2025年12月3日水曜日

2020年1月23日に学生さんに向けて、駒田の部屋で書いた内容です。2015年から2021年にかけて日本で主に高校生の学生さんに向けて毎日伴走する形で内容を変えて、書いていた内容を今の私が見返して思う事。「内容についてちゃんと精査してくれた日本人は果たして一人でもいるのかな?」と思う部分がある。「学生さんに対する無償の、すなわち一切見返りを求めない愛」この一言で済まされた部分があるのではないか?あまりにも内容が多すぎて、一つ一つの内容はおおよそ無視されたのでは?。私のパソコンに電子データとして残る文章は2017年からしかもはやないけど、見返してみて思う事。もっと膨らませて内容を充実する余地は十分にあるけど、毎日、手を変え、品を変え、受験生と伴走した価値は「愛」という一言で済まされないのでは?と思います。どこかで1年でも今の私の表現力、知識でもって、もう一度「駒田の部屋」を復活させてもいいのかも。当然、学生さんに対して無料で。その代わり、コメント、賞賛、誹謗中傷などを一切排除して、芸能人(365日の紙飛行機みたいな浮かれが感じはなく)、政治家(安倍晋三さんから独立して)などの干渉を許さず、真摯に取り組む。受け取る学生も真剣でなければならない。2015年に私が学生さんに出した価値、フレームワークをもう一度、再検証する意味で。例えば、2020年1月23日に学生さんに向けて書いた記事は今の私の知識でもって書き直すと、おおよそ下の連続的な文章のような感じになる。同じテーマでも全く異なる書き方になりますね。私として、自分が過去やったことを、自賛することは日本人として恥ずかしいことではあるけれども、例えば、イチローさんの小さい頃からの結果ではないプロセスは誰も検証しようとはしません。駒田の部屋のプロセスを私自身が検証する事は、私個人の問題だけではなく、亡くなられた安倍晋三さん、石破茂さんも含めて日本の問題に関わることだと思います。医療の部屋だけではなく、駒田の部屋もとても私にとっては大切な歴史です。

「生きづらさ」について一緒に考えましょう


受験生のみなさん、学生さん、こんばんは。

「生きづらさ」という言葉を世間で耳にしたことはあるでしょうか?
最近、時折、そういった情報が入ることがあります。
この「生きづらさ」という事が、
社会で一つの概念として流布することは、
私は、良いことだと考えています。
その理由は、
生きづらさの正体を考える上で、
先入観、固定観念を見直すきっかけになるからです。
例えば、
「学校がどうしても合わない人は、行く必要があるのか?」とか、
「なぜ私たちは、生活するうえで
お金に縛られないといけないのか?」とか
「もっといろんな働き方があるのではないか?」とか
「大学の通い方ももっと多様であるべきではないか?」とか
そういうことを考える出発点となったりします。
そういう言葉が出てくること自体、
社会がより包容力を持ったともいえると思います。

皆さんの中で、この「生きづらさ」を感じている人はいると思います。
その中で、
特に深刻な悩みとしてそれを捉えている時間が一定割合ある人は、
おそらく、
日常、多くの時間を占める取り組みにおいて、
「自分と合わない」と感じているのではないかと推察します。
学生さんの場合であれば、
学校というのが、そうかもしれません。
もしくは、家庭という人もいるかもしれません。

その「自分との不整合」を感じていることが、
1日のうち1時間や2時間であれば、さほど問題にはなりませんが、
7時間や8時間くらいになると、
自分の中で放置するわけにはいかなくなります。
つまり、向き合う必要性が出てきます。

例えば、
学校でその様に感じているけど、
違う道に行く決断ができない人もいると思います。
では、合わないと感じている学校生活を
根本では合わないと思いながらも続けていくためには、
どのような考え方が重要になるでしょうか。
1つ、大切な事は、
その感覚を「助長」させないということです。
つまり、
「嫌悪感を強めるような行動の選択肢をできるだけ取らない」
ということです。
辛いなと感じているときに、
知らず知らずのうちに自分を追い込んでいることがあります。
そのケースにおいては、
いくつかの行動の選択肢があった時に、
客観的に見た時に、
よりしんどい方を取っている可能性があります。
では、
なぜ、そのようなことになってしまうか?
です。
こうしたほうがいいと感覚的にはわかっていても
素直になれない自分がいる理由です。
1つは、
「プライドが邪魔するから」
というのがあるかもしれません。
もう1つは、
「根本で消極的な事に対して、
自分が頑張っていることに嫌悪感、違和感がある」
というのもあるかもしれません。
他にも説明しきれないところがあると思います。

このように論理的に言われると、
心に響かない人もいると思います。
色んな人に聞いてもらって、
日にち薬もあって、
時には涙したり、うなだれたり、、、、
ということを繰り返しながら、進んでいくこともあると思います。
それくらい難しい問題だとは思います。
人の心の問題ですから。

でも、よく考えてみてください。
もしあなたが自分を追い込んで余計に辛い思いをしても、
周りの人は、それほど辛くないかもしれません。
家族ですら、わかってもらえないかもしれません。
そういう時って自分の気持ちをうまく説明できないものです。
そうすると、
「一番つらいのは自分自身」
ということに気づきます。
もし、そこに気づくことができたら、
ちょっと日が射してくる部分があります。
今、行動として選択できることが3つあるとしたら、
「3つのうち、一番良いものを取ろう。」
と考えられるかもしれません。
一番上が負担なら、二番目を選択できるかもしれません。
例えば、
学校の人間関係に悩みがあるとします。
その中で、授業中はいいけど、休み時間、昼休み
学級活動が苦痛だとします。
その時に、教室内にいることは、
周りの目もあり、しんどさがあります。
そういう時には、逃げるようで嫌かもしれませんが、
図書室に行って、本を読む、
可能なら先生に言ってスマホを見てもいいと思います。

そうしたところで、
上の例でいうと、
学校生活への疑問が解消されるわけではありません。
でも、学校ならいつかは卒業します。
つまり、環境は変わります。
その有限の時間内、より楽に過ごせるなら、
それに越したことはありません。

本当は、もしそういう経験をしている人がいるなら
話を聞いてあげたいですけどね。
そういう機会があれば、距離感はどうしてもありますが、
聞くことはできると思います。

今日は、以上です。

受験生のみなさん、学生さん、
今日も勉強ご苦労様でした。
明日も、良い1日を過ごそうね。

今日は、英語、漢字はお休みです。


「生きづらさ」について一緒に考えましょう

 受験生のみなさん、学生さん、こんにちは。今日(2025/12/03)の岡山は寒いです。地球温暖化といっても、ユーラシアの高緯度の偏西風の蛇行によって、その寒い風、寒気団が南に触れると、日本も寒くなるんだよね。だから、周期的にすごい寒い日がある。今日はその日かな。

 表題の「生きづらさ」。最近、メディア、書籍でその言葉を耳に、目にする機会は減ったかな。でも、原理的に「生きづらい」というのは、今の科学全般を勉強し、理解してきた私にとって、「当然だよね」「当たり前」というのがあります。従って、学生さんが、あなたが、「生きづらい」と感じるのはある種、当たり前であって、それについて、心底、深く悩む必要はない。それに対して、コンプレックス、すなわち劣等(人よりも劣っている)と感じる必要はないということです。私も「生きづらい」と感じています。では、なぜ「生きづらい」と感じることがおおよそ多くの学問を勉強し、理解してきた結論として当たり前と感じると思いますか?人の心身、すなわち、皆さんの頭脳、身体は「今の」生活に適した形になっていません。ヒト属は数百万年前に低緯度のアフリカで発生したと考えられていますが、元々は木の上で生活をし、気候変動によってサバンナ化し、今のように二足歩行で歩くようになって、その後、長い時間をかけて、人は環境に適応してきました。その環境に適応するためには、少なくとも親から子、その世代を、数十世代ではなく、数百、数千と重ねる必要があり、その為に絶対的に「時間」が必要です。高校生のみなさんの多くはスマートフォンを持っていると思いますが、スマートフォンが発明されてからせいぜい20年程度です。生殖という世代でいうと、20歳で子供を産む人は少ない事から、1世代にも及びません。現代は、すごく変化が速くて、それに人として、もっというと皆さんを形作る細胞一つ一つとして、遺伝子的に適応するには時間が圧倒的に足りません。そうした中で、現代の変化が非常に早い世の中に適応できず「生きづらい」と感じるのは当然のことです。それよりも時間スパンの長い、長い時間をかけて構築されてきた座学を中心とする教育、皆さんにとれば、学校も同じです。学校は旧態依然で変わらないといわれますが、そのように変わらないと言われている領域においても、人の進化、適応の過程をみれば、過渡的で変化が大きいといえます。人は、座って勉強するのに適した形になっていません。
 こうした「生きづらさ」を感じているのは、学生であるみなさんだけではありません。大人もそうです。ひょっとするとみなさんが立派と思える偉大な人もそうかもしれません。この「生きづらさ」は今の私の観点からは、現代に課された人類の共通課題といえます。おおげさでしょうか?いや、そうではないと考えます。日本には「和」という言葉があって、互いに性質の異なるものをうまく馴染ませることを意味します。調和、あるいは折り合いをつけるともいいます。生きていく中で窮屈に感じる部分もあるけど、なんとかうまくやっていくしかないね。といった割り切りみたいなものも当てはまるかもしれません。こうしたある種、抽象的、一歩引いた、視野の広い考え方は、みなさんのような高校生には一般的には難しい事です。みなさんが成長して、私のような40代、あるいはもっと高齢になって身につくことです。それはある種、大人、成熟と呼べるかもしれません。
 「なんか生きづらいな」「世の中が閉鎖的に思えるな」「窮屈だな」と感じる事が、ごく自然なんだと思えた時点で、開ける視野があると思います。少なからず、みんなが抱える問題であるという認識がみなさんをこの「生きづらい」と悩む問題の解決のための勇気になります。あなた、一人だけの問題では決してないからです。あなた一人が背負う問題ではありません。みなさんに教育する私一人が抱える問題でもありません。ヒト属が、現代文明を脳の進化でもって構築したジレンマ、運命なのです。それほどあなたが「生きづらい」と感じる事は現代において「根幹」となるものなのです。
 この記事の表題は「生きづらさ」について一緒に考えましょうです。生きづらい事がみんなの課題であれば、その生きづらさとどう現代社会が向き合っていくかは、あなた個人の問題では決してありません、日本、世界、みんなが問題意識をもって考えるべきことです。人が進化して、定住して、格差が生まれて、時には争い、一方で豊かになり、そうした過程を経て、結果としてジレンマとして生じた生きづらさと現代社会はこれからの軌跡においてどう向き合いますか?ということです。
 私が科学、社会、政治(の一部)を一通り勉強してきた中で、思う事として、そうした「生きづらさ」を解決する一つの重要な糸口は「真の意味での心身の健康の実現」にあると思っています。今、高校生のみなさんは、座学という勉強に縛られ、一方で、勉強を好まない人もスマートフォンの求心力に飲み込まれています。電車で周り見渡せば、スマートフォンの画面を見る人で溢れています。家でもテレビ、パソコンのメディアを見るでしょう。それは、大人も同じです。それはおおよそ、心身において健康的な生活とはいえません。通学でも少し距離があれば、便利な自転車を使うでしょう。私があなた方学生さんに真心を込めて提案できる事として、生きづらさを解決するためには、本当の意味での心身の健康を手に入れることが大切で、その為には、「運動機会を大切にしてほしい」ということがあります。その運動とは、歩くこと、走ることです。一番は、歩くことです。是非、通学を徒歩にしてほしい。余計なお世話かな。東京大学の名誉教授である養老先生は、東京大学の名誉教授ですから、勉強を大切にするあなたにとったら最も成功された方の一人です。その養老先生は、戦後、食事も含めて環境が整わない中で小学校に上がる前までは健康状態に問題があったそうです。度々、病気をされました。しかし、小学校になって、1時間、登下校で歩く必要性があったと言われています。その合計2時間、毎日歩くことで、病気をすることがなくなったと言われています。私が養老先生から教育を受けた最も大切な内容です。歩くという事は皆さんの心身の健康状態を基礎から上げてくれます。みなさんが抱える「生きづさら」の感度、すなわち、生きづらいなと感じるのは、心身の健康状態が悪いとより深刻に、ひどく感じることになります。逆にいえば、心身の健康状態がよけけば、「生きづらい」世の中においても、そんなことは気にしないで爽快に生きていくことができます。生きる時点で、何らかのジレンマを生物は抱えます。それは人だけではありません。他の動物でも同様です。例えば、最近、問題になる熊も、人の怯えて生活しているはずです。そうしたジレンマが暴走しないように、みなさんの心の空間、空白の中でコントロールできるようにするためには、基礎として、ベースとして心身の健康状態を上げることが大切です。そのためには、運動と栄養。とりわけ、運動が大切です。その運動は、一番は、歩くことです。自転車の選択を辞めて、登下校で歩くことです。
 意外ですね。「生きづらさ」。その解決の糸口は、みなさんが「歩く」ことにあります。

数学と芸術の糸(2021年1月1日)

学生さん、明けましておめでとうございます。

以前、ある方が言われていたのですが、
大学で数学の研究をされる方は一番頭を使われるようです。
例えば、同じ物理の研究の場合は
ある程度、自然現象を見て
そのうえで考える部分があります。
自然現象を純粋に観察するという部分が
やや自然受け身的な部分があります。
物理を専攻する人は
自分の頭の中で考えたことに対して
自然現象において違った結果がもたらされたときには
自然現象を優先します。
「私たちは自然の摂理に素直であるべき。」
といった考えがあります。
しかし、
数学は頭の中で世界を組み立てるので
そこにまるで宇宙、世界があるかのように
自分の世界に閉じこもって考える部分があるようです。
もちろん普遍的なルールはあると思います。
しかし、自然科学とはかけ離れた部分も持ち合わせています。
その様な部分は
ある種、芸術あるいはフィクションの小説に近い部分を感じます。

例えば、絵画を描くときには
通常は手書きの場合には2次元の版の上に
自分の頭の中で描いた世界を書き込んでいきます。
その「表現上での」世界は2次元です。
それが3次元になると彫刻になるし、
今ではコンピューターによって3次元の絵を描くことも可能です。
それが4次元になると動画になりますが、
通常は絵で連続的な時間変化を表現する事は稀です。
このような
2次元、3次元、4次元、、、、
といった拡張性はいわば基礎的な数学です。
空間に絵画を描きますが、
その空間はおおよそ幾何数学で示すことができます。
数学者の方が頭の中で描く空間はいろいろあります。
例えば、物理現象から言うと
重力によって曲げられた空間などもあります。
あるいは5次元、6次元、n次元など
次元を一般化した空間も定義されます。
あるいは滑らかか、そうではないか?
そういった境界も考えます。
そのような数学者が考える幾何的な世界というのは
芸術の世界で投影できる可能性があります。
先ほどは絵としましたけど、
それを音の世界で表現できるかもしれないし、
あるいはフィクション小説の世界で示せるかもしれません。

芸術大学に通う学生さんは
大学で学ぶ高等数学を勉強しないと思いますが、
自分の芸術性、あるいは視野を広げる上では
学問として数学を選択するのは面白いのではないかと思います。
両者とも頭の中で世界を展開する部分があるので
その点においてつながりを見出せる可能性があります。

以上。

今日も、お互い良い1日を過ごしましょう。

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逆算して今すべきことを考える

受験生のみなさん、学生さん、明けましておめでとうございます。

2021年の初日、どんな朝を迎えていますか?
初日の出は見られたでしょうか?

年が明けて週末が来て、2週間後には共通試験です。
気持ち新たに共通試験に向けた勉強が必要になります。
残り半月程度なので
共通試験までどれくらい勉強ができるか?
具体的な事も含めて逆算できる時期です。
学校も始まりますし、
共通試験まで自分が用意できそうな
現実的な勉強時間を考えてみてください。
そうすると
「できる事は限られている」
ということに気付くと思います。

その限られた時間の中で
自分は何を優先して勉強する必要があるか?
それを考えてみてください。
そうすると自然と今日、明日
何を勉強するかというのが見えてきます。

また休みムードは続きますが、
試験まで時間がないということを
数字にして明らかにすると
「あまり時間は無駄にはできない。大切に使おう。」
という気持ちも生まれてきます。

共通試験が終われば、
その後には最終試験、2次試験があります。
また、今日から気持ちを引き締めて
一歩一歩進んでほしいと思います。

以上です。

いつも勉強お疲れ様。

(大学受験国語表現対策)
むずかる
子供の機嫌が悪く、泣いたりすねたりする。

彼女はむずかる子供をあやすのに精一杯でした。
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いじらしく
幼い子供や弱い者などの振る舞いが、
何ともあわれで同情したくなる感じ

子供ながらに大変な中、気丈に振る舞っている姿に
いじらしさを感じます。
何とか状況を良くしたいと考えています。
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悲哀 ひあい
悲しく哀れな気持。

悲哀を多く感じれば、人は優しくなれるともいいます。
元旦を迎え、彼と彼女は気持ちを新たにしました。
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やるせない
思いを晴らすすべがない。せつない。

長い間続くやるせない気持ちが消えることはありませんが、
一方で励ましてくれる人が多くいました。
その中でも風化させたくないという気持ちを持っています。
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無邪気 むじゃき
性質・気持などが不純でなく、素直なこと。

むずかる子供を見て、いら立つことがありますが、
無邪気な笑顔を見ると、
そういった気持ちもどこかに吹き飛ぶようです。
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屈辱 くつじょく
屈服させられて恥ずかしい思いをさせられること。
はずかしめられて、面目を失うこと。

彼らは受けた屈辱を情熱に変えました。
スポーツにおいてそのような源からのパワーは
欠かすことができません。
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半信半疑 はんしんはんぎ
なかばは信じ、なかばは疑うこと。

先生から教えられたことに対して
正直、半信半疑な部分がありましたが、
今になってその真意がわかった気がします。
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帰依 きえ
すぐれた者 (特に人格者) に対して,全身全霊をもって依存すること。

彼は帰依することによって
心の凪を手に入れました。
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傍ら かたわた
そば。わき。

彼女は彼の傍らで帰依しているようにもみえますが、
その二人の関係はフラットで平等です。
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やむなく
仕方なく、やむをえず

大きな状況に関しては変えようもないので
やむなく受け入れるしかありません。
1日も早く状況が改善するのを願います。
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ものごころ
世間の有様や人情などが分かる心。

彼はものごころがついた当時の事を
ほとんど思い出すことができません。
昔の自分の経験を忘れる事はある種悲しいことですが、
逆に辛かったことも忘れられるという
清々しさもあります。
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甘んじる あまんじる
与えられたものを、おとなしくそのまま受け入れること

彼女は現状に甘んじることなく
自己研鑽を続けています。
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まさしく
間違いなく。確かに。

彼はまだ学生ですが、
その学力はまさしく本物です。
従って、彼の才能をつぶすことなく
大切に育てていこうと考えています。
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いたたまれない
もうそこにじっとしていられない。

彼女はいたたまれなくなってその場を一旦離れました。
気持ちを整理して、また戻りました。
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もの思いにふける ものおもいにふける
悩みごとや心配ごとなどについて、一心に考え込むこと。

年の末、もの思いにふける彼の様子を見て
周りの方々はさりげなく手を差し伸べました。

(大学受験英語表現対策)
deal with A (問題などに)取り組む
He deals with COVID-19.
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instantly すぐに
She instantly begins to study in the morning on the New Year's day.
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leave behind Aを置き去りにする
He tends to leave behind his hope.
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guilt 罪悪感
He continues to have guilt for her.
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be satisfied with A Aに満足する
She is satisfied with service in this shop.
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intercultural 異文化間の
They can have intercultural communication in this university.
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awareness 気づき
She will be able to have awareness of small happiness many times in this year.
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misunderstanding 誤解
He tries to clear up misundestanding.
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opportunity 機会
He has the opportunities to make intercultural communication.
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encourage A to B AにBするように勧める
He encourages Japanese students to study in a voluntary manner.
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cope with A Aに立ち向かう
They cope with medical care for difficult diseases.
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tend to A Aする傾向にある
She tends to decide a thing prematurely.
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cultural norm 文化的模範
He likes Japanese cultural norm.
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follow A Aに従う
She follows cultural norm in this country.
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sub-cultural 下位文化の
She analyzes a sub-cultural fashion.


数学と芸術の糸

学生さん、明けましておめでとうございます。先日、姫路に電車でいった時、座席の隣の男性の学生さんは、一生懸命、英語の勉強をしてきたけど、「そんな電車のような勉強しにくい環境で勉強しなくても、、、」と思ったよ(笑)。前後の運動機会も含めて良い条件で勉強する事が大切だと思う。アメリカではね、非常に日本で売れた書籍で、運動の勉学における大切さをハーバード大学の准教授の人が述べていたけど、その内容を読むと、アメリカの学校で1時限の前に0時限を設けて、運動させて、その後の勉強をはかどらせて、成功したという事が書かれていたけど、もっと日本的に合理的な方法は、皆さんが学校んい登校する時に有効な運動をすることです。それはすなわち、「歩いて学校にいく」ことです。もう、「自転車は使うな!(笑)」「余計なお世話だ」と言われそうだが、これ以上、あなたに伝えられる大切なことはない。歩いて、学校にいけば、下半身を適度に使う事になるので、血液の循環が良くなって、脳にも血液が回りやすくなる。1時間目から、体全体の状態が良くなり、座位でも、勉強がはかどることになる。特別、学校にいって、0時限目のようにカリキュラムを用意しなくても、学校に自分の足で一定時間歩いていくことで、学校で受ける授業を最適な形で準備できることになる。

 物理と違って、数学は法律と同じように公理を明確に定めて、その法則に従って運用することになるので、物理のように実際に人において特に色彩において発達した視覚、目で見たもの、あるいは、現代でいえば、最先端の測定装置でおいて計測されたデータを分析することなくて、頭の中で独自の世界を構築して考える傾向にあるので、最も創造性を必要として、頭を使われる分野であると言われます。これは、特に大阪で発達した「お笑い」、あるいは「美術」「音楽」「彫刻」などの芸術でも同様です。例えば、私は一般相対論において、光子、重力子において、エネルギー保存則、あるいは構造的な歪によって文章で説明しました。これから私に統一論として求められることとして、これらの物理的な枠組みにおける数式の証明があるでしょう。数学は、ある種、物理をより確実にするためのツールとしての役割があります。しかし、人工知能、仮想空間では、特に仮想空間では、実空間を超越した表現が可能になります。そうした空間において機能する数学もまた、実空間を超越します。そうした仮想空間は芸術ともリンクします。芸術は、自然科学を超えた人の脳において生み出された創造性、拡張性があります。数学は、自然科学を超越した領域で、芸術とつながりをもつかもしれません。例えば、あるメロディーを持った音楽を物理とは独立して数式で表現できるかもしれません。そのような可能性を見出すと、数学、芸術の付加価値が再認識されます。
 高校生のあなたは、今、たくさんの学問と対峙しているでしょう。あなたが想像している以上にそれぞれの学問には可能性、拡張性があります。国語、英語、数学、理科、社会、芸術、体育、工作、家庭科、倫理。それは、あなたが完璧と考える先生ですら成長の余地があるでしょう。私もその一人です。物理は、世の中に完全に見えるもの、感じるものすべてを合理的に説明しようとします。それが統一的に説明できればすべてが終わるとすら思うかもしれません。しかし、それで、素晴らしいアーティーストが生み出す旋律を説明することはできません。数学、芸術は目で見えるものを超越したものがあります。人工知能が今、説明できるものには限界があります。数学、芸術は人工知能を超えた人が生み出す脳の最高の産物です。これを知ったあなたは、宇宙や地球を真に見つめ物理を志したいか、人の脳が生み出すそれとは一定独立した芸術、それに則した一部の数学を志したいか、あるいはもっと他のことか。そうした多様な、豊かな選択肢に溢れています。


逆算して今すべきことを考える

受験生のみなさん、学生さん、こんばんは。私は中学生の女の子が好きかな。娘が中学生なので。これくらいの女の子可愛いよね。私服ではなくて、制服がいいね。私は男性だからそう思うのかな。女性だったら、学ランを着たかっこいい男性がいいのかな?私の娘は元気に中学生活を送っているだろうか?

 受験生の皆さんは、1月、2月が試験だろうから、もう、最終段階に入っているだろうけど、時間が限定されると逆にできることも限定されるから、自然と、やるべきことが明確化されるというのがあるよね。試験に向けて重要性の高い事に集中して勉強するだね。案外、見落としがちなこととして、大切な事は「復習、過去勉強した、理解したことを繰り返し勉強する」ことです。試験で後悔が残るのは、ケアレスミスをすることと、以前勉強したのに、試験でそれを忘れて力を発揮できないことです。勉強したことを再度繰り返すことも大切です。「数字化」することもいいかな。例えば、試験まで、後、2か月とします。おおよそ60日で、1日に4時間の勉強としたら、240時間しかありません。240時間という数字が明確になることによって、自分ができる勉強の範囲もその数字に割り当てることができるでしょう。5教科の勉強をする必要があるなら、均等に割り振れば、1教科、50時間もありません。1時間に勉強できる量も限られていますから、必然的に現実的にできることも限られてきますね。こうして数字化することで現実が見えてきます。逆算して物事を進めるときには、こうした「数字化」によって現実化して、明確化する事は大切です。例えば、あなたが「数学で絶対的に良い点数を取りたい」と思うなら、他の教科の時間を半分にして、時間を100時間にすることはできるでしょう。でも、それで余計に生み出した50時間は他の教科の勉強を犠牲にするものだから、貴重に感じられ、あなたの数学の勉強時間1分、10分、1時間の意識、緊張感を高め、より効率的な勉強に貢献するでしょう。そうした時間の「あなたの運用」がそうした高い意識につながります。逆算して考える事は、とても大切なことです。
 物事には段階があります。例えば、私にとって生涯大切な人である大谷翔平が2025年の今、試合で発揮するプレーは彼の全ての物事の表層にすぎません。彼が小さい時から今まで、今であっても、試合でプレーする前の準備、周りの選手が楽しみに飲みに行くときも真面目にトレーニングした日々、そのすべてが今の彼のプレーに関わっています。翔平の試合の結果、試合の実演をそのまま見ることは正確ではありません。その背景に彼の涙ぐましい努力の結晶があります。彼の基盤が素晴らしいから、彼の活躍があります。あなたの基盤が素晴らしいから、東京大学、京都大学に合格できるのです。翔平は、怪我してから、復帰するまで投手として段階を踏んできましたね。物事には段階があります。受験生のあなたにも受験という節目があります。その日にちは決まっています。そこから逆算してできることがあるでしょう。時間が限られていて、数字にできますから、現実的にできることが明確化するはずです。今、あなたの今日1日も貴重な資源です。それを無駄にすると基盤の一部が崩れ去ります。今日1日、今1分、1秒を大切にしてください。逆算して、出来る事を一つ一つ、下から積み上げていってください。その経験は受験だけではなく、全てに通じることです。そうであるとするならば、逆算して、一つ一つ積み上げていく経験こそが受験で合格するよりももっとあなたにとって大切で、人生のかけがえのない財産といえるでしょう。





 





 

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