薬物送達学は、人の身体の中に投与する薬剤を
効率よく、標的となる組織に送達させる事を目標とします。
その効率が全身非特異的投与に比べて、
10倍、100倍程度高くなれば、
薬の量を減らす事によって、
急性期の治療の改善、
それによる慢性期の患者さんの生活の質を
改善できる可能性があるからです。
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その為には薬剤を機能化させて
標的となる組織、細胞種に強く誘導させる必要があります。
このような構想はすでに提案されています。
例えば、
抗体薬物複合体では、
毒性の強い薬物に対して、
癌細胞特異的なモノクローナル抗体を結合させて
その送達効率を高めようとするものです。
しかし、
評価手法が確立していない事から
本当に劇的に薬物の送達効率が高まっているか?
それについては未知の状態です。
従って、
(この記事の趣旨とは少し離れますが)
薬物送達学の実現化のためには、
薬物の送達効率を比較的に評価する手法が
動物モデル、臨床モデルで必要になります。
これは不可欠なことです。
それによって抗体薬物複合体の未知の課題が
明らかになる可能性もあるからです。
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抗体薬物複合体は薬物を遊離させた状態で送達させます。
つまり、薬物自身が環境に対して暴露された状態です。
それに対して
薬物をナノ粒子などの胞で包む方式が提案されています。
この場合、送達に関わる薬物動態は
最外周にあるナノ粒子の機能に色濃く反映されます。
その作用機序は想定しているよりも複雑であると考えられます。
通常、ナノ粒子表面に突出したタンパク質、
その中にある活性な結合サイトが影響を与えますが、
結合サイトが水に覆われている可能性(2)や
そのサイトがコロナなどの付着物によって遮蔽される事など
送達経路での環境からの影響を受ける事があるため
設計した通りの特性が反映されない事もあります。
また、ナノ粒子のエンベロープ膜も送達効率に
影響を与えるかもしれません。
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薬物送達学の設計では、
できるだけ当初の設計が反映されるようにしたいため
送達効率に関わる重要な部分の機能を除いては
その経路ではできるだけ多くの割合において
不活性にしておきたいという需要があります。
もし、様々な部分で活性であれば、
その経路では血液中が一つのメインであるため
免疫的な監視機能を逃れることができません。
それで薬物が取り込まれるだけではなく、
当初の副作用を減らすという目的を果たせず、
強い免疫拒絶的なそれを引き起こしてしまう可能性があります。
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このような観点で考えると
できるだけ人の身体に共通的に存在する物質を
分子スケールで模倣して
それを薬剤送達システムの最外周に設置したいという
アイデアに繋がります。
では、身体に最も共通的に存在する物質は何でしょうか?
それは、水です。
ナノ粒子の材料として利用される脂質もそうなのですが、
最も含有量が多い材料は水です。
送達経路の血液中に最も多く含まれる成分は水です。
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敗血症という致死性の重度の疾患があります。
細菌が血液中に侵入し、
その炎症反応が多くの組織、臓器に及び、
非常に重い症状を雪崩様にもたらします。
血液は非常に敏感であり
できれば、細菌もウィルスも
もっといえば体にない薬剤などの物質もいれたくない
という事があります。
しかしながら、
疾患を抱える患者さんの治療の為には
そうした薬剤となる物質をいれざるを得ません。
そうした中で効率的に治療を行うためには
できるだけ血中で異種の物質を隠して、
病変部位の近くで露出させて、
特異的に作用させることが必要です。
その観点で考えると
薬剤を隠すための包材料は
理想的には水ということになります。
しかし、水は液体の為、
それを分子的に固定した状態で
最外周で安定化させる事は容易ではありません。
そのため、
タンパク質などを骨格として
それによって固定される形で水分子を安定化させる
ヒドロゲルが一つの候補になります。
そのヒドロゲルにおいて
最外周をどのように水にするか?
それが設計の理想像の一つになりうると考えられます。
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ヒドロゲルのもう一つの可能性があります。
それは、内容物が細胞外マトリックス様である
ということです。
通常、ナノ粒子では
内容物としては核酸を含む薬剤が封入され
それを標的となる部位で送達させる事を考えます。
ヒドロゲルは
もちろんそういった可能性もあります(3,4)。
一方で
ヒドロゲルが持つ特有の利用メリットがあります。
それは
細胞外マトリックス自体を送達できる可能性があることです。
しかし、
これを実現する事は容易ではありません。
なぜなら、水そのものに
血液中で不活性な特性を維持させながら
組織特異的な送達機能を持たせる事が困難だからです。
しかし、ここで何らかの
付加的に考える価値のある創案(草案)が生まれれば、
細胞外マトリックス自体を送達できることになります。
これはヒドロゲルを使った
薬剤送達(3,4)の実現にも寄与しますが、
Cosimo Ligorio(敬称略)らが総括するように
細胞外マトリックスが持つ様々な機能(1)を
目的とする組織近くに設置できることを意味します。
細胞外マトリックスは
その表面リガンドによって(1)、
細胞の形の変形、細胞移動、細胞増殖、細胞分化、細胞死
細胞接着(1)、免疫修正(1)など
様々な機能を誘導させる事ができます。
このような多彩な機能を組織の中につくれるということです。
つまり、任意の組織の周りの環境を
自由度に富んだ形でデザインできるということです。
これは、従来型の治療だけではなく
生体内の再生医療にも応用できると考えられます。
薬剤では作用できる機能の幅が限られます。
しかし、細胞外マトリックスを送達できれば、
その幅が相当なレベルで広がる事が期待できます。
その様な可能性を視野に入れると
細胞外マトリックス自身を薬物送達学の貢献によって
組織特異的に送達させたいという強い需要が生まれます。
しかし、それぞれの環境には
すでに細胞外マトリックスが存在するため
少なくとも一定の競合があります。
そうしたことは仮に実現したとしても
付加的に考慮する必要のある事です。
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では、どのように水で特異的送達が可能になるでしょうか?
おそらく一つの主要な選択肢となるのは
イオンの種類、濃度、組み合わせです。
身体の水にはイオンが含まれます。
そのイオンはMg、Ca、K、H、Cl、PO4、HCO、SO4などがあります。
これらのイオンの種類、濃度、組み合わせによって
水がどの組織に送達されやすいか?
それを制御できる可能性があります。
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イオンチャンネルは細胞内にイオンを取り込む性質がありますが、
それによって引き付けられる可能性があります。
細胞種によって異なる可能性から
細胞種特異的な送達の機会が生まれます。
また、ケモカインが免疫細胞を引き付けるような
特定のイオン水を周辺環境が好む性質も見つかるかもしれません。
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なぜ、イオンに着目したか?
それは水の蒸発係数を下げて、
ヒドロゲルとしての安定性を高めるためには
むしろ水にはイオンを入れたほうが良いと
一般的に考えられているからです。
それを支持する理論として
Laplace's theoryから
温度が一定の状態で
(分子の表面エネルギーの総量)/(分子の内部蓄熱)=(一定)
という法則があります(5)。
蓄熱は水が液体から気体に変わるときに
必要とされる熱エネルギーなので
この熱エネルギーが大きくなれば、
液体から気体への相転換が起きにくいと考えられます。
従って、
水分子の表面エネルギーの量を大きくすれば、
蒸発しにくいということになります。
水はイオンの種類やイオン濃度などによって
物理化学的な特性が変わります。
そのような不純物を含むと表面張力が上がるといわれており、
この表面張力は単位面積当たりの表面エネルギーなので
水のイオン濃度が上がると
蒸発しにくいという事が示されます。
従って、イオンにより不規則性を上げて、
蒸発の経路を塞ぐことが重要です。
これは物理化学的な観点です。
もう1つは、
水の不活性性を維持するためには
必然的に選択肢が限られるということです。
ナノ粒子と同じように表面タンパク質を露出させるという
アイデアもありますが、
最も合理的な選択肢の一つは
水の性質を生体に似せた形でどうやって動かすか?
ということです。
その選択肢において設計の自由度が大きいのが
イオンということです。
(参考文献)
(1)
Cosimo Ligorio & Alvaro Mata
Synthetic extracellular matrices with function-encoding peptides
Nature Reviews Bioengineering (2023)
(2)
Song-Ho Chong & Sihyun Ham
Dynamics of Hydration Water Plays a Key Role in Determining the Binding Thermodynamics of Protein Complexes
Scientific Reports volume 7, Article number: 8744 (2017)
(3)
Ruibo Zhong, Sepehr Talebian, Bárbara B. Mendes, Gordon Wallace, Robert Langer, João Conde & Jinjun Shi
Hydrogels for RNA delivery
Nature Materials (2023)
(4)
Jianyu Li & David J. Mooney
Designing hydrogels for controlled drug delivery
Nature Reviews Materials volume 1, Article number: 16071 (2016)
(5)
D. C. Agrawal and V. J. Menon
Surface tension and evaporation: An empirical relation for water
Physical Review A 46, 2166 – Published 1 August 1992
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