この記事は特にこれからの日本において非常に重要な記事になるので、健康ガイドランとは別で記事を設ける。決して、簡単ではない作業ですが、自分が今まで46年間地道に積み重ねてきた真摯な取り組みの元で築いた知力だけではなく体力も含めた総合的な能力を使って、挑戦することにする。なぜ、日本において大切かというと、この記事は、タイトルでも示したように人類の社会経済、生活、産業、科学技術、医療福祉の重心をこれからの地球全体の幸福のためにシフトさせていきますか?という問いに対する一つの暫定的な私の提言であり、その私の実生活、これからの人生、あるいは私と血縁関係にある子どものそれにも関わることで、生活で得られたノウハウと直結することだからです、すなわち、これは日本以外の他の国で当てはめるよりも日本とより整合するということです。そのような条件をより細かくいえば、適合する地域は私がこのような事を考え始めた2025年の夏から住んでいる岡山市であり、年齢は46歳、男性、配偶者なし、離婚歴あり、親権が相手で子ども2人(中学生、小学生)、所得、間欠的な労働、無職を多く経験という条件である。従って、おおよそ、40代で、離婚歴があって、養育する必要のある子供がいて、独身で、低所得である男性という条件設定になる。従って、日本にいて、この条件に近い人がより整合する内容となる。
あなたは、あるいはあなたの世帯全体で、毎月のお金の管理、キャッシュフローにおいて、どういった内訳で支出しているか把握しているでしょうか?家計簿はつけている人がいるでしょうか?私と近い条件の男性はどうでしょうか?クレジットカードで支払いして、家計簿を全くつけない場合と比べて、結果としての支出は大きく異なってきます。従って、男性に限らず、低所得の人、世帯において、支払いを現金にして、家計簿を厳密につけることは非常に重要です。家計簿をつけると、過去、何を食べたかという事が記録されるので、栄養の管理にもなる。そういう観点でも重要です。また、どの食材がどの価格帯で、どういう季節変動があるかもわかります。これは、実際に実施しないとわからないことですが、家計簿をつける利点は単にお金の管理というだけでは決してありません。私たちの生活における支出は以下がある。住居費、光熱費、飲食費、交通移動関連費、衣類関連費、人交際関連費、教育費、医療福祉費、税関連費、年金保険費、趣味娯楽関連費です。あなたは、あなたの世帯はこれらの費用においてどういった内訳で費用を使っていますか?それを正確に把握しているでしょうか?今、日本は円安で全体的な費用が上がる中で、給与も連動して上がらないので、全体的に私のような低所得層は、非常に生活が苦しい状況だと推定される。会社の経営、あるいは国のそれでも同じですが、財政を健全にするとは、こうした費用の内訳をしっかり把握して、それが自分の日常生活の一つ一つの行動選択とどのように連動しているかを理解することが大切です。そのうえで、財政を健全にするため、支出と収入のバランスを整えていく必要があります。今の私の費用は、住居費、光熱費、飲食費にほぼ収束しています。それ以外の支出はほとんどない。国民年金も今は免除なので、社会保険しかない。教育費も今は子供に養育費を送れていない状況です。交際費、娯楽にもほとんど支出していない。衣類もほとんど買わない。それでも決して、月間の支出がそれほど少なくはなりません。なぜなら、飲食費がかかるからです。私の場合は、まだ節約の必要があるなら、削れる費用はアルコール関連の費用です。もう、これ以上は無理です。果物は削れない。今の時期はすでに一番安価で栄養価値のあるみかんを一番安い店で購入している状況です。もう、少し高価なリンゴもあまり買いません。例えば、香川県高松市のあなたに問います。高松市は四国の中では比較的平地も多くて、ところどころ小さな山のような起伏があり、綺麗なところです。気候も過ごしやすく、瀬戸内海があって、徳島、高知からの魚介類の物流もあり、瀬戸内海のそれもあるので、全体的に非常によい食材が入る地域だと思います。食材で一番カギを握るのは新鮮な魚介類、海藻類が手にはいるかです。畜産は全国に散らばっているし、保存も比較的きく。果物も非常に保存がきく便利な食べ物です。海産物は陸上の保存条件とは原理的に合わないので、収穫したらすぐに食べる必要があるので、日本の中でもそれが手に入る地域に一定の偏差があります。大阪よりは香川のほうが全体的に安く良いものが手に入ると思います。そういったなかで上の生活、あなた、あなたの家族が生きていくために必要な費用の内訳はどうなっていますか?例えば、高松市なら東京23区の人とは異なり、多くの人が「自家用車」を持っているでしょう。その車に実質的に月換算でいくら使っているか計算した事がありますか?少しやってみましょうか。例えば、あなたは新車でカーナビなども含めて200万円で購入したとします。車両保険、自賠責保険、自動車税、駐車場代、任意保険、ガソリン代、維持費、車検費、新車購入の減価償却費があります。減価償却の考え方に似せて考えると200万円の車を200か月、すなわち、16-17年乗ることを想定すると月あたり1万円です。年間の走行距離が1万キロとしたら、16-17キロまで乗って、新車で買ってやっとその金額になります。新車全て込みで200万円というとそれほどハイグレードな車は変えなくて、新車で、浮気せず、長く乗り続ける条件で、月当たり、車購入にかかる費用がやっと1万円になる程度です。場合によれば、2-3万円になる。全て計算すると、ガソリン代も含めて、おそらく数万円では済みません。一人世帯でも、安い人でそれくらい。他の費用を一つ一つ計算しませんが、この要領で一度計算するとわかると思います。何にどれだけお金がかかっているかということが。当然、新居の購入も同じです。人生の大きな買い物として、支出する時は新居にしても、新車にしても、そこまで深く考えてそうする人はいません。働いている人は収入がずっと先まである事を想定してそうしますが、その働き先が安定している保証などどこにもありません。だから、良く考えないといけない。まずは、自分自身の生活を守る為です。結局ところ、私が2025年の夏から自分の支出を分析する限り、一番、生活の中で費用と紐づいているのは、自家用車の有無です。日本は、トヨタ自動車が売上高を伸ばし続けている状況であり、30兆円以上の年間売上高があり、日本全体の車関連の下請けを含めた産業の価値連鎖で見ると、どれだけのキャッシュフローがあり、一体、どれだけの割合の人が一定の影響を受けているか正確に算出する事が出来ないレベルです。今、私が面接を受けている会社もその影響を受けているかもしれない。だから、日本でこの話をするのは挑戦的であるということはわかっているのですが、それでも誰かがいわないといけない。今、まさにそういう時期に来ている。地球の持続可能性、環境問題、生物多様性、人の心身の健康、全体的な幸福の実現を考えると日本の場合は特に、この自動車の問題に私のように情報拡散という意味で大きな影響力のある誰かがいわないといけない問題です。これは自動車産業に嫌悪を抱き、敵視するからではない。もし、そうなら、こんなことをいいません。むしろ、自動車産業の為を思っていっている。なぜなら、シフトするには実質的に何十年規模の時間がかかり、その間で向かう方向が明らかになって、今ある潤沢な金融資産、人的資産に基づく事業ポートフォリオをシフトさせる十分な時間があるからです。こういう方向に向かう可能性があるということを非常に理由から明確に説明する事は、こうした将来、会社をどういう風にするかの非常に重要な情報になります。従って、むしろ、高松市のあなたよりも、自動車産業関連の経営陣のほうが真剣に見る情報です。自分たちの未来に密接に関わる可能性があるからです。
前述したように非常に多岐にわたる費用があるわけですが、それが自分の日常生活の選択とどう関連づいているかを理解している人は「いない」といっていいでしょう。実は、地方都市の人は特に、自動車所有を断念して、移動を全て自分の足を使った移動、歩行、走行にすると、自動車関連にかかる費用以外の色んな費用の削減につながる事に気づきます。それについて説明しましょう。自動車の所有を諦めると、保険を含めた自動車にかかる費用だけではなく、住宅費に関連する駐車場代もいらなくなります。ランニングコストとしてガソリン代、維持費、車検の費用もいらなくなります。しかも、公共交通機関もできるだけ使わないとなると、交通関連の費用がかぎりなくゼロに近づきます。それだけではありません。住居の選択も歩く能力が上がってくると、数キロ以上動くことが苦痛ではなくなり、むしろ、「歩きたい」という気持ちになるので、駅からアクセスがよいところを選択する必要性がなくなります。そうすると住居選択に幅ができ、安くて良い物件を交通の制約を受けない形で選択ができるようになる。従って、住居費も実質的に安くなる。光熱費も同じです。歩くということは外出の機会が長くなるので、家にいる時間が短くなります。従って、特に電気代に関わるエアコン代が節約されます。さらに、歩くと体の熱交換が円滑になるので、温度変動に強くなります。従って、多少の熱い、寒いではエアコンがむしろ不快的と感じるようになり、必要以上につけなくなる。光熱費も安くなる。長く歩くと間違いなく下半身を中心に骨格、骨格筋がバランスよく整い、循環器、神経系がよくなるので、心身の健康が全体的に底上げされます。これは間違いありません。従って、医療福祉費用も安くなる。生命保険などもいらないという話になる。場合によれば。人との交際費も、歩く、走るという習慣があると、そうした習慣を持つ人と仲良くなる可能性があり、不健康な支出が減り、安くなる可能性がある。歩く、走る習慣があると、煩わしい人との関係性もミニマイズされる可能性もあり、その点でも支出が減る。歩くというのは「移動に時間がかかる」というデメリットがある。普通に歩くと1時間移動しても5km程度しか移動できません。従って、半径5kmの圏内を色んな寄り道をしながら複雑に移動すると、2時間半くらいはかかる。この時間は、むしろ良い方向に働く。歩くことが苦痛ではなく、それが健康状態を自覚的にも上げるので、移動自体に高い意義が生じます。私は、長い時は6時間くらいは正味、歩行、走行で時間を費やすので、それでほとんど昼間の時間が使われます。あと、食事と、今のようにちょっとした執筆作業になる。そうすると、趣味娯楽に使う費用も減ります。多分、今の人の消費傾向は、本当に必要なものを買うよりも、「時間があり、暇だから」インターネットで「ポチッ」とついついクリックしてお金をクレジットカードで不可視な状況で使っているケースも多いと思う。それで1か月遅れて請求がくる金額の多さに愕然とするわけです。長い時間歩くと、物理的にインターネットと接続できないので、そうした娯楽関連費用が激減します。本当に詰めていって、私くらいのロコモ能力になると、かかる費用が、住宅費、光熱費、飲食費、教育養育費、健康保険などの最低の保険料くらいになる。費用の内訳が単純になるので、管理が非常にしやすくなる。私の場合は、ワイン、焼酎などアルコール関連の支出と、果物の支出が多い事に築く。果物は削れないけど、安い果物を選択する余地がある。アルコールは減らした方がいいということになる。アルコールは労働をすれば、必然的に減少する支出です。無職だから多く飲むという事もある。
今、説明した様に車の所有を諦めて、歩くという移動の選択肢にすると生活にかかる費用が非常に多元的に節約されることになります。しかも、心身の健康になる。それに多くの人は「気づいていない」状況です。これに気づいて多くの人が実際にそれをすると「まずいことになる」。それを含めて考えて、私は記事を立ち上げているわけです。多分、私の推定では、これに「気づいた」としても、既に車を所有している人が、私のように廃車をして所有を断念する人はほとんどいないと思う。本当に生活に困っていたらやる。あるいは、私のいっている本筋、本質が非常に高い知識でもって理解されたならそうする。おそらくその程度なので、車関連性の高い利害関係者はたちまち高い警戒をする必要はない。但し、これは「強制的にも」変えていかないといけないこと。そいう時期に今、日本、世界全体はきている。私の萌芽、登場も含めて。日産、ホンダなどのあなた方は多分、私を恨むことにならない。なぜなら、これはタイトルに示したように極論ではなく、バランスを考える重心の問題であり、ボディーAIを含めてあなた方が事業ポートフォリオの選択を今の潤沢な資源でもって変える代替となる産業提案をするからです。あなたがたの一部の人ももうわかっているはず。自動者が交通事故も含めて、地球全体において必ずしもよい結果を示していないということを。それは、今、NASA、JAXAが目指している人類の月、火星への進出の計画も同じです。ホモサピエンスは遠くに行ける事、空を飛ぶことを夢見た。やがて、宇宙に旅ができる事、そこに住めることを夢見ている。それが実現されることはこれ以上ない喜びなのです。私が定義する心身の健康というベースを超えた、その上にある「空白」を埋めるために重要なことです。それがあるから、現在の自動車だけではなく、飛行機、リニア新幹線を含めた輸送機器がある。その夢が具現化したわけです。さらに、宇宙にいけるようになる。しかし、そこでまた、人類は回想的に大切なことをきっと理解することになる。月に行き、火星で生活し、深刻な心身の健康に悩まされることになる。多くの死者が出る。それで、地球での歩行を中心とした心身の健康の大切さに気付くわけです。宇宙はそれがより顕著になる。従って、ホモサピエンスのその特性を考慮すると、この取り組み自体は止められないもので、過去、そうであったことは否定はできないけど、そのうえでも、一方で大切な原始的な生活に基づく心身の健康をしっかり地に足をつけて構築していかなくてはならない。それが及ぼす影響をそれぞれがその生活を実施して、確定、推定していかなければならない。その中で、社会経済、産業、科学技術、生活、医療福祉のあり方を再定義し、偏ることなく、その重心をどのようにこれから数十年かけてシフトさせていくかを日本から日本で国単位で、世界全体で、あるいは逆の階層として、各自治体で提案して、議論して、考えて、実行していかなければならない。それは何の為?地球の持続可能性のためです。資源の持続可能性、生物多様性、環境保護、人、動物の心身の健康、その上に立つ人のホモサピエンスとしての進化、幸福の実現の為です。これまで抱えてきたジレンマとしての膨大な負の遺産を少しずつ正の遺産に変えて、最終的にプライマリバランスを健全にすることです。一つはカーボンのネットゼロといえるでしょう。しかし、プライマリバランスはそれだけではありません。金融資産のそれもそうです。それは資本主義にあり方を問い直すことです。これは、非常に重要な議論なのです。従って、私は健康ガイドラインとは独立して記事を立ち上げました。私の能力なくしては決してできないことです。提案すらなされない。誰も統合的には気づかない事です。なぜなら、あなたは「自動車の運転手の左後ろの一番安全な座席にいつも乗っているから」です。私は、今の西高東低の冬型の季節の時に、一番、河川敷で風の通る東西の道を、逆風の中、必死で歩いています。その絶対的な差がある。その経験がある。それは私にとって苦行ではない。その行動選択、価値観でしか気づかない重要なことがある。それを話さないといけない。これは一番は日本で当てはまる事。特に地方の中規模の都市で当てはまる事。日本でいうと、各都道府県の県庁所在地です。東京、大阪、愛知、神奈川は除きます。これらの地域は少し違う結果が出てくるでしょう。すなわち、私がこれらの地域に行き、岡山市と同じように徒歩で生活すれば、違う発見があるという事です。逆に極端な話、過疎の地域で、車が絶対的に必要な地域で、同じように徒歩で生活すれば、また違う概念が出てくるでしょう。
先ほど述べたように、人々が移動に歩くという選択肢を取ると、生活費が非常に大幅に下がるので、結果として起こる事は、経済の「不景気」です。多くの人が消費をしなくなるので、キャッシュフローが全体で低下します。モノの需要が激減するので、多くの生産業の需要が激減します。従って、労働の容量が減り、多くの人がリストラに合う事になります。仕事がなくなる。しかも、AIがあって、仕事がなくなる上に、さらに歩行習慣によって物の需要、消費が減り、仕事がなくなります。従って、何も調整せず、安易にこの情報の本質が人に伝わり、そういう生活をする人が「仮に」増えると、国の経済規模が激減し、不景気になり、今の私のように無職で生活に困る人が溢れることになります。特に、歩く、走る能力がない人で、こうしたシフトに遅れるなかで、さらに、知的能力も含めて労働能力がない人は、社会の中で置いて行かれることになります。生きることができなくなる。これは、極端な話ですが、重心の話であり、その重心のシフトの話です。金融市場の、経済を今以上に肥大化する特に保守系、自民党の政治家のほとんどが考える方法は、地球環境、心身の健康、貧富の差、生物の保護などを総合的に考えると改めなければならない。金融の経済は、世界全体でむしろ縮小するようにシフトさせていかなければならない。これはアメリカでは通用しない議論でしょう。どちらかというと欧州のほうがわかってもらえるかもしれない。彼らは環境に対する意識が強いからです。しかも、日本のように土地が狭く、歩く生活が特に都市部で、街の美しいデザインを感じることも含めて、実生活の中で理解されやすいからです。従って、この社会経済、産業の重心のシフトは階層的であり、地球全体のそれと、日本のそれがある。日本には日本のやり方がある。当然、車産業に依存している状況を考慮しながら考えなければならない。但し、日本は、山が非常に多く島国であり、居住面積当たりの人口密度が非常に高いので、街が細かく集中していて、歩くという生活習慣が特に東京、大阪、横浜、名古屋で適する。次に地方都市。全てが多様性を取り戻し、特色ある街になり、魅力的になる。現在のようなショッピングモールで寡占化する消費産業構造へのシフトに歯止めがかかり、より分散的で、多様性のある消費産業構造が再び復活する可能性がある。全体的に経済が縮小するけど、実効的な消費がより意味のあるものになるので、すなわち、時間があり、暇だからなんとなく消費するではなくて、本当に人が自分の幸せのために消費するようになる。すなわち、消費の質が上がるということです。それは、経済規模が小さくなり、貧しくなるではなくて、むしろ、豊かになるということです。だから、ちゃんと考えなくてはならない。間違えると、無職で生活できない人が溢れることになる。調整しながら段階的に全体像を見てシフトしなければならない。だから、「重心」という考え方が非常に重要になる。今は、トヨタなどにお金が集まっていますから、その潤沢な資金を適切な方向に事業ポートフォリオが動くように、下請けも出血はしながらも、なんとかついてこられるようにしていかなけければならない。そのための「ボディーAI」の提案です。身体のボディーをしっかりデータ化して、現在のAI産業とつなげることは「必須」です。その実現のために、車業界にその潤沢な資金と、人的資本を費やしてもらい、なんとしても非常に高度なものに仕上げてもらわないといけない。本来の移動についても、その輸送機器が、身体とどう連携しながら、実現していくかを今の私の草案を超えて、創案してもらわなければならない。輸送機器の技術が、同じ機械工学として、ロボットに水平展開されれば、ボディーAIと連携して、ロボットが色んな危険な仕事をしてくれる世界になるかもしれない。あるいは、自動運転の実現もそうです。物流の最適化もそう。多くの無形資産をどう、金融資産と結びつけることもそう。
おそらく私の推測として、岡山市程度の都市の人でも、私が車を廃車して生活する限り、一定の不便さはある。例えば、日本人なら、コメを買いますね。5kgのコメは、33合くらいなので、4人家族だと、1日で10合くらいの消費だとすると、3,4日でなくなる。だから、頻繁に買わないといけなくて、小売店から運ばないといけない。結構、大変ですよ。ペットボトルの飲みものと一緒に運ぶとなると。昨日(2026/2/1)も、私は米5kgとワイン3kgの計8kgをリュックで背負いながら、一番安い店で買って、3kgくらい歩いて家に運びました。これは日常的なことです。特別なイベントではありません。特に夏は大変です。だから、基本的に今、車を持っている人が手放すという選択をすることはほとんどないと考えられます。車の所有比率が統計上明らかにわかる程度に変わる可能性は低いと見ています。もし、私の情報が拡散したとしても。啓蒙活動をしたとしても。それで生活した自分の実感として「これは難しいだろうな」という感じです。私は一人だからいいけど、仮に子供二人がいたら、今のようにはいかなくなる。さらに労働もするとなると。だから、車の所有を都市部から段階的に減らしていき、強制的に移動は歩きにしないといけない状況にしたとしても、重いものの輸送という意味で、物流をしっかり構築しないといけない。私のようにロコモ能力のある人は、家族の協力も経て、日常的にリュックサックも含めて思い荷物を運べばいい。それはそれで、非常に効果的な下半身のトレーニングであり、心身の健康、あなた、あなたの家族の基本的な運動能力、あるいは子供の教育の上で大切な事です。食材を苦労して家族と一緒に共有して運ぶという子供の頃の経験がなにものにも代えがたい大切な教育となります。こうした考え方は、日本でいうと一番は東京23区、大阪市です。その中で「低所得の人」が大切になります。さらにいえば、私のように独身、単身世帯の人です。変えていくにしても、それにより適する地域、条件の人から変えていく、啓蒙していくのがいいと思う。生活費が多面的に激減する上で、心身の健康も手に入るので、非常に合理的かつ建設的な選択です。モデルケースとして、都道府県の都市部のどこかの地域に、そういったロコモ推進地域を設けるのもいい。あるいは、期間限定で、すべて歩行者天国にして、関係車両以外の車両通行を禁止にして、ある一定の領域内で、長い距離を歩きながら、街をしっかり見て、色んな商店に立ち寄り、運動に伴う健全な食欲で、美味しい飲み物、食べ物を食べる。家族と会話しながら歩く。そうした経験をイベント依存で経験すると、肌感覚、実感として、現代生活で移動が輸送機器に奪われた大切な事に気づくことになります。それは、感覚だけではなく、イベントとして主催者がその意図、意義について明確に説明しなければならない。この私の記事にように。「あなたの日々の移動を車を所有するにしても見直しませんか?」あるいは「車をもし手放せば、あなたの生活費は激減します。その代わり色々不便にはなります。しかし、その不便を乗り越えた時、本物の生活力がつきます」といえばいい。私は、歩くことの重要性に気づいて、意識的に街を歩くようになって、もう、1年を経過しましたが、歩行には基本的な歩行速度、距離、時間以外の能力がある。長く歩いていると「地図」がいらなくなる。初めての地域でも。ある程度、事前にスマホで大雑把に見ておけば、後細かくは、その場所にいって歩くことでわかるようになる。むしろ、スマホで細かく見たとしても「わからない」という事に気づく。車が外出するとなると一定のわずらわしさがありますね。面倒ですよね。だから家にいる。でも、歩くことが余裕になると、外出するための行動障壁が実は車よりも小さくなる。色んな所に立ち寄るのも、車だったら、いちいち、駐車場の場所を確認して、入らないといけないけど、歩きなら、入るか、入らないか、店の雰囲気を外から確認しながら、場合よれば、同伴者とその場で軽く議論して、時間猶予を持たせて決められる。こんなことだけでは全然ない。日本なら、水路に伴走する小道は、行き止まりである可能性が低く、抜け道であることが多いとか。主要道路に沿う効果的な抜け道は、通勤時間は交通量が多く危ないとか。ものすごく街の事が理解できるようになる。おそらく、私は大阪市に18年間住んでいたけど、岡山の数年間で、特にこの1年間で大阪市よりも岡山市のほうが詳しく知っています。どこのパン屋が美味しいとか。岡山に来てくれた旧友と行ってみたい焼肉屋はどこにあるかとか。最高のマグロのトロを手に入れるための店、曜日、時間帯、事前情報の取得の形態とか。私は消費が飲食に偏っているので、あなたがもし、他の事に関心があるなら、それに詳しくなります。例えば、歩くことと靴は非常に関連性が高いけど、良い靴を手に入れるための店がわかるようになるでしょう。
この記事のテーマである重心をどうシフトしていきますか?という観点に関しては、条件が整う影響の大きいところから、移動の手段を段階的に自分の足に依存するように啓蒙していくということです。それで、輸送機器業界にすぐに影響を与えるほどは動かない。最終的にも動かないかもしれない。でも、動くようにしないと、地球の環境問題、心身の健康、医療福祉の負荷の問題、あるいは逆説的だけど、過疎の問題、地方自治体の財政破綻の問題、少子化の問題などがおそらく解決しない。歩くようになると健康に間違いなくなるので、地方自治体、過疎の問題が解決する可能性がある。健康になると性欲も上がるし、妊娠の確率もあがるかもしれない。しかも、生活費が圧縮されるので、生活の管理が楽なり、子どもを持とうとする若者が増えるかもしれない。ちゃんとボディーAIも含めて次世代の産業ボリュームを調整しながら、進めれば。歩行の復活は、原点回帰ですから、人類の人口が安定していた時代に戻るということです。ということは増えないまでも出生率が2程度に近づくかもしれません。今の東京が異常です。一つは生活費の問題だと思う。子ども一人育てるのに多くの費用が掛かる。負担もかかる。そうした中で求められるのは「経済力」だけではなく、「生活力」です。これは金融資産で示せない無形資産です。生活力は心身の健康とも非常にリンクします。一般的に女性が力を持つ家事、買い物を含めた力です。今の女性も栄養学、資金運用、会計の知識を含めて決して十分ではありません。掃除もどうやって効率的にしますかというノウハウがある。基本的に余計なものがたくさんあっては掃除が難しくなります。車も含めて「モノ」が増えると色々面倒です。だから、政府主導で、強制的にもやっていかないといけない。多分、啓蒙したとしても、日本人は変化が苦手ですし、不安に感じやすいので、自分の便利な足が失われることに大きな不安があります。だから、勇気をもって一歩踏み出す努力、支援、知識、適切な情報が必要です。車関連にかかる、間接的に影響をあたえる費用の「可視化、定量化」です。あなたは、車を持つことと引き換えに、これだけの費用を払っているんですよ。という事をわからせるということです。一定の命に関わる加害、被害のリスクも当然ある。交通事故がありますから。個人、岡山市、東京、日本としてのこれからの特異的なプライマリバランスの最適点がある。今は、少なくともその最適点からほど遠い。お金の流れがもう「ひどい」。はっきりいって。みんな貯蓄して、企業はお金を貯めて。それでお金を回すために、政府はお金を発行して。その回っている消費は、無駄な消費が多い。無駄な労働、モノを生み出している。典型的な暇だから、インターネットで「ポチっ」です。それは、これからの世代、地球、日本の適正なプライマリバランス実現のためにはいいかげんやめないといけない。労働も、今は「働きすぎ」です。もう、1日数時間程度でいい。それ以外の余った時間は歩行、走行など運動に費やせばいい。職場も、徒歩でいけばいい。1時間、1時間半かけて。それなら、5-7kmくらいは動けます。労働も調整する。一部の知能、体力、経験が優秀な人に仕事を集めるのではなくて、段階的にモノの生産、労働の需要が減っていったときに、その需要が分散して回るようにしないといけない。すなわち、全体的に労働時間が減るようにするということです。労働時間が減ると、暇になるけど、その時間はロコモ運動、すなわち、歩行、走行をすることです。別個、運動することが嫌な人は、通勤を徒歩にする。これは、保守の政治家には受け入れがたいことでしょうね。昭和のモノをどんどん生み出し、生産性を上げて、長く労働していた時期を知っている人は特に。でも、それは変えないといけない時期にきている。これは左派、中道とか関係のない話です。地球の未来のためです。日本の将来世代のためです。過去の負の遺産を認識し、それを顧みて、正の遺産へと方向転換して、プライマリバランスを適正化することです。一番、個人の重要なプライマリバランスは月ごとの収入と支出のバランスですから、それが、各個人、一定の努力のもと整うように、社会経済、産業、医療福祉、生活、科学技術の重心を考えていかないといけない。岡山市には岡山市のやり方がある。東京には東京の重心がある。日本にはその規模で適正なプライマリバランスがある。地球には、地球全体としての最適な落としどころがある。決して、自動車産業を貶めるというたくらみではない。むしろ、逆。それに依存する日本だからこそ重要な議論です。自動者産業が歪めていることが多くあるからです。規模が大きいだけに。それが実は多くの社会課題と関係しています。
今日は、朝、2時に起きて、ストレッチして、数時間かけて、俺はこんなことするのか、、、自分の生活と、子どもの生活を守ることが先決です。まあ、ただ、私の能力はここにあるから、それをするよね。私としてのブランクスペースを埋める為でもあるが、日本に対する「嫌味」でもある。
2026年2月2日月曜日
社会経済/生活/産業/科学技術/医療福祉の重心をどうシフトさせるかを考える時期に来ている
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