体、もっといえば、表皮の微妙な動きを数字で分析できて、かつ、重層的な基準でデータ蓄積され、アグロリズムが駆動し、人工知能が利用できるようになると、健康だけではなく、色んな世界が変わる。
まずは、ゲーム。ゲームは人とか、動物をキャラクターにすることが多いが、実際に人の身体、表皮の微妙な動きを見れることは、倫理的な問題があるけど、動物のそれも可能になる事。本筋の目的を、動物の病気の治療、健康を守る為として、副次的にゲームに使うとした場合は、倫理問題が軽くなる可能性がある。だから、獣医学も変わる可能性がある。ゲームも変わる。人の動きがものすごくリアルになる。走る、歩くでデータを蓄積すれば、例えば、陸上のシミュレーションゲームができる。例えば、人一人を未成年から育てるのには、通常は、十年程度の時間がかかるけど、加速的にゲームの中で時間を調整して、数か月程度で陸上選手一人を育てられるようになる。結果が実際のデータから類推されたものになるので、本当に現実に近い形になる。例えば、高校生の陸上選手が、自分のデータをゲームに入れて、先に自分の未来をゲームの中で構築する事ができる。いくつものシミュレーションを同時にゲームの中でして、最適な軌跡を選択することができる。それを基準として、それを上回る成績を出せば、それとは別の食事、マインドの持ち方などゲームでは測れない実生活の中の付加価値を評価できる。一方、下回れば、ゲームの内容を見て、何ができていないかを確認することができる。ゲームはあくまで基準で、大きく変わる余地があるけど、リアルに近い感覚でゲームで自分、人を育てることができる。他のスポーツでも動きのデータを歩行、走行と同じように取って蓄積すれば原理的にできる可能性がある。但し、団体スポーツはより複雑なので精度はかなり下がります。バーチャルでAIが身体の動きを再現し、そのパフォーマンスを推定できるようになると、ゲームが変わる可能性がある。ゲームが身体のデータとパフォーマンスが蓄積し、AIが接続できるようになると、よりリアルに近くなる可能性がある。ゲームは時間を短縮する加速試験も可能なので、本当に楽観的な見方をすれば、自分の人生は一通りしかないですが、ゲームの中で、何通りもシミュレーションすることができるようになるかもしれない。もちろん、精度はかなり低いです。「こういう選択をすればゲームではこういう結果になるのか」という自分の未来が見える。特に健康状態において。あるいは走行、歩行に関わるロコモーション能力において。ゲームがものすごく面白くなる可能性がある。
次に、音楽です。歌唱する時に、喉の部分にあたる首の前の表皮の振動などの動きの分析、表情、顔面の表皮、筋肉の動き、呼吸器、腹部の表皮、筋肉の振動、動きと、音声の詳細な分析をする。歌唱がもっと、データに基づいて理解されるようになるかもしれません。今まで、あいまいだった「グルーブ感」といったことが、どういう状態なのかというのがわかる可能性もある。自分が歌唱しているときに首を触ると、振動の状態が左右対称ではない。表皮から伝わる振動を正確に捉えることができたら、中の声帯の動きをシミュレーションすることができるかもしれない。それが実際に口から発せられる音とリンクする。歌唱の技術、分析だけではなく、歌手の喉の障害を事前に防ぐことにも貢献するかもしれない。ダンスも同じです。身体の動きを分析できるようになれば、同じように変わります。音楽、ダンスも、作曲とか、全体の動きの提案ではなくて、身体の動きをベースにした形で人工知能が関与する余地が生まれます。
体の動き、振動などが細かく分析出来て、ビッグデジタルデータとして有効に蓄積されるようになると、人だけではなく、動物も変わる。それこそ非常によい使い方をすれば、生物多様性にも関わる可能性がある。あまりにも与える影響が大きすぎて、医療だけの話では全然ない。警戒する人がいるかもしれないけど、身体と人工知能を接続させるほうは、おそらく今の脳の知能と接続させるよりも「ハッピーエンド」になる可能性が高い。なぜなら、脳に偏る世の中が破滅的だから。例えば、依存症がそうですね。脳と体のバランスを取る意味でも、脳に影響をすでに多大な影響を与えている人工知能を、「体にも接続させるようにしなければならない。」そうしないとバランスが保てない。だから、むしろ、AIを体と接続させる取り組みは、人、生物を破滅的にさせないためにも「絶対に」必要です。これは、これから、10年で産業と関わるので、お金と関わる。不正する人間がいるので、さあ、どうしますか?という話です。AIで脳を如何に圧倒的に超越するかに奔走する時代はおそらく終わります。如何に、身体とのバランスの中で、人と共存しますか?という時代になる。うまくAIが人の体と接続すると、多分、人はより健康になる。動物も同じ。人の知能もより今まで以上に引き出されるようになる。そのうえで、AI自身も人に引っ張られる形で今まで以上に賢くなる。ホモサピエンスの進化が、身体全体のバランスを考えながら、AIに支援してもらう形で進む可能性がある。ベースの心身の健康が整い、その上のホモサピエンスでベースの上に構築される人生の満足の為に必要なブランクスペースが、こうした取り組みのなかで今まで以上に多様性あふれる形で埋まるようになる。それこそ、生活習慣をしっかり整えながら、あまりの時間で今まで以上に面白いゲームをすることができる。スポーツも今まで以上に面白くなる。ダンス、音楽などの芸術もそう。特に、スポーツ、ゲーム、映画などもそうですね。漫画、アニメも影響を受けるかもしれない。それだけではなくて、楽観的な予測では、人が自分の人生を、あるいは他人の人生を何パターンも先取りして仮想空間、ゲーム上で経験できるようになるかもしれない。普通は一通りで、それで終わりだけど。そういうシミュレーションゲームは既にあるけど、もっとリアルに近い形になる可能性がある。これは、研究、論文発表とかいうレベルではなくて、産業、経済と強力に紐づく形となります。ウェアラブルセンサー、衛星での映像などによる体の動きの数字化、ビックデータ化は人、動物、地球の未来を考えると本腰をいれて真剣にやったほうがいい。医療だけではない。多くの人の人生の満足度に関わる。
ボディーAIをビックデータ化するのは、単に生物、人の体の「動き(motion)」を階層的なセンサー、中枢計算機によって数字データとして分析して、クラウドに大言語モデル類似的なアルゴリズムで駆動できるビックデータ化して、人工知能によって機能的に無限に付加価値を伴う中で回転できるシステムを構築できるだけではなく、その「動き(motion)」というのは生命系だけではなく、人工系でも同様に応用可能です。例えば、自動車において、巨視的な交通システムの動きの分析だけではなく、より微視的には一つの自動車の中にシステムとして存在する内燃系エンジンの個別の動きをセンサーに依ってモニタリングして数字化して、ビックデータとして蓄積することも可能です。そうしたノウハウに関わるデータは秘匿としたい部分もあると思われるが、私の感覚では、例えば、歩行においては、歩幅、ピッチは数字化したい。それで私の歩行のノウハウは奪われるわけではない。むしろ、私自身の歩行の言語化、表記化できないスキル、経験の向上にむしろ貢献します。データは離散的であり、今後発達したとしても限界がある。連続的な、フラクタル、連蔵的な人でしかできない領域が必ず残る。人の教育、能力がしっかりしていれば、むしろ、そうしたデータ化は人のそうした価値に付加的なものを与える肯定的な要素のほうが大きい。数字化して、そうした数字データを元にブラックボックスを含めて、コンピューター、AIで初めてわかる事も大きいです。今はそれが大言語モデルで言葉で示されるけど、様々なモノ動きがデータ化されて、特異的にビックデータ化されて、アルゴリズムが開発されて、言語と干渉しながら、利用できるようになると、モノ動き自体が知能化されることになります。それは人の体の動きだけではなく、自動車の複雑なあらゆる階層の動きもそうです。むしろ人の動きよりも人工と人工だから自動車の方が、ムーブメントAIと適合性があるかもしれない。大阪の私が勤めていたシャープの堺工場の跡地が、KDDIが進める巨大なデータセンターになっているけど、こうした工場の跡地でこれから有効なデータセンターとして利用していく上で、「どういったデータを貯蔵しますか?」という問題がある。本当にそのデータが有効なら、そうしたデータセンターの構築の成功につながるわけです。その有効性とは、究極的には人の多元的な幸福につながるかであり、それは同時に地球、他の生物のそれでもある。人の幸福とはベースとしての生物学な事を中心とした心身の健康であり、さらにホモサピエンスとして求められるその基盤の上に存在するブランクスペースを色彩鮮やかに埋める事です。国内の無残に散りはてた工場跡地をこれからの希望を込めて、入れ替えるデーターセンターがよりそうした全体の幸福のためにどういった「データ」を貯蔵するかの中身を考える事が重要です。それが一元的に今の知的な情報だけではなく、人の脳と一定の独立性がある体の動きのデータ、あるいはもっと個別化した人工的なシステム、例えば、輸送機器、自動車の様々な階層の動きのデータを特異的に、個別化した蓄積することではないでしょうか?それぞれを個別的に、あるいは互いの領域を行き来できるように蓄積し、コンピューターが処理可能な形で数字データとしてビックデータ化し、現在のAIの大言語モデルの成功に倣って、AIが機能できるようにする。その目的は、人がより詳細に、今までにない精度、視点で理解できるようにすること。そうしたデータは普遍化され、人が想像の世界で描くゲーム、漫画、アニメ、映画などの価値にも敷衍的に影響します。今まで構築されてきた産業が、人の心身の健康とも接続し、AIの技術を中心にスパイラルに螺旋的に相互作用し、ホモサピエンスの進化圧、進歩圧の需要に応える形で段階的に上っていくようなイメージです。全てが独立ではなく統合性を持ってつながっていく。何が究極の目的ですか?それは地球、生物にとっての持続可能性、幸福を実現しながら、人、ホモサピエンスの心身の健康を基礎とした、その上に存在するブランクスペースを色鮮やかにその人の満足度の答える形で多様性を持って埋めていく環境を構築する為です。その軸に沿って、人の生活にとって必要な経済、資本主義が円滑に回るシステムです。数字データ化、AIは元来、人、ホモサピエンス、生物、地球にとって不可欠なものではないけど、現代として、資本主義として、これからの「余白」を埋めるものとして、中心、軸となるものでしょう。日本にとって、過去、これからの軸である自動車産業も、どうやってブラックボックス化されてきたデータを数字データとして蓄積して、ビックデータ化して、明らかにし、教育、洗練された人と協調して、輸送機器としてより素晴らしいものに「改善」していくかという命題があるでしょう。その命題の答えは、私が提案する「ボディーAI」もっと広範には「動きの分析」があります。すなわち、それは「動きの基本物理の理解」と「様々な高精度のセンサー」の開発があります。センサーは物質として大量に必要でAIと共に非常に伸びると思う。こういう未来を具体的に想定して、事業ポートフォリオを考えましょう。日本の企業は基本的には製品の質が素晴らしいので、後は、未来に対して何が求められるかのストーリーを描き、その構想をもとに、どういった製品が求められるかを今から外挿し、推測する事です。この私の文章のように。私はこのような未来を提案します。全ては最終的にはホモサピエンスの多層的な幸福の為です。決して人中心的ではなく、地球全体の事を考慮した上でのそれです。世界一のトヨタ自動車のあなた方はどのような「ミライ」を描くでしょうか?
トヨタの為に、もう少し私の考えを述べようかな。私、行動速いでしょ(笑)?実は、私は大人になって初めて、大学で乗った車が日産のパルサーGTi-Rという車です。バリバリのスポーツカー。ミッションで。私は今でこそ、自動車は嫌いだけど、それは医療、人類学を包括的に勉強して知ったからであって、元々は車は好きなんですよね。その次に乗った、スバルのフォレスターもミッションです。ミッションのストロークも短くて、軸がキビキビ動いて、白のかっこいい車だった。好きで仕方がなかった。私は車好きの気持ちがわかる、ロコモ推進派です。ロコモって、日本ではロコモシンドロームという意味で足で移動するのに障害があるという点で否定的に使われるけど、私のロコモは、ロコモーション運動という意味で、歩行、走行を肯定的に意味することです。元々車好きの私の考えとしては、都道府県各地方に「サーキット」を作ってほしい。全国に10か所くらいあればいいかな。スピードは出し放題。だってね、車の性能からして、50km/h制限ってストレスがたまるからね。だから、加速で一気に上げて、最高速度を落とすことでごまかすけど、本当はスピード出したいんだよね。いい車乗っていれば。車を開発する人もスピードが出て、安定する車は一つの大切な性能だから。だったら、それ専用にサーキットを作ればいい。九州、四国、中国、近畿、東海、北陸、関東、東北、北海道。楽しいじゃん。色んな特異的なコースがあって。絶対に車好きはお金を使ってでもいくよ。本当にあなたの車に対する愛する思いは「公道」ではなく「サーキット」に費やして。そこでは歩行者、他の車に対する加害のリスクはない。事故しても、自分しか被害を受けない。事故しないようにシステムを考える余地もある。シンプルだから。交通違反の縛りもない。その代わり、高いお金がかかる。でも、そのお金の支出は車好きなら耐えられるでしょう。もう、全国に車好きの為にサーキットを作って。それもね、うまくやれば、地方創生にもなる。公道はね、性能のよい車を乗れば乗るほどストレスがたまる。もう、私の中ではサーキットしかない。日本で全国に作ろうよ。サーキット。車が好きな人はサーキットだよ。そんな鈴鹿サーキットみたいな感じじゃないよ。山道などの長い距離を走る感じ。専用の道を作ってね。これね、私が昔から持っていたコアなアイデアです。車産業で色んな歪がある。性能の良い車って、スピードが出るんで。親父のトヨタのクラウンもスピードが出てても非常に安定している。だから、高速ではスピード出すよね。危ない。その歪を取る為の一つの手段は「分ける」ってことです。本当に車が好きな人は「専用の」コースを設ける。そこであなた、車開発に込める人の需要を満たす。専用のコースだから運転手はヘルメットをかぶって、搭乗者はなしで、事故しそうなカーブのポイントを特定して、車が逸脱したとしても、破損しないような保護的な非常に高性能な多層的なクッションを設けて、できるだけ安全に、しかも、運転手、車開発者の需要を最大限満たす。しかも、それが地方創生にもなる。地方の方が、そうした長距離の道を築きやすいから。少なくとも東京では無理でしょ?いいじゃん。車好きなら行くよ。みんな良い車乗っていたら公道ではストレスがたまるから。さらに、今はそうした倫理的な規制が社会的に厳しくなっているから。本当に「分ける」のがいいと思う。車開発する人もモチベーションになるよね。速くて安定する車。そのサーキットの為に。こんなアイデア以前にも誰かが出したでしょ?なんでダメなの?って思うね。石破さん、鳥取に作ってよ。
2026年2月7日土曜日
Body-AIが世界を変える(決して誇張ではなく)
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