2021年10月7日木曜日

合成生物学を基礎とした生細胞治療への道(1)

//背景//---
私が提案している細胞特異的輸送系統は、
1つのモデルとして生きた細胞に対して遺伝子工学的な介入を行って
細胞表面に狙いのタンパク質(その複合体)を作製することです。
この狙いとは薬剤、他の作用させたい物質を輸送する目標の
組織、細胞に高い結合親和性を持つたんぱく質を作製することです。
このような細胞の分野の生物学と
遺伝子工学の工学を融合する学際的な分野は
合成生物学(Synthetic biology)と呼ばれます。

Andres Cubillos-Ruiz, Tingxi Guo, Anna Sokolovska, Paul F. Miller, James J. Collins, Timothy K. Lu & Jose M. Lora 
(敬称略)からなる医療研究グループは
生きた細胞に対して合成生物学に基づいて
狙いの特性を持つようにエンジニアリングする事を目的として
現在まで理解されている事を総括しています(1)。
細胞特異的輸送系統(Cell-type-specific delivery system)の観点を
含めながら独自の視点、考察を加えながら
読者の方と情報共有したいと思います。

//従来の標的療法と今後//---
(Ref.(1) Fig.1参考)

新型コロナウィルスワクチンで使用されているmRNAは
脂質ナノ粒子に包まれて免疫細胞まで輸送されています。
このような免疫細胞を標的としたナノ粒子や
抗体が薬物の輸送媒体として使われています。

今後はそのまま組織に埋め込むことができる細胞や
免疫細胞などの循環細胞、組織常在型の細胞、
神経細胞、グリア細胞、単細胞(微生物)など
多くの種類の細胞を輸送媒体として使うことができます。
また、ES細胞、iPS細胞、ミューズ細胞など
多能性のある細胞から任意の細胞を選ぶことができます。
また初期化する前の細胞の選択性も有します。
例えば、患者さんから取り出した細胞を初期化して
あるいは持っている多能性細胞を取り出して
そこから任意の細胞に分化させることで
体内に入った時の移植片対宿主病(拒絶反応)を減らすことが
できる可能性があります。
またNK細胞など拒絶反応が起こりにくい細胞や
免疫細胞を活性化させにくい特徴を有する細胞を
作製する事も出来る可能性があります。

一方、薬剤を輸送する媒体は細胞だけではなく
ウィルスを使う事も出来ます。
すでにアデノウィルスを使った新型コロナウィルスワクチンが
承認、実用化されていますが、
このようなウィルスのエンベロープ膜上に
任意のタンパク質(その複合体)を作ることができるか?
という方向性もあります。

こういった細胞に合成生物学のアプローチで
任意の物質を放出させたり、微小環境を認識したり、
バイオマーカーを認識したりすることで
薬剤としての機能や、標的性を上げる事ができます。

//入力と出力//---
(Ref.(1) Box.1参考)

細胞特異的輸送系統では薬剤、あるいはその機能を持たせた
ナノ粒子を運ぶ際の選択肢の一つとして生物の生きた細胞があります。
生きた細胞内ではミトコンドリア、核、小胞体、リソソームなどを
初め様々な細胞内小器官があって、生物学的なプロセス循環があります。
バイオエンジニアリングを始めとした生物工学を融合させる
合成生物学ではその生物学的なプロセスを理解して
それを任意に制御する必要があります。
そのプロセスはコンピューター工学の概念で言えば、
「入力(Input)」と「出力(Output)」です。
そのようなプロセスは必ずしも単一、一対一ではなく
複合的な要因も絡んでいます。
逆にそうした複雑性を利用して、特異的に狙いの結果(出力)を
得る事ができる可能性があります。
この狙いの結果とは細胞特異的輸送系統の観点で言えば、
細胞表面に標的細胞に特異的かつ高い親和性を持って結合する
ことができるタンパク質(その複合体)を得る事です。
そのためのロジックゲート(ブール論理)として
YES, NOT, AND, OR, NAND, NORなどが考えられます。

このような経路を合成生物学的に
Andres Cubillos-Ruiz氏らは「Genetic circuit(遺伝回路)」
と定義しています。
この遺伝回路は3つの要素があります。
〇遺伝回路伝達信号に生命があるかないか?
〇上述したプール論理(ロジックゲート)
〇制御された信号において狙いの結果が得られるか?
もう2つは考えられる要素は
〇その信号は自発的か、誘発的か?
〇そのプロセスが進む確率
このような遺伝回路による出力と入力、因果関係が
複数の要因によって複雑に決まる事は、
制御してタンパク質(その複合体)を作ることなどの
好ましい結果を得るための大きな壁、ハードルとなりますが、
逆に、単純に決まらないからこそ、
「特異的な」回路を形成できる可能性があります。
つまり、「ほぼこの複合条件でしかこの結果は生まれない」
ということが可能性としてあるということです。

Andres Cubillos-Ruiz氏, Tingxi Guo氏ら示す
Ref.(1) Fig.2, Fig.3から興味深い新たな視点が想起されます。
細胞特異的輸送系統は体外で狙いのタンパク質(その複合体)を
形成する事を想定していましたが、
生体内で、生体内の特異的な信号からそのたんぱく質を
生み出すように事前に細胞内に遺伝子を埋め込んでおくということです。
Fig.2では病気のバイオマーカーを入力信号としています。
その種類として、
• microRNAs
• Proteins/peptides(surface/soluble)
• Metabolites
• Small molecules(host/bacterial)
• Hypoxia
• Temperature
これらがあります。
これらを細胞が検知して、任意に設計した遺伝回路によって
狙いのアウトプットを「その場で(in-situ)」で生み出すということです。
このメリットは、病変部位近くで「最終形が出来上がるため」
薬剤輸送経路(循環器など)で標的となる大切なたんぱく質(その複合体)が
損傷、喪失、変性する機会が減るということです。
ただし、生体内で本当に狙いのタンパク質ができるかどうか?
の確認は生体外で事前に設計するようにできません。
そうした弊害もあります。
あるいは生体外と生体内のハイブリッドの考え方もあります。
例えば、病変部位特異的な輸送が成功して
そこの組織に細胞が固定されて、
細胞質内にある薬剤などの物質を放出させるための信号として
生体内の上述したインプット信号を使うということです。
その時にインプットを受けた細胞は
細胞ないで事前に設計された遺伝回路を使うことで
細胞膜が破れ、細胞死し、細胞内の薬剤が放出される仕組みです。
細胞特異的輸送系統のコンセプトの一つとしては
〇細胞などのナノ粒子を固定する
〇中の薬剤を放出させる
という2つの要素が必要です。
後者のスイッチを細胞内のバイオマーカー、
遺伝回路を使ってその場(in-situ)で行うという事です。

このような精緻な遺伝子のデザインによって
細胞を改変して、治療に応用としようという取り組みは
ここ10年間で行われてきています(4,5)。

//合成生物学で突破できる制限//---
(Ref.(1) Box.2参考)

〇柔軟性、任意性
遺伝子回路を使った合成生物学は条件によっては非常に複雑になりますが、
電子回路を組むように設計する事ができれば、
従来の薬剤にはない様々な機能を入れる事ができます。
また生きた細胞の場合はタイミングの任意性もあります。
すなわち生体外、生体内両方で
この遺伝回路を駆動させる事ができます。
上述したように生体外、生体内、両方で
遺伝回路を駆動させることもできます。
合成生物学を使った個別療法については以前から
研究されています(6,7)。

〇特異性(Specificity)
例えば、従来の薬剤として抗体薬物複合体(Antibody-drug-conjugate)
があります。これは前立腺癌で応用されることがあります。
前立腺癌で多く発現している受容体に結合親和性が高い
抗体を選び出し、その抗体と抗がん剤をへき開可能な物質によって
結合させる複合薬剤です。
しかし、受容体の発現量と薬効が必ずしもリンクしない(2)
という課題もあります。
合成生物学を使ったアプローチでは
複数の病変部位の情報(分泌物質)を入力することができる
可能性があるため、それにANDで反応する遺伝子構造を組めば
出力の特異性を上げる事ができます。
このようなAND遺伝回路ゲートは以下すでに考えられています。
・mRNA(8)
・転写因子(9)
・細胞表面抗原(10,11)

〇予測可能性と制御性
生体内の環境は常に変わっていることと、
患者さんごと、病気のタイプごと、患部組織内での異種性などから
予測できない結果が出ることが多くあります。
また薬剤系統を持続的に制御する事にもハードルがあります。
ここで合成生物学によって
フィードバックを制御した形の遺伝子回路、ネットワークを組む
ことができれば、出力から入力に戻されるときに
入力をまた任意に再構築できるので、
遺伝ネットワークが制御不能な状態へと変化していく事を
防ぐことができます。
このようなフィードバック制御ネットワークは
以下ですでに検討されています。
・Metabolite levels(12-15)
・Innflammation-driven production of immunomodulatory cytokines(16)
・Small-molecule controlled CAR activity(17) 
量子コンピューターのアルゴリズムでは誤り補正のシステムが
入れられることがありますが、
遺伝子回路でも信号の伝達の時に誤りを補正するような
システムをいれられるか?
そういった概念も検討する事ができる可能性があります。

//まとめ//---
生細胞を使った治療の大元で乗り越えないといけない壁は
「理解、制御可能な遺伝回路の形成」があります。
つまり
入力(物質、光、電場、磁場、温度、、、)と出力の因果において
遺伝子を使ってどうやって高い任意性を実現するか?
ということです。
これを最終的には生体内、生体外のあらゆるタイミングで
低コストで行うことが求められます。

(Reference)
(1)
Andres Cubillos-Ruiz, Tingxi Guo, Anna Sokolovska, Paul F. Miller, James J. Collins, Timothy K. Lu & Jose M. Lora 
Engineering living therapeutics with synthetic biology
Nature Reviews Drug Discovery (2021)
---
Author information
Affiliations
Department of Biological Engineering, Synthetic Biology Center, Institute for Medical Engineering and Science, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, USA
Andres Cubillos-Ruiz & James J. Collins
Wyss Institute for Biologically Inspired Engineering, Harvard University, Boston, MA, USA
Andres Cubillos-Ruiz & James J. Collins
MIT Synthetic Biology Center, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, USA
Tingxi Guo & Timothy K. Lu
Department of Electrical Engineering and Computer Science, Research Laboratory of Electronics, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, USA
Tingxi Guo & Timothy K. Lu
Synlogic, Inc., Cambridge, MA, USA
Anna Sokolovska
Artizan Biosciences, New Haven, CT, USA
Paul F. Miller
Intergalactic Therapeutics, Boston, MA, USA
Jose M. Lora
(2)
Bob T. Li, M.D., Ph.D., M.P.H., Egbert F. Smit, M.D., Ph.D., Yasushi Goto, M.D., Ph.D., Kazuhiko Nakagawa, M.D., Hibiki Udagawa, M.D., Julien Mazières, M.D., Misako Nagasaka, M.D., Ph.D., Lyudmila Bazhenova, M.D., Andreas N. Saltos, M.D., Enriqueta Felip, M.D., Ph.D., Jose M. Pacheco, M.D., Maurice Pérol, M.D., Luis Paz-Ares, M.D., Kapil Saxena, M.D., Ryota Shiga, B.Sc., Yingkai Cheng, M.D., Ph.D., Suddhasatta Acharyya, Ph.D., Patrik Vitazka, M.D., Ph.D., Javad Shahidi, M.D., David Planchard, M.D., Ph.D., and Pasi A. Jänne, M.D., Ph.D. for the DESTINY-Lung01 Trial Investigators*
Trastuzumab Deruxtecan in HER2-Mutant Non–Small-Cell Lung Cancer
The New England Journal of Medicine September 18, 2021
(3)
Laird Egan, Dripto M. Debroy, Crystal Noel, Andrew Risinger, Daiwei Zhu, Debopriyo Biswas, Michael Newman, Muyuan Li, Kenneth R. Brown, Marko Cetina & Christopher Monroe 
Fault-tolerant control of an error-corrected qubit
Nature (2021)
(4)
Kitada, T., DiAndreth, B., Teague, B. & Weiss, R. 
Programming gene and engineered-cell therapies  with synthetic biology. 
Science 359, eaad1067 (2018).
(5)
Xie, M. & Fussenegger, M. 
Designing cell function: assembly of synthetic gene circuits for cell biology applications. 
Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 19, 507–525 (2018).
(6)
Xie, M. et al. 
β-cell-mimetic designer cells provide closed-loop glycemic control. 
Science 354,  1296–1301 (2016). 
(7)
Bai, P. et al. 
A synthetic biology-based device prevents liver injury in mice. 
J. Hepatol. 65, 84–94 (2016).
(8)
Xie, Z., Wroblewska, L., Prochazka, L., Weiss, R. & Benenson, Y. 
Multi-input RNAi-based logic circuit for identification of specific cancer cells. 
Science 333, 1307–1311 (2011).  
(9)
Nissim, L. et al. 
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Cell 171, 1138–1150.e15 (2017).  
(10)
Kloss, C. C., Condomines, M., Cartellieri, M., Bachmann, M. & Sadelain, M. 
Combinatorial antigen recognition with balanced signaling promotes selective tumor eradication by engineered T cells.  
Nat. Biotechnol. 31, 71–75 (2013).
(11)
Roybal, K. T. et al. 
Precision tumor recognition by T cells with combinatorial antigen-sensing circuits.  
Cell 164, 770–779 (2016).  
(12)
Kemmer, C. et al. 
Self-sufficient control of urate homeostasis in mice by a synthetic circuit. 
Nat. Biotechnol. 28, 355–360 (2010).
(13)
Saxena, P., Charpin-El Hamri, G., Folcher, M., Zulewski, H. & Fussenegger, M. 
Synthetic gene network restoring endogenous pituitary–thyroid feedback control in experimental Graves’ disease. 
Proc. Natl Acad. Sci. USA 113, 1244–1249 (2016).
(14)
Xie, M. et al. 
β-cell-mimetic designer cells provide closed-loop glycemic control. 
Science 354,  1296–1301 (2016).  
(15)
Bai, P. et al. 
A synthetic biology-based device prevents liver injury in mice. 
J. Hepatol. 65, 84–94 (2016).
(16)
Schukur, L., Geering, B., Charpin-El Hamri, G. & Fussenegger, M. 
Implantable synthetic cytokine converter cells with AND-gate logic treat experimental psoriasis. 
Sci. Transl Med. 7, 318ra201 (2015).
(17)
Wu, C. Y., Roybal, K. T., Puchner, E. M., Onuffer, J.  & Lim, W. A. 
Remote control of therapeutic T cells through a small molecule-gated chimeric receptor. 
Science 350, aab4077 (2015).


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