硬さは観察する細胞に対して
適切に選ぶ必要があります。
一般的にはバネ定数が小さく、長さが短い
カンチレバーが細胞の検出には
力のノイズが少なく好ましいとされています。
---
(生体分析の適用、応用)
細胞と宿主組織との吸着力、
細胞同士の吸着力を測定することができます。
-
細胞壁、細胞膜、細胞骨格のナノオーダーの機械的性質
に関する情報が得られます。
-
細胞の表面の形状をマッピングすることができます。
それによって細胞表面にある受容体の分布や
種類を同定することができます。
-
受容体とリガンドの結合力や分子弾性力などを
計測する事ができます。
//機械的性質を計測する意義//---
生体の機械的性質(力)は
細胞の吸着、移動、信号(発出、検知)、成長において
重要な役割を果たします。
さらに癌、線維化、感染症などにおいても同様です(1,2)。
また生体はタンパク質、脂質、核酸などの分子の集まりなので
それらは疎水性、静電、分子間、水素結合など
様々な結合力によって支えられています。
そこには様々な機能を支える力が存在します。
//機械的性質と細胞の機能//---
哺乳類細胞の弾性(ヤング率など)は
細胞の形、細胞膜の張力、細胞の区画など
細胞のサイクルによって劇的に変化する要因によって変わります。
従って、AFM-FS測定で細胞の弾性を計測する事は
これらの細胞の機能を確認、理解する事に貢献すると考えられます。
-
一般的にバクテリアなどの細菌の細胞は
哺乳類細胞よりも硬いと言われています(3-5)。
しかしながら、細胞内でも硬さに偏差がある事が
指摘されています。
//細胞の測定について//---
軟らかい細胞が動く事によって測定誤差が生まれるので
測定対象となる細胞を固定する必要があります。
そのため、滑らかな親水性ガラスやマイカが
細胞を配置する適切な基盤とされています(6-10)。
しかしながら、アルデヒド系材料などを使って
化学的な結合によって固定すると
それによって細胞の物理的、科学的な特性が変わってしまうので
避ける必要があります。
細菌の細胞など硬い場合は、基盤との接触面積が小さくなるため
より強い固定が必要になります。
//単一分子の力の測定//---
AFMの探針の先端は単一分子の力を測定するために
適切に設計する必要があります。
測定する受容体の構造がわかっていれば、
その受容体に特異的に結合するリガンドを
事前に結合させたAFM探針の先端を用意する事が求められます(1)。
この特異性が高ければ、
細胞内で多様に存在する受容体の中で
標的とする受容体の場所、分布の識別に貢献すると考えられます。
しかしながら、結合性を保つためには
短針の先端の方向の制御を精密に行う必要があります。
//単一細胞の力の測定//---
細胞は無機材料の測定と比べて、柔らかく壊れやすいため
先のとがった硬い先端を直接接触させて測定させる手法は
好ましくありません。
特に細胞の弾性を測る場合にはこのことが配慮されます。
従って、先端を取り除いて軟らかいカンチレバーそのもので
細胞の弾性を測る手法が選択されます(1)。
また、測定系において流体が使われることがあります。
圧力コントローラーで細胞を吸引する事に寄って
細胞を固定して測定する方法です。
//他因子計測//---
弾性、吸着力、高さなどそのマッピングを
Ref.(1) Fig.3のように計測する場合には
タッピングモードが採用されます。
タッピングモードではある特定の周期で
カンチレバー、探針を振動させます。
その波形によって上述した機械的性質、位置を分析します。
短針は試料に接触する前に止められるため、
試料を傷つけず、走査させながら測定することができます。
原子間力は物質を完全に接触させることなしでも
微弱に働くため、探針を必ずしも試料に接触させる
必要がないからです。
//力変調による計測//---
短針の先端の高さを調整する代わりに、
物質に近づける、遠ざける力を基準にして計測する方法があります。
これをフォースクランプモードといいます。
この方式に適しているのは
タンパク質の配座の変化や
受容体とリガンドの結合の変化(寿命)を計測する
のに優れています(11-15)。
//課題//---
細胞の機械的性質は細胞種、場所によって変わる事
あるいは受容体を見るのであれば、
それによっても変わります。
力を計測するモデルはカンチレバーの湾曲ですから
カンチレバーの硬さの選択が非常に重要になります。
数桁以上変わる機械的性質の検知において
単一材料のカンチレバーでは対応できないとされています。
従って、測定する対象に合わせて
最適なカンチレバーを選択する必要があります。
-
また針を使う場合には
先端の針の径によっても原子間力は変わるため
針のメンテナンス、交換は定期的に行う必要があります。
-
タッピングモードやフォースクランピングモードなど
振動させる周期や近づける力などのパラメータ設計は
適切に行われる必要があります。
-
また細胞の地形を計測する場合には
計測できる地形の距離にも限界があります。
横方向もありますが、高さ方向もあります。
分解能によって異なりますが、
段差が大きいと地形をうまく計測することができません。
//応用//---
リガンドに対する受容体の親和性は対象の一つです。
しかし、生きた状態ではこれらは動的で
平衡状態から外れた活性状態にあります。
環境的な揺らぎによって結合状態も変わります。
しかしながら、AFM-FSによって
意図的に一定の機械的ストレスにさらした場合には
こうした揺らぎを打ち消すことができるため
ある程度の信頼性ある評価ができるとされています(1)。
過去の適用例としては以下です。
〇Cell adhesion proteoglycans(16)
〇P-selectin/ligand complexes(17)
〇Discrete glycoprotein interactions involved in aggregating cells of Dictyostelium discoideum(20),
〇Integrin–fibronectin(18)
〇Escherichia coli curli–fibronectin(19)
〇Mycobacterial adhesin–ligand systems(21).
例えば、細胞特異的輸送輸送系統では
インテグリンが標的の一つとして挙げられます。
インテグリンの状態をリガンドも含めて
ある一定の領域で評価できる事は利点があります。
しかしながら、上述したようにカンチレバーの最適化が必要で
インテグリンを測定する場合には
この受容体に合わせたコーティングをしないと
力の測定の感度が得られないとされています
(Ref,(1) Fig.7より)。
これはおそらくカンチレバーの接触によって
最終的に湾曲に影響する力は
インテグリン/リガンドとリガンド/カンチレバー(探針)
の2つの剥離可能な界面があるからです。
従って、リガンド/カンチレバーの界面の影響(ノイズ)を
小さくするためにカンチレバーには適切なコーティングが
必要であるということです。
//まとめ//---
分子がそのまま見えるような結果は得られないですが、
ある一定の面積で表面形状と硬さ、結合力など
機械的特性が数値として得られます。
従って、見た目としては白からオレンジの色彩の
グラデーションで表示されます。
様々な条件によって影響を受けるので
測定器の環境設定が重要になると考えられます。
(Referenece)
(1)
Albertus Viljoen, Marion Mathelié-Guinlet, Ankita Ray, Nico Strohmeyer, Yoo Jin Oh, Peter Hinterdorfer, Daniel J. Müller, David Alsteens & Yves F. Dufrêne
Force spectroscopy of single cells using atomic force microscopy
Nature Reviews Methods Primers volume 1, Article number: 63 (2021)
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Author information
Affiliations
Louvain Institute of Biomolecular Science and Technology, Université Catholique de Louvain, Louvain-la-Neuve, Belgium
Albertus Viljoen, Marion Mathelié-Guinlet, Ankita Ray, David Alsteens & Yves F. Dufrêne
Departement of Biosystems Science and Engineering, ETH Zurich, Basel, Switzerland
Nico Strohmeyer & Daniel J. Müller
Institute of Biophysics, Johannes Kepler University, Linz, Austria
Yoo Jin Oh & Peter Hinterdorfer
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