上述したように
早産の子どもで脳の発達機能の遅れ、知能の遅れが
生じることがあります。
おそらく生成系AIや
囲碁、将棋などから派生し
より特定機能に特化した多様な人工知能が今後発展すると
それを使いこなす優秀な子どもは
ますます能力が上がっていく可能性もあるため、
教育格差を小さくするという事は
基本的に難しい可能性があります。
一方で、
Hanna Dumont(敬称略)らは教育的な平等性のための
個別学習の重要性について総括されています(258)。
この総括論文で定義される「平等性」とは
社会参加においての基本的な能力と
それぞれの人にとって意味のある人生を送る事
とされています(258)。
例えば、人の走る能力が
ロケットには最大速度では到底かなわないように
ある特定の領域では人の能力を人工知能がはるかに凌駕します。
すでにそのような能力超越は産業革命以降、
計算機、それを拡張したコンピューターを初め
段階的に、発展的に継続的に起こっています。
人工知能によってまたその範囲が広がることになります。
そうした中で「意味のある事」とは
人工知能ではなく、人、それぞれ個人が決める価値です。
様々なテクノロジーと共存する中で
人にとって、あるいはそれぞれの
お子さん、学生さんにとって価値のある事は何なのか?
そういったことを成人後も含めて
模索し続けるための基礎としての教育もある
という風に捉えることもできます。
教育は医療の情報とは少し遠い学域になりますが、
子どもの継続的な脳の発達において
教育は密接に関連しています。
この記事のビジョンとしては
その子どもの一生を見据えた時のより良い医療の為の
包括的な情報を提供するということにあるので
高校までの12年間、あるいは高等教育までの
継続的な教育の在り方を考える事は
アウトライン(骨子)に並行したものになります。
教育に関しては2015年から5年間
医療と同じようにブログ記事を書いてきた経歴があります。
その中で想像以上に教育の難しさを感じています。
Hanna Dumont(敬称略)らは総括の中で
生徒が学ぶ内容に対して
◎過去の知識
◎自分の心の状態
これらと共鳴(コヒーレント)な状態を築くことによって
内容を理解すると記されています(258,259)。
つまり、教育者として自分が生徒に教える際には
その生徒の知識と心の状態を理解する必要があります。
心の状態というのは
その現場でのエンゲージメント(没頭、集中)とも言えます。
「理解できる事の喜び」
「成長できている事の喜び」
「先生が信頼できる安心感」
「希望の進路に沿っている一貫性」
、、、
様々な要因があると思います。
自分の目標、家族、先生に対する
コミットメント(約束、献身)という事も重要な因子です。
教育学では自己調整学習という概念があります。
「生徒が自ら進んで勉強する」ということが
如何に重要かということが主要な内容の一つです。
生徒の心、知識、経験、学習内容、勉強法
先生(学校、塾)、家族との関係性など
様々な要因が共鳴(コヒーレンシー)することで
仮に知能の遅れなど一定の困難があったとしても
効果的な学力の向上が見込まれると想定されます。
私は過去、ブログで主に勉強法の記事を書いていましたが、
言葉だけでは伝わらない部分があったという事です。
上述した生徒との共鳴の因子を多く持つためには
現場で一人一人と向き合う必要性がありました。
教育のマンツーマン性をより精緻に高めていくためには
多くの場合、教える側のリソース(資源)が不足します。
それを補うためには一部の優秀な学校で行われているように
「生徒同士の教えあい」が大切です。
それによって教える側の資源が顕著に増えるだけではなく、
生徒同士の一体感や教える側のより深い理解につながります。
そういった面では教えあいの文化は正のスパイラルといえます。
Hanna Dumont(敬称略)らは総括の中で(258)、
生徒の学力に応じたクラス分けに一定の反論を展開しています。
様々な学力の学生さんが混在する場合には、
先生1人ですべての学生をカバーするのではなく、
生徒同士教えあいも含めて、能力を補い合うという事で
高いレベルで平均化される可能性があります。
今までの経験からすると勉強には
「共通に当てはまる方法」があると考えています。
例えば、
現時点の私の知的能力、実務的な能力があります。
今まで「方法論」を非常に重視してきたので、
その方法、手順は言葉にして伝える事ができます。
それによってある程度、
私の知的能力を他の人が吸収することができると考えています。
知的能力に遅れがある学生さんに対して
どのような方法論がありうるか?
Hanna Dumont(敬称略)らの総括で示されたように(258)
既存の知識レベルというのがあって
それと統合して理解するプロセスがあります。
従って、
当然、その知的能力に応じた内容にする必要があります。
クラスの生徒の能力に差がある場合には
先生がどのような授業方式にするか知恵を絞る必要があります。
前述した勉強の方法論について
Hanna Dumont(敬称略)らは
さらに重要な事を挙げられています(258)。
学習は非常に活性なプロセスで行われるという事です。
また、人通しのコミュニケーションも重要である。
このように言われています(258,260-262)。
これは言い換えると
「出力重視の勉強」ともいえます。
勉強は文字、絵、図、数字をベースとして行われる事も多いですが、
◎書く
◎描く
◎まとめる
◎要約する
◎想像(創造)する
◎話す
◎問題を解く
◎考える
◎関連付ける
◎体系化する
◎抽象化する
◎具体化する
◎スケールを変える(微視、巨視)
これらに代表されるような
アウトプットベースが学習において重要であるという事です。
仮に1000ページある教材の内容から
入学試験の問題が出題されるとします。
そうした場合、教材だけを1000ページひたすら読むのは
効率的な勉強とはいえません。
途中でやる気が下がり、苦痛になるかもしれません。
その場合は、その教材の内容から出題された
具体的な問題を解くことが大切です。
問題を解くことによって試験の感覚を掴むことができます。
高等教育の一般的な勉強でも
勉強した内容や理解した内容を
具体的に文章、絵、図にし、
それを知り合いに発表する事はいいかもしれません。
それによって頭の中だけで考えるよりも、
ただ、文章を精読するよりも、
より多く、精緻な知的情報を生み出すことができます。
これは学習へのエンゲージメントを高める効果もあります。
実際に教育現場では
先生や他の生徒との勉強内容に対する議論があることで
学習が促進され、勉強へのやる気も高まっていきます。
知的能力に遅れがある人は
「わからなくても気を使ってわかるふりをする」
ということもあるかもしれません。
従って、その生徒が能動的に正直に
ちゃんと質問できる環境、信頼関係を構築する事が重要になります。
そのためには前述したように
教える側の十分なリソースをどう確保するか?
それを考える必要があります。
しかしながら、
何度も同じ質問をすることは遠慮が伴います。
ただ、何度も言葉を変えてそれをしないと
真の理解にたどり着かないことがあります。
そうした時にはツールとして
検索エンジンや生成系AIを使う事がよいかもしれません。
生成系AIなら何度質問しても嫌悪感を持たれる事はありません。
このような観点から
教育における教える側のリソースとして
検索エンジンや人工知能も含まれると想定されます。
勉強というのは「正のスパイラル」なので
どうしても格差が広がる傾向にあります。
理解できると、学力があがると、成功体験があると
勉強そのものに積極的になるからです。
Hanna Dumont(敬称略)らの「平等性」の定義において
「基本的な能力」というのがあります。
その水準までとの乖離は個人差が大きくあると思います。
その差異が大きな知能に遅れがある子どもにおいても
その基本的な能力に到達するまでの
正のパスを仮に遅くてもしっかり通れるように
支援、サポートすることが大切になります。
(参考文献リンク)
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