研究所レベルの基礎研究から人への臨床応用を考える
トランスレーショナル医療の一つの中核は薬剤開発です。
基礎研究で特定の疾患の影響因子が分かった時に
それを標的にして薬剤開発をします。
そして、その薬剤の作用を細胞レベルで調べ、
効果が確認されたらマウスなどの動物で実験して、
その効果が維持されれば、治験に発展させるか検討されます。
しかし、治験で思わぬ副作用、副反応
あるいは効果が確認されないなど負の結果が出ると
それまで積み上げてきた成果のほとんどが消えてしまいます。
そのような不確定性が
薬剤開発のコスト、時間的制約となります。
例えば、乳幼児のごく一部の人が経験するような希少な疾患の場合でも
そのような技術的、手続き的な障壁は変わりませんから、
製薬企業としても主にコストの面から積極的に薬剤開発できない
という背景があると認識しています。
このような困難性を打破していくためには、
難治性の特殊な疾患に対しては助成なども必要ですが、
根本では細胞レベル、動物、人へ、薬剤を適用していく際の
確実性を多面的な分析、理解によって上げていくことが必要です。
そのためには分子レベル、細胞レベルといった
微視的な薬理だけではなく、
組織、臓器間、循環器の相互作用なども含めた
巨視的な薬理の理解も必要です。
その中でどのような効果や副作用がでるか?
といった総合的な評価も必要になります。
このような多面的な分析が人への適用の前の段階で出来れば
少なくとも多くの情報を元に治験に適用するかどうかの判断ができます。
このようなプロトコルを含めた薬剤開発の中では
近年、適用が進んでいる遺伝子改変の技術や
幹細胞技術を使った人での細胞実験、
あるいは人工組織、臓器での実験
生物への異種移植などが貢献します。
ー
E. Elizabeth Patton, Leonard I. Zon & David M. Langenau(敬称略)ら
イギリス、アメリカの医療研究グループは
薬剤開発を通したトランスレーショナル医療の
プロトコル、手続きに大きく貢献すると考えられる
ゼブラフィッシュの適用可能性について総括されています(1)。
本日はその内容について筆者の視点で抜粋し、
考察の追記と共に読者の方と情報共有したいと思います。
ー
//ゼブラフィッシュの特徴//ーー
ゼブラフィッシュは南アジア生息で大きさが2~5cmである
とされています。寿命は3年から5年で
3か月で大人になると言われています。
従って、人と比べると成人までが20年だとすると
80倍の速度で成育すると考えられます。
また寿命が100年だとすると20~33倍の速度で
生涯を全うすることになります。
ゼブラフィッシュは70%の遺伝子は人と同じで
病気に関わるたんぱく質の80%は保持されるとされています(2)。
ー
少なくとも成長段階の途中までは透明であるため
特に光を使った微視的な分析が可能になるため
薬剤が分子レベル、細胞レベルでどのように働いているか?
というのを顕微鏡などを使って微視的に
かつ生きた状態で分析するのに適しています(3)。
(成育すると透明度はさがるのでしょうか?)
ー
ゼブラフィッシュはいくつかの例外はありますが
人と同一の組織、臓器の恒常性生理が働ています。
例えば、血液、筋肉、心臓、肝臓、すい臓、脾臓、
腸、腎臓、骨、脂肪、神経系などです。
従って、上述した組織、臓器間の相互作用や
臓器で生じる疾患モデルを構築できれば、
新たな薬剤を投じた時の反応を「生きた状態」で調べることができます。
人幹細胞などを使った人工臓器では
より任意の組織を作ることができますが、
生命系として完全ではないため、
周りとの相互作用を評価する上で欠陥があります。
しかし、ゼブラフィッシュの場合は
生命系として成立している中で相互作用を評価でき、
人との整合性が高い生物であるため、
治験に入る前の事前の評価としては適している可能性がある
ということです。
ーー
//ゼブラフィッシュの利点まとめ//ーーー
Ref(1)See Fig.1
-
(主な利点)
・透明である
・遺伝子的に扱いやすい
・投与が用意
・繁殖率が高い
・小さい
・脊柱動物である
・行動を分析できる
・人と生理的、遺伝的に類似性が高い
-
(その他の利点)
・組織、臓器の再生モデルを理解できる
組織を切断した時にどのように再生するか?
・遺伝子的選別
・遺伝子ノックダウン
・遺伝子移植のモデル
・遺伝子編集
・行動様式による選別
・発育の生理
・胚細胞から生じる疾患のモデル
・化学的な構造による選別
・癌の異種移植モデル
例えば、人の癌組織を移植して生理、薬理を調べる
・大人の疾患のモデル
ーーー
//薬剤の適用の例//ーー
①ハリペドール
ドーパミンを中心として神経系に働く薬剤(向精神薬)を
ゼブラフィッシュに投与して、
その行動様式を水中内の泳動から分析しています(4)。
ー
②サリドマイド
吐き気を催す母親に投与されますが、
胎児に影響を与え、出生前の子供の異常が数千人規模で確認されています。
このような副作用はマウスでは確認されていませんが、
ゼブラフィッシュでは胎児で確認された
手足の異常が確認されています(1)。
従って、動物実験で副作用も含めた薬剤の評価をする場合
マウスよりもゼブラフィッシュのほうが優れるケースがあります。
例えば、Ref.(11)Figure.1のように
薬の代謝、生理において人との類似性が
ゼブラフィッシュのほうが高い可能性も示唆されています(11)。
ー
③ドキソルビシン
トポイソメラーゼⅡ抑制剤での抗がん剤です。
しかし、心臓組織への毒性があり、
心疾患につながる副作用が生じる事があります。
これは同様にゼブラフィッシュに投与した場合にも確認されました。
この心臓へのダメージを軽減するため
ビスナジン(visnagin)がアドジュバント(補助的に)投与された場合
心臓へのダメージが軽減されたことがわかりました(5)。
このような抗がん剤で生じる副作用を
どのように他の薬剤と組み合わせることで軽減させるか?
という基礎研究としてゼブラフィッシュが適している場合があります。
ーー
//ゼブラフィッシュと人との相違点//ーーー
薬剤が細胞を通じて細胞内の生理に関与するときには
初めの段階で細胞表面にある受容体に結合する場合があります。
しかし、同じ細胞であっても
細胞外に突出しているタンパク質のアイソフォームで
異なることがあります。
例えば、エストロゲン受容体はタイプが異なります(6-8)。
また、いくつかの薬剤では
結合するエストロゲンの受容体のタイプが
人とゼブラフィッシュで異なることがあります(7,8)。
ーーー
//臨床応用への道//ーー
ここ15年でゼブラフィッシュの化学生物学の理解は進んでいます。
これを臨床応用させようとする動きがあります
Zebrafish Disease Models Society
(https://www.zdmsociety.org/)です。
学術界、医療界、産業界を国際的につなぎ、
ゼブラフィッシュで病理を理解する事の重要性や
その認知を広める事を目的としています。
非営利、独立型、メンバー先導的な団体です。
ーー
//人の特徴を有したゼブラフィッシュ//ーー
人由来の細胞をゼブラフィッシュに異種移植した
Humanized Zebrafishが検討されています。
成功の一例として、血液系細胞があります。
それによって血液系疾患のある人の細胞を投与して
人と同様のサイトカインが検出されたとされています(9)。
これは、免疫系の疾患や免疫治療、
その一つの手段であるCAR-T, CAR-NK細胞治療に対しても
副作用を含めた薬理の評価を
他の臓器への影響も含めて進める事ができる可能性を示しています。
ーー
//細胞特異的輸送系統の観点//ーーー
エディンバラ大学、ハーバード大学、
マサチューセッツ総合病院の
E. Elizabeth Patton, Leonard I. Zon & David M. Langenau(敬称略)
による医療研究グループは
細胞(試験管)による基礎研究によって
明らかになった有望な研究結果を動物実験に応用して
その薬剤動力学を含めた薬理を調べるときに
ゼブラフィッシュは、細胞特異的、組織特異的に
分析できる可能性の示唆を与えています(1,10)。
細胞特異的輸送系統では
「実際に狙いの細胞や組織にナノ粒子が結合しているか?」
あるいはそこまでのルートはどうであるか?
その途中の代謝はどうであるか?
そういったことの「可視化」は評価項目として欠かすことができません。
組織透明性の高いゼブラフィッシュでの
微視的な分析は細胞特異的輸送系統の実現性を上げてくれる
と考えています。
ーーー
//結び//ー
世界では数えきれないほどの有望な研究成果があります。
しかし、治験に進み、承認を得て臨床応用されるごく一部です。
それは社会経済的な要因も含まれています。
人が罹る病気は稀なものも含めれば非常に多様ですが、
頻度が下がれば下がるほど、有望な薬がない可能性は高くなります。
また、リスクの高い胎児、乳児、子供などが
罹る疾患の対する薬の開発も大人に比べれば遅れています。
それを実現するためには
薬剤開発のプロトコル開発も欠かすことはできません。
コスト効率、時間効率の高い薬剤開発、承認が必要になります。
そのためには
細胞実験、動物実験、人への治験というプロセスの中での
多面的な実験、評価プロセスが必要になります。
幹細胞技術、遺伝子改変技術などを駆使しながら
細胞実験、動物実験の精度を上げていく事が大切です。
その一翼として、
ゼブラフィッシュは有望であると考える事ができます。
また、人の治験の際も
そのような細胞レベル、動物実験など
治験前で得られた詳細な薬理が再現しているか?
といった臨床症状を超えた多面的な評価も必要になります。
また、労働コストや情報処理能力の観点から
人工知能、機械学習などの適用も欠かすことはできません。
ー
(Reference)
(1)
E. Elizabeth Patton, Leonard I. Zon & David M. Langenau
Zebrafish disease models in drug discovery: from preclinical modelling to clinical trials
Nature Reviews Drug Discovery (2021)
ー
Author information
Affiliations
MRC Human Genetics Unit and Cancer Research UK Edinburgh Centre, MRC Institute of Genetics and Cancer, Western General Hospital Campus, University of Edinburgh, Edinburgh, UK
E. Elizabeth Patton
Stem Cell Program and Division of Hematology/Oncology, Boston Children’s Hospital and Dana Farber Cancer Institute, Howard Hughes Medical Institute, Harvard Medical School; Harvard Stem Cell Institute, Stem Cell and Regenerative Biology Department, Harvard University, Boston, MA, USA
Leonard I. Zon
Department of Pathology, Massachusetts General Research Institute, Boston, MA, USA
David M. Langenau
Center of Cancer Research, Massachusetts General Hospital, Charlestown, MA, USA
David M. Langenau
Harvard Stem Cell Institute, Harvard University, Boston, MA, USA
David M. Langenau
Center of Regenerative Medicine, Massachusetts General Hospital, Boston, MA, USA
David M. Langenau
ー
(2)
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(11)
Calum A. MacRae & Randall T. Peterson
Zebrafish as tools for drug discovery
Nature Reviews Drug Discovery volume 14, pages721–731 (2015)
ー
Author information
Affiliations
Cardiovascular Medicine and Network Medicine Divisions, Brigham and Women's Hospital, Boston, 02115, Massachusetts, USA
Calum A. MacRae
Harvard Stem Cell Institute, Cambridge, 02138, Massachusetts, USA
Calum A. MacRae
Department of Medicine, Harvard Medical School, Boston, 02115, Massachusetts, USA
Calum A. MacRae & Randall T. Peterson
Broad Institute of MIT and Harvard, Cambridge, 02142, Massachusetts, USA
Calum A. MacRae & Randall T. Peterson
Cardiovascular Research Center, Massachusetts General Hospital, Charlestown, 02129, Massachusetts, USA
Randall T. Peterson
Department of Systems Biology, Harvard Medical School, Boston, 02115, Massachusetts, USA
Randall T. Peterson
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