2024年7月9日火曜日

どういう選択が自分、自分の子どもにとって福利をもたらすか?

国の方向性を決めるような重要な憲法訴訟において
最高裁判官が違憲と判断する事には、
少なくとも一定の自己抑制が働くとされています。
その理由は奥深いです。
今回、東京都知事選挙がありました。
小池百合子氏が当選されましたが、
290万票くらいの票を集めたので、
その数だけ名前を書いて信託された東京都民がいるわけです。
衆議院、参議院も当然、国会議員は選挙によって選ばれ、
それには国民の意思が反映されています。
一方で、裁判官は
司法試験、司法修習、法曹資格取得(検事、弁護士としての経験)、
内閣の正式な任命にて選任されます。
最高裁判所の裁判官は国民審査を受けますが、
その際、過半数が罷免(ひめん:役目を辞めさせること)を可、
つまり、×をつけないと解任されません。
実は、1947年に制度化されて以来、
この国民審査で罷免された裁判官は1人もいません。
従って、国民審査はありますが、
実質的に裁判官の選任は選挙と違って、
特定の資格プロセスを経るので
国民の意思が反映されているわけではありません。
そのように司法府は解釈されているようです。
そうした背景もあり、
明らかに違憲と認められる場合以外には、
原則氏として行政や国会議員などが個人に法令に基づいて
制約を課した場合の違憲性を審査する基準(違憲審査基準)では
原則として合憲と推定し、権力者に対して
緩やかな審査基準を取るべきであるとされています。
これは「合憲性推定の原則」と言われています。
こうした問題は
民主政の過程、つまり選挙、世論、立法府等による議論によって
委ねるのが適当であるとされています。
最近、旧優生保護法が違憲と判断されましたが、
2023年の時点において憲法訴訟において違憲と判断されたのは
わずか10件にすぎません。
従って、裁判官が違憲と判断する基準は
基本的には非常に厳しいものであるというのが
今までのデータを見ると推定されるし、
上述した合憲性推定の原則でも示されています。

私が政府からどのような制約を受けてきたかは
このブログの「訴訟プロセス」を見ればわかりますが、
どっちに明らかに非があるかというのは別として、
政府が大きな問題と認めているのは確かだと思います。
政府による明らかな介入が認められたとして
今まで述べてきた私の訴えを
民意とは独立した司法府である裁判官がどのように判断されるか?
という事は当然ありますが、
「合憲性推定の原則」という考え方を考慮すると
「民意を問う」という事もとても大切です。
すなわち、私に対して行われてきた政府からの制裁、制約が
そうした権力者を選挙で選ぶ、日本国民がどのように解釈されるか?
その判断を完全に司法府、裁判に委ねるのではなく、
日本全体の問題ということであれば、
それを事前に、公開して広く
日本国民に問うという事は意義があります。
このような観点において、
表現の自由という観点から
特に私が訴えてきた記事に関して、通信の制限を行わず、
ちゃんと公開して国民の総意を問いたいという事は当然あります。
日本社会、政府が許せないということもあり、
暴力的な事を断固避けるのであれば、
法律に頼るしかないという観点で
訴訟プロセスを具体的に考えてきました。
ただ、私の心、精神、考え方のバランスは変わってきています。
実際に自分の離れた子どもに久しぶりに会って、
娘と4年ぶりに会って、考え方が劇的に変わったという事があります。
--
憲法第22条(居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由)
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」
「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」
この権利が国民に与えられているわけですから、
私の今後の活動を必ずしも日本に限定する必要はないという事です。
それを制限される権限もないという事です。
全てではないですが、
多くの家庭を持つ父親は自分自身の幸福、
母親(配偶者)と子どもの幸せを一番に考えると思います。
私のように離婚をしていても子供がいれば、
子どもの幸せを考える事が一般的です。
「自分にとって何がいいだろうか?」
「自分の子どもにとって何がいいだろうか?」
この事を中心に考えた時に、
感情的な事に捕らわれて
断固、訴訟を起こすという選択肢が正しいか?
このように冷静に考えると
もっと自分自身、自分の子どもにとって良い選択肢があるはずである
という結論に達します。
日本社会でもそれはないとはいえないですが、
ここにいる限り、どんな訴えをしても制約、制裁を受けるという事は
少なくとも今までは変わる事もなかったです。
今も、変わることなくパソコンの画面を遠隔操作され
画面が乱されています。
これは権力者の一部が私に対して悪感情を抱いている
という事実を反映するものであると思います。
あるいは、過度な干渉です。それは断固譲歩しないという事です。
私にも当然、悪感情はあります。
それを消すことは不可能です。
今、こうしている時間も社会的、経済的な孤立状態にあるわけです。
いくら生産的な活動をしていても、
人間関係、収入が絶たれた生活、
あるいは将来がどうなるか見えない状況は
精神的に辛いということもあります。
私が精神疾患を罹患している事も拍車をかけます。
日本社会が様々なバランスを考えた時に
今の状態を「決定している」ということになります。
例えば
「こいつが日本社会に出ると秩序が乱れるぞ。」
「今のままでいいじゃないか?日本にメリットがあるんだし。」
「こいつが出てきたら、自民党つぶされるぞ。」
「まだ、社会に出るまでの信用がない。」
「社会にでる条件が整わない。」
、、、
本当の所、わからないですが、
もし、明らかに政府に問題があると日本社会全体が考えていたら、
政府もさすがに今の状況はマズイという事になると思うし、
今のような制裁もないと思います。
--
では、もし私の活動が日本以外だったらどうだろうか?
違った結果になっていた、あるいはなる。
これからの選択によってそれは変わる可能性もあります。
私の中で、何かを変えないと状況はいつまでたっても変わらないんじゃないか?
このようにも思えます。
さすがに今の状況が続くのは嫌なんでね。
また、お金が無くなってきて不条理な条件で働くのですか?
時間が経って変わらないならそうせざるを得ませんよね。
生活費も子どもに対する養育費もありますから。
社会的、経済的孤立のストレスに耐えられなくなって
働くという事も考えられます。
今まで、黙ってきて何も変わらなかったから、
唯一の発言の場、接点であるブログで日々、思いを伝える。
今までのように消さない。
今日から「移住計画」として、
海外の事を詳しく調べようと思っています。
それも「移住計画」という項目を設けて
ブログで更新していきます。
今、無職で時間がありますからね。
それも今日から起こる私の中での変化です。
テーマを
〇細胞外小胞 / 〇細胞接着分子 / 〇CAMome
〇CAMomeデータベース化 / 〇細胞種特異的薬物送達システム
〇人工知能、スーパーコンピューター / 〇iPS細胞技術との融合
これに完全に絞るのも今までとは違う変化です。
より私のビジョンが明確になりました。
--
いくら日本社会といっても、民意は無視できないだろうし、
世界の利害関係者の総意も無視できないと思います。
政治家がもし自分の福利を考えるのであれば、
選挙結果は無視できませんから、
私が今までどういう事が起こってきたか?
それを包隠さず、伝えて、私の考えを訴えて、民意を問うという事です。
そうした中で、今行われている
基本的人権侵害に当たるような制約、制裁も
民意、世界の総意を反映して、ある程度は控えざるをえない。
あまり、今までのような権力の乱用にあたる無茶な事はできない
という事にもなると思います。
実際に、そうした兆しは見えてきているなと感じる部分もあります。
海外で生活するとなった時に不安がないといえばウソになります。
私が精神障碍者であることも関係します。
しかし、医療に関する取り組みは
私は医学部、薬学部も出ていないので、
異質のキャリアで舞台に立つ必要があります。
こうした変化は、日本社会はどちらかというと苦手なので、
私はおそらく政治家との関係を切り離して考えたとしても、
日本での活動は相当苦労するかもしれません。
また、「足を引っ張られる」可能性もあります。
日本以外の国で、異質のキャリアであっても
私の能力をちゃんと公平な目で評価してくれる環境は
存在するはずであると考えています。
世界を見渡せば、色んな国がありますからね。
また、海外に移住することによって
物理的な距離が離れますから、
日本の権力者の一部の方との衝突を避ける事ができます。
それは自分自身や子どもの不幸を避ける事にもつながります。
私もずっと悪感情を抱いて生活する事は不幸だし、
心から笑顔で生活したいということもあります。
海外の生活に不安があるのは確かだけど、
この選択は少なくとも英断です。
日本でも私がいなくなることで、
「才能のロス」と認識されれば、
本当に根本から見直される結果にもなります。
それは、日本社会とって良い変化のきっかけになります。

 

0 コメント:

コメントを投稿

 
;