2025年8月10日日曜日 0 コメント

健康ガイドライン(Level 4)

<背景と目的>
人は、栄養、すなわちエネルギーが枯渇すると死亡します。最後、人間が生命活動、その人にとっての時間を停止する時には必ず、少なくとも局所的、一時的に栄養失調を経験します。従って、生死を考える時もエネルギーの問題が根本にありますから、健康に健全に生きることを考える場合においても、エネルギーの問題があります。エネルギーとはそもそも何でしょうか?それは「分布」です。その分布がより確率的にそうなりにくいものが一般的にエネルギーが高いです。では、そのエネルギーはどこから来たのでしょうか?それはおそらく宇宙の始まりです。ビックバンの時に単位体積あたり、最も分布が凝集し、エネルギーが発生しました。そのビックバンの前は何なのかはわかりません。しかし、ビックバンこそがエネルギー発生の源泉であり、そこからずっと宇宙全体としてエネルギーは総体的には保存されています。そのビックバンの一番あり得ない分布から、より確率的に高くなるように分布がずっと今まで、これからも選択されていきます。その確率が最大になるまで。最大になった時、時間は止まります。時間とは分布がより確率が高くなるように選択されていくプロセスに他なりません。局所的には逆の事も当然生じますが、宇宙全体で見れば、そうなるように系は調整されていきます。関係性でもって。これは比較的あらゆるスケールで適用可能です。人でもです。人間社会でもです。地球でもです。受精というビックバンが起こって、そこから死という時間が停止するまでの一生は、小宇宙ともいえるでしょう。宇宙もはるかに大きなスケールでその運命をたどります。赤ちゃんの物質的な分布はありえないです。赤ちゃんはエネルギーに満ちています。そこから、人全体として、物質の関係性としてより高くなるように、物質的に連携性を失いバラバラになるように調整されていきます。それが老化です。従って、生涯の健康を定義する事は、その分布の選択の過程を最適化する事です。そのためには日常生活1日1日で「自然発生的にあり得ない事」すなわち奇跡を起こし続けなければなりません。自分を律する。すなわち自律的な生活です。私たちが日常生活のイベントごと、どのような選択をするか?その選択をより健康的なものに変えていかなくてはなりません。それは毎日続けなければなりません。一生涯続けなければなりません。そうすると今まで地球の人類は早計で1000億人程度いるとすると、1000億分の1でも起こりえなかったことが現実的な確率で生じる可能性が出てきます。本当に120年間の毎日の各イベントごとを自然発生的にはあり得ない自律した選択をしつづければです。奇跡は統計物理学的に証明できます。健康ガイドラインは日常生活に向き合うもので、科学的に合理性がある形で具体的な健康の為の選択肢を提供します。完全に選択肢を限定しません。個人が工夫する余地、創造の余白を残します。それそのものも健康の為の選択肢です。健康とは体の健康だけではありません。脳、心身の健康もあります。脳とは関係性の極値です。従って、局所的には大宇宙の中で「あり得ない事」が起こります。それは脳が神経細胞という関係性を持つからです。人間社会という関係性があるからです。従って、関係性は自然の確率分布過程に抗い、奇跡を起こします。従って、体の健康を考える事と、心と脳の健康を考える事は不可分の部分も多くありますが、ある程度の独立性を有します。脳は特別なのです。とりわけ人間では。その脳の健康は、関係性を考える事です。同性、異性との関係性もそうです。そうした関係性は学校、就労、趣味など社会生活のあらゆる場面で生じます。従って、その関係性をどのように幸せのために「ありえなくするか」それも考えなくてはなりません。健康ガイドラインは、心身の健康です。心、技、体全てです。それはおそらく実現できるでしょう。そういう観点において、地球環境は人新世、アントロポセンにおいて今までとは異なる運命をたどり、それは決して不可逆で止められないものだとしても、希望的です。破滅的でありません。今よりも20年後の私は今よりも心身が健康になります。それはこれを読んだ全ての人がそうなります。私たちは気づくはずです。その心身の健康こそが最も大切なことだと。分布、関係性、時間、その根源的な普遍則である確率を理解する事で、今までとは違う本質的な対策ができるようになります。それはあらゆるスケールです。地球の健康とは何か?宇宙という時間の流れの中で定義できるようになる。

<衣の健康>
 下記、現代社会に対して様々な問題提起、問いかけがあります。服は本当に必要でしょうか?家で服を着る必要があるでしょうか?何のために服を着るのでしょうか?服と肌は原理的に合わないのではないでしょうか?植物の葉をベースにして服は作れないのでしょうか?もし、作れるなら、水にぬれても、その服の洗濯は必要ないのではないでしょうか?すぐに交換が必要なら、パック料金で、継続的に家に届ければいいのではないでしょうか?あらゆる窓、玄関、トイレの扉、お風呂のそれを開けた開放的な空間で、夜、電気もつけずに部屋で完全に裸体になった時、あなたは果たしてどのような感覚になるでしょうか?夜、寝苦しいのは服、布団への体からの蓄熱、あるいは空気が停滞しているせいではないでしょうか?体が臭い(臭く感じる)のはその服のせいではないでしょうか?本当に自分の体が臭いかどうかは全身、裸になればわかることではないでしょうか?夜明け前、早朝人が少ない時間帯に男性が外に出て散歩する時に夏場、本当に上半身の服は必要でしょうか?服を脱いで運動で鍛えられた身体を身近に感じ、部屋が整然としていたら、常に、ストレッチや筋トレを外にいるような感覚で自重でしたくなりませんか?そうすると生活はより健康的になるのではないでしょうか?部屋に綺麗なミネラルウォーターを巻くことも可能です。それは床が人工的な材料だからできないことです。木のフローリングならその水を嫌わないでしょう。水を撒いて、タオル、あるいは自分の腕でふいたなら、より部屋は綺麗になるのではないでしょうか?床が水にぬれていても、体が裸なら、それが気持ちよいのではないでしょうか?これらの生活はより経済的、環境効率が良く持続可能ではないでしょうか?服も必要最小限。照明もつけない。飲み物は基本、ミネラルウォーター。エアコンもつけない。あなたは今日から、衣食住を変えることが可能です。この衣食住の健康情報を元に、それぞれの生活の中で、先入観、固定観念、常識にとらわれず、勇気を持って変えたなら、あなたの心身は健康になります。ストレスレスになります。気持ちよくなります。体はより引き締まります。自分の体を常に見ることによって体をより美しくしようとする気持ちが芽生えます。これは、特別な場所は必要ありません。アパートの一室でこうした環境を整えることは可能です。お金は必要ありません。これを読んだ、今、この瞬間から劇的に変えることが可能です。あなたにその勇気と決断力があるなら。部屋を全開放にして、裸になったり、上半身裸で自然の中を疾走すると実感できます。皮膚の感覚入力が衣類の絶え間ない摩擦に障害されることなく、普段は覆われている上半身全体の感覚入力が自然で多様になるため、慣れないうちには世界観が変わるほど衝撃があります。衣類で本来の人、動物としての感覚が歪められていることに気づきます。ボディーラインに自信がある、あるいはそれを段階的に良くしたい男性は、できるだけ服を着ない。上半身だけなら、外でも人が少ないところを選択すれば、問題ありません。女性も露出の多い服をファッションで着る場合があります。裸になると動物的な感覚が戻ってくるので。臭くもならないし、飲食の際に服にシミもつかないし、余計な洗濯ものも生まれない。服が当たり前という先入観を払拭し、その弊害についても目を向けるべきです。



<食の健康>


<住の健康>
 衣食住というのは基本的な(現代的)生活の事です。これを満たされないと生きていくのがしんどい。多くの人は、この住については、現代の中で「パッケージ化」されたものを当たり前のものとして認識しているのではないかと思います。医療と同様に現代の都合で形成された経済エコシステムの中に先入観、固定観念の元に飲み込まれるということです。私の周りの住居を見ていると、部屋のカーテンを全開に開け、部屋の中をさらけ出している人は皆無です。それはなぜでしょうか?住というのはプライベート空間であり、それは外界とは隔離した閉鎖空間でなくてはならないのでしょうか?住の健康を考えるにあたり、その先入観、固定観念は確実に間違いです。元々、人は外に近い環境で暮らしていました。それが長く続きました。従って、住環境というのを公的な空間、すなわち外、自然と切り離すのではなく、如何に連続的で、継ぎ目をなくす(シームレス)にすることが、実は、皆さんが知らず知らずに抱えているダークストレスを軽減させることにつながります。勇気を持って、カーテンを開け、あるいは外し、窓を網戸ではなく、開放し、玄関を開け、最大限、外との連続性を保てばがわかる事です。部屋の中の環境の全てが変わります。空気の質、臭い、音、温度、湿度全てがより自然になります。確かに夏場は暑い、冬場は寒い。しかし、これらは急に変わらず段階的に変わります。常に部屋を開放し、出来るだけ自分の肌を露出して過ごせば、漸次的に変わる温度に人の温度感覚は少しずつ適応していきます。また、生活の工夫として、温度調整を補助してくれる普遍的な物質があります。それが、綺麗な水です。夏場は、部屋の環境が暑くなると冷えた水がより美味しく感じます。その綺麗なミネラルウォーターは顔、肌を含めた全身に塗布することができます。それで冷えを全身で感じることができます。冬場は、ポットで温めた水が全身を温めてくれます。こうした温度を調整するのは今ではエアコンが当たり前ですが、エアコン環境に長時間いることでストレスに感じる人はいないでしょうか?もっと自然な方法で頑張って解消する事のほうがよりストレスレスではないでしょうか?そもそも、日本にとって四季の意義は何でしょうか?夏場は暑くて当たり前ではないでしょうか?冬場は寒くてそうではないでしょうか?それを乗り切ることが日本人のアイデンティティー(存在意義)ではないでしょうか?その日本人としての野性的な感性、感覚が、エアコンという温度を一定にする機器によってゆがめられませんか?
 住環境の外との接続性を高める事、窓、扉を開放する事によって、電気照明が必要なくなります。昼間は明るく、夜は暗いのです。夜が暗くて、色んなものが見えにくくて当たり前です。頑張って、暗い中で見る事が、眼の健康に貢献しないといえるでしょうか?そうした自然の昼夜のサイクルは睡眠にどう影響を与えるでしょうか?あるいは、昼間の人工的な照明と、あらゆる窓、扉を開けたときに部屋にふりそそぐ太陽光は自然照明とどのように質感として異なるでしょうか?照明には光の指向角が存在します。太陽光で部屋を明るくするとより全体が均一に明るくなり、ランダムに雲などによって日陰になり、少し暗くなったりします。その明るさを昼間感じることが目の感覚に優れる人、ホモサピエンスにとってより自然です。人工照明は不自然です。オフィスワーカーの人は、あるいは、外で過ごす時間の少ない家の時間が多い人は、昼間、このような不自然な明かりの元で生活していることになります。こうした環境の変化は、果たして私たちの健康にどのように影響があるか?それは立証されていませんが、精神的な影響も考慮すると全く何もないという事はないはずです。
 部屋の床、壁は何が最適でしょうか?確かにコンクリートは断熱性がいいかもしれません。木造住宅と比べて、そうした人工的な材料によって失われることはないでしょうか?なぜ、木造のフローリングを人工的な材料で構成されるカーペットで埋めるのでしょうか?それはやわらかいからですか?人は自然の産物です。人工とは相いれない関係性にあります。人を心地よくするのは自然です。自然ベースでいかに住環境を構築するかは、大切な命題です。フローリングの床は、非常に掃除が容易です。電気エネルギー、埃が過剰に舞うフィルター交換が必要な掃除機は必ずしもいりません。ほうきとちりとりで簡易的に掃除する事ができます。確かにフローリングは固い。でも、それを我慢すれば、より部屋の設計はシンプルになり掃除を含めて管理しやすくなります。
 住環境の中で昼夜の環境を毎日より自然に感じることができたら、生活を共にする夫婦、親子に日々、どのような変化をもたらすでしょうか?子供が生まれて、成長する段階で、人工物に多く知らずにさらされて成長した場合とどのような変化が生じるでしょうか?天井が光透過性であれば、空全体を見渡すことができます。紫外線照射による肌の損傷の問題が出ます。それは人工的なシェルター、可動式の蓋によって高価な様式で解消することが賢明でしょうか?もっと、自然で合理的なソリューションはないでしょうか?例えば、住居の天井を周りの木々で覆うのはどうでしょうか?ツタよりもいいでしょう。それで部分的に太陽光を遮ることはどうでしょうか?あるいは、家の一室だけそのような自然を天井から感じることができる特別な部屋を設けることもできます。現代の住居は夜、閉鎖空間、天井により、星空を感じながら生活する事を阻みます。もし、常に部屋にいて、上を見上げたら、満天の星空が広がっているような住環境では、あなたの日々の感覚をどのように変えるでしょうか?あなたと配偶者、子供の関係性にどのような変化をもたらすでしょうか?部屋にいながら、毎日の日の出、日の入りを自然な形で視野として感じることができるような住環境なら、あなたの毎日をどのように感覚的に変えるでしょうか?こうした事を実現するためには、日本のどこに住居を設けるべきでしょうか?こうした設計は伴侶と何年もかけて真剣に議論すべきことではないでしょうか?毎日、様相の異なる日の出、日の入り、雲の分布、天気が良い時には漸次的に変わる空の色、星空を家にいながら常時感じることができたら、夫婦という関係性が一般的により魅力的になる可能性があります。子どもの成長がより自然に則し、特に感覚系、神経系がより健全になるので、家族生活の満足度、幸福度が向上します。それは、現代が抱える人口減少問題とも密接に関連します。
 トイレ。確かに災害時には問題になります。しかし、排せつは本当に便器で下水環境に接続された様式でするのが正解でしょうか?あなた男性は、外で尿意を強く感じた時、それをアスファルトにするか、水環境にするか、植物上にするか、あるいは民家の壁にするか、どれを選択するでしょうか?その中に実は、便器でするよりもより合理的な選択肢はないでしょうか?トイレは大便を含めて便器上でするもの。それに疑う余地はないでしょうか?排せつ環境をどのように整えるかも、住環境を整えるうえで大切な命題です。必ず、現代で構築されたトイレ以外の解答が存在します。それは、災害時、ライフラインが止まったときに鮮明化するでしょう。
 現代のパッケージ化された住環境は、最も基本的な生活に関わるものであり、人々の健康の基礎にあるものです。それをより適正に見直すことで根本的な現代が抱えるジレンマを解決する重要な手立てとなりえます。特に、あなたと配偶者、子どもとの関係性にも関わることです。人口減少問題、地方創生とも関わる事です。住居において、現代的な、人工的な技術に何を頼り、その中でどのように自然な状況を生物の数十億年の歴史を踏まえた上で確保するか?住居についても生活を共にする家族とそれについて長期的に真剣に議論しなければなりません。その夫婦の関係性がより永続的になれば、離婚率が当然低下しますから、今問題となっているひとり親世帯の生活苦の問題も改善します。


<人間の二足歩行/走行潜在性と健康>
 最近の私の運動能力の向上の傾きが以前の運動習慣時とは異なります。自分の中で様々な運動の中で実感としてわかるレベルの運動能力の向上です。私は健康ガイドラインのほぼすべての項目を実施していますから、これは、健康ガイドラインが全てではなくてもおおよそ正しいという事の何よりの証明です。人間、ホモサピエンスの二足歩行/走行の能力は地球上にいる生物の中でその潜在性はトップである。特に持久力においては。私が足に障害を抱えることとリハビリテーション後の運動能力の向上、現在の運動能力を総合的に考えると、ホモサピエンスの歩行、走行能力の高い潜在性を実感します。現在は、自動車が普及していますので、歩道を含めて道路の多くはアスファルトで舗装されています。裸足で歩くには硬い事と、昼間、鉄板のように高温になることから、靴が必要です。従って、日常的に長い時間、距離、歩行、走行運動を不可欠なものとして組み入れる場合には、靴の維持管理についても考える必要があります。靴は、どういう風にメンテナンスするのがいいでしょうか?例えば、コインランドリーに一つ靴洗浄専用の機械がありますが、それを利用するの簡易的でいいでしょうか?靴をメンテナンスするもっといい方法があります。それは、汚れてもいいタオルを用意して、それを水で湿らせて、自分の細やかな動きができる手でタオルで特に汚れが残りやすいつま先部分をふくことです。外側も含めて。汚れがとれているかの評価は見た目と、見えない部分については臭いで判断します。しっかり洗浄ができていれば、臭いがほとんど出なくなります。視覚、触覚、嗅覚を使った靴の衛生状態、材料の維持管理です。この洗い方は機械で大雑把に洗浄するよりも靴のダメージを考えると非常にいいと思います。靴は、歩く、走る運動を非常に長くする場合において、カギとなる道具なので、この上なくしっかりメンテナンスして、常に身近に置いておくということです。手と水とタオルで靴をメンテナンスすると非常に近くで靴を見ることになるので、靴の日々の状態の正確な評価にも貢献します。例えば、私がずっと履いている靴のこのように水、タオル、手でメンテナンスする時に気づいた事。特に左の底の減り方の偏りがひどい。外側が異常に削れている。従って、左足を靴を履いて着地したときに常に足首が外側に折れて、ぐらぐらした状態になっているから、インソール、かかとの繊維の摩耗も右足に比べて非常に激しい。確実にこのままいけば、左の靴が故障して履けなくなる。それが目に見えてわかるということです。その原因はおそらく着地の悪さにあると思います。左は高校の時にサッカーで腰を痛めたことが動きの悪さの原因かもしれません。ストレッチをしていても、長距離運動をしていても、中殿筋がない右に比べて、左足の運動能力が低い事がわかります。そうしたことが足の着地から、足の筋力、腰の状態まで全て出ている。それが靴のメンテナンスをしてわかったということです。従って、靴をしっかり自分の眼、手を使って維持管理する事は、自分の歩行、走行の癖に気づくことにもつながります。元々、人間の祖先は、数百万年にもわたる進化のほとんどの期間、裸足で歩き、走っていました。従って、裸足で歩くのが自然であり、それに合うように出来上がっています。多くの人があまりにも靴は当たり前すぎる道具なので気づいていない非常に重要な問題です。足の裏の感覚は非常に重要です。一つとして便通(腸の蠕動運動)に関係がある可能性が私が実施した限りある。色んな介入を同時にしているので評価は難しいですが、それでも裸足で歩くようになってから便の出方が少し変わった気がします。足裏、足つぼマッサージがありますが、わざわざする必要はなくて、裸足で外をあるけばいい。思っている以上に何らかの効果がある可能性がある。服による上半身の感覚器の鈍りと同様に、靴、靴下はクッション性が強ければ強いほど、足裏から中枢神経系へ伝達する信号を歪めている可能性があります。しかしながら、舗装された歩道をずっと裸足で歩くわけにはいかないので、靴、靴下をカバンに入れて持ち歩くなど日常で工夫しながら少しずつ裸足で歩く練習です。特に発達期である子供です。ケガするリスクよりもずっと靴で歩くリスクの方が明らかに大きい。それぞれが大けがしないようなリスク低減の工夫して、子どもに外で裸足で歩く練習をさせなければならない。中枢神経系のツボのような信号以外にも、裸足で歩くとわかりますが、足の裏は靴の底と違って平らなので、着地に靴で偏りがあれば、それが正しく矯正されます。私のケースでいえば、左足の後ろの外側が大きく削れていて、外側に傾く着地となるので、それが裸足で歩くことで矯正されます。裸足で歩いた後、靴下をはいて、その傾いた靴で歩くと、明らかに左足の着地が外に傾いていることがわかる。このような感覚は靴を履いている時にはなかったことです。この章では人間の二足歩行/走行についてですが、二足ということは、二つの足裏に全体重が集中し、特に走っている場合には、位置エネルギーが飛び跳ねることでプラスされた状態で片足着地ですから、一つの足裏に大きな力、ストレスが集中します。裸足になればなおさらそうです。それに耐えうるようにホモサピエンスは進化してきましたから、足裏の土踏まずの部分を除いたコの字型の部分の組織は全身の中で一番強いです。細胞の接着構造の中で特に密着性の高いデスモソームの構造が普通の皮膚とは機械的強度という意味ではレベルが違う可能性が高いです。裸足で歩くというと、ガラスなどがあり危ないとありますが、ガラスも石英(SiO2)なので、石とは変わりないです。人工物質で鋭利性が問題になるだけです。大きければ眼に見えるので気づきます。小さなガラス程度であれば、足ふまず、指以外のコの字型の部分で踏んでも出血すらしないです。組織が未熟な子供でも同じでしょう。子どもは体が軽く柔軟で転ぶことができるので、異常に鋭利なストレスがかかった時には転倒することで、あるいは柔らかく動きで、組織で吸収することで分散できるかもしれない。子どもの野生児としての能力を引き出すためには多少は危険と想定されることも経験させないといけない。その一番は、「裸足で外を歩かせる」ということです。草原が一番いいけど、草原も硬い茎が立っていることがあることと、大きなガラスが見えにくいことからリスクがないとはいえません。しかし、現在の先住民の生活の一定の回帰という観点で考慮が足りないテクノロジーのみで子どもを育てると大変なことになる。子どもは夏前後、夏の昼間は上半身裸、裸足で外で一定時間、定期的に運動をさせないといけない。汗をかいたら、綺麗な水で、それこそ安価なミネラルウォータを水筒に入れて、冷たい水で軽く手の平で水を含ませて、水資源の無駄遣いがないように考慮しながら軽い水浴びです。皮膚に冷たい水がつくと特に暑い昼間は気持ちいい。それは感覚器が現代常識という客観性で弱められていない子どものほうがわかります。果たして電車で子供がじっと母親、父親に止まって抱かれているときと、外でこのように過ごすとき、どっちがストレスフルだろうか?その結果は比較実験するまでもなくわかります。歩く、走る能力は人間、ホモサピエンスたらしめる能力であり、非常に重要です。その意義は体の健康問題だけに留まらず、今までの歴史をかえりみること、地球の持続可能性にも関わります。歩くだけでも、足の条件を裸足、靴を履かずに靴下のみ、靴下をはかずに靴、靴下をはいて靴など条件を様々に変えられる。今では特に運動を目的に歩くときには靴下をはいて靴の条件が当たり前になって、疑う余地もありませんが、その先入観、固定観念を払拭して条件を変えたときには、あなたの世界観が変わる。ほとんど人がいない時間帯、道で男性で上半身裸で、裸足で、下はノーパンの短パンの軽装で歩いてみてください。もうそろそろ秋がふかまりそれをするには寒さでしんどい時期になりますが。体の感覚器が裸を前提に作られているという事はよくわかると思います。風が肌に触れる感覚が服で大分歪められていることに気づくはずです。言葉では表現できない感覚的な違いもあります。進化の過程で衣類、靴は遺伝子、細胞レベルで考慮されていません。元々、狩猟採取の人類が非常に長く続いた時代は、女性は子育てがありますから、静的に過ごしていたと考えられていますが、男性は野ばらを狩りの為に裸足、上半身裸で動き回っていた。そうした生活を想定すると、現代社会の中で完全に合わせることはできませんが、先住民生活の回帰を全くしないという事は何らかのリスクがあっても不思議ではありません。しかも、現在は靴、靴下、何枚も衣類を身に着けた上で、室内で空調が効いた状態で、動かない生活を仕事中、休みの日も続ける。このような今までの生物の歴史の観点からして逸脱した生活をして、健康を何とか人の力で構築しようというのは本質的に無理があります。元来「風の子」である子供も、安全性の為かほとんど平日に外で見ることもなくなりました。家でゲーム三昧でしょうか?それとも座って勉強しているのでしょうか?これは危険な兆候です。警鐘の為の鐘がいくつあっても足りません、
 自分の足を使って移動する事のデメリットは1km当たりの時間が12分程度かかることです。移動の時間が距離あたり車、自転車と比べて圧倒的に遅くなる。しかし、事故の加害になるリスクはほとんどない。駐車、駐輪の煩わしさがない。どんな細い道も選択できる。信号パターンも走る、歩くを信号が見えた時点で調整することで信号待ちを回避することができる。階段を上る能力が高ければ、横断に歩道橋を使うことができる。重い荷物を持つときには上半身、下半身を自然に鍛えられる。気になったところ、どこでも寄りたい放題。駐車場、駐輪場の有無は関係ない。人と一緒に歩くときには、会話を存分に楽しみながら移動ができる。自分の街の隅々まで知ることができる。こうした事が全て実現し、かつ歩くことそのものが健康と正の相関がある。下半身の循環が上がることで、全身の血のめぐりが良くなる。全身の細胞に適正に栄養が運ばれる。筋肉、骨、脂肪などの内分泌器官などを含めた全身の臓器、脳の相互物質交換が健全に行われるようになり、全身の健康状態が顕著に向上する。運動するので、食事、水が美味しくなる。飲み物を水(ミネラルウォーター)にすれば、水を飲むたびに口腔が綺麗になる。こうした足を使った運動はホモサピエンスにとって一番自然なことだから、自然と体全体が整う。歩くと走る。別の体の動かし方をするので、両方するとよりいい。裸足と靴、歩く条件を変える、歩くペースを変える。走るときには、ゆっくり走る、スプリントで速く走るなどのペースを変える。こうした着地の条件を含めた歩く、走るのバリエーションを日常生活の中で組み入れていく。健康ガイドラインでは運動以外に最適な筋肉のメンテナンスを定義する。それはすなわち全身ストレッチ、臥位筋緩和。全身の筋肉をストレッチによって随意、意識的に曲げ伸ばしする。寝た状態で随意筋である骨格筋の力を意識的に抜く。走る、歩くという積極的な運動での疲れ、筋肉のメンテナンスの為にそれぞれ臥位筋緩和、全身ストレッチを入れる。こういうことを全て日常生活でしようと思うと、フルタイムの学校(学業)、仕事(就労)であっては実現不可能です。従って、フルタイムのこれらの活動自体がすでにこのガイドラインで定義する理想的な健康状態を実現するために無理があるということになる。私が実施する限り、フルタイムの仕事をしていては時間的に無理です。さらに、配偶者、子どもがいて、生活の干渉要素があればもっと実現不可能です。現代の産業構造が先住民の生活習慣から外挿すると逸脱し、根底から歪んでいて、それが文明が構築されてからおおよそ世界共通で長く継続していて、その逸脱性が今現在さらに高まっている以上、さらには、このような警鐘を鳴らす人が非常に限定的である以上、もっといえば、警鐘を鳴らしたうえで自分自身の生活を先住民の生活の回帰の観点で実際に改変している人はより限られる以上、正への回帰への問題は、世界的に解決するのが非常に難しい問題です。


<生活の知恵と健康>
 生活費月10-13万というと生活保護のラインの最低の生活レベルです。今の私の生活水準です。非常に生活するのに困難な、厳しいレベルです。健康格差という言葉がありますが、通常は、経済的に豊かな人は健康的な食事、運動機会があり、顕性疾患にかかったとしても適正な医療を受けられるという意味で、低中所得国の人や日本でも私を含めて相対的貧困状態にある人が健康状態がお金を含めた生活環境が恵まれず、健康状態を維持しにくい事を示します。しかしながら、経済的に余裕がある医療環境が整った高所得国の人々が決して健康が保証されているわけではありません。現代の生活が人工物に囲まれ、歪んでいる中で、あらゆる人が不健康の波にのまれやすい状態です。医療も生活習慣病を代表とする現代病がある事を前提でエコシステムが構築されています。こうした状況において実質的に健康格差とは、病気になった時に治療が受けられるかどうかの有無であり、元々の健康状態を差を示すものではありません。この健康ガイドラインで明記するように、健康が現代の産業と正面衝突する側面が明確にある事から、逆に経済レベルが低い人でも工夫して生活を構築すれば、顕性の病気に罹患せず、健康的な生活を送ることが可能です。しかし、一番大切な食費以外にも、衣類、住居費、社会保険、学費、光熱費、通信費など様々な費用がかかり、特に一人親世帯で子育てを実現する場合において、健康的な生活を実現しながら、収入と費用の均衡状態を維持していくためには以下のような生活の知恵が必要です。
 まず、家計簿をちゃんとつけて数字で生活費を管理する事。これが最も基本的な事です。基本、子どもの登下校、母親の出退勤、食材の買い物などを含めて移動は全て自分の足、すなわち、徒歩です。これが健康的な生活と経費を抑制する最も筋のよい選択です。1時間を超える長い移動でも自分の足で移動できるように、親、子どもの歩行能力を段階的に生活習慣の中で高めていくことが大切になります。衣類は、できるだけ軽装にすることです。薄着でも耐えられるように、家の中で肌を無理のない範囲で露出するなど、少しずつ寒さに慣れることで、冬季でも衣類を減らすことができます。最低限の衣類で運用するという事です。これも健康的な生活と経費抑制を両立する大切な取り組みです。運動習慣がある中で、肌の露出を上げることは、熱交換が円滑になり、段階的に身体の状態を認識しながら(鼻水がでないか、喉が痛くならないか、くしゃみはでないか)、寒さに慣れることで、風邪をこじらせにくい身体となります。そのためには歩行による日常的な運動が必要です。少し家でトレーニングによって筋肉をつけることも有効です。住居費は、すでに安いところに住んでいると思いますが、新たに選ぶ機会があるなら、歩行能力があれば、駅から近い便利なところを選ぶ必要性もなくなるので、不便で需要の低い安いアパートを選択する事が可能になります。このように長い距離歩けるという事は、健康的になる以外に、生活の自由度が上がり、交通費、住宅費など経費が抑えられるという効果もあります。学費も、母親としたら子にしっかり教育を受けさせたいという思いはあると思いますが、今の世の中、インターネット、生成系AIなど自発的に勉強できる環境は整っているので、学業に対して積極的でない人が高等教育を受ける場合と、学業に対して積極的な人が経済的な理由で高等教育を受けられない場合を比較した場合、学ぶ意欲があって、既存の学校以外の手段で勉強する術を身に着けた場合は、後者のほうが結果的に高い学力がつく環境となっています。一つの懸念は、労働市場が学歴で絶対的にみる傾向が今でも続いていることから、良い条件で労働できないという事はありますが、健康で学力があれば、良い労働条件で働ける可能性も以前よりは高いと推定されます。光熱費は、部屋の管理を工夫すれば、特に電気代に関しては抑制できます。部屋を玄関を開けて、部屋の窓のカーテン、窓を全開にして、常に外の空気が部屋中を通るようにしておけば、夏場でも風が入るので、上半身裸で熱交換のよい身体条件でいれば、それでも昼間は暑いですが、慣れれば耐えられる暑さです。どうしても暑い場合は、体に冷たい水を少し塗れば涼しくなります。女性の場合は上半身裸は難しいですが、下着を恥ずかしくないものにして工夫して肌の露出度を上げることで、夏場の電気代のかかるエアコン代を節約できます。昼間のどうしても暑い時間帯だけ使うという選択肢もあります。あるいは寝苦しい夜だけ使うという選択肢もあります。暑さに体を慣らすという事も健康の上で大事で、熱中症の危険もありますが、部屋をしっかりあけて風を通して、肌の露出が高い状態にあり、定期的に冷たい水を塗り、こまめに水分補給すれば、慣れれば問題ないです。床の条件も、木のフローリングにして、絨毯などはひかず、よりシンプルにします。家族3人を想定したとき、トイレットペーパーは経費になります。物価上昇もあり、市場価格は6ロール400円以上はします。トイレットペーパーの使用を劇的に減らせるか、不必要にします。繰り返しになりますが、人間の排泄物(大便、尿)は自分の体から出たものであり、同じ生物である食べ物の残渣(残りかす)や細菌、細菌の死骸、水分などです。細菌が出す物質が臭いがあるので臭いですが、水と生物の集まりです。こうした水と生物は、原理的に同じ生物、細胞の集まりである人の表皮と相性がいいです。トイレットペーパー、紙よりです。従って、あなたが腸、膀胱から出した排泄物は、あなたの指と原理的に相性がいいです。あなたの指は組織として柔らかいです。柔軟な動きができます。ゆえに、組織学的に繊細な肛門、陰部などを拭くときには、硬さのある紙よりも、あなたの指の方が組織を損傷させることはありません。あなたの肛門、陰部と共に指先には感覚があります。その感覚により、肛門の便の残渣、組織の状態を慣れてくれば確かめることができます。小さな傷があれば、痛みによってその部位と程度を特定することができます。指は人差し指、中指、薬指がありますから、自由に動かせるこれらの3本を使って肛門の状態をウォシュレットによる水と指を絡ませながら非常に綺麗に拭くことは可能です。唯一の障害は、便を指で揺れるのが不快という先入観のみです。指は水で洗えばすぐに綺麗にできます。その時に石鹸、ハンドソープは必要ありません。肛門の水気を拭くのに、少しのトイレットペーパーを使い、本当に綺麗になっているかを確かめてもいいです。その肛門の水気が気にならなければ、トイレットペーパーは必要ありません。トイレットペーパーは、災害時、オイルショック時に供給が滞ると、多くの人がパニックになって買いだめをする最も不可欠な、エッセンシャルな日常用品の一つですが、あなたがトイレットペーパーフリーのトイレを実現する事で、こうした制限、危機を抜本的に回避する事が可能になります。災害時、避難所では仮説トイレ負荷が高まり、非常にトイレ内の衛生状態が悪くなった時には、外で土をスコップで掘り、大便を自然の中ですることも可能です。その時にペットボトルに水を持ち、その水と指で肛門を拭くスキルがあれば、紙のごみもでません、大便を土で埋め、木の枝かなんかで便をした印を残せば、それで非常時の対応として事足ります。何の問題もありません。人工物と大量の流されていない便が堆積した非常に衛生状態の悪いトイレで、ストレスを感じながら用をたす必要はありません。トイレットペーパーフリー、節約する生活は生活に苦しむあなたの経費節減として一つ大切な項目ですが、これを生命科学の考え方でもって科学的合理性を持って実現する事は、肛門、陰部の健康状態を上げるだけではなく、緊急時のトイレ問題対しても強靭になります。正しい事をすれば、多くの利点を同時に達成する事ができます。前述した様に、木のフローリングのみにすることで、掃除が楽になります。重い、フィルター、ゴミ交換が必要な電気代のかかる掃除機を都度出さなくても、ほうきと塵取りがあれば、すぐにフローリングは掃除することができます。小さなごみはとれにくいですが、ほうきを縦にする、水を撒いてタオルで拭いてとるなど工夫すれば細かいゴミも除去する事が可能です。すぐに手軽に掃除できるという事は、掃除の機会が増えますから、部屋が原理的に綺麗な状態で保たれやすいです。同時に、玄関を少し開け、ベランダのカーテン、窓を部屋にいるときに全開にすることで、ベランダとの接続性がよくなります。ベランダも素足で出れるように床を綺麗にし、ベランダに何の障害もなくすぐに出入りできるようにします。アルミホイル、コーヒーフィルターなどの消耗品は繰り返し使う事が可能です。外で大気、太陽触れ乾燥させれば、衛生的に使いまわすことが可能です。使った回数分、こうした消耗品のランニングコスト、経費を節減できます。食器、包丁、まな板などの調理関連のものも湿気の多い、風の通らない、太陽もあたらない調理場に常時置くのではなく、水洗いしたら、ベランダの風邪、太陽が当たるところに置きます。まな板は下着同様に洗濯ばさみで多点で挟んで干すことが可能です。こうしたベランダを使った食器の運用により洗う負荷を減らすことができるため、油汚れであっても、手が荒れやすい食器洗剤を使う必要性がなくなります。水洗いのみで運用可能です。手の感触と鼻による臭いの確認によって、食器が綺麗に洗えているかどうかの確認が可能です。取れにくいよごれは、たわしなど固い材料で洗えば除去できます。これで食器洗剤の経費をなくすことができます。手を洗うのも、石鹸、ボディーソープは必要ありません。お風呂もシャンプー、リンス、ボディーソープは必要ありません。髪の毛がパサつきますが、そうなっても問題ないように女性であっても可能な限り、髪の毛を短くします。
 このように生活を工夫していけば、生活費のおおよそは食費に回すことが可能になります。あなたの収入から生活費の上限があるでしょうから、その金額と相談して、上述した様に人、生物、人工物の特徴をしっかり理解して、食費以外の経費を正しくゼロに近づけることで、食費に多く回せるようにします。それで、あなた、子どもの心身の健康、成長を確保します。あなたの地域に生鮮商品が多くあるスーパーマーケットがありますが、家からおおよそ15分以内で到着する程度の距離である半径1km以内には仮に1件しかなくても、1時間と少しかかる距離である5km圏内にすると面積は25倍になりますから、10件程度に少なくとも増加します。そうすると色んなスーパーを選べるようになり、散歩、運動、子どもへの教育もかねて、子どもと共に自分の足で歩いて、スーパーマーケットを回り、飲食品と質、価格の特徴を分析のもとでの最適な買い物を交通費なしで、かつ自分の心身の健康のベースを支える歩行運動によって実現する事ができます。周りの街を細かくみながら、子どもと会話しながら、時には重い荷物を長い時間持つことになります。元々、狩猟採取時代には飢えや食品を取る大変さが今以上にありますから、その時代を想像しながら、自分が生きていくために必要な過不足ない良い食べ物を良い条件で手に入れる大変さを汗をかきながら、子どもと共に共有していくことです。これは子どもへの教育としてとても大切なことです。


<トイレ(排泄)、下水と健康>
  日本史を振り返れば、江戸時代に夏場に江戸(現在の東京)で一流行で数万人、コレラで死亡することがあります。その原因は人の便、尿などの排泄物と当時の人工物を含むゴミが街中に堆積していたことが挙げられます。こういう事があるから、人から出る便、尿は汚染されたもの、あるいは人に害を及ぼすものという先入観があります。今では西アフリカなどでは、現在の電子機器とこうした人の排泄物が堆積している地域もあり、それによる人への害は子供を含め計り知れません。私の立場からすると適切な排泄物の処理、下水の処理をもっと適切に考えるうえで、この先入観は部分的には払拭しないといけません。日本は災害の多い地域です。一番多いのは線状降水帯による洪水、あるいは、台風の被害によるもので、山火事は湿潤のためアメリカなどに比べて少ないです。それで避難所に待機することになると、その期間が長くなればなるほど、排泄物の処理、すなわちトイレの問題がでます。音楽の野外ライブなどでも同様ですが、人が集まった地域に少ない仮設トイレしかないと、特に大便がたまったときに、その負荷に仮設トイレは耐えられなくなり、仮設トイレの臭いなどを含めた衛生状態は非常に悪くなります。日本はトイレが公衆便所も含めて非常に綺麗で、下水も綺麗な循環性のある水資源が豊富な事から整っています。また、現在ではコンビニエンスストアの貢献もあり、外出時にも公衆便所以外の緊急のトイレの場所が至る所にあります。日本人は特に女性はこのトイレの問題に対して非常に敏感です。だからこそ、災害時、そのトイレのシステムが少しでも崩れると非常に生活の上で大きなストレスを抱えることになります。これは、非常に子どもの教育を含めて、健康管理、環境問題、あるいはシステムの維持管理の負荷の観点で大切なので、この健康ガイドラインレベル4で章を設けて記述します。これから述べる事の一般人の解釈が一つ間違えると、それはそれで社会問題になるので、私としても書き方、表現を非常に慎重に気を付ける必要があります。
  ヒトの尿と便というのは人の腸や膀胱にあるものですから、単体としては不要なものを排出してるという事もありますが、そんなに汚いものではありません。例えば、自分の便を少し触ることを毎日続けても、多分、あなたの手の皮膚に湿疹ができたり、皮が乾燥してめくれたりすることはありません。それをそのまま口、もっといえば目にいれると問題ですが、ちゃんと手を洗ってそういう事に気を付ければ、皮膚に問題が出ることはまずありません。しかし、食器を洗う洗剤の場合はそうはいきません。私の鍛えられた皮膚でも指先が乾燥し、時に表皮の一部がめくれることあります。洗剤は「綺麗なもの」、特に大便は「汚いもの」というのは生物学全体を見渡して、人の組織への影響を考えると先入観、固定観念です。これは健康と持続可能性の問題を解決するためには払拭する必要がある。生命科学の学者の中で人を含めた生物の便を使って研究している人は多くいますから、その人たちの便に対する衛生の考え方は、多分、今の私にかなり近いと思います。もっと冷静に便を見ているということです。では、なぜ、江戸時代や今の低中所得国で、人の集中的な排泄物によって深刻な衛生問題が生じているのでしょうか?その大きな理由は「人工物と混じって、大量に存在するから」です。便、尿は人工物と非常に相性が悪い。便が残って、衛生問題が出るのは、パンツなど人工物でできた衣類についたままになるからです。あるいは、トイレが便の負荷が高まったときに衛生状態が非常に悪くなり、そうではなくても一般的に臭いのは、便器などが人工物だからです。臭い、衛生問題の元となる細菌叢が非常に歪んでしまいます。おそらく、1mくらいの草で覆われたところに大便をしてみたらわかると思います。それでも量は確かに問題になりますが、便をしたときの臭いが便器とは全然違うはずです。植物、土壌、便という組み合わせは相性がいい。植物学者の中にはウィキペディアにも書かれていますが、便、尿はリンなどの栄養素が多すぎて、植物を逆に枯らしてしまう、土壌のバランスを不可逆に改変してしまうので、外でみだりに糞便、尿をすることは推奨されないと主張する人がいます。これに関して私は少なくとも2つの論点を持っています。一つは、植物学者が実験として動物、人の尿、便がどのように植物の生育に影響を与えるかを調べた実験環境がそもそもその辺に自然に強く生育する非常に環境相互作用が強い草原と同じ耐性を持つ条件ですか?というのがある。そんな集中的ではない人の便、尿くらいで植物が枯れるようなら、日常の乾燥なども含めた環境変化に耐えられるわけもないというのが私の一つ目の意見。もう一つは、そもそもトイレですることがゼロリスクですか?というのがある。例えば、河川敷を歩いていると、運動施設が整えられていて、決まって仮設トイレが用意されています。これは素晴らしい事でしょうか?仮設トイレに貯まった便、尿は「誰が」交換するのでしょうか?交換する人はゼロリスクで交換できるでしょうか?その方々の気持ち、負担を考えた、想像したことがあるでしょうか?そうまでして非常に広い草原がある川辺に(男性用の)仮設トイレは必要でしょうか?少なくとも感覚が優れた男性の子どもは、水がそのまま流れる川ではなくて、比較的丈の長い草の部分で、それぞれ場所を決めないで分散的に尿くらいはしたらいいのではないでしょうか?子供は臭くて、狭い仮設トイレよりも、そうして大空のもと自然の植物と対話しながら、泌尿器を露出して、尿を適度の放尿する位置を変えながら、済ませたほうが、すごく気持ちよいし、勉強になるのではないでしょうか?どの場所に尿をすべきかを真剣に考えるということです。当然、民家の塀はダメです。用水路もダメです。川、湖もダメです。海ならどうでしょうか?草原でも人が頻繁に通るところはためらいがあります。河川敷のような非常に草木が豊富なところで、分散的にトイレをすることは、果たして間違いでしょうか?間違いというなら、トイレの負荷を考えたことがあるでしょうか?仮設トイレに限らず、バキュームカー、あるいは下水設備を整備して、維持管理する事の負荷、大変さは考慮されているでしょうか?時々、事故で、下水管に人が転落して、その強烈な硫黄臭で人命を落すことがある。トイレは、綺麗にされていますが、掃除している人が常にいる事を考慮すると、決してその負荷がゼロではありません。確かに東京、大阪など草木に対して人が圧倒的に多いところでは、トイレ、下水設備は、過去の江戸でコレラが流行した教訓も踏まえると絶対的に必要です。あるいは、アメリカのような乾燥した地域が多く、植物が相対的に少ないところでは、やはりトイレが必要でしょう。日本は湿潤ですから、草木が非常に多いです。ほとんどが郊外、田舎です。そういった地域に東京、大阪などの都市部と同様に地球を何周もできる長さの下水配管を整備して、それを維持管理して、都会と同じような負荷のトイレを整備する必要があるでしょうか?トイレの他の選択肢を常識として定義する必要はないでしょうか?トイレをする場所、その良し悪しをもっとバランスを考えて真剣に考えるということです。子どもの教育でも大人と同様にそれについて考えさせるのです。草木への放尿が植物が枯れるのでだめと否定するのは、トイレそのものがそもそも負荷、リスクがあるという前提が考慮されていない証拠です。仮設トイレなども含めてトイレは負荷ですし、トイレの部材が人工物ですから、当然、自然である植物に分散的にするよりもはるかにその負荷は大きくなり、衛生上悪くなりやすいです。不健全な細菌叢のバランスが生じやすいです。江戸のコレラ、低中所得国の都市の排泄物問題は、特に現在に関しては、現在の電気、電子機器と排泄物が大量に混じっている事が問題です。トイレが整っていない低中所得国でも、都市部の人口集中を緩和させ、人を郊外に移し、トイレを場所を決めずに分散的にちゃんと草木に考えてすれば、そんなに深刻な衛生問題にならないはずです。例えば、北海道の大雪山では頂上付近で登山者の排泄物の問題が出ているといいます。これは、いくつかの論点がある。一つとして、大便、女性が尿をしたときのティッシュがそのまま捨てられていること。これはダメです。排泄物ではなくティッシュがだめです。上の章で述べた様に大便をするにしても、携帯した水と指で大便した後、肛門周りを綺麗に拭くスキルがあれば、このようなティッシュの問題は回避できます。もう一つは、量です。大雪山の山頂付近はおそらく森林限界を超えていますから、それほど草木が豊富ではなく、あってもまだらで丈が短いです。こうした岩肌を含む場所に大量の登山者が無作為に便、尿をすると当然、環境は吸収しきれませんから、衛生問題が出ます。従って、自然環境の中で排尿、排便をするときにはよく考えないといけない。その意味で、全面的に自然環境への排尿、排便を肯定しているわけでは決してありません。しかしながら、ティッシュなど持ち帰り、あるいは使わず、ゴミを出さず、正しく草木に分散的にトイレをすることができたら、下水設備、回収設備が整ったトイレの負荷も減るし、トイレのマテリアル自身、あるいは排泄物が集まる部分のデザインをもっと植物、土関与で工夫することにもつながります。野外で正しくトイレをするスキルがそれぞれの人に見につくと、災害時、仮設トイレが非常に衛生状態が悪くなった時、うまくトイレができない子供も含めて、より衛生的なトイレに誘導することができます。例えば、緊急時ですから、避難所の周りの自然の部分を探して、スコップで土を掘って、適度な地中に自分の便をすることが女性でもできるでしょう。それで、テッシュを使わずに水と指で肛門を拭く。トイレをしたところには土で埋めた後、木の枝を立てるなど何か便をした目印を自然のマテリアルで残せればマナーとして合格点です。便が大量に存在する臭いのきつい人工物と混じった仮設トイレよりも確実にこちらの方が衛生的です。トイレに関する知識、技術、経験です。川辺を歩いていて、日本人で子供も含めて、野外排尿している人はほとんどいないので、草木の非常に多いところでも尿意を感じたときにはみんな我慢していると思う。倫理上良くないと思っている。こうした倫理感は日本人のマナーとして大切にすべきですが、下水配管の老朽化、維持管理、再構築費用、災害時の対応など様々な観点を考えると、トイレについては、見直す余地のある問題で、この問題を適正に解決する道を見つけることは、広義には、それぞれの人が持つイデオロギーの改変を含めて健康と持続可能性の問題にも一定交差します。


<輸送機器業界との調和>
 健康ガイドラインレベル1から特に3で明示した様に、健康ガイドラインで一番大切な項目は運動と栄養であり、運動の中でも自分の足を使った自然な運動である歩行、走行に重点を置いています。おそらくすでに、臨床現場では患者を継続的に見ている中で、高齢になっても日常的に歩く習慣がある人は、顕性疾患にかかりにくいという感覚はあると思います。この歩行という習慣に一番直接的に負の関わりがあるのが人を機械によって運搬する輸送機器業界です。自動車だけではありません。自転車、バイク、電車、船、バス、新幹線、リニアモーターカー、飛行機全てです。日本は特に自動車産業への産業依存度が高いので、真剣に考えないといけない産業です。一つとしての調和の為の肯定的な立場では、ヒトではなくてモノを運ぶ、すなわち物流の輸送機器の産業の付加価値を上げるという事です。特に健康に関わるところでは、水、その他飲料物、食料です。すでに成熟度が高い業界です。細かいアイデアでは歩行、走行の運動機会と自動車の使用を紐づけるものは筆頭著者の頭の中に存在しますが、健康という所を真に考える時には少し無理があるのでここでは明示しません。ただ、そうした案もあるという事は明言します。画期的な案は健康と関連するところで今のところありませんが、考え方として提示できることがあります。多様性に関わるところです。私のように完全に自動車を手放すのではなくて、自動車を所有しながら、適切に歩行、走行を使った運動機会を見つけるという中庸の考え方です。全く画期的ではなく普通の事です。すでにそのような人はたくさんいる。自動車を所有するか否かが、自動車産業の売り上げに大きく関わるので、この中庸の考え方を一定支持すれば、健康ガイドラインは大きく自動車産業を縮小させないということになります。


<製薬業界との調和>
 この健康ガイドラインの取り組みの絶対的な目標は人々の心身の健康ですから、顕性疾患を薬物治療によって治癒させることを目的で研究開発生産される製薬業界は、この取り組みに対してマイナスの影響を受けやすい業界です。医療とも関わりが当然深く、調和を考えるべき重要性の極めて高い業界です。今の立場、知能の状態で提案できることは実は多くありますが、これは健康ガイドラインなので健康と直接関連のあるところでの調和の記述のみに留めます。健康ガイドラインの立場としては、少なくとも慢性期医療で筆頭筆者が経験しているように薬があることが前提で体が適応して恒常性を築くというシステムにすることを明確に支持しません。最終的には患者が寛解に向かうプロセスで薬物に頼らず、病院からの独立性も一定高めて、健康的な生活習慣を築けるようにすべきであるという主張です。どうしても慢性期に恒常的に薬物に頼らないといけないケースがあるとすれば、その薬物はヒト、生物由来、あるいは水からできた材料で構成すべきであるという補償的な立ち位置を取ります。縮小が余儀なくされる状況で、それを補償する製薬業界が転化しやすい産業の創出を知恵を出して考える中で、このガイドラインでは健康に関わるところで具体的な案を捻出することに挑戦します。
 MRIで脳を観察する時に、造影剤という感度を上げる物質を投与してシグナル増強し、分析感度を上げる方法がありますが、このコンセプトを細胞外小胞分離の分析プロセスに水平展開し、創意を加えます。筆頭著者が今までの経緯の中で関わってきた細胞種特異的薬物送達システムがあります。薬の薬効を上げ、副作用を少なくする目的で特定の細胞種に送達させることを目的で考案したものであり、この技術は抹消させずに大切にしたいと個人的には考えていますし、それで製薬業界の産業を守り、調和に貢献できればよいと考えていますが、この技術を医療に対して健康な人の分析に利用できる可能性がある細胞外小胞分離の分析プロセスの感度向上のために使う事ができます。細胞外小胞の放出プロセスはいくつかありますが、その放出を促す転写因子を細胞外小胞に内包して、特定の細胞種に届くようなシステムにします。そうするとその細胞種から出る細胞外小胞が優位に増えますから、液体生検で分析したときの特定の細胞種の分析感度を選択的に上げることができます。予め、健康状態を分析する時に分析する細胞種を決定するという事です。例えば、心臓の機能を集中的に見たいとしたときには、採決する前に心筋細胞の細胞外小胞が多く出るようにその細胞種に特異的に送達する細胞外小胞を送達させます。多く出るということは量によってもタグ付け(マーキング)できるようになるので、分析の技術的負荷が顕著に小さくなる可能性があり、細胞外小胞分離の実現可能性を顕著に引き上げることになります。この感度向上の細胞種は複数あってもいいわけです。そうすれば一回の採決で任意の複数の細胞種の情報を選択的に取ることができます。コストの問題がいずれにしてもありますが、すでに顕性疾患がある人の場合には、疾患部の細胞種の情報を取りたいという事があるでしょうから、こちらのほうが健康とは直接的な関係はありませんが、需要が強くありコストバランスを構築しやすいです。


<自然-不自然-人工軸の定義の限界>
 自然、不自然、人工軸において、ヒト国際社会として、それぞれの国の社会として、個人としてどのようなアイデンティティー(存在意義)、イデオロギー(観念体系)、価値観、使命感で持って、どの立ち位置を取るかは人の健康と地球持続可能性を考える上で重要です。地球の持続可能性は生物としての40億年の営みによる軌跡の逸脱性という観点での持続可能性であり、地球が消滅するか否かというと別の問題となります。すなわち、仮に人工物を今のペースで作り続けたとしても地球は消滅しないという観点から、持続とは「何の持続なのか?」を問う、その定義を明確にする余地が存在します。一方で、人の健康という観点でいうと、自然、不自然、人工軸の中での立ち位置を考える事は私の健康ガイドラインをレベル1から4まで理解すれば、その重要性が顕在化します。しかしながら、自然、不自然、人工のそれぞれの3つの概念がどういったものかを明確に定義する事は容易ではありません。物理的に限界があります。最後の章では安易に自然とは熱力学第二法則に従う事としました。もう少し、熱力学第二法則の本質について理解し、考え直す余地があります。結論からいうと熱力学第二法則、すなわち系として状態数が多い方向に誘導されるという現象は、その系が閉じた系でしか成立しません。その系に対して外部からエネルギー的な干渉がある場合、すなわち、その系が非平衡な場合、次の状態がより確率的に低くなるような場合も存在しうるという事です。最後の章では生物の一種であるアリの運動は乱雑性に欠けるといいましたが、この根源を辿ると、アリは生物から構成される餌によりエネルギーを定期的にとり、運動を可能にしています。すなわち、アリの運動は外部からのエネルギー的な干渉がある開放的な系であり、熱力学第二法則の閉じた系での、平衡状態での熱力学の前提が成立しないという事になり、そうした非乱雑性の運動は物理的に矛盾しないという帰結になります。生物ではなくても、物質は太陽光、マグマなど様々なエネルギーに暴露されており、その分布のプロセスは外部からのエネルギー的な干渉があり、開けた系である限り、熱力学第二法則から逸脱性を持ちます。従って、熱力学第二法則とは完全に閉じた系である必要があり、実空間、現実と照らし合わせれば、そうした閉じた系と「なりうる」のは特別な実験条件を人工的に構築する場合を除いては、最大、究極の巨視である全宇宙空間のみとなります。この仮説、推定に従えば、宇宙全体として熱力学第二法則は成立している可能性があるけど、その中の細分化された系は、ほとんどの場合、外部干渉があり、一定の非乱雑性を持つ、すなわち確率の低い状態への駆動圧が存在するという事です。この考えに従えば、人工というのが人が生み出したものとしたとしても、自然、不自然の定義の境界を明確に示せなくなります。そうではなく、非生物、生物、ヒトとしたほうがいいのか?という再定義の検討の必要性が出てきます。ネイチャーポジティブという言葉があり、これは自然への回帰、あるいは自然にとって利点がある事という意味ですが、そもそも自然とは何という定義なくして、ヒト社会を自然に寄せる事、何が自然にとって利点があるのかを明確に、具体的に評価する事はできません。自然、不自然、人工という区分があると仮に定義しましたが、なんとなく自然と人工という2極論で考えられ、その間に不自然というのがあるという中庸が欠けている気がします。自然から人工までを連続体として考え、その間に不自然と置く場合、その変化の基準をどのように定めるかが一つの重要な論点となります。不自然を温室効果ガスの環境排出のように人が自然に対して巨視的に関与したものとしてみるか、そうではなく、地球で生じた生物の発生、進化という所をすでに不自然と置くかという問いがあります。前者の主張が多いと推定されますが、すでに生物で起こったことを不自然とみる場合、非生物の中にヒト社会が回帰すべきヒントがあるかもしれないという視点を生み出すという点で価値があります。すなわち、生物を自然と定義する場合、生物多様性の維持というように生物に対して直接的に利点がある事のみの観点となりますが、生物の自然な発生や進化の背景として非生物的な環境が生物に与えた影響をより精細にみるという観点が生物を人工と逆の極値として定義しない場合に生まれます。生物を既に不自然と見なし、その背後にもっと自然に近い、言い換えると宇宙全体の巨視的な全物質の分布の軌跡に近い系がある事に視点が向く設定は一定の意義があります。人為的という人が意識的に行った行為の結果生じた物質的な分布を人工とした場合、その人が文明を築く前の、あるいはサルが人に進化する前の、どの(進化の)地点か議論の余地がありますが、生物が数十億年かけて営なんできた進化のプロセスに大きく逸脱しないことが自然の原点と定義していいか?という問題提起です。生物自体を連続体のどの地点に置くかによらず、最終的な目標をどこに置くかを明確化し、合意形成を図ることは重要です。この健康ガイドラインでは人の真の意味での心身の健康を原点に置き、人は生物の部分集合であるので、生物が数十億年かけて構築してきた生命システムに調和する事こそが心身の健康の重要な素因であるという明確な指針があります。一方で、現代産業、あるいは脳の嗜好と衝突し、それら現代社会で大切にされているものと調和を共生、共感、多様性、動的平衡性などの多元性でもって実現していく事も同様に重要な素因であり、これを具体的に考える事がこの健康ガイドラインレベル4です。数十億年かけて構築してきた生命システムに調和するように生活習慣、産業構造を回帰的に改変したときに見える未来像は、生物多様性の維持という重要な環境問題を同時に解決する潜在性があります。なぜなら、人が本質的に心身が健康になる環境は、同様に他の生物にとっても健康になるという事を本質的に意味するからです。生物は同じシステム上に乗る以上、共通点があるという考え方です。人に特定の選択を促すとき、本質的には後の状態が自分にとって快楽、充実、経済的に豊かなど価値のあるものである条件にすることが重要です。団体を含めて長期的利益に基づいて行動する事の難しさが露呈しているため、直後の短期的な結果がそれぞれの人にとって確率高く利益がある条件設定にすることが重要ですが、心身の健康という価値がこれからの人々にとってより高くなればなるほど、その行動に伴うジレンマ、リスク、負荷という壁を乗り越える駆動力になるため、その実現の為の行動を促すためには心身の健康というブランド価値を形成する必要があります。端的にいえば、健康は当たり前の普通の事という認識ではそれにともなう負の要因を超える事はできません。総体的、大枠の観点として、人が定住し始めてから心身の健康状態が悪くなった可能性があるという事は生活様式の変化と現代の生活習慣病の病因を含めて推定する事ができます。この心身の健康状態の悪化を埋め合わせるために構築された事が、そこから現代に至るまで繁栄の裏で抱えてきた様々なジレンマの源泉という考え方もでき、それはすなわち、それ以前の生活習慣の回帰によって心身の健康状態を上げることができたら、こうしたジレンマの源泉の基礎を健康的に再構築する機会が生まれうることを意味します。こうしたジレンマは歴史的経緯でもってより強靭に負の遺産となっているケースもあることから複雑な困難性を伴いますが、今まで何千年も原理的に解決不可能だったことの前提が変わる潜在性が真の意味での人類の心身の健康の実現に内在する可能性を見出すことができます。この点を考慮に含めると、やはり、心身の健康の実現を具体的プロセスでもって様々な側面、スケール、難易度で定義する事は、現代の人類に課された最も重要な問題と確信する勇気を与えます。


<健康と地球持続可能性の絆> 
 健康とは何ですか?顕性の病気に罹患しないことが健康でしょうか?スマートフォンの画面ばかり見ている未成年は顕性疾患が特になくても健康と言えるでしょうか?細胞、その集まりである生物が絶え間なく紡いできた命の軌跡を考慮することなくして健康は定義できません。健康をより厳密に考えるためには物理学の力が必要です。物理学の第一原理とは素粒子の分布です。時間とは、素粒子の分布がより確率的に高いほうに遷移していく不可逆的な過程です。アリの運動は、ブラウン運動とは逸脱します。これは、すなわち、確率的に低い方向に動く可能性であり、熱力学第二法則に逸脱性を持ちます。熱力学第二法則に従うことが自然だとすれば、アリの動きは不自然です。しかし、これは人工ではありません。健康とは、自然、不自然のはざまにあります。人工の領域にはありません。人工は、ただ、健康を歪めるだけのものです。健康とは地球が生物のいわば、遺伝子の自己複製獲得という不自然の40億年の歴史の中での流れに従う事です。人の身体はその流れに同調するように、その都合で構築されてきました。わかりやすい例を紹介しましょう。近代の日本の近視率は非常に高いです。私の近視です。近くを見るという事は人間のデザインに組み込まれていません。今まで、生物は近くの特定の複雑な対象物を長時間凝視する場面は生活の上で一度も存在しませんでした。従って、近くの字、画像、映像を長時間凝視する事は、当然、眼の健康に対して壊滅的な結果をもたらします。それに対する補償効果は存在しません。これは大なり小なり、人の身体のあらゆる部位に当てはまります。従って、人の健康を考える事は、すなわち、細胞の40億年の歴史、類人猿、ヒト族、ホモサピエンスの歴史を見直すことでしか定義できないのです。これは過言ではありません。もし、人工でそれを構築したいのであれば、40億年に対して、10000倍の賢さで対峙したとしても、40万年擁します。ほんの数百年、もっといえば、数十年で解決しようというのは明らかに生物の絶え間ない営みに対する尊厳の欠如です。
 この自然、不自然、人工という軸で現在の叡智でもって総体的に人の心身の健康について考えた時、私たちは重要な気づきを得ることになります。不自然、自然を定義することにより、人、生物、地球において最も大切なものが実は合理的に両立可能であるという事を、今までの人の脳の過ちを超えて、脳はメタ認知として上位から理解する事が可能になります。これが真の意味で、ネイチャーポジティブ、すなわち、人工から不自然、自然への回帰です。
 自然を考える上で第一原理である素粒子の分布についての最も簡略的な、しかし、本質的な説明を最も簡潔的な様式で施します。その簡略性のためにボース粒子、フェルミ粒子の2分論で宇宙の統一性について定義します。ボース粒子とフェルミ粒子は回転の単位の細かさ(1,1/2)が違うということですが、フェルミ粒子が目に見える実態があり、ボース粒子はそれがないというのはおそらく違います。そもそもずっとスケールを小さくしていったときにはそうした実在論の境界の有無もあいまいになるはずです。「そこに確かにある」を問うことは意味がないかもしれません。ただ、感覚としてグラフ理論でいうエッジ(線)、ノード(点)をそれぞれ光、ヒッグス粒子などのボース粒子を線、電子などのフェルミ粒子を点と考えるとなんとなく私たちの直感と重なるかもしれません。仮にそうします。世の中の不変則は確率としました。それは、宇宙が空間的に膨張することで次の状態が常に拡張し、その状態の数が(器として)増えていくからであると考えました。ビックバンから状態数は増え続けているのです。それを大元で駆動するのが実は数学的には確率論であり、確率が高い方向に誘導されるというものです。水の配管に分岐があり、一方が顕著に太ければ、水分子はそちらに多く流れるという事です。その逆はありません。例えば、造幣された年が全て異なる100枚の10円玉があるとします。それが全て表、裏になる状態の数はたった2パターンしかありませんが、50枚ずつ裏表になるパターンは造幣された年が異なるという一つ一つの10円玉に特異性を与えるとそのパターンは約10の29乗になります。すなわち、エントロピーの法則とは乱雑性ですから、50枚、50枚の最も均一な、乱雑なパターンに誘導されるというのは、その根底にあるのはこの状態の数、すなわち確率なのです。したがって、エントロピー増大の熱力学第二法則とはその根底には確率論があるのです。多くのパターンがある方向への系全体への駆動圧が絶え間なく続いています。それが時間です。逆はありません。宇宙の膨張もおそらくその確率論に支配されます。空間そのものが可変因子。十円玉という玉に着目すると、フェルミ粒子的です。しかし、それぞれの玉には「関係性」があり、その関係性とは引き付ける力であり、それを駆動するのがボース粒子です。だから、点と点の架け橋の元である線であり、この点においてグラフ理論の例えが厳密ではなくても直感的に整合します。
 世の中に存在する人工的なもののほとんどが、分子レベルまで微視的に考え、完成体としての巨視までのスケールでみるとその分布の自然発生的な確率はほぼゼロですから、いわば上の十円玉のケースでいえば、すべてのコインを表に向けるような行為にほかなりません。それを生み出すのは人の脳ですから、人の脳はいわば自然の法則から逸脱する能力を「誰かから」与えられたといえます。これは、下述するように神経細胞に細胞種が分化した時点でその運命線が開かれたという考え方もできますが、もっと以前、すなわち、遺伝子が合成されたときに、遺伝子自体が自己複製能を獲得したことそのものが、結果として生物としてあり得ないことを起す起点であったという考え方もできます。どの時点で、このいわば異常が地球上で起こったのかということを評価、断定する事そのものがこのテーマと同様に科学的に非常に興味深いことです。こうして、人の脳が自然の法則から逸脱するとは、人は意識的に太い道よりも、細いいばらの道を選ぶということです。人に進化するもっと前です。上述した様に遺伝子の地点と考える事もできますが、消化器に神経系が発達したのが起源かもしれません。その奇跡の産物が実は、今の地球を運命づけたといえます。神経細胞への進化こそが分岐点なのです。 神経細胞がよりそれ(人工的な産物を生み出すこと)を決定づけたという考え方もできるでしょう。 
 神経細胞は生物に「嗜好(好き)」という感覚を与えました。「より美味しいものを食べたい」「環境を整えて楽をしたい」「誰か人を支配したい」「お酒、たばこで気持ちよくなりたい」「恋愛をしたい、友情を築きたい」。これらは体の細胞の機能ではありません。心拍が速くなったり連動はしますが、「そうしたい」という欲求は神経細胞の産物です。例えば、あなたが昔の親友と久しぶりにあい居酒屋で盛り上がったとしましょう。二次会にはスナックを選択しました。そうした一夜は何物にも代えがたいものですが、その時にはあなたの体の「しんどい」という悲鳴はどこ吹く風となっているでしょう。そんなことは意識しません。飲みまくります。家に帰ったらトイレで嘔吐します。次の日には頭が痛くなります。それはいわば、体の細胞の遺伝子の集団的な破壊です。寿命を短くします。不健康になります。すなわち、不健康の源泉は、脳の嗜好にあるのです。しかし、この嗜好が現在のすべての産業、人間関係性の礎です。人は脳がある限り、万人がこの嗜好から逃れられません。それが時に苦悩になるのです。脳が無い生物はこのような社会関係性を構築しません。社会性があるアリにも脳があります。アリの動きをみていればわかります。その動きは餌を探すだけの一直線のものでは決してありませんが、明らかにブラウン運動のような分子運動とは異なります。これが現代を支配していますから、避けようのない現代社会において、地球の持続可能性を考えるとは、人の脳、もっといえば、その脳のこうしたいという欲、嗜好とどう調和しながら実現するかを考えることです。現代社会と自然との間の調律を創作することです。この健康ガイドラインレベル4の最も重要なテーマは、その調律をどのように構築するかを考えることです。これは人の健康と地球の持続可能性を両立させる世の中で最も重要な命題ですから、当然、その対象はレベル4となります。私自身が今、その問題と自分の心身を使って対峙しているわけです。その脳の嗜好は人の体を不健康にしますから、それを踏まえた上で人の健康を考えることは、すなわち、今述べたように持続可能性と強力な接点を持つのです。この健康ガイドラインを誰よりも誠実に強い思いを持って実施する私はすでに一歩先がより多様になる自然に導かれているといえます。山中先生の毎日のジョギングのその1歩はノーベル賞よりもずっと尊いのです。山中先生だけではなく、Ciraは名誉所長の影響もあってジョギング、運動する人が多いので、研究活動として非常に健全に回っている可能性がありますが、それでも研究自体がいくらでも時間を食う、搾取する活動なので、研究自体が健康問題と照らし合わせたときに労働と同様に決して全肯定されるものではありません。ヒトの心身全体でいえば、脳が不自然を駆動し、体が自然と接続しています。したがって、今までよりもそれぞれの人が体に耳を傾け、脳の嗜好を制御、抑制することこそが実は地球の持続可能性とつながるのです。それがネイチャーポジティブ(自然に向かう正軌道への回帰)です。
 現代社会を全て否定しているわけでは決してありません。今考えると考慮が足りない中でも人の汗に感謝しながら、それで生じた負の遺産を全世界の人の叡智でもって、正の遺産に変えることが一つの目的です。健康ガイドラインのレベル4は、こうした最もスケールが大きな視点を含めて考えた健康問題と自然、不自然とは対極にある人工にあふれた、それを前提で精緻に構成された世界的な産業構造とどのように折り合いをつけて、正への回帰を駆動していくかを頭を悩ませて考えていくことです。心身の健康を実現することは、現代人において最も根源的な問題です。それはレベル3までで真剣に考えます。レベル4は、それをすることは現代の世界産業構造と正面衝突にすることになる事実から、では、どのようにそうした向かい合うベクトルの中で、別次元の軸を入れて、これからの軌跡として正への回帰を現実的に、作り物の世界ではなく、私を含めそれを真剣に考える者が先導して、実現していくかを考えるものです。


<医療との調和>
  上述したように健康ガイドラインレベル4は主に健康ガイドラインレベル3までで述べる今までの生物の進化の軌跡に調和するという事を基軸にした心身の健康について、具体的な健康習慣というプロセスの提示を主軸において、徹底的に追究、追求しく中で生じる課題と具体的に向き合うものです。ガイドラインなので当然、読者が日々の生活習慣の中で実施できるようにしなければならない。現代社会において、生物多様性の喪失が問題視され、その回復の重要性が長く、広く謳われ、それは別の観点でみれば、社会全体の構造が生物の進化の軌跡から逸脱していることに他ならない。健康ガイドラインレベル3までで明示されたように心身の健康の本質を追究すればするほど、自動的に生物の進化の過程の上に乗り、定住生活以前の古来の生活に回帰する事に気づきます。これは理論的にも合理性があります。現代の社会産業構造はそうした古来の生活への回帰を元にした生活への回帰を促し、仮にそれが実現したとすると基板から崩壊し、この取り組み自体が社会産業構造と正面衝突する事になることは必然です。人々の心身の健康こそが最も大切な資産であり、その実現の為の変化が生じたときには、必ずジレンマが伴います。今まで生物は40億年の間、様々な環境変化を経験し、変化、適応してきました。そこで生じたジレンマは、一定の揺らぎの中で安定を実現する恒常性、動的平衡、多くの異なる種を共存させて変化に強い構造にする多様性、互いに足りないところを補償しあう共生、特定の種が環境全体に及ぼす結果に応じて構造全体の在り方を調整するフィードバックループ、時には絶滅という形で失敗しながらも必死に適応してきた適応拡散などで対峙してきました。こうしたジレンマの解決の時間軸は今の産業の変化と照らし合わせて考えると圧倒的に長期的でした。これを踏まえた上で、心身の健康を実現するという目的の健康ガイドラインと現代社会産業構造との根本的な対立というジレンマとの解消を考える必要性があります。健康ガイドラインは健康を扱うものなので、医療と関連性が深く、同時に現代の医療と真っ向から衝突する事になります。筆頭の著者である私の今までの様々な思いを一定含有させた時、本質的に対立する産業はほとんど全てといえますが、その中でも医療とのこの本質的な課題と向き合う事の重要性は最も高いと位置づけています。この健康ガイドラインレベル4で述べたようにエネルギーとは分布であり、比喩のように聞こえるかもしれないが、日本、国際社会を駆動するためには同様にエネルギーが必要であり、そのエネルギーの源泉が分布、もっと具体的にはその偏りであれば、様々なジレンマを抱えながらも、人々の心身が健康になるように変化を促していくためには、それを具現化させるためには、個人的な思いを含めて一定の偏りによるパワーが必要です。人の場合、そのパワーの源泉は感情であり、特別な感情は、その人のこだわりなどで定義されるアイデンティティー、イデオロギーの偏りによって生まれます。上述したジレンマは人々の不安を惹起する為、その不安を払拭するために対立構造を正直に明記し、具体的な指針でもってそのジレンマの解消に努めなければなりません。、その指針が上述した様に恒常性、多様性、共生、評価改善、失敗再起です。人が発達した脳がある事を考えると、共生のところに共感という概念も加わります。こうしたジレンマの解決の為の指針を多元的に定義しつつ、動かすためにはエネルギーが必要ですから、そのエネルギーの為には人々の感情を動かす必要があり、少なくとも一定の偏向が必要です。その偏向とは具体的には、一つとして選択と集中です。私はそれを明確に「医療」としています。ジレンマを解決するためには一つとして共生、共感が必要であり、その共感が一方で社会構造を動かす原動力となる感情を惹起させます。端的にいえば、健康ガイドラインは本質的に現代病が蔓延していることを前提にした医療構造とは対立しますが、それを提案する少なくとも「私」はあなた方、医療従事者を誰よりも大切に思っているという事を伝える事です。表面上の関係改善、共感の為の迎合だけではなく、一時的に対立したとしても明確に、正直に問題提起し、相手にとって長期的視点で見たときに良い事は何なのかを考え、駆逐するのではなく全体の発展を考える事が真の意味での共生、共感です。生物の絶滅という失敗を繰り返してきました。私も時々、お酒を飲みすぎて、感情に任せて稚拙な文章を書き、フィードバックして文章を書き直すこともそのプロセス自体が失敗ではなくて、意義があると思っています。冷静に淡々と文章を書いているだけでは社会を動かすためのパワーを得ることはできません。感情的なことだけではなく、共生、共感のためには具体的な中身が必要です。対立して縮小を余儀なくされる産業構造に対して、どう新たな産業構造を構築していくのか?その具体的な案を提示する必要があり、それが中身です。以下にその中身について記述します。
 健康ガイドラインレベル3で重要な提言を行いました。エリートランナーの走行フォームの評価、改善の為に骨格の動きを人工知能の推論を利用しながら非侵襲で靴の中まで分析するシステムの提案です。今は、人工知能の社会的流れがあり、具体的にデータセンターも各地に整備されつつあります。その中で人工知能をこれからの社会に利点があるように生かしたいと考えている人は多く、そのソリューションを提示する事の重要性は高いです。心身の健康を実現しながら、現代テクノロジーの一つの極致である人工知能を生かし、すなわち共生する事は最も重要なテーマです。この観点からこの段落で述べる案の重要性は少なくとも現状では一番高いです。さらには、健康ガイドラインレベル3で最も詳細に具体的に記述する運動の中の歩行、走行と直接的に関連することです。この具体案に対する偏りは非常に大きいです。映像に基づいて人々の歩行、走行のフォームを非侵襲で数字でもって分析できるようにすると映像は人がマニュアルで撮影することなくしても、衛星で自動的に撮影する技術がすでにあるため、人工知能に基づく分析システムと同期させれば、常時、人の歩行、走行フォームを分析できます。当然、プライバシーの問題があるので登録された人のみの分析になります。こうしたシステムは、人の正しい歩行、走行を実現するための医療の特別な産業(歩行走行科、歩行走行外来、歩行走行専門病院など)を生み出すことができます。それだけではなく、データの蓄積に伴い歩行、走行フォーム自体が病気の前兆を示すバイオマーカーになる可能性もあります。関節の疾患などは間違いなくリンクします。患者のフォームを理学療法士、医師が事前に分析して、来院したときにフォームの矯正を具体的に実行し、それが治療となります。その人が正しく歩行する、走行する事が間違いなく健康の実現と関係性をもつからです。それは医療が最終的に目指すべきところの一つです。歩行、走行のデータを個人が見れることによって、歩行走行の実施者の特別な価値をもたらします。その歩行、走行データは研究テーマ、靴/靴下/服の設計指針になります。歩行走行データを安全に監視(セキュリティー)、データの受け渡し,設備(衛星、人工知能システムなど)の運用管理の必要性があります。これらの需要は全て新たな産業の基盤となり、これらの精緻なつながりが経済エコシステムとなり、歩行、走行という心身の健康において現代産業と対立する最も大切な生活習慣との共生となります。
 もう一つの軸は、分析です。健康ガイドラインレベル3で明らかになるように、運動の特に歩行、走行で価値の高い情報が出せるのは筆頭著者自身が歩行、走行の介入を実際に行い、一定の結果を明確に分析できるからです。運動は運動能力という客観的な指標(例えば、距離時間など)で評価が可能だからです。一方でもう一つ大切な栄養は、健康ガイドラインで特別な偏りがあって、理論的にも大切である果物を筆頭著者が食べても、その結果、体の中の上体が具体的にどうなっているかの結果はわかりません。従って、重要な情報が出てこないということになります。その原因は分析能力の不足にあります。顕性疾患がある人だけではなく、健常者を含めたすべての人が安全に検査、分析する手法を徹底的に発展させることが、健康ガイドラインと医療との調和であり、その分析に伴う経済エコシステムを作ることが縮小した産業に対する埋め合わせです。より具体的にここで提案できる事としては、細胞外小胞分離による液体生検の分析です。人から採取した液体の中の物質と由来(どの細胞種にあったものか?など)を分析できるようになれば、血液や尿から体の中の状態の分析精度はかなり高くなります。それができる可能性があるのが、細胞外小胞分離です。当然、様々な困難性を伴いますが、これは健康ガイドラインと医療、産業との共生のためであり、実現を目指すための明確な価値、意義がある事です。もう一つはMRIガイド集束超音波装置の開発です。経頭蓋だけではありません。MRIと超音波装置の高性能化です。これらの測定は、原理的に身体への負荷が少ないので健常者に対する分析手法として優れます。これらの装置が組み合わせることも含めて高性能化すると、例えば脳の状態をより精細に分析する事ができるようになるので、頭脳主体で動く現代産業の価値観と高く調和します。生理学的な、臨床医療としての利点も当然あります。健康の状態がその人を傷つけることなく分析できるようになると、一気に健康ガイドラインの内容の質があがります。それは私の運動の分析を外挿すると間違いありません。
 現代医療、これからの医療の極致として、iPS細胞によって細胞の若さをリセットして原理的に若返らせるという事が考えられますが、そもそも人の寿命の上限がおおよそ120年というのはおそらく局所的ではなくて、体全体で決定され、しかも、遺伝子を含めた全体のシステムとして今までの生物の進化の軌跡が刻印された結果であるという推定もできます。この観点に立てば、臓器移植や細胞を入れ替えて若返らせるということは、今までの生物、類人猿、ヒト族の進化を理解して見直すことなくしては、非常に危険な結果をもたらす可能性があるという事です。細胞は数十億年前から始まっているので、単一細胞をとっても長い歴史が刻印された産物といえます。従って、原理的に扱いが非常に難しいです。一方で、例えば、歯は外側のエナメル質は物質的に決定されています。細胞のように動的ではないです。腸、肺の上皮組織のような回転の速いところを原理的に老人から子供のような若さにすることは生物学的に無理があるし、それを強引にしようとすると大きなリスクが想定されますが、物質的に決まっているところ、すなわち物質回転しない、あるいはそれが非常に長いところは、現代テクノロジーによる介入の余地が大きいです。例えば、歯は入れ替えることができます。私の前歯の一本もそうです。問題なく機能しています。それ以外にも眼がそうです。従って、iPS細胞の初めの臨床応用は眼から始まっています。骨もそうです。歯や眼の健康はガイドラインで定義するように栄養摂取と視覚に関わり健康において重要であり、それに関して考えられることは多くあります。例えば、歯にヒドロゲルから構成されるマウスピースのような材料を作り、表面のフッ素化やヒドロキシアパタイトの合成をより効率的に誘導できるかもしれません。走行、歩行に関わるところでいえば、その運動においてカギを握るアキレス腱に関していえば、踵近くの最も多くの病理がある部分に対して、体外で合成したⅠ型コラーゲン、エラスチンを配向特性を制御しながら注入して、治療、強化する事ができるかもしれません。アキレス腱も代謝活性がサテライト細胞で低く、代謝回転が長いからです。しかも、表皮からアプローチしやすいところにあります。健康と医療との調和を考える時に、現代テクノロジーが直接的に医療的な介入をして人の健康を促進させたいという需要は医療関係の研究者も含めて絶対的にある中で、ここで示せる一つの道筋として、まずは、代謝回転しない、代謝回転が非常に遅くて重要な組織(例えば、アキレス腱の根元)を特定して、体外で人工的な材料、最も言えば人工的な合成技術に依拠せず、iPS細胞技術なども含めてできるだけ生物の自然な材料、合成技術(それに近い技術)を使いながら、治療、機能強化を目指すという指針です。



 

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健康ガイドライン(Level 3:一般研究者向け)

<目的、背景>
 私たちの身の回りは人工物、すなわち自然発生的には物質的に確率的にほとんどそうはならないもの、言い換えれば、脳で生み出した産物に囲まれています。一方で、人は自然の産物です。受精により生を受けて、母親の子宮の中で育ち、世の中に出てきました。自然と人工は相性が基本的によくありません(1)。例えば、人は人工物である衣類を身に着けますが、汗を大量にかいた後、しばらくして臭いにおいが残るのは人の皮膚ではなくて服です。従って、服は洗濯しなければなりません。その洗濯の為の洗剤はやはり人工物でなければなりません。人工には人工で対峙する必要があります。しかし、その人工の循環は堂々巡りであり、そのサイクルは自然循環一部で交わる事があっても、溶け込み循環上に乗ることはありません(2)。人の健康、健全性とは何でしょうか?人の身体の中の物質は常にエネルギーの循環によって代謝回転しています。そのプロセスは、人工的な炉で合成されるような人工的なプロセスではありません。生物が発生し、40億年近く経過した自然発生的な軌跡の上に成り立ちます。従って、自然のプロセスといえます。健康とは、こうした体の中の物質的かつ自然発生的なプロセスを健全に整える事であり、それは言い換えれば、より自然なプロセスに川の流れのように乗せる事を意味します。人工的な産物は、こうした自然の川の流れを人の都合で形成されたダムのように歪めるのです。これが一方的に進むと現代病、すなわち顕性疾患となります。従って、健康問題を考える際に、自然と人工についてより深く考え、それぞれの違いを現代社会と照らし合わせて比較定義する必要があります。端的に言えば、人が現代社会の中でより健康になるためには自然と人工の中の両極で、より自然側に現代社会と対峙、あるいは調和しながら自らを律し、寄せていく必要があります。しかしながら、昨今、コンピューター、インターネット、スマートフォン、人工知能の勃興によって、自然-人工軸の中でより現代人の生活が人工側にシフトしています。今の若者は自然の産物である人と会話するよりもディスプレイを眺め、ディスプレイ上のアプリケーションによって文章上、あるいは動画上で会話する事を選択します。この会話は人同士であることには変わりありませんが、デバイスを介する事によって、音声情報、視覚情報が歪められ、嗅覚、触覚はほぼ完全に失われます。現場で感じる雰囲気、質感も失われます。こうした会話は、自然から大きく大切な何かが抜け落ちているのです。こうした問題が今後、数十年以上継続すると、いずれは壊滅的な健康問題、公衆衛生の問題として顕在化する。例えば、人として最も大切な感覚器である視覚を失う人も多くなるかもしれません。皮肉にも、今、こうした私が夜の静かな部屋の中、部屋の電気を消し、自然のサイクルに乗せている中においても、これを読むあなたに文章情報を届けるためには、パソコンのまぶしいディスプレイをつけ、パソコンに電気を供給し、インターネットに接続して、クラウド上に私の声ではない、無機質な文章情報として、デジタルで可換な情報として乗せます。この文章を私は自然な声として、自然の中で即時的な自然を壊さないそのままのクラスルームを形成し学生の前で伝えたら、机と椅子に固定された教壇、黒板をただ見つめ、マイクを通じて話す授業、あるいはリモートのソフトウェアを使った画面上の授業と比較して、果たしてどのような違いが生じるか?私たちは、まずこの違いを認識、自覚することからスタートしなければなりません。それは上述した様に健康問題と密接に関わるのです。
 今まで、生命科学、薬学、とりわけ医学、医療では、顕性疾患のない人の健康状態に対する臨床研究は軽視されてきました。主に病気に対する病因、その治療の為の製薬についての研究が当たり前のこととして優先されてきました。それが社会のエコシステムと溶け込み、現在の病院、製薬企業、医療機器メーカーなど産業が構築されてきました。私たちは病気になれば、いやがおうにも、こうした医療エコシステムの中に組み込まれてしまいます。しかし、病気と健康とは不可分、すなわち完全に分けて定義することはできません。例えば、癌になっても、その人には日常生活がありますから、日常生活をより健康的に、すなわち、上の段落でいえば自然側に寄せて、見直すことが可能です。それは果たして、癌の治療にならないか?癌にかかりながら、自分の体調と相談し、規則正しい生活をして、歩行を中心とした運動を行い、自然を眺め、リラックスし、大切な人と共感的な会話を対面で行い、栄養バランスを考えた食生活をし、鼻呼吸主体の呼吸を実現し呼吸を整え、様々な経路で自律神経を整え、綺麗な水によって口腔のケアを多面的に行う事が特異的な薬物治療に対して劣ると絶対的に言えるか?こうした顕性疾患に対する自然側に寄せた生活習慣の改善は、今の医療エコシステム、産業構造の中に調和しません。従って、病院もこうした治療方針を患者に提案する事をためらうのです。それでは経営が成り立たないシステムになっているからです。今の医療エコシステムの中でこの健康ガイドラインで定義されるプロセスは調和せず、必ず抵抗にあう事になります。なぜなら、これが普及して、人から共感を得られ、実施する人が増えれば、病院は経営危機に陥るからです。病院だけではありません。製薬メーカーも、医療機器メーカーも同じです。では、こうした生活を自然側に寄せる社会的な力は、必要ないとこれだけの理由でいうことができるか?一方で、今のまま、人工知能の流れにまかせて、人の生活がより人工的になれば、将来の人の健康状態はより壊滅的になる。そこで発生する医療コストとは、公的資金を含めるといかほどか?いずれにしても、人工的な物質は非常に粘着的に強固に現代社会の中に組み込まれ、既に問題意識のある私ですら、そこから完全に離れることが不可能ですから、現代社会で求められることは、この「自然」と「人工」の軸の中で、自らはどの立ち位置にいるのか、その自分の同一性、存在意義、すなわちアイデンディティーを考え、定義していく必要があります。これが各個人に求められる時代になります。画一的である必要はありません。それぞれの人が独自の立ち位置を取るのです。しかし、その際に必要なのは、現代社会において自然とは何なのか?その理想状態を客観的かつ主観的、具体的に知る必要があります。例えば、現代では視力が低下した人が多いですが、その低下した視力で世界を眺めてみてください。それによって、現代社会の中に組み込まれた人工、今も手つかずで残る自然がどういうものなのか、視界と他の感覚器と共に鮮明になってくるでしょう。
 この健康ガイドラインレベル3では、上述した自然と人工の軸の中で、現代社会の中での健康の在り方を探っていきます。研究者向けの内容ですから、一つ一つの内容に対して、適切な科学論文を定義して、その科学論文の内容を検証して、内容を今までの叡智を結集しながら逐次、肉付けしていく作業を繰り返します。それによって科学者は、現代の人工的な情報ネットワークの中で、自らの自然な身体、あるいはバイオファクト(1)とも呼べるかもしれない、知能、脳と調和させながら、内容を検証し、未来の健康の在り方について研究の前提を問い直し、考えていくのです。この健康ガイドラインはその道しるべ、マイルストーンへの方向指示器の役割があります。上述した様に医療エコシステムの中で顕性疾患とは一定独立した形の健康の在り方は研究レベルから軽視されてきました。従って、この私の取り組みは研究活動が技術的にもおおよそ成熟したと考えられている中でも緒についたばかり。夜明け前の黎明期であるといえます。


<運動>
  運動というのは最大限広義にみれば、構成する物質、定義しうる最小単位でいえば、素粒子の位置の移動です。この点を基礎におけば、運動は人が随意で自発的な運動をしなくても、生きている限り、ずっと運動は継続していることになります。例えば、絶え間なく続く、循環器、呼吸器の活動は、基本的運動の一つと定義できます。こうした事を考慮すると、人の生命活動は運動なくしては成立しないということになります。従って、この健康ガイドラインレベル3で運動を考える際には、そうした広義の意味での運動、すなわち、粒子の集団的な動きを考慮した上で、その運動の「程度」を考察することにあります。現代社会は、特に昨今の警鐘を鳴らしても消して聞こえないAI産業の勃興、発展など第4次産業革命と呼ばれる情報通信技術の急速な発展、端的にいえば、さらに加速化するパソコン、インターネット関連産業の肥大化により、労働市場において、身体の活動性の低い労働時間が増えますから、今述べた運動の「程度」がさらに低下する懸念があります(3)。もし、AI産業の発展が止められないとすれば、AIによって労働を人工知能に移し、人が労働とは別で十分に運動する時間を確保できるように、労働時間を短くするように動かなくてはなりません(4)。このアプローチは、労働市場の効率化と健康行動の促進を同時に達成するための戦略的パラダイムであり、特に産業医学、予防医学、公衆衛生学的視点から見ても合理的です。もし、運動や健康を考え、アメリカ、日本を中心とした世界が動くなら、後者を選択することになるでしょう。しかしながら、AIは膨大な電力を消費します。現行の大規模言語モデル(Large Language Models; LLMs)や機械学習インフラは、データセンターにおける超並列計算資源を必要とし、その冷却・維持には膨大な電力が消費され、結果として、二酸化炭素排出量の増大、熱環境の悪化、希少資源(金属・半導体材料)の過剰消費といった外部不経済を引き起こします。これが健康ガイドラインレベル4で主に述べる地球の環境問題、持続可能性と真っ向から衝突することになり、ネイチャーネガティブ性、すなわち、自然軌道からの逸脱性を高めることになります。
 体の運動は細胞でいえば、主にどういった特質を持つ細胞によってそれが可能になるか?例えば、呼吸器である肺は自発的な運動機能を持ちません。では、なぜ、人は体の中の圧力を変動させ、空気を交換することができるか?それを可能にしているのは肺の下部にある横隔膜筋を含めた周辺の筋組織によります。心臓、血管も同じです。伸縮運動を可能にする心筋、平滑筋がそれぞれ細胞レベルで存在します。これらの筋組織が伸縮運動が可能になるのは、アクチン-ミオシンのクロスカップリング運動によるものです。筋組織は、栄養学で大切になりますが、動物性のたんぱく源である食肉の主な組織であり、これらのアミノ酸、たんぱく質構造は比較的単調で、周期構造となっています。従って、安定的に特定のたんぱく質を筋組織の食肉によって人は摂取することができますが、これは運動の元になる筋運動を支える根源的なシステムが比較的共通化されていることを示すものです。こうした運動は、不随意の、主に副交感神経支配によって生じる生命活動において不可欠な運動である呼吸、循環だけではなく、一般的に運動(エクササイズ)とされる骨格筋を積極的に使った運動でもメカニズム(機序)としても同様です。この章の運動は、基本的な運動のメカニズムを細かく追究する事を目的とするものではなく、人の健康を目的とした運動であるので、こうした基本的な分子機序を十分に考慮しながらも、一般的にエクササイズ、運動と定義される骨格筋を使った運動を扱います。
 全段落で述べた骨格筋を使う運動は、歩行、走行などの持久運動ではより顕著ですが、それが体全体の移動としては静止したダンベルなどを使った筋力トレーニングでも、前述した呼吸、拍動といった基本的な運動と比べれば、分子レベルの微視から体全体という巨視、あらゆるスケールでより動的(ダイナミック)といえます。骨格筋はそうした呼吸、拍動といった運動よりは、自律神経でいうと交感神経支配性が高く(5)不安定ですが、強い力を発揮し、より大きなエネルギーを必要とします。そのため、運動支配を受けた筋肉はエネルギーが必要となりますから、体全体のシステムとして、エネルギーを随意の筋肉に供給するような調整機構が自然と働きます。そのエネルギー供給経路の主要なものは循環器、すなわち血管ですから、血流がより活発になります。それに応じて、拍動、呼吸といった基本的な活動もより活発になります。とりわけ、歩行、走行では、人(ホモサピエンス)は地球上で数少ない二足歩行で持久運動が可能な動物であり、その能力は持久という意味では紛れもなくトップですから、人特有の循環システム、骨格筋組織(連携)によって、体の運動、循環システムが働きます。心臓は上半身の脳に近い上部にあり、そこを主要ポンプとして、全身に血液を流すなかで、四肢は遠い位置にあります。とりわけ、両足は人らしい運動である歩行、走行を運動を可能にするための主に筋組織が全体としてバランスよく構築され、その筋組織には離れた部分の循環を可能にする特別な筋組織、循環器連携システムが存在します。端的にいえば、足の筋組織は「第二の心臓」と呼ばれ、循環を心臓から遠い位置でも十分に確保するための血圧を制御する補償的なシステムが存在するという事です。こうした補償的なポンプは、足先から重力に逆らって、心臓まで静脈として流すための血圧にも貢献します。すなわち、歩行、走行により下半身の筋肉を使うことは、足先までの循環だけではなく、主な臓器が集中する上半身にわたり、体全体の循環を活発化させることができます。循環が活発になれば、エネルギー源である栄養素の全身の細胞の送達がより円滑になるだけではなく、体全体の温度、水分調整、アディポカイン(脂肪組織)、マイオカイン(筋組織)、オステオカイン(骨組織)などの体全体の半分以上を占める内分泌組織の物質交換、ほとんどの細胞から放出される内分泌物質である脂質膜に囲まれた細胞外小胞による物質交換などがより円滑になります。現代の社会システムでインターネットが世界一斉に遮断すると今の国際社会システムは完全に機能不全となりますが、体の循環システムは社会システムとして例えるならインターネットの回線網であり、体全体が恒常性(ホメオスタシス)を成立させて、生命活動を維持していくための最も基本的なシステムです。骨格筋を使った走行、歩行の自分の足を使ったホモサピエンスが絶え間なく選択してきた最も普遍的、かつ基本的な運動は、それそのものが体の最も重要な循環システムをこの上なく強固に円滑にするシステムと共存します。従って、歩行、走行などの運動は主に生活習慣病と関わる循環器系の健康状態、疾患と疫学的にも関連性が深いですが、それは当然の事という帰結になります。それだけではなく、足を使った基本的な運動である歩行、走行を通じた骨格筋の持久運動は、社会システムでいうインターネット回線網を強靭にすることですから、体全体のセキュリティーレベルを向上させることになります。どこかに不調が生じても、その連携性が高ければ、体全体の組織でそれを補償するシステムがより強靭に働くということです。それは心の健康と関わる脳神経、脊髄を含む中枢神経系でも同様です。何か現代社会の中で強いストレスを抱えた時、歩行、走行を通じた運動習慣を適正に構築していると、そうしたストレス耐性も自然と強くなります。この点から明確に示せることは、現代では様々な道具、人工物を使った運動はスポーツを含めて多様に存在しますが、この健康ガイドラインで運動項目として最も中心に据えられる重要視される運動は特に何の道具も使わないもっともシンプルな運動である歩行(歩く)、走行(走る)ということになります。
 歩行、走行の運動を支配するものは何か?それは歩幅(ストライド)と回転速度(ピッチ)です。歩幅が広く、足の回転速度が速ければ当然、その運動スピードは速くなります。これは走行だけではなく、歩行でも当然、基本的な素因(パラメータ)です。持久運動において、その運動能力とは、こうした高いストライドとピッチをどれだけ長い時間維持できるかに依存します。すなわち、任意のこれらの条件をより効率的に低い心身エネルギーで持続的に実現できるかを歩行、走行それぞれで考える事にあります。私が心身の実験で評価する限りにおいて観察される、評価される結果があります。特異的な例ですが、自重でできる筋力トレーニングとして、空気椅子(ウォールシット)があります。歩行、走行、後述する全身ストレッチ、体幹中心自重筋力トレーニングを続ける中で、このウォールシット時の大腿部の状態に顕著な変化が見られます。この運動に対して、それほど筋緊張を伴わなくなりました。当然、それにより、任意時間のこの運動が顕著に楽になります。この特異的な運動に対する絶対的に必要な任意のエネルギーを発揮するための上半身、下半身の他の部分の連携を含めた運動能力、効率の向上を示唆するものです。こうした事が歩行、走行でも当然、生じることになります。任意のストライド、ピッチを持続するための外的なエネルギーの絶対値は不変ですが、それを達成するための内的なエネルギーが効率的になります。より全身で分散されるようになり、それに耐えうる筋肉がアクチン、ミオシン構造、細胞外マトリックス、イオンチャンネルなどの膜受容体、ミトコンドリア、筋紡錘、運動神経を含めて最適に構築されるようになります。従って、主に開放運動連携で目的とされる筋肥大だけが運動能力を決定するものではありません。筋-骨格連携といった巨視的観点、個別の筋繊維の構造という微視的観点両方においてバランスが重要になります。単に任意の運動を繰り返す場合に比べて、歩行、走行はバランスの取れた理想的な運動です。歩行、走行は、特別に裸足で訓練しない限りにおいては、道具として靴が必要で、その靴の日々の維持管理、メンテナンス、評価(ソールの状態など)が必要なように、体全体の維持管理、メンテナンスも歩行、走行運動とは独立で必要となります。健康ガイドラインではそのための具体的な手段が、全身ストレッチ(随意、筋伸縮運動)、自重の体幹を中心とした筋力トレーニング(閉鎖運動連携)、バランス運動(閉鎖運動連携)、臥位筋緩和(筋緩和は極めて重要のため、別章で述べる)です。全身ストレッチは日本でいうラジオ体操として代表的な全身体操も含みます。歩行、走行の内、特に走行のほうは、自分の体の大きさ、足の長さを最大限生かす形でストライド、ピッチを考えなければならない。遺伝子的に筋肉の発達した背丈があって、足の非常に長い黒人男性は絶対的に有利。長距離走でも。なぜなら、ピッチは誰でも訓練次第で速くできるけど、ストライド(歩幅)は足が長ければ長いほど、大きくとることができるからです。一般的に足の長さが長いほうが任意速度の代謝効率は高いとされており(6)、特に足が長い人は、その体形を生かしてしっかり歩幅をとるフォームを確立すると体を生かした速度を実現できます。但し、私がピッチ重視、ストライド重視の走法両方を実践し、自己評価する限りにおいては、推奨するストライド重視の走法では、体の重心の位置を走行中に歩幅を取るために、極端にいえば三段跳びのように大きく上下させる必要があり、動きとして損失が生じる事と、脚力がいる事と、着地の際の足を含めた全身の負荷が大きくなることがデメリットして挙げられます。重心移動が円滑なピッチ走法で楽して走る事が正解という主張ではなく、怪我のない範囲でしっかり負荷をかけて、ストライド重視の走法に耐えうる体づくりをする特別な訓練が必要であり、それは最終的には走行能力の向上につながります。完成度の高い健康ガイドラインを制定し、歩行、走行にとって理想的な運動手段を上述した様にストレッチ、バランス、筋緩和、呼吸、筋力トレーニング、衣類(上半身裸を含む)、シューズ(素足装着、裸足走行を含む)なども含めて整え、それをトレーナー、選手が完全に科学的に理解して継続的に取り組めば、すでに運動適齢期を超えた46歳の足に障害を負った私の運動能力の現在の運動能力向上の傾きを外挿すると、どこかで限界点、漸近線があるにしろ、ホモサピエンスの二足歩行、走行運動能力は確実に私たちの想像を超えます。世界的なエリートランナーから顕性疾患のある人や年少の子ども、高齢者に至るまで、今まで以上の走力向上を実現するための科学的なトレーニング方法を確立する事。冒頭で述べたように、あるいは下述するように今までの人類の生活を顧みて自然-人工軸の中で、健康と関連のある自然に意識的に寄せていく中で、現在の先入観、固定観念を払拭して、トレーニング方法を抜本的に見直す必要があります。抜本的に見直すという観点では、素足歩行、素足走行訓練が挙げられます。裸足では皮膚・筋腱・関節に分布するメカノレセプター(パチニ小体、ルフィニ終末、筋紡錘など)が活性化し、微細な地面の凹凸、硬さ、温度、それらに対する筋応答を感知する能力が向上します。これはAIの推論ですが、確実に私が実施する限り間違いないです。母趾、母趾球による離地前の着地、蹴りだしの裸足による感作によって、足の小筋(母趾外転筋、足底筋群など)、内側縦アーチ(土踏まず)が発達し、求心的に連携する足首、下腿、膝周囲の安定性が増します。これらの連携的な安定性の向上は着地衝撃を吸収する柔軟な運動パターンが形成し、歩行、走行速度を決めるピッチ、ストライドに関わるジャンプ・着地動作が効率化します。足の微細な制御が必要になるため、一次運動野、補足運動野、小脳の協調活動が強化し、運動野・小脳の活動増加します。足底・視覚・前庭系情報を統合する脳の機能向上し、バランスや体軸制御がより効率的になります。感覚統合の改善が進みます。裸足走行は通常の靴走よりも不確定要素が多く、予測と調整を繰り返すことで神経回路の再編成・強化が促進します。私が裸足で尖った石のある危険なアスファルト上を毎日歩いた結果。まず、裸足で歩くことはすぐに慣れる。始めはかなり痛みもあるけど、その痛みは気持ちよさがどこかあり、耐えられるもの。すぐに痛みの脱感作が生じ、その感度が低下し、足裏の土踏まずの周りの組織が強くなります。その訓練の後、理想的なスパイク、靴下で履くとそれなしでスパイク、靴下でずっと走行する場合と比べて、感覚の違いがあります。靴を履いても、足の状態に対する感度が非常に高くなります。これはピッチとストライド向上に関与する可能性がある。また、靴を履いて歩く場合と、裸足で歩く場合は緊張感が顕著に異なります。これは上半身裸で外で走行、歩行しても同様です。緊張感が非常に健全に高まるので、運動神経と連携性の高い自律神経が高まり、運動神経を含む末梢神経全体が向上する可能性がある。ストライドを最大化する過程で、接地の微妙な調整や足部の角度調整能力が向上し、歩幅・着地タイミングの最適化します。不安定な地面でも怪我を防ぐため、筋肉が事前に適切に緊張する反射が強化し、筋の事前緊張の向上します。小筋の活動増加により微小血流が増加し、下肢の局所循環が改善します。足の接地や反力利用が最適化され、長期的にはエネルギーコストの低下します。これは大きなスプリントに近い速度かつ世界記録ペースで中距離やマラソンを走る上で重要なことです。地面の変化や足の位置に常に意識を向けることで注意制御能力が向上します。注意力・予測能力の向上します。世界的なエリートランナーでは精緻な調整が求められます。足部・下肢の位置や動きを脳がより正確に認識できるようになり、身体図式(ボディースキーマ:Body Schema)の精緻化します。ボディースキーマとは脳が体の位置や動きを把握・調整するための、視覚を使わない「無意識の」身体地図です。例えば、私たちは暗闇の中でも手がおおよそどこにあるか把握できます。この身体図式は歩行、走行などの運動を円滑に進めるうえで欠かせません。私がスプリントトレーニングする時にも明らかですが、筋肉、脳、呼吸器などの疲労の蓄積により足への注意力が低下します。その状態で強い随意で足への注意力を上げ、ピッチ/ストライドの維持を最大限心がけると、ラストスパートの速度は向上します。そうした体全体、足への集中力が練習の際に非常に丁寧に管理されたトラックで怪我のリスクを最大限減らし、メニューを精緻に考えたうえで、裸足で速い速度で走行する訓練をすることで顕著に向上する可能性があります。裸足で靴を履いてもいいかもしれないが、足の表側の表皮は裏側に比較して顕著に摩擦に弱いので長い距離になればなるほど、表皮の損傷のリスクが非常に高いです。裸足で走行が一番インパクトがある。元々、ホモサピエンスはその条件で走っていたと推定される。着地も基本的には理想的になり、靴を履いてずれていれば、それがまっすぐ矯正されます。足、腰など体幹の筋肉の付き方の左右のバランスがよくなります。緊張感があって練習、リハビリテーションにも身が入りやすい。特に裸足、上半身裸で両方で自然の風を浴びて練習、リハビリテーションすれば、なお一層当てはまります。顕著に緊張感。神経系が鍛えられるので、現在の理想的な条件でも、歩行、走行の感覚は顕著な変化をもたらす。最大表皮露出式運動では、衣類に熱交換が全く障害されないので、強度の高い練習、リハビリテーション時の疲れが緩和します。特に熱管理が重要な脳の疲れが緩和します。実施したことが走行ではなく、歩行だけなので走行に関しては未実証ですが、素足歩行する限り、走行に対しても当てはまる可能性が高い。
 一人の実証では証拠不十分は否めないが、確証性を上げるために私個人の例について詳しく述べる。2025年9月下旬に雨の中、怪我防止のためピッチ重視式走行での実感では、3分40秒/kmで2kmくらいはその前に13.5kmくらいゆっくり走った後でもラストスパートとして現実的に走れる速度。元々、こうした運動手法を追究せず、精神状態が悪い中で走っていたころの運動能力は7分/kmでも10kmを継続的に走る事すらできなかったほど低かった。その頃から10か月も経過していない。おおよそ手法が確立してからというと半年も経過していない。間、仕事をして大分時間を取られた。46歳という運動適齢期を超えていることも考慮すると、この伸びは少なくとも顕著です。さらにいえば、左半身の状態は悪く、腕に関しては自殺未遂をしたときに左腕の末梢神経を損傷している事と、自殺未遂時の栄養失調、重度の感染症で右の中殿筋が腐敗して外科的に完全に切除された状態です。色んな体に障害がある中で、当時の医師、理学療法士にはもう走ることができない、必ず障害は残ると言われていた。そこからまだ1年10か月しか経過していない中でリハビリテーションでここまでの運動能力を獲得しているので、驚異的と評価できる。程度の高い運動を毎日行っていた中学生の時に1500m/5分20秒くらいだが、今なら、前後の運動機会を最適に制限して、緊張感を高めて準備をして、本気でタイムを測れば、これを46歳にして超えられる可能性がある。1年9か月前には自殺未遂して歩くことすらままならなく、障害が残り、そのリハビリ明けにもかかわらずです。トレーニングの仕方が如何に専門の測定機器、トレーナーがいないなかで効率的かを示唆する結果です。
 バランス運動は、なぜ大切か?例えば、サッカーは片足のスポーツです。ボールを扱っている時には基本的に片足で立って運動している状態なので、非常にバランス感覚が大切なスポーツです。サッカーの中田英寿さんは非常にバランス感覚がいい代表的な選手です。ボールを持っているときの重心が低くて、体が非常に安定している。だから、海外の体が大きな人に体当たりされても、体のバランス崩れることがなくて、中盤でボールを保持できる。サッカーではより多くボールにタッチする事が大切ですが、基本的なトレーニングで一番大切なことは、片足のバランス感覚をあらゆる手法で養う事です。この片足のバランス感覚は野球の投手でも重要です。基本、左投手なら前の右足を宙に浮かせて、踏み込んで投げます。この時に、片足バランスが悪いと投球フォームが安定しないため、リリースに影響が出る。そうすると制球力が低下するということがあります。投手においてバランス感覚は、制球に関わるので最もベースラインとして大切なことです。シャドーピッチングを繰り返すことである程度、養うことができるが、私が自分に実施しているような特別な介入を組み入れることは野球の特に投手のトレーニングとしては価値がある。バランス能力はスポーツ、運動をする上で欠かすことができない最も重要な項目です。そもそも、ホモサピエンスが2足歩行をする時点で、4足歩行を破棄しましたから、他の動物に比べて、高いバランス感覚を必要とするようになりました。二足歩行を支える骨格に沿ってインナーマッスルが構築されました。バランスがいいという事は、あなたはよりホモサピエンス的といえます。どの運動(閉鎖運動連携)でも、たとえ、それが歩行でも、大なり小なりバランス感覚は必要とされます。あなたが運動能力を上げたいと思うなら、どのような運動種目にしろ、バランス運動介入をやることは筋がいい。私が自重で実施する限り、一番、難しいバランス運動は、逆立ちなど奇をてらったものを除いて足を使ったものでは、足場を不安定にして、片足を前、後ろどちらかにあげて掴んで、その状態で目をつぶって、夜暗い状態で、軸足を曲げて、最後しゃがむことです。その状態で再度起き上がることです。当然、足の筋力もいる。バランス感覚もいる。より難しい条件して、毎日、数十回なり、数百回なりやる。自分の足、筋肉の痛み、疲れの状態と相談しながらです。骨格に沿った骨格筋連携が高まり、ボディースキーマが改善し、自分の思い通りの動きが実現しやすくなります。全身ストレッチ運動も合わせて行えば、関節の可動範囲も広がり、色んな動きがすごく円滑になると推定されます。私もバランス運動をもっと容易なものだけど、欠かさず半年以上行い、そのバランス能力の向上を訓練に応じて実感する中で、それが現在の特に走行の運動能力の向上に関与している可能性がある。走っているときはほぼ片足か、両足が浮動している状態です。片足でのバランス感覚に優れるということは、ステップ1歩1歩の安定性にベースとして関わるということです。バランス感覚を養う事は、自律神経を整えるうえでもいい。落ち着かないとうまくできないので、それをやるたびに自律神経、末梢神経、脊髄などの下位、遠位、遠心的な神経系のバランスが訓練されることになります。感覚器の関与でいえば耳の前庭の部分です。バランス感覚がいいということは、足の着地にも関わります。元々、私がバランス感覚が悪い事は、着地の悪さにも出ている。着地の際に外側に足が過剰に曲がっている。それに従い、靴のソールの外側が削れる。それで着地がずっと成立することになるので、曲がった状態で動きの癖が出て、筋肉もそれに応じて歪んだ状態で、特に左半身を中心にずれる。全身の痛み、怪我につながる。裸足で歩いたり、バランス感覚をしっかり訓練すると、新しいクッション性の低い素足の感覚に近い薄いくつで歩く、走る調整をすると、ソールの状態も理想に近づく。結果として、下半身全体の筋肉の付き方、バランスが整い、運動能力が顕著に向上する。怪我、痛みも出にくくなる。これは、自発的な運動能力向上が直接的収入など生活に関わるプロフェッショナルな運動選手だけではなく、あらゆる人に関わる事です。高齢で、体が不自由な人も、少しずつ簡単な運動でバランス感覚を養い、歩行から少しずつ距離を伸ばしていき、毎日全身体操して、体の力を抜いて休息して、頑張って、体の痛みを調整しながら、正しい方法で諦めず積み上げていくと、体の自由度は高齢であっても上がっていく。これは目にみえてわかる未来です。但し、全ての方法が正しくなければならない。そのための教育、訓練、勉強が必要です。
  (特に)歩く、走るという事が現代においてあまりにも過小評価されすぎています。ベースに関わる重要なことだけど、当たり前にありすぎて、その価値が認識されていない状況です。既に述べたように歩く、走るという動作は下半身を使った体幹を使った全身運動です。しかも、片足支持、両足浮動のタイミングがあり、その時には姿勢を維持するため非常に多くの脳神経系の資源を擁します。全身を連動させて動かすときもです。ただ、歩く、走るという動作はリズミカルであり、歩くことに関しては多くの人は慣れている為、脳神経系の求心、遠心の末梢を含めた全神経系でいえば、中枢の脳を多くは介することなく脳幹や脊髄に存在するセントラル・パターン・ジェネレーター(CPG)(26)、さらに下位、遠位、遠心の反射弓によって、反射的に運動が成立するので、ある程度は脳の不快感、疲れがなく、連続的、かつ持続的な運動が可能になります。慣れてくれば、数時間の継続も可能です。例えば、歩行、走行でも運動が安定している時には、「体が勝手に動く」という感覚が中枢神経系を介していない神経連携によって可能にしている証拠でもあります。しかし、陸上競技場の障害物のない単調な、しかもトラックが非常に整えられたところで、スパイクなど良いシューズを履き、単調な運動を繰り返す場合に比べて、日常生活の中で自動車、自転車などの輸送機器を公共交通機関なども含めて使わずに歩くことを選択するならば、自転車が日本ではマナーがなく学生なども登校時、歩行者がいるのに近くを鈴を鳴らすことなく歩道を横切ったり、自動車が立場的に弱い歩行者、走行者と十分に距離を取らず、その道路で指定される法定速度を超えた速度で走ったりします。当然、歩行者、走行者としては怪我のリスクを伴う脅威であり、緊張感を伴います。道路は自動車の都合に合わせて、特に車道は丁寧にアスファルトで整備されていますが、歩行者は軽く見られている為、歩道のアスファルトのテクスチャ(表面形状)は車道に比べて一般的に荒いです。ゴミも車道に比べて放置されている事が多いです。交通は自動車の都合で成立しているというのが日本の現状で、彼らの主張とすれば、自動車税でそれが成り立っているんだから当然だろ?というものです。しかしながら、移動手段が歩行、走行ならアスファルトすらいらない。夏場に鉄板にように高温になり、背丈の低い子どもの熱中症の原因になる、そうはならなくても細胞死確率という観点でべき則に従って、壊滅的な細胞死が起こる42℃以下で熱交換機能が発汗によって確立されている状態でも、アスファルトによる高温環境に背丈が小さくて暴露されると脳神経系の不可逆的な一部の細胞死につながります。自動車は移動能力に優れていて便利だから存在して当然という考え方は、自然-不自然-人工軸で自然に寄せた健康を構築していくうえでは「必ず」払拭する必要があります。自動車は周辺的なシステムを含めて大量に人工的な材料を生み出すだけではなく、事故の加害、被害、両方の顕著な害があります。最も大切な運動である歩くことに不自由を生じた人の中で、その原因が交通事故の人も多くいます。事故は自動車同士の事故の方が特に正面衝突の場合、重度となります。重度となれば、加害者も法的にも、倫理的にも生涯重責を負う事になります。移動手段としては一番立場の弱い歩行者に対して加害者となることもあります。同乗者に子どももいれば、子どももその事故の記憶を一生背負う事になります。確率が低いからベネフィットが顕著に上回る?何事か。この私的な乗り物が健康において最も重要である歩行、走行という自分の足を使った運動機会を奪うという事を加味すると、社会の中の存在価値を最小にしなければならない。
 全身のストレッチ運動は、特異的な身体の動きによって、特定の骨格筋の曲げ伸ばしを全身で実現することですが、ストレッチ運動に対する批判として、筋破壊による運動能力の低下があります。いくつかの証拠がある(27)。これについての考察をまずは扱わないといけない。世界的な共通認識として、高強度の運動を行う「直前に」静的ストレッチを長くすることは避けるべきという考え方です。従って、長期的な筋組織への静的ストレッチの運動への効果が否定されているわけではないことを認識する事が重要です。そもそも、筋破壊を伴わない積極的な運動ってありますか?という問題提起です。筋肉の発達、適応そのものが破壊から、再構築が前提になっているのに、なぜ、ストレッチ運動の時だけ、筋破壊が起こるから問題視するのでしょうか?むしろ、筋破壊に伴い当然、一時的に筋力が低下したとしても、その筋破壊から筋組織がアクチン、ミオシンだけではなく、細胞外マトリックス、イオンチャンネル、筋紡錘(感覚器)、末梢神経(運動神経)、脂質膜、あるいはミトコンドリアなどが再構築されたときには、より柔軟な運動性の高い筋肉が構築される可能性がある。ストレッチ運動における筋破壊を問題視するどころか積極的に受容するという考え方です。私が全身ストレッチを1日2、3回欠かさず入れる限り、ほとんど乳酸による筋肉の痛みを感じることが程度の強い運動後にも生じることがなくなった。確かに全身ストレッチだけが貢献しているかはわかりませんが、この筋肉痛を含めた疼痛における特に一時的ではなく、慢性痛としての程度が顕著に減少した。これは運動の程度を考慮すると確実です。筋力トレーニングも毎日ではなく、週2、3回程度の頻度がいいという定説がありますが、それも筋肉のメンテナンスの仕方、筋力トレーニングの強度、種類、場所によってはわからない。私は基本、筋力トレーニングも、全身ストレッチも大きな痛み、疲労がある場合を除いては毎日する。私のこの健康ガイドラインの全身ストレッチ運動の最も基本的なコンセプトは「足先、指先の四肢から頭部まで全身で体をマネジメントする」というものです。日々過ごしていると特に中年以降になると、一時的にはどこかに疼痛があります。突然、左の腰が痛くなることもある。私の場合、上述した左の着地の悪さから、左半身の膝、腰などに痛みを感じたり、大腿部の太い筋肉に運動時に張りを感じたりすることが多いが、左半身にそういった不具合があるからと言って、その維持管理の時にストレッチを左半身を重点的にやるわけではありません。むしろ、左半身に痛みがある場合には、そこのストレッチ強度を落して、右半身を重点的に行います。体全体はつながっているので、全体として日々のコンディションをみながら、調整していくという方法です。これはうまく奏功している。従って、健康ガイドラインでは、それぞれの人が考えて全身の筋肉を如何に自分の運動能力、コンディションと合わせて、ストレッチングしていくか?そうした動きを自分自身で考える事で、その動きがどういった目的かというのを自分自身で認識しながら行えるため、このストレッチ運動がより効果的になります。逆に言えば、雑誌などを買って、人が指定するストレッチ運動手順を完全に順守し行う場合においては、何も考えず、ただそれを実施する可能性があり、自分で考えて、試行錯誤しながら開発した全身ストレッチよりも効果が出にくい可能性が高いです。この点を考慮して、健康ガイドラインでは一番、簡易的な未成年向けのレベル1からあえて自分が開発したストレッチ手順を具体的には示さないことにしました。筋肉が伸縮によって発揮するパワーは、単に機械的に柔らかいから強いわけではなく、その人が持つ弾性限界の中でいかに伸縮性を発揮するかであるので、その弾性限界に近い筋肉の収縮運動を日々、意識的に全身に入れていくことは、当然、筋肉の材料としての質、運動の実演能力(パフォーマンス)に貢献する可能性があります。イチロー選手が顕著な筋肥大がないなかでずっと継続的にケガすることなく世界最高レベルの野球の実演能力を走攻守バランスよく発揮されたのは、少なくとも一部ではストレッチ運動を重要視されたからであると推定しています。今の50歳以上での一部のストレッチの体の動きを見ていると明らかにそうしたストレッチ運動を日々実施していることが推察されます。
 筋力トレーニングに関しては、健康ガイドラインでは特にレベル4を中心に日常生活を考慮しながら、定義していくことを試みているので、これに関しても、日常生活で組み込むことができないかを考えます。私の健康ガイドラインでは自動車、自転車、可能な限り公共交通機関を使って移動する事を明確に否定します。移動手段は基本的に自分の足。すなわち、徒歩です。ところどころ走ってもいい。そうした場合、日常生活の中で自然にできる筋力トレーニングがあります。一番は、生鮮食品が多い生きていくために不可欠なスーパーマーケットで買い物をするとき。とくに重い水(ミネラルウォーター)を購入したときには手荷物が重くなります。それを両手を分散的に使いながら持つときには、重力で筋肉が伸びながら、継続的にその荷物の重力に耐えることになるので、コンセントリックではなく、エキセントリック運動ということになります。維持するという意味ではアイソメトリック的な要素もあります。エキセントリック運動では、重力に伴う筋伸長とアクチンミオシンクロスカップリングで生じる収縮運動のベクトルが原理的に逆の為、筋収縮を伴う運動であるコンセントリック運動よりも一般的に筋負荷は高まります。従って、スーパーの買い物袋を持つという日常的な運動も決して侮ることはできません。手、肩が非常に鍛えられる。また、左右分散して持ちながら歩くことで腹筋、背筋などの体幹も鍛えられます。私が日本から非情な対応を受け、今でも忘れる事のない自殺未遂から何とか生存して、病院で苦しい生活を送っている時には左半身を下に向けて、ずっと3日位、水を飲まず、過剰な睡眠薬で横たわっていましたから、左半身の特に腕の末梢神経が圧力によって顕著に損傷しました。それで、リハビリ中ずっと左がしびれた状態で、力が入りませんでした。女性の看護師が余裕で開けられるペットボトルの蓋すら開けることができなかった。そのような状態であったので、それから1年半以上経過した今でも、左手で食材の荷物を持つときに障害がある。力が弱すぎる。これは問題があるので、生活の中に組み込んで毎日リハビリをしている状況です。日常生活でいうと、歩道橋を含めた階段上り下り運動がある。横断歩道の信号が青でも、歩道橋があれば、それを利用して、階段の上り下り運動を日々の歩行による街中の移動によって選択する事。歩道橋のある道を意図的に選んでいく事。地下街や駅では必ず階段を使うこと。階段は上りだけではなく、下りだけでも着地する時には重力に逆らう通常よりも強いエキセントリック運動が生じる為、大腿筋を中心とした筋肉が鍛えられます。一般的に登山でも筋疲労が顕著に伴うのは下山の時です。こうした日常生活でできる運動を組みこみながらも、家で体幹を中心としたトレーニングを自重で行う。器具があると、部屋が狭くなるほか、機材に投資しないといけないし、トレーニングジムを使う場合には、料金が発生するほか、そこまで交通としていかないといけない。その交通に車を使うなどをするものもいるが、それは愚かなことです。時間も使うし、車で運動機会を奪われるし、お金もかかる。家でいつでも、何も必要としない形で、自分の体重と地球上に存在する万有引力に伴う重力でのみ筋力トレーニングを有効に行っていく。体幹なので、体の中心軸です。主に大腿部、腹部、背中、肩回りです。この辺を強靭に鍛えると脊椎、骨盤周りの筋肉が強くなり、歩行、走行の運動もより安定的になり、速度、持続性も向上します。基本的に閉鎖運動連携を開放運動連携よりも重要視する考え方です。これは日常的な健康を実現するためのものであり、エリートランナーの場合は開放運動連携をどのように組み込んでいくかは再考する余地があります。
 この段落では、運動時の疲れ(Fatigue)について書きます。疲れは、色んなレイヤーがあり、細かな事をいえば、局所的な筋肉痛もあります。しかし、この段落で扱う疲れとはもっと大きなものです。実際、私の今の日常的な運動レベルは、走行15km/day、歩行15km/dayで調整していますが、歩行に関して距離を測ってみると長いコースで19kmありました。オーバーワークの可能性がある距離です。このコースを3日初めて続けましたが、9/26(金)に10kmくらいまでは非常に円滑に歩行できましたが、最後の方に急にしんどくなってきた。家に帰ると、普通に動けなくなるくらいの疲労。泥のように10時間以上眠りについた。少し危機を感じるくらいの疲労でした。上の段落でも述べましたが、疲れは主に脳で感じるため、運動能力でいえば、平衡感覚が一番敏感に悪くなります。フラフラするとは平衡感覚の低下の現象です。通常は2足歩行は問題ないレベルのバランス運動ですが、その基本的な運動ですらバランスが取れなくなることです。すなわち、これは、自分の疲れの程度を定量するために任意の平衡感覚を確かめる運動を利用できるという事です。逆に言うと、平衡感覚がしっかりしている限りにおいては、疲れの程度が制御下にあるという事が証明できる可能性があります。ただし、昨日の疲れの出方を見ると、どこかに閾値、変曲点があり、そこから段階的に悪くなるけど、長期的に評価すれば、一気に悪くなる感じです(すなわち、前日大丈夫でも、翌日急に悪くなるなど)。
 特に呼吸器、循環器負荷が高い持続的な走行において、呼吸をどうするか?というのが下半身を中心とした骨格筋の運動、平衡感覚の維持とは一定独立してある。私が実施する限り、運動能力が上がってくると自分の限界のペースよりも遅くすれば、口で呼吸する必要すらなくなる。鼻呼吸のみで持続的運動を実現できるようになる。この健康ガイドラインで最も重要な項目は呼吸です。鼻呼吸。静かな鼻呼吸。これが最も重要な内容です。実施負荷対効果を考慮すると、これ以上はありません。安静時以外の運動時も同様。運動強度が低い歩行時は当然、静かな鼻呼吸。走行時においても口で呼吸する必要がない程度の運動であれば、鼻呼吸。口を完全に閉じて鼻呼吸のみで持久走行を行います。私が実施する限り、非常によい感覚、精神状態で走れる。障害のない河川敷などの見晴らしのよい一本道で視線を遠くに、姿勢をまっすぐに安定させ、可能な限り静かな鼻呼吸をしながら走ると、まるで、自分が動いていることを忘れて、宙に浮いて瞑想しているような感覚になる。完全なフロー状態です。上半身裸ならなおさらそう。精神が非常に安定する。心地が良い。これは走る瞑想と位置付けられます。座禅などの瞑想は、動かないという事が人の恒常性の観点からいうと不自然であり、誤解を恐れずにいえば不健康です。健康とは動くことを前提に構築されるので、ダイナミックメディテーションは特に動くことの前提性が強い男性において、通常の瞑想よりも確かな正の効果を実感する人は多い可能性があります。これを陸上運動選手、一般の方、疾患がある方の運動時の一つの基準とします。これを実現する運動能力をつけることをまずは目指すという事です。基本的に安静時も、運動時も口を開く必要がなければ、口を閉じる癖をつけるという事です。これは負荷の高い走行時に鼻呼吸を意識して口を閉じる癖をつければ、日常生活でも同様に口を閉じる習慣を習得することができます。持久運動時も、呼吸の口動員を前提とするのではなく、鼻呼吸が実現可能な走行ペースに留めるという事を持久運動の形式として健康ガイドラインでは絶対的に推奨します。健康的な持久運動を実現するためには、緊急時の口呼吸は、大気中のウィルス、細菌、ゴミなどのフィルター機能が弱いので、当然、そこでの呼吸を繰り返すと肺組織に損傷を過剰に与えてしまいます。呼吸器全体の適正なバランスも崩れる。可能な限り、意識的に鼻呼吸で運動することによって、より呼吸器が健全に成長する、維持されます。練習時の精神的なストレスも少なく、心の状態も改善します。それは、私が鼻呼吸で持久運動する限り明らかです。この運動介入が全然、苦痛ではない、私のようにそうしない方が不幸であるというより正しい運動条件にすることが、より多くの実施者の歩行、走行運動の習慣化成功につながります。


<歩行運動>
 基本的かつ典型的な歩行を定義するためには、特に足裏から股関節の骨格、関節、筋肉の構造を明らかにし、その上で骨格、関節、筋肉の構造に個人差があり、一定の幅を持たせながらも、典型的な歩行を定義する必要があります。歩行は人、大げさにいえばホモサピエンスの最も基本的な運動であり、全ての人が健康維持の為、欠かすことができない最も重要な運動です。それは車いすなど障碍を抱えている方でもです。効果的なリハビリテーション、義足などによって少しでも日々、2足歩行をする訓練をすることは、特に神経系、循環器系の健康において非常に意義がある事です。
 足裏の構造において、親指(母趾)側は、足の骨(第1中足骨)も大きく太く(7)、さらに親指自体の屈筋(母趾外転筋(Abductor hallucis)(8)など)も強いので、地面を蹴る時に最も力が発揮できる部位です。近年では、健康な人でも母趾外転筋の筋低下が指摘されています(9)。斜めに伸び、運動が複雑で、他の筋肉との連動を必要とするため、神経伝達も複雑です。生活習慣としての原因として、運動不足(歩行不足)(12)、歩くときの着地(11)、蹴りだし(10)が健全でないことが指摘されています。親指下(母趾球:母趾頭)は、他の足裏に対して多くの場合、凸となっており、自然な動きの中で重心がかかりやすい部分です。母趾球は、骨格、筋肉、腱、脂肪組織など、複数の組織が一体となって形成される複合体です。その中でも、第1中足趾節関節(MTP関節)の骨、特に第1中足骨の先端のふくらみは、母趾球の基本的な構造を形作る重要な要素です。土踏まずの内側縦アーチと連結しており、荷重を吸収しつつ推進力を出すための「メインの柱」です。土踏まずの役割は、立っているときに地面から浮いている「橋、弦」のような構造を取り、言い換えれば、バネのような構造を取り、着地の際の衝撃や片足蹴りだしの時の弾性を補助する役割があります。足の内在筋である母趾外転筋は、重力、着地による土踏まずの内側アーチも沈み込みを抑制する働きがあり(13)、足の弾性を保つ架橋構造を保持する働きがあります。一方、外側(小趾側)は、骨も筋肉も細く、バネ性と安定性を補助する構造で、荷重のメインではなく「バランス・支持」寄りの役割です。内側縦アーチが比較的高く柔軟性があるのに対し、外側縦アーチは低く、より硬く安定した構造をしています。外側縦アーチは、立位や歩行時に地面と密着する部分が多く、この安定性が下肢全体のバランスを支えます(14)。
 典型的な歩行を定義するためには着地から蹴り出しの力の流れを定義する必要があります。通常の歩行・走行は、かかと外側で着地し、荷重が外側縦アーチから内側縦アーチへ移動します。母趾球(親指下)から親指で蹴り出すという「外→内」のローリングパターンです。このように足裏の圧力の中心(COP: Center of Pressure)は、足の外側から内側へと移動します。この内転回の動きを「プロネーション」と呼びます。これは着地の時には安定性を重視し、離地の直前には、蹴りだしの為のパワー(力)を優先するという事です。私が仮説として書いた「親指からかかとまでの線で壁を作るように」というイメージは、体軸を内側アーチに合わせることに近く、特にバランス運動では安定感が増します。走行時に「常に内側で着地しよう」とすると、過剰回内(オーバープロネーション)になりやすい人もいます。オーバープロネーションとは歩行時、着地した際に踵が内側に過剰に倒れ込み、足のアーチが正常より大きく潰れてしまいます。それにより土踏まずの内側縦アーチの弦の構造がつぶれ、着地の緩和の為の弾性や、蹴りだしの時の力の発揮に障害が出て、歩行障害のリスクがあるほか、筋組織として連携したアキレス腱、膝、股関節、腰などに炎症、痛みが出る事があります。踵の外側で着地し、自然に内側に荷重移動するのが本来の動きです。下述する平衡感覚訓練では「内側を意識する」のは有効ですが、実際の走行では自然な外側→内側の荷重移動を崩さないことが大切です。特に着地の際に大きなストレスが掛かる、下り坂歩行や走行時にはかかとではやや外、そこから親指での蹴りだしにかけて内側に重心を寄せいていくことを実践する事が怪我の予防につながります。着地する時にはなぜ、かかとの外側がいいのですか?歩行・走行で「かかとの外側から着地する」のが自然でよいと言われるのには、解剖学・力学的な理由があります。足の骨格構造が「外側から受ける」ようにできています。かかとは「踵骨(しょうこつ)」という骨ですが、外側が広くて厚い形をしています(16)。一方、かかとの内側(舟状骨・距骨の連結部)は細かくて柔らかい構造です。従って、外側の方が衝撃を受け止めるのに強い構造になっています。外側には「衝撃吸収ライン(外側縦アーチ)」があります。足には「内側縦アーチ」「外側縦アーチ」という2本のバネのような構造があります。外側縦アーチは低く、短く、骨も靭帯も強く、初期の衝撃を受け止める役目があります。内側縦アーチは高く長く、推進力・安定の役目があります。従って、最初に外側で衝撃を受け、徐々に内側へ移動する流れが合理的です。膝・股関節・腰への負担を減らします。外側で着地すると、下肢全体が軽く外旋(外向き)した状態になり、膝関節の捻じれや内反・内転のストレスが減ります。いきなり内側(かかとの親指側)に落とすと、膝が内側に入りやすく(ニーイン)、靭帯や半月板に負担がかかります。
 おそらく足の構造、関節の柔軟性、筋肉の付き方、運動の癖などにもよりますが、私が実践する限り、かかと着地は過剰に外側で受けようとするのではなく、内側でもなく、自然にかかと全体で受け止める感じで着地し、特に蹴りだしの直前で母趾球と親指を使って行う感じがうまく整合します。特に少なくとも親指、母趾球裏の踏み出し(離地)直前の段階での着地の感覚をしっかり確かめながら歩くという意識が最もシンプルで重要です。但し、注意点として長距離走では疲れてくると母趾球の使い方が甘くなり、小趾球(外側)や中足部全体で蹴り出す癖が出やすいです。フォーム維持には、普段から母趾球~親指の押し出し感覚を練習しておくのが効果的です。逆に意識しすぎて「強く親指を押しすぎる」と足底腱膜や母趾の付け根に負担がかかるので、親指周りの疲労をしっかり認識しながら、最後に軽く押し出すくらいが良いか、自分の歩行訓練の中で距離に応じて調整していく必要があります。
 次に靴が内側縦アーチの人が持つ本来の機能を障害している可能性について考察します。靴が内側縦アーチが持つ本来の機能を阻害する可能性は十分にあります。靴が足を保護する一方で、過度なサポートや不自然な構造によって、足本来の機能(衝撃吸収や力の伝達)が低下する可能性があると指摘されています(15)。多くの一般的な靴は、土踏まずの内側に隆起したアーチサポートが組み込まれています。これにより、足のアーチを支える本来の筋肉(足底内在筋)が働く必要がなくなり、次第に筋力が弱まります。足のアーチは、潰れることで衝撃を吸収する柔軟なバネのような役割を果たします。アーチサポートが硬すぎたり、強すぎたりすると、この自然な動きが妨げられ、衝撃が足首、膝、股関節といった、より上位の関節に伝わりやすくなります。 厚底シューズなど、クッション性が高すぎる靴は、地面からの情報を足裏で感じ取りにくくします。これにより、足の筋肉が路面状況に応じて微調整する能力が鈍り、不安定な歩行につながる可能性があります。研究によっては、クッション性の高い靴を履くことで、かえって足への負荷が増加するという報告もあります。これは、靴底の柔らかさを補うために、無意識のうちに脚全体の剛性を高めてしまい、着地時の衝撃が増幅されるためと考えられています。 一方で、ソール(靴底)が硬すぎる靴は、足本来の動きである屈曲を制限します。特に、内側縦アーチがしなやかに動くことを妨げ、足全体の柔軟性を低下させます。多くの靴には、つま先部分が反り上がった「トゥスプリング」という構造があります。これは歩きやすさを向上させる一方、つま先が地面から離れる際に本来使うべき足の筋肉の働きを助けすぎ、その結果、足の筋肉を弱体化させる可能性があります。 裸足に近い感覚で歩くことができる「ミニマリストシューズ」は、足本来の筋力や感覚を取り戻すために注目されています。ただし、慣れるまでに時間をかけ、徐々に取り入れることが大切です。このことから、靴ではなく裸足で歩行、走行する事は、現在の舗装された道路では、硬さ、過度な鋭利物質、テクスチャ、温度などあらゆる面で不自然でリスクがありますが、それでも、徐々に慣らしながら、程度、頻度を自分の痛みと相談しながら調整し、リスクを経験的に取り除きながら実践することは足の本来の機能を引き出し、ベースラインを整えるうえで重要です。この方法は、現在では一般的に推奨されませんが、私が実施する限り、神経系への過剰な刺激については検証中ですが、リスクを取り除くことは可能です。
 次に、歩行、走行の際の健全な離地、蹴りだしに関わる母趾(足の親指)、母趾球(親指下)部位の運動を支持する裏の土踏まず(内側縦アーチ)、その機能支持に関わる母趾外転筋がどのように身体の上位の筋肉に関与していくかを説明します。これらは下腿では後脛骨筋に関節を介して相互作用しています。この筋肉は足首から内側から内部を通って足の中央部に延び、ふくらはぎ付近で足の中心部の後部に位置する筋肉(インナーマッスル)です(17)。足関節の底屈(足首を曲げる)や足指の屈曲(足の指を曲げる)といった下腿後方の筋肉を支配することと、足の裏や足の側面の皮膚の感覚を伝える機能がある脛骨神経(けいこつしんけい)がほぼ並行して位置します(17)。従って、足の裏の皮膚の感覚は、この神経を伝わって最終的に中枢神経に伝わりますから、母趾(足の親指)、母趾球(親指下)部位の運動を支持する裏の土踏まず(内側縦アーチ)、その機能支持に関わる母趾外転筋、そして、後脛骨筋の運動が、足裏の皮膚の感覚と連動性が高い可能性があります。足裏には、圧力や振動、皮膚の伸張などを感知する多様な種類のメカノレセプターが豊富に存在します。特に、荷重がかかる部分や細かい動きが要求される部分に高密度に分布していると考えられています。 母趾と母趾球は、地面と直接接触する主要な部分であり、足底アーチの安定や姿勢制御に重要な役割を担います。そのため、この部位にはメカノレセプターが豊富に分布しており、繊細な感覚フィードバックを可能にしていると考えられます。後脛骨筋は下腿の深い層にあり、大腿部の内転筋群や、骨盤底筋群、さらには脊椎を安定させるインナーマッスル(多裂筋など)と、深部の筋膜連鎖でつながっていると考えられています。後脛骨筋、大腿内転筋群、骨盤底筋群、そして脊椎のインナーマッスル(多裂筋など)が、「深層フロントライン(DFL)(18)」と呼ばれる全身に広がる筋膜の連続性の中に位置づけられます。こうした深層フロントライン(DFL)は、その深部にある特性、姿勢維持における役割、そして高い神経需要のために、アウターマッスルと比較してより多様で強力な神経ネットワークを持っているといえます。 深層筋膜は、筋組織よりも約6倍も多くの感覚神経終末を持っているという研究もあります。筋膜には、以下のような多様な感覚受容器が存在します。固有受容器 (プロプリオセプター)は関節の位置や動き、身体の傾きなどを感知します。機械受容器 (メカノレセプター):は圧迫や振動、伸張などを感知します。これには、ゴルジ器官、パチニ小体、ルフィニ終末などが含まれます。侵害受容器 (ノシセプター)は痛みを感知します。深層筋膜やインナーマッスルは、自律神経系(特に副交感神経)と関連があるとされています。副交感神経と関連があるのが動きが安定しているからです。すなわち姿勢の維持に付加をかける、すなわちインナーマッスルの協働的使用は、それらを細かく区分する筋膜へ適切に刺激することになり、自律神経のバランスを整えることにもつながると考えられています。インナーマッスルは肋骨を含めて骨格に沿うように形成されています(18)。従って、骨を支える重要な筋肉で姿勢維持、2足歩行の力学的支柱です。また、筋肉と骨は内分泌組織であり(myokine,osteokine)(25)、代謝、免疫、神経系を神経系とは別の循環器を通しても調整しています。特にインナーマッスルと骨格は組織学的に近く、沿って形成される為、運動だけではなく、循環器を通した内分泌機能の相互作用、調整機構も、例えばアウターマッスルとのそれと比べて高く、姿勢維持、バランス運動、二足歩行などの閉鎖運動連携は力学的な関係性だけではなく、分泌系の物質的なそれを同時に有している可能性があります。筋骨格系は単なる運動器官ではなく、全身ホメオスタシス(恒常性)の中核であり、筋に関しては、特にインナーマッスルのディープフロントライン全体の動員が大切であり、これらを動員する一番基本的な運動は歩行です。例えば、女性は特にそうですが、高齢になると骨格に微小なものを含めて骨折することがあります。骨密度が下がり、あるいは変形し、骨格に異常が出る事です。この骨格を維持、あるいは回復、自然に補強するためには、無理のない範囲で閉鎖運動連携によるリハビリテーションが有効な可能性があるし、一番基本的な運動で、日常生活に関連する歩行を日常的に行う事が筋力維持だけではなく、全身の支柱である骨格を守ることにもつながります。
 母趾、母趾球をしっかり使った蹴りだしは姿勢を維持するインナーマッスル、脚力を発揮するアウターマッスルとどのように連結の中で相互に棲み分けされるでしょうか?母趾と母趾球を使った蹴り出しは、姿勢維持を担うインナーマッスルと脚力を生み出すアウターマッスルが連携して働く、協調的な運動です。両者は、役割を分担しながらも、筋膜や神経を介して密接に連携し、効率的な動作を実現します。蹴り出しに先立ち、足の母趾外転筋などの内在筋や後脛骨筋といったインナーマッスルが、足のアーチを安定させます。足裏にある豊富な固有受容器(感覚器)からの情報は、姿勢を制御する中枢神経系へと伝わり、地面の状況や体の重心位置を把握します。これらのインナーマッスルが適切に機能することで、足が「硬いレバー」となり、アウターマッスルが力を発揮するための安定した土台が築かれます。この時、インナーマッスルが十分に働かないと、足のアーチが崩れたり(扁平足など)、不安定になったりします。これを補うために、アウターマッスルが過剰に緊張し、非効率な動きや怪我につながることがあります。インナーマッスルによって足が安定すると、下腿三頭筋(腓腹筋、ヒラメ筋)や大腿四頭筋、ハムストリングス、大殿筋といったアウターマッスルが活動し、強い力を生み出して体を前方に推進させます。従って、走行のところで再度、確認しますが、平衡感覚訓練によって、インナーマッスルの機能性を上げることは、アウターマッスルの運動性を高めることにつながり、結果として走力を決めるストライド、ピッチ、その持続性に貢献する可能性は極めて高いです。インナーマッスルが作った安定した土台の上でアウターマッスルが働くことで、足首、膝、股関節といった関節を介して、効率的に力が全身に伝わります。母趾の背屈が足底腱膜を巻き上げる「ウィンドラス機構」もこのプロセスを助けます。蹴り出しの力は、筋膜の連鎖(深層フロントラインなど)を介して骨盤や体幹にまで伝わり、上半身の動きを伴いながら歩行や走行をスムーズにします。
 次に循環器への影響を考察します。母趾、母指球を使った蹴りだしは特異的にどういった循環器と作用しますか?理想的な歩行や走行における母趾(足の親指)と母趾球を使った蹴り出しは、全身の循環器系、特に下肢の静脈還流に対して特異的にかつ非常に重要な作用をもたらします。これは、「下肢の筋ポンプ作用」と呼ばれるメカニズムを通じて発揮されます。人間の体は、重力に逆らって下肢から心臓へ血液を戻す必要があります。この働きを助けるのが、ふくらはぎや足の筋肉が収縮と弛緩を繰り返すことで静脈を圧迫し、血液を押し上げる「筋ポンプ作用」です。母趾・母趾球を使った健全な蹴り出しは、この作用を最大限に高めます。健全な蹴り出しには、下腿のインナーマッスルである後脛骨筋が重要な役割を果たします。この筋肉は、下腿深部で静脈を圧迫するように位置しており、蹴り出し時の収縮が深部静脈を効果的に刺激し、血液を心臓へと押し上げます。後脛骨筋の働きに加えて、ふくらはぎのアウターマッスルである腓腹筋とヒラメ筋(下腿三頭筋)も、蹴り出し時に収縮します。これらの筋肉が、下腿全体の筋ポンプ作用を強力にアシストします。蹴り出し時に母趾が上向きに反る(背屈)ことで、足底の腱膜が巻き上げられ、アーチが引き締まる「ウィンドラス機構」が働きます。このメカニズムは、足底にある動脈や静脈を刺激し、血液循環を促進します。母趾外転筋が適切に機能し、母趾が外側に広がることで、足底を走る重要な血管(特に外側足底動脈)の圧迫が軽減され、血流が改善されます。不適切な蹴り出しは、この筋肉や血管に負担をかけ、循環を阻害する可能性があります。 母趾・母趾球を使った健全な蹴り出しは、以下のような特異的な循環器系への作用をもたらします。下肢の静脈還流の効率化します。筋ポンプ作用を最大限に引き出し、下肢の静脈血が心臓に戻るのを助けます。これにより、血液の停滞(うっ血)を防ぎ、むくみの軽減にもつながります。末梢の血流改善が見込めます。心臓から最も遠い足先(特に母趾)まで、毛細血管レベルでの血流を促進します。全身への波及効果として、下肢の静脈還流が改善することで、全身の循環器系、特に心臓の負担が軽減され、効率的な血液循環が維持されます。したがって、母趾と母趾球を意識した蹴り出しは、ランニングパフォーマンスの向上だけでなく、下肢の循環器系を良好に保ち、全身の健康を支える上で欠かせない要素であるといえます。
 次に神経系についてです。足のインナーマッスルに主に密に連結する足の内部を通る脛骨神経は体下部の自律神経の副交感神経系を延髄とは独立して持つ仙骨神経叢と連結しています。この仙骨神経叢は、自律神経を含めて腸を含む骨盤内臓器と相互作用します。これらの神経は、大腸の下部(結腸の下行部、S状結腸、直腸)や膀胱、生殖器などの骨盤内臓器を支配しています。 副交感神経が活性化すると、腸の蠕動運動が促進され、排便を助けます。仙骨神経叢から出る神経の機能が低下すると、便秘などの腸の運動障害を引き起こす可能性があります。仙骨神経叢と直接連結する臓器とそうではない臓器とでは、相関係数が高いと推定できます。この推定は、以下の神経学的および解剖学的根拠に基づいています。仙骨神経叢は、骨盤内臓神経という副交感神経線維を介して、大腸の下部(結腸の下行部、S状結腸、直腸)や膀胱、生殖器といった骨盤内臓器と直接かつ濃密に連結しています。足からの神経信号はこの仙骨神経叢に一旦集められるため、一部は中枢神経系や上位臓器と連結する迷走神経を介して連携するものの、反射孤など中枢神経系を介さない直接的な関与性や、腸には腸管神経という個別の神経系が存在する事を加味すると、足の運動は特に腸と密接に関連する可能性が高いです。私が、素足で歩き、足裏入力を高めた結果、蠕動運動が活発になったと感じたのは、この関連性から言うと高い合理性があります。この腸は脳と相関性が高い事から、神経系は足から求心的かつ段階的に伝わる脊髄、脳幹、皮質といった経路以外にも、足腸相関を介した、別の並列した脳に作用する経路が間接的に存在する可能性が示唆されます。
  この段落は姿勢についてです。目線も関連しますが、目線については別途、眼の健康の記述を行うため、段落を設けます。姿勢維持に関わるインナーマッスルの全身に広がる筋膜の連続性を示す深層フロントラインは、(18)に示されるように大腿部上部、骨盤、胸部で体の奥行方向に広がりを持ちながら、足から頭部までつながります。股関節を介した両足は、360°どの方向でも一定の可動域で動かすことができます。これは股関節がその動きを可能にする球関節であるからです。球関節である股関節は、屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋という3軸での自由な動きを可能にします。この広い可動域は、歩行、走行、跳躍などの多様な動作に不可欠です。その動きを2足歩行、タイミングによれば片足支持で姿勢を保ちながら、実現する必要があり、筋肉の全体の動きの調整を外側から巨視的に行うインナーマッスルの筋膜は、股関節を包み込むように分布させる必要があります。従って、股関節部のインナーマッスルの筋膜は多点接続となっています。筋膜の多点接続は、この多方向の動きを、不安定になることなくスムーズに実行するための土台となります。 筋膜は全身を網目のように包み込むネットワークです。股関節の筋膜の多点接続は、このネットワークのハブ(結節点)として機能し、全身の力を効果的に伝達します。もう一つの観点として、骨盤の内臓支持と保護の観点があります。骨盤腔は、膀胱や腸、子宮などの内臓が収まっている重要な空間です。造: 骨盤底筋群とその筋膜は、骨盤の底でハンモックのような構造を作り、上からくる内臓の重みを下から支えています。深層フロントラインの筋膜は、内臓を包み込む筋膜(内臓筋膜)とつながっています。この繋がりがあることで、内臓は適切な位置に保たれ、呼吸などの動きに連動して上下します。この立体的な支持構造は、奥行きのある広がりを必要とします。もう一つは、歩行、走行時の力の分散があります。ねじれや屈曲といった複雑な動きにも対応し、力を全身に分散させることができます。横隔膜筋、腹横筋(transversus abdominis)、腰多裂筋(multifidus lumborum)、骨盤筋(Muscle of pelvic folor)は(19)のように体幹の支柱である骨盤、背骨を取り巻くように位置します。呼吸をする際には、吸気の際には腹腔圧を下げ、呼気の際にはそれを上昇させます。これらの筋肉は、腹腔の体積を決定する重要な伸縮運動があります。この筋肉は多裂筋など支柱となる背骨と連結する筋肉とも連動するため、協調的な動きの中で、体幹を適正に動的平衡として整える働きがあります。従って、歩行、走行時の姿勢の維持は、頭部、上半身、下半身の適正な位置だけではなく、すなわち、一般的に定義される姿勢だけではなく、呼吸の状態によっても影響を受けます。歩行、走行時の姿勢の維持は、これら運動時に目線をどこに置くかによって、非常に相関高く影響を受けます。目線をまっすぐ前に向ける事で、自然と体全体の姿勢が意識的負荷の少ない様式で整いやすくなります。同時に、口を閉じて、鼻呼吸をし、吸気が長く、少ない状態では、任意の運動強度では一般的に吸気が深くなりやすいため、横隔膜の運動は低周期、規則的になり、均一性が上がり、腹腔から骨盤周りの筋肉の連動性がより整いやすくなります。それによって、体幹が安定し、目線をまっすぐに向ける事と相乗的により良い姿勢が保たれやすくなります。
 こうした姿勢、鼻呼吸、目線を意識した歩行、走行運動の循環器の影響について述べます。酸素摂取の効率化と心臓への負担軽減が期待されます。鼻呼吸時には口呼吸時よりも動脈血中の二酸化炭素レベルが相対的に高まる可能性が示唆されており、これが血管を拡張させ、心臓への血流を増加させることで、運動誘発性の心筋虚血(血流不足)の影響を軽減する可能性があります。また、鼻呼吸は運動誘発性の気管支収縮の軽減にもつながるとされ、呼吸器系の負担を和らげることで、間接的に循環器系の負担を軽減する効果も期待されます。これらの作用により、同じ運動強度を維持するために心臓がより効率的に働くことができるため、心臓への負担が軽減され、心拍数の上昇を抑制したり、回復を早めたりする効果が期待できます。深い呼吸、特に呼気を長くする呼吸法は、副交感神経を優位にし、心拍数を調整する働きがあります。これにより、運動時の過度な心拍数上昇を抑制し、循環器系の過剰な負担を防ぐ効果が期待できます。正しい姿勢は自律神経系、特に交感神経のトーンに影響を与えることが示唆されており、背骨に沿ったインナーユニットの協調的な働きは、自律神経のバランスを整え、循環器機能の調整に寄与する可能性があります。、「姿勢、鼻呼吸、目線」が一体となって機能する歩行や走行は、循環器系に対して酸素利用効率の向上、心臓負担の軽減、自律神経の調整、そして血圧コントロールといった多岐にわたるポジティブな影響を与える可能性があります。こうした自律神経の調整は当然、脳神経系にも良い影響を与えます。神経系への影響では、鼻呼吸は脳への酸素供給と冷却の効果があります。 鼻呼吸によって脳への酸素供給量が増加します。 鼻の通りが良くなることで脳への酸素供給量が増加するだけでなく、鼻呼吸が脳の底である頭蓋底を冷却する働きがあります。頭蓋底は前頭から後頭まで続く複雑な構造によって脳を支えています(19)。鼻呼吸によって冷たい空気が鼻腔を通過する際に、鼻粘膜にある毛細血管を流れる血液が冷やされます。 鼻は口に比べて狭く、複雑な構造(鼻甲介)を持つため、吸気が鼻腔内を通過する時間が長くなります。これにより、鼻粘膜にある豊富な毛細血管と吸気との接触面積と時間が確保され、効率的な熱交換が行われます。その冷やされた血液が、頭蓋底にある海綿静脈洞などの静脈叢に流れ込み、脳の温度を調節する役割を果たします。海綿静脈洞は、脳に動脈血を送る内頚動脈と隣接しているため、この場所で熱交換が行われ、脳に供給される血液が冷却されると考えられています。鼻腔の奥にある脳の自律神経中枢が冷やされることで、自律神経機能が回復するとも考えられています。 鼻腔の奥には、視床下部などの自律神経中枢に近い領域があります。鼻呼吸による局所的な冷却は、これらの領域に直接的または間接的に影響を与え、自律神経機能の調整に役立つ可能性があります。脳の神経細胞は他の細胞に比べて、不飽和脂質が多く特に細胞膜が熱に弱いですから、運動時の無理のない鼻呼吸による血液を通じた冷却効果は、皮質全体の血管を通じて細部に渡り、全体の脳の温度調整を補助する働きがあると考えられます。運動時には、全身の筋肉活動によって体温が上昇し、脳温も上昇します。鼻呼吸による脳の冷却効果は、運動による脳温の上昇を緩和し、脳の機能を最適な状態に保つための重要な補助となります。 運動中に脳が過熱するのを防ぐことで、集中力や判断力といった認知機能を維持し、パフォーマンスの低下を防ぐ効果が期待できます。 鼻呼吸は単なる呼吸方法ではなく、鼻の特殊な構造を利用した、脳の温度を調節し、神経細胞を保護するための重要な生理的プロセスであり、特に運動時においてその効果は大きいと考えられます。
  歩行、走行の際に特に河川の周囲の道など視界が開けたところで目線をまっすぐに一定に保つことは、遠方を継続的に注視する事に結果としてなります。現代ではテレビ、パソコン、特にスマートフォンで仕事で、あるいは娯楽時にも映像メディア、学生であれば、識字、書記の時に近視で見る機会が多く、遠視の機会を日常生活で構築する事に困難性があります。歩行、走行時の目線をまっすぐに保つことは、姿勢を保つだけではなく、遠方を継続的に漠然と見る機会につながり、エビデンスレベルはまだ高くないものの、近視、緑内障、白内障、老眼などあらゆる眼の疾患の予防につながる可能性があります。近視状態は毛様体筋をピントを合わせる為、緊張させ、眼球の楕円率を高めます。遠方を特にリラックスしながら見ることは、最も、眼が自然の状態に戻ります。: 近距離を注視する作業が続くと、毛様体筋が緊張し続け、副交感神経が過剰に働く状態になります。体はバランスを取ろうとして交感神経を優位にしようとするため、全身の緊張を引き起こし、自律神経の乱れにつながることがあります。眼の筋肉を休めることで、このバランスの乱れを是正できます。 眼の周りの筋肉をリラックスさせると、迷走神経が刺激されます。迷走神経は副交感神経系の一部であり、心拍数を遅くし、血圧を下げる働きをします。眼の筋肉がリラックスすると、身体全体のリラックス状態をより意識しやすくなります。これにより、自己の身体状態に対する意識が高まり、ストレスや緊張のサインに気づきやすくなります。
  骨、関節、腱、筋肉に対する影響です。骨は海綿骨と呼ばれる骨梁、すなわち細い様々な方向を持つ細い柱が形成された部分があります。この構造は動的で体全体が運動にどういう力を受けたかによって機械的特性ベクトル(どの方向にどれだけの強度があるか)を調整することができます。特定の方向に力を受ければ、一般的に骨はその方向の機械的強度が強くなるように適応します。足の指には上方向に曲げると表側に筋(長母趾伸筋)が見えますが、その筋肉と連結している足の指につながる中足骨(metatarsal)があり、母趾(足の親指)につながるそれを第一中足骨と呼びます(28)。母趾、母趾球の裏側着地を離地前に確実に行い、その後、蹴りだしたときには、この第一中足骨により効率的に力が加わることになります。骨に沿う重力、加重に伴う圧縮だけではなく、上下方向の曲げ、回旋(かいせん:ねじれ)など多方向に力が加わる為、それぞれの方向に対する骨梁が密に形成され、全体的に強度の強い第一中足骨が形成され、特に母趾による蹴りだしを意識した歩行、走行ではこの骨が大きく上下方向に動き、大きな力が加わる為、第一中足骨の強度がより高まりやすいと推定されます。この第一中足骨はかかとの踵骨(Calcaneus)と共に内側縦アーチを支持する主要な骨です(29)。第一中足骨の機械的特性が上がることは、歩行や走行の際に重要な着地の衝撃の緩衝や蹴りだしの弾性に関わる内側縦アーチ構造を強靭化させる事につながります。歩行による骨への影響は直接的な力の加わり方の変化が大きい足先の骨が相対的に大きいと推定されます。目線をまっすぐに向け、鼻呼吸で胸を少し張り、脊椎のS字カーブを適正に維持し、正しい姿勢で歩行した場合には、その姿勢を支える骨格、インナーマッスル(深層フロントライン)の力が均等にかかるようになります。ディープフロントラインが活性化すると、地面からの衝撃や体重移動の力が、特定の骨や関節に集中することなく、ライン全体に沿って効率的に分散されます。その結果、各骨にかかる力学的負荷のベクトル(方向と大きさ)が、より均等になります。全体的に重力による着地、体の曲げ伸ばし、回旋運動によって加わる力によって骨密度があがり、骨が固くなります。骨が微小にも運動で力が加わった際に曲がりにくくなるため、運動、重力などによる力がより緩衝されることなく関節、腱、筋肉に伝わるようになります。この変化は、腱や筋肉の役割にも影響を与えます。力が硬くなった骨に伝わることで、腱や筋肉が持つ弾性エネルギーの蓄積・解放がより効率的に行われるようになります。腱はバネのように機能し、蓄えられたエネルギーを推進力に変えることで、より効率的で力強い動きを生み出します。この効率的なエネルギー伝達は、筋肉に正確で強力な収縮を要求し、筋肉の協調性や制御の向上につながります。しかし、骨が硬くなることで軟部組織に負荷が集中するリスクも存在します。骨が硬くなる一方で、腱や筋肉がそれに適応するだけの筋力、柔軟性、耐久性を持たない場合、腱炎や関節への負担増、さらには骨膜炎などの怪我につながることがありますが、通常は歩行、走行などの自然な運動で骨密度が向上する場合、同時に関節、腱、筋肉も協調的に鍛えられることになるので、こうしたアンバランスになる心配はおおよそありません。また、負荷が集中したり、オーバーワークなどの時は、大なり小なり痛みが出ますから、その痛みをしっかり認識し、管理し、場合によれば休養などを取り調整すれば、そのリスクはさらに下げることができます。現在では膝関節など関節を痛める人が多いです。原因は現代的生活による肥満(過体重)と歩行不足に加齢が加わっているからです。関節には関節包(Joint Capsule)、滑膜(Synovial Membrane)、滑液(Synovial Fluid)、細胞外マトリックス(Extracellular Matrix, ECM)、腱(Tendon)、靭帯(Ligament)、関節軟骨(Articular Cartilage)、半月板(Meniscus)※膝関節、滑液包(Bursa)、脂質があります(30)。体の節としての屈曲を実現しながら、組織として硬い骨の摩擦による削れを軟組織、液体によって間を埋める事で防ぎ、滑らかな局所運動を可能にします。それを強靭な腱によって支持し、軟組織の圧迫を力学的に緩和します。これらの関節は生きた細胞が内包、近接されていますから、運動に伴い代謝回転します。老廃物が取り除かれ、炎症を防止するほか、コラーゲン、ヒアルロン酸、水の産生、循環、調整によって組織は健全に保たれます。軟骨組織は骨ほどではないものの組織学的に若干は強くなります。関節を支持する腱は適切な運動で強くなります。靭帯も同様ですが、腱に比べて血流が少ないため、強化には時間がかかります。一方、関節軟骨には血管がないため、運動による滑液の循環が軟骨細胞への栄養供給と老廃物除去に不可欠です。運動不足は、このプロセスを滞らせ、軟骨細胞の死滅や軟骨の変性を招きます。骨、関節、腱、筋肉が歩行など全身を使う閉鎖運動連携では均等に鍛えられやすいため、全体的にバランスよく強化されていきます。従って、関節に痛みを抱える場合には、関節のみの治療、介入をするよりも、あるいはそうした場合でも、少なくともリハビリテーションとして全体の連携性が高い閉鎖運動連携による痛みを管理した形式、程度での運動による回復が少なくとも短期的には有効であるという事が既に一部で示されています(31)。
  脂肪についてはどうでしょうか?現代では脂肪過多を抱える人が相対的に多いですが、脂肪は過少、過多両方で問題になります。高齢になると厳密なエビデンスはなく私の仮説になりますが、栄養を運ぶ循環器の機能が組織的にも、血液的にも細胞の老化によって低下するため、生きていくための栄養確保が重要な課題となります。その適応として体は非常時の栄養源となる脂肪の貯蔵圧が高まります。この理由から一般的に特に筋肉中の脂肪滴の割合が高齢になると高くなることが示されています。脂肪が過多になるとエネルギー余剰状態となることから余分なエネルギーが特に免疫細胞など全身の循環器にある細胞に配分されやすくなり、炎症性が高まり、体に損傷を与えてしまいます。食欲中枢も脂肪の大きさに比例して過剰側に改変されてしまいます。特に歩行、持久走などの有酸素運動は動くという絶対的な運動エネルギーが必要であり、エネルギーの出口が生まれることから、体の脂肪組織に蓄えられたエネルギー状態の調整が図られやすくなります。これは顕著な体重減少が起こらなくても事前に生じます。脂肪は適正な機能として断熱性(体温保持)、臓器、骨格、筋肉の物理的保護、ホルモン合成、エネルギー供給、代謝調整、免疫系調整(抗炎症性)など骨、筋肉と同様に自身が細胞にため込んでいるエネルギー源(トリグリセリド)によって身体全体の均衡状態を整える働きがあります。また、表皮露出形式で有酸素運動をすることで特に少し低温であれば熱交換が活発になり、その適応として脂肪細胞は熱産生型(褐色、ベージュ)の細胞に変化します。実際に運動で熱産生型脂肪細胞への改変が生じる事は確かめられています(32)。熱産生型脂肪細胞は体全体の熱の調整だけではなく、エネルギー調整にも直接的、間接的にも関わり、その能力を高くするため、体全体の熱、エネルギー平衡状態への調整能力が高まります。これはすなわち、体温保持、体重保持に優れるという事です。体温保持の能力向上により、温度など環境変化に強くなり、風邪をこじらせにくい身体となります。体重保持に優れることで細胞のエネルギー不足、エネルギー過剰による遺伝子的損傷が生じにくくなり、これは本質的には細胞の老化の程度を遅らせる効果が期待できます。エネルギーと熱の平衡状態を保つことはホモサピエンス、人の健康に置いて非常に重要であり、その重要な役割を担うのが熱産生型を含めた脂肪細胞、組織であるという事です。骨が力を受ければ受けるほど強化されるように、熱、エネルギーに関しても熱交換が活発に行われれば行われるほど調整能力が高くなります。エネルギーも摂取と消費の循環性を十分な有酸素運動機会を設けることで高めれば調整能力が高くなります。一気には改善しませんが、習慣化していく事で熱、エネルギーの調整能力という観点で強靭な心身が構築されることが期待されます。
  実用的な側面について以下に述べます。重要性の高い段落です。走行運動の章で述べたように、歩行は軸足の着地時点を支点とした身長方向と逆の周期的な振り子運動によってその運動様式を説明できるというのが一般的で、代謝コストが低いエコノミックウォーキングのモデルといえます。足の長さなど体格に依存するものの約1.3m/sのところに代謝効率の最高点があり、そこを中心として移動速度に対して高次曲線を描きます(48)。それに対して走行は位置エネルギーと運動エネルギーの交換の慣性の依存が小さくなり、両足浮動、跳躍を伴う主に腱、筋肉による弾性エネルギーの寄与が走行速度に応じて高くなってきます。同時に減速を補償するための加速度を得るための主に第一中足趾関節の屈曲を伴う足の蹴りだしの寄与も高まります。しかしながら、歩行にも弾性エネルギー、蹴りだしによる加速の寄与は当然あり、両足浮動を伴うか否かの走行との境界はあるものの、歩行の中でも弾性エネルギー、蹴りだしの程度があります。例えば、同じ速度でも、着地の際の足裏の受け位置をかかと、土踏まず(ミッド)、母指球(フォア)などによって歩行の中でも運動のモデルが連携的に変わってきます。また、歩行の際に股関節の稼働による膝の高さを変えることで付随して着地の足裏の位置、運動のモデルが変化します。この運動のモデルの変化に伴い蹴りだしの関与も変わってきます。具体的には、歩行の際には、ヒールストライク(かかと着地)が自然な逆振り子モデルの慣性を最大限生かした代謝効率の高い運動では支配的になります。逆振り子モデルではその運動軸から必然的に着地する時の軸足の視点が股関節よりも上の体幹、深層フロントラインの軸よりも進行方向、前になります。その条件では骨格上、自然とヒールストライクの着地になります。従って、普通に自然に歩く場合にはヒールストライクになるので、実は走行でも、特別な知識がなく、一般の人が楽な速度で走る場合には、歩くときの着地の癖がありますから、自然とヒースストライクになりやすいです。その根源的な理由は、人の足を使った移動手段の主は歩行だからです。着地の累計回数が歩行よりも走行が上回る人はほとんどいません。従って、特別な知識がない場合には、着地はどうしてもヒールストライクになりがちです。従って、歩行の章でも詳しく述べますが、1970年代ごろからのシューズメーカーはそうしたヒールストライクの傾向のある人に対して、必然的に負荷がかかる下腿、膝関節を保護するようなソール設計に迫られたという経緯があります。これは深く追究すべき重要な議題です。歩行におけるヒールストライク着地というのは、慣性を生かして歩行する上で自然な着地となり、古来からこうしたモデルで歩いていたと推定され、必然的に強くかかる骨へのストレスは骨梁の改善などによって、その機械的ストレスに応じた骨密度強化に寄与するとともに、跳躍を伴わない力という力の弱さによって、耐えうる関節構造となっているという事です。しかしながら、走行になるとその適応性は変化します。従って、走行でヒースストライク着地を推奨するというのは、少なくともそれの特に膝関節へのリスクを考えると重要な再考の余地を残しているという事です。足裏の着地の位置を意識するというのは、靴の材料の連続性、ヒール素材の弾性によってその感受性が弱められていることもあり、特別な介入、教育をなくしては難しい状況にあります。実は、ウサインボルト選手のように世界の最高速度で走る陸上選手は最高速度の領域ではフォアフット着地がほぼ支配的にであるという事は映像分析で明らかになっていますが、着地と足裏の角度(例えば、着地から離地までのかかとと地面の位置関係)が走行速度にどのように影響を及ぼすかというのが物理から医学まで他分野に渡る様式で完全に科学的に理解してそれを実現しているという可能性はそのタイムを再現できなかったという事実から低く、結果としてそのような着地になっていたという側面が強いと推定しています。世界のあらゆる距離のエリートランナーの多くはフォアフット着地です。これは少なくとも物理学的、生理学的、医学的(解剖学的)な根拠があります。足裏のどこで着地をするかというのは歩行、走行、その速度に関わらず足を使った運動のモデルを支配する重要な要素、素因です。例えば、歩行で足裏の着地をヒールストライクからミッドストライクに寄せるように意識すると自然とストライドの中の骨盤上の上体の体幹、深層フロントラインの位置はより前傾、前に移動しやすくなります。それに伴い、着地の時の体軸に対する位置も前側から、真下側に手前に移動することになります。そうすると歩行の運動モデルが変化します。慣性を利用した振り子モデルから、弾性、蹴りだしの依存が高まり、走行モデルとの親和性、接続性が高くなります。1歩、1歩に対する加速が強まります。それに伴い多くのエネルギー需要が生じます。膝を上げても同様です。膝をより高く上げて歩行するとその股関節下の運動に伴い股関節上の体軸が前、前傾しやすくなり、自然と着地の軸足の位置が上体の体軸の真下近くに移動することになります。これは走行でも同じです。走行で膝を速く高く上げるように意識しながら、その窮屈さを許容しながら腹筋を使って上体の体軸を前傾させると自然と着地の位置は体軸の真下に来るように調整されます。それによって着地は自然とヒールストライクから、ミッド、フォアに移動することになります。こうした全身の中の人の骨格に依存した連携が働くので、実は走行モデルで膝を速く高く上げながら、前傾姿勢を保つようなフォームを確立する事は、同時にエリートランナーのほぼ全員が獲得しているフォアフット着地に移行しやすい事になります。従って、理想的なフォームを確立する事が自動的に着地の位置を決めるし、速度も決めるので、結果的に速く走っている人は自然とフォアフット着地になっている可能性が高いという事です。この辺の連携が物理、化学、生物、進化、人類学、生理学、医学を包括して理解しないと、なぜ速い走行が可能になっているかというのが自身の体の動きと共に体系的に選手は把握する事ができません。従って、実行者、すなわち選手は知る明確な価値、意義があるという事です。これは、一般人でも理解可能な事で、非常に重要な事です。健康ガイドラインとして決して欠かすことができません。歩行一つとっても、股関節の動きと連動した膝の高さ、着地の意識的な足裏の位置を漸次的にヒールストライクからミッドにかけて前に漸次的に動かすだけで、運動している当事者が自覚できる形で運動モデルが慣性を生かした逆振り子モデルから、弾性、蹴りだしモデルに段階的に移行します。この移行は、跳躍の有無という別の軸がありますが、走行への移行のモデルと一致するため、歩行と走行との接続性を重要視する個人、すなわち走行の重要性が高い個人においては、日常的な歩行に対して走行能力への転化性を高めるための有効な訓練となります。歩行一つとっても決して運動として画一的ではなくて、振り子の周期、速度を速めるといった一般的な速歩の手段だけではなく、膝の高さ、足裏の着地の位置、体軸との関係性、さらには第一中足趾関節の屈曲角度、それによる蹴りだしの向き、蹴りだしの強さなどによって歩行の運動モデルが漸次的に変わり、歩行に運動様式としての多元性、多様性を与えます。また、裸足で走行する事により、足裏の着地の位置、第一中足趾関節の屈曲、蹴りだしの向き、強さの感受性が向上します。これらは走行のモデルとも共通性があり、人の足を使った移動能力の根源に関わる普遍的な項目です。専門家だけではなく、トレーナー、コーチ、選手だけでもなく、一般の方も、子どもも実施しながら、感覚と合わせて上手な様式で説明すれば理解可能な事です。陸上、走ることに関するスポーツの基礎が明確に変化します。本来は義務教育の体育、保健体育で教科書、実践の中で基礎学習として説明すべき基本的な内容です。
  歩行の運動モデルを考える上で大切な事がいくつかあります。一つはてこの原理です。それについては記述の中で詳細に説明します。上で述べたように歩行の代謝効率の良い運動モデルは片足、軸足の着地点を支点、足の骨格を支軸、骨盤より上の上体を作用点と見なした逆振り子運動で説明できます。下の走行の部分の走行運動の損失の部分で詳しく述べますが、運動における力のベクトルを散逸させない事が重要であり、言い換えれば、ベクトル特性が揃っている事が重要です。振り子運動は原理的に支点から剛性の高い物質(骨)によって支軸が曲がることなく維持され(通常の振り子は重力がある程度支軸の直線性を補助してくれる)、作用点に円周方向に力が加わります。後に述べるてこの原理のように回転運動のエネルギーは角度に依存する為、作用点までの半径が大きくなればなるほど、単位角度当たりの円弧が大きくなるため、少ない力で長い距離を動かせることになります。従って、関節が曲がらない状態では足の長さが長いほうが歩行の逆振り子運動は効率的に機能し、単位移動距離当たりの代謝効率は高くなります。この点から歩行においては走行のように下肢の関節(足、足首、膝)と腱、筋肉を使わず、踵で着地して膝関節の屈曲を可能な限り小さくして固定する条件が必要になります。人の身体はよくできていて、当然、着地する際に足と地面、すなわち巨視的に大きな物質の衝突があり、それがエネルギーを失う抵抗の源泉なので、絶対的に減速しますが、着地の時に踵で着地すると一定の慣性が働き進行方向の速度が残っていますから、自動的につま先を着地する際にてこの原理が働きます。踵を支点、足の内側縦アーチを作用点が近いほうの支軸として、つま先が重力と水平方向の慣性によって下に移動します。この運動が一方の踵を支点、脛骨、大腿骨を作用点が遠いほうの支軸として、骨盤とその上の上体を作用点として上に持ち上げる力が働きます。従って、逆振り子運動でモデル化される歩行運動の位置エネルギーの獲得は単に慣性というエネルギー保存だけではなくて、下肢の脛骨から足首、足先までの骨格の形状によって生じるてこの原理によっても位置エネルギーの獲得のために付加的に動員されるという事です。このことから歩行において必然的に重要な事が浮かび上がります。このてこの原理を有効化するためには支軸を直線に硬く固定する必要があるので、特に足の内側縦アーチを固定する必要があります。この固定の為には母趾の背屈が有効です。足の親指を上にあげる動作を離地から着地までの空中動作で意識する事で足首が曲がり、踵着地が実現し、足の内側縦アーチが固定される為、つま先が地面に落ちる時にてこの原理が有効に働き、骨盤、骨盤上の上体をより強い力で上に持ち上げることが可能になります。この歩き方が原理的に一番、代謝効率がいいです。しかし、このような歩き方をするときには、母趾の背屈、それに伴うアキレス腱や下腿の筋肉の動員だけではなく、踵骨の着地の際の緩衝の少ない直接的な衝撃に耐えうる強い骨と健全な膝関節が必要になります(逆の観点で、膝関節の屈曲を許容最小限にしたヒール着地による歩行は衝撃に対して骨の再構成が生じ、骨密度が上昇しやすい)。着地を前にするときには、骨盤、上体が後傾しやすくなるため、意識的に骨盤を真っすぐ起こし、骨盤上の上体を真っすぐ上に伸ばす必要があります。そのためには股関節を着地した軸足の軸に対して着地して体を持ち上げるフェーズでは前屈させる必要があり、その前屈の為に例えば腸腰筋、腹筋の動員が必要になります。上体の姿勢を真っすぐ意識するためには背筋も必要です。従って、この逆振り子運動と踵骨を支点としたてこの原理を利用した歩行運動では、走行における骨盤上の姿勢維持と足を大きく振り上げるために必要な腸腰筋が鍛えられることになります。骨、膝関節の衝撃は、膝を少し曲げて歩くフォームよりも衝撃が大きくなるため、膝関節に炎症がある人は採用しにくいモデルです。膝関節の負担を減らすために歩行フォームの中で膝を曲げて歩くとどうなるか?自動的に着地がヒールからミッドに移ります。それによって逆振り子運動、てこの原理が弱くなり、筋肉の弾性モデルでの運動の支配性が高まります。ストライドも小さくなり、逆振り子の浮上の時の減速が小さくなるため、自動的にピッチが速くなります。足のスイングに関わる振り子運動はヒトの体の骨格、骨格筋の構成上、主に外側の筋肉によって安定化、支持されているため、足を曲げたミッドフット着地の歩き方はピッチが速くなるため、骨盤の外側の筋肉に負荷が移動します。下肢に関しては膝関節に連結する腱、筋肉の負荷が相対的に高まります。歩くときの膝関節の屈曲角度や母趾の背屈の有無によって歩行の運動モデルが変化し、それに応じて代謝コスト、負担がかかる骨、関節、筋肉の部位が変わります。これを理論的に理解し、自身の歩行フォームの中で感覚的にも実感することが非常に重要です。健康ガイドラインのレベル4で歩行、走行フォームが病気のバイオマーカーになるかもしれないという推定を出しましたが、膝関節に病理がある、あるいは膝関節が構造上弱い人は、自動的に歩行の時に膝が曲がりミッドフットで着地している可能性があります。歩行運動モデルとフォーム、負担部位の関連付けは、それぞれのフォームから病因(病気のリスク)を推定するのに役立つ可能性もあります。
 4足動物の骨の特徴は椎間節が多く、特に尾椎が長い傾向にあります。従って、後ろ側の骨が柔軟です。さらに椎間板の厚みがあり弾性も高く骨が弓のようにしなりやすい構造を備えています。一方で人間は脊椎はS字カーブしていますが、受動的な骨のしなりが歩行、走行で働きにくく能動的な関節の動きで制御するため、脳神経系の関与が大きく、最適なフォームを追究する「余白」の多い運動神経モデルとなっています。すなわち、フォーム改善や筋協調性の学習余地が大きい学習的要素が多い運動モデルです。従って、私が健康ガイドラインで運動モデルを定義して理解を促し、理想的なフォームについて追究し、読者に向けて書くことに意義が生じます。逆にいえば、動物のように受動的であり決定性の高い運動モデルであれば、ほぼ全員がその種にとって理想に近いフォームで歩行、走行できるため、このような教育の意義が小さくなってきます。人は歩行、走行において個人のフォームの偏差、違いの大きな運動、骨格、骨格筋、神経モデルとなっているということです。特に歩行に関しては、私が実施する限りにおいて、長い時間運動を継続する事ができます。慣れてくれば数時間以上の運動が可能です。走行の場合は日常的な運動として数時間継続する事が難しいです。歩行は代謝効率の高い逆振り子運動モデル、てこの原理でヒール着地で運動した場合には、膝をやや強く曲げて歩行するミッドフット着地よりも関節、筋連動を伴わないので、特に下肢、下半身に関しては受動的な運動となる為、神経系の動員が特にその動作が慣れてくると小さくなるのですが、一方で、母趾を背屈させる意識は最も遠い神経系であり、この系統の神経負荷は高まることになります。従って、代謝効率が高く振り子のように運動する為、受動性が高いけど、神経動員が低いかどうかは一概に言えない部分もあります。一方で、骨盤より上の上半身は、骨盤を立てて姿勢を真っすぐする意識であるけば、それに伴う関節、腱、筋肉、神経系の動員がある為、原理的に姿勢を整えやすいミッドフッド着地歩行よりもこれらの負荷は大きいです。但し、ミッドフッドは足を速く回転させるというのがあります。いずれにしても様々な意識的な制御性が歩行においても必要であり、それが毎日、数時間続けることが可能になります。歩行は全身運動ですから、理想のフォームを理解して、目指した意識的な歩行の場合は特にその時間、継続的に脳神経系を使う事になります。あなたが学習者ならわかると思いますが、座位の勉強において数時間、考え、頭を使い続けることは毎日となると非常に難しいです。ほぼ必ずどこかで思考が途切れ、思考活動が休息に入る時間があります。もし実現できたとしても、思考後、ストレスの大きな形の疲労が残ります。身体を動かさないので筋肉も硬直します。歩行の場合は、その運動そのものが健全な生命活動と親和性が高いため、数時間続けても、その後の疲労として筋肉の疲労は残りますが、心理的なストレスレベルはむしろ運動後低下します。爽快感があります。一方で、脳神経系も安定して継続的に動員されることになります。歩いている途中、大脳新皮質に余白がありますから、人と一緒に歩行していれば会話もできるし、一人でも何か考え事をすることができます。実際に私も前段落からの走行のフォームと神経系への影響の考察は自分が実際に歩行しているときに理論的なフレームワーク(枠組み)を考えました。毎日、数時間程度歩く人はほとんどいないと思われますし、そのうえで運動理論を理解して、歩行の理想的なフォームや着地の違いによる運動モデルの違いを確かめながら意識的に運動している人はほとんどいないと思われるので、それを数年、数十年続けたときの脳神経系への影響は未知です。同じく基本的な足の運動である走行と合わせて、長時間実施している人は今の現代において就学、就業の必要性を考慮すると現実的ではないので、その結果、脳神経系がどうなるかはより未知です。非常に長い時間継続的に脳神経系を運動を伴う形で日常的に大脳、小脳、脳幹、脊髄、末梢をバランスよく使い続けることによる脳神経系への影響はいかほどか?という問いです。
  前述した様に、この健康ガイドラインでは代謝効率の高い、人の骨格構造を生かした歩行の運動モデルは慣性の高い逆振り子モデル、てこの原理を利用したヒール着地、母趾背屈による足の固定(ウィンドラス機構による内側縦アーチの持ち上げ)であり、それを意識した歩行様式です。この様式で私が繰り返し歩行した結果、180cmの私の靴を履いた状態のヒール着地歩行の1本歩幅(ストライド)は約72-75cmです。おおよそ2ステップ/秒前後の為、この歩行の速度は約11分/kmです。一般的な歩行の速度は12-15分/km、早歩きが9-12分/kmであるので、早歩きの意識はなく継続的に歩くことができるペースですが早歩きの領域になります。膝を曲げてミッドフット着地で歩くとストライドは約55-60cm程度になり、15cm程度短くなります。必然的に歩行スピードも低下します。ベアフット(裸足)歩行では同じヒール着地走行でも5cm程度短くなります。これは靴のソールがない分、足の着地が遅れ、手前にくるからであると推定されます。ヒール着地で歩行の歩幅が伸びるのは当然です。なぜなら、体軸よりも前に着地するからです。その分、体軸近くで骨格上着地する事になるミッドフット着地の場合は歩幅がヒール着地歩行に比べて短くなります。ヒール着地のてこの原理を意識した歩行を日本語表現特有の擬音を使って説明すると、「ズドン」「カクッ」「ペタッ」です。「ズドン」は踵で着地するイメージ、「カクッ」は踵を中心としててこの原理が効いているイメージ、「ペタッ」は足のフェアの部分でてこの原理を効かせた後、地面に着地するイメージです。歩く速度もストライド延長による速くなるし、疲れも減る為、それぞれの方の運動能力の中で、より長く、速く、楽に歩くことが可能になります。靴を履いた場合は、てこの原理を効果的に効かせるためには地面が硬いほうが好ましく、支点が安定しない砂利、土、草原よりもアスファルトの方が速く、疲れなく歩くことができます。一方で、靴の踵側の線維の損傷が大きくなり、靴の交換周期が著しく短くなる可能性があります。着地の際の踵と靴の摩擦も大きくなるため、靴擦れも生じやすいです。この方式で歩くと、筋肉よりも骨格を使って歩くイメージで骨に強い衝撃がかかります。それは踵を中心とした足、下腿、上腿などの下半身だけではありません。後頸部(こうけいぶ:俗にいううなじ)の部分まで背骨は伸びており、そこまで衝撃が着地の際に届いている事が感覚上わかります。すなわち、身体を支える深層フロントライン全体に方向が整った形で骨に付加が掛かる為、その方向に応じて骨全体が強化されることが期待され、単に下半身の骨だけではなく、脊椎(背骨)を含めた骨格全体の剛性が適度にあがることが期待されます。骨格の剛性が上がれば、関節の可動など力が加わったときに骨が湾曲する(たわむ)ことなく直接的に腱、筋肉に力が加わるようになり、歩行以外の全身の姿勢の維持を伴う閉鎖運動連携の典型である走行時の神経系の感覚受容器を含めた筋肉応答性にも効果がある可能性があります。運動のベクトルが揃いやすくなることで、損失の少ない効率的な歩行、走行につながる事が期待されます。

 
<平衡感覚訓練>
  平衡感覚訓練、すなわちバランス運動は非常に重要なので、ガイドライン3では特異的な章を設けてより詳しい説明を行います。難しい片足バランス運動をしながら、下半身中心の筋力トレーニングする事は、臥位、座位など着地が非常に安定した状態で行うそれとどう異なるか?まずは、それについて考えます。臥位、座位では地面との接地面が広く、重心も低い。安定しているため、狙った筋肉だけに力を集中しやすい。フォームが崩れにくく、高重量や局所疲労を安全に与えやすいですが、片足バランスでは接地面が小さく、重心が高く不安定。姿勢制御が必要なため、目的の筋肉に純粋に負荷をかけるのが難しい一方、バランス保持のために多くの補助筋や神経系が動員されることが期待されます。安定状態では神経的要求は比較的低く、筋繊維自体へのメカニカルストレス・代謝ストレスを強く与えやすいので、前述した様に特定の筋肉を鍛えるのに適します。不安定状態では任意の運動に対する目的筋に加え、姿勢保持の役割があるインナーマッスルである中殿筋、小殿筋、内転筋、体幹筋、足部の細かい筋などが全体的に動員され、より体幹を中心とした体全体の筋肉を強調させながら運動することになります。このような姿勢を保つための筋肉は神経系との接続性がより密であり(20)、筋肉の伸長状態も監視する筋紡錘など運動神経に連結する固有受容器、中枢神経系でバランス感覚の制御を担う前庭系・小脳、遠位神経系では反射弓による中枢神経系とは独立したフィードバック速度の速い反射系の訓練効果が高いとされます。安定状態では特異的な筋肉を独立して駆動できるため高重量・高負荷を安全に扱えます。筋肥大・筋力増加が主な効果です。不安定状態では重量は軽くせざるを得ないが、神経筋協調性や関節の安定性、バランス能力が向上する。スポーツ動作や日常動作の実用的な強さに近いです。しかし、慣れてくれば、自重で特に下半身への負荷を上げることができるため、全体的なバランスの中でより自然に近い形で訓練する事が可能で、特に下半身を使う歩行、走行への能力転嫁効率が個別の筋力トレーニングよりも高い事が期待されます。運動には閉鎖運動連鎖(closed kinetic chain)、開放運動連鎖(Open kinetic chain)があります。開放系では重力に対する体の支点が任意の運動と独立性が高く、動きの自由度が高い状態を言います。例えば、ダンベルを持ったアームカールなどがこれに相当します。一方で、閉鎖運動連鎖とは運動に関わる軸が地面や壁に固定された状態で運動に対する重力の関与が高い状態にあるので、支持するための姿勢維持が筋運動と並列して必要になります。その閉鎖性にも程度があり、例えば、腕立伏せのような運動では最大で四肢が視点となり、固定されているため閉鎖運動連携を必要としますが、他方で、片足スクワットは片足の視点が一つであり、より閉鎖性が高く、姿勢維持負荷の高い運動です。言い換えると、その運動を実現するための筋力以外の姿勢維持の負荷が閉鎖性の程度と正の相関があるという事です。全体を連携させて運動するので、局所の痛みに対して、より体全体を動員させて運動するので、関節痛などのリハビリテーションにおいて有効である可能性が期待されます。長期的なエビデンスは不足しているものの、短期的な評価では膝関節炎のリハビリテーションでは体の末端を固定する閉鎖運動連携によるそれが開放運動連携よりも痛みの回復、運動機能で優れていたという報告が一部で存在します(21)。特に走行でストライドを重視したスプリント的な要素を組み込み、運動の速度を上げていくとなると、跳躍といったバネの要素を走行のフォームの中に有効に組み込んでいく必要がある為、片足スクワット、片足跳躍着地などバランス、筋負荷の強い運動の中でこうした運動能力がより厳しい条件で完全な走り動きの再現ではなく付加的な訓練、実際に走ることが必要ですが、個別の特異的な筋力トレーニング対して、能力転嫁効率が高いです。特に片足跳躍着地運動はプライオメトリックス運動(Plyometrics)とされ、筋肉の伸長短縮のサイクルが短い爆発的なパワーを発揮する運動であり(22)、筋連携、神経接続、適正な筋成長を促進する効果が期待されます(23)。走行速度を高めるためにストライド(stride length)を重視すると、両足による絶対的な歩幅を決める股関節、膝関節を最大限伸展し、水平速度に関わる蹴りだし力の素因である足関節底屈を大きく使う必要があり、地面反力の増大と接地時間の短縮が不可欠になります。この局面では、ストレッチ–ショートニングサイクル(Stretch–Shortening Cycle; SSS)弾性エネルギーの貯蔵・解放(elastic recoil)といった跳躍に関わるバネの要素を、走行フォームの中に効率的に組み込むことが求められます。従って、ストライドを重視した走法では必然的に飛び跳ねるようなイメージで走行することになります。ストライドを重視するストライド走法は、スピードを出しやすい反面、体への衝撃も大きくなります。そのため、筋力や関節の柔軟性がないと、怪我のリスクが高まる可能性があります。
 片足スクワット、片足跳躍着地など難しい片足バランス運動をしながら下肢中心の筋力トレーニングを行ったとき神経系の動員を多く擁する姿勢の調整を必要とする閉鎖運動連携では、皮質、小脳などが過去の経験に基づき随意運動のミリセカンドオーダーの前に予測し、姿勢調整の準備を行います。姿勢維持のためには、特に姿勢の維持を担う体軸のインナーマッスル全体の筋肉の伸長状態を精密に検出する必要があり、筋紡錘と接続される皮質、脊髄の錐体路、脳幹、α運動ニューロンに強い遠心性の入力が入ります。同様に神経系は双方向性を持ち、運動のフィードバックが中枢神経系に求心的に入り、小脳は運動の誤差を検出し、補正します。基底核が運動のスケーリング・習慣化を担当します。訓練により皮質・皮質脊髄系の可塑性が進み、より次の類似運動が少しずつ円滑になり、それを何度も繰り返せば運動能力が向上します。こうした筋の感覚入力、出力は太い主要な伸縮運動を行う肥大型の筋繊維だけではなく、関節、腱、足の末端部(足裏など)全体に存在します。従って、これらの感覚入力を自然な形で維持しなが走行運動や筋力トレーニングをすることが好ましいですが、例えば、靴、靴下を履いていると足裏の感覚入出力が部分的に歪められ、小さくなります。難しい片足バランス運動をしながら下肢中心の筋力トレーニングする際には、バランストレーニングとして足場を不安定にすることも考えられますが、基本的には素足で、地面が固い状態で、足裏からより自然な感覚入出力が実現する状態で訓練を行う事が好ましいです。難しい片足バランス運動をしながら下肢中心の筋力トレーニングを行った場合、インナーマッスル姿勢の維持の信号があることで、力を発揮するアウターマッスルは開放運動連携時に比べて、どのような特異的な運動効果があるか?片足バランス運動では、不安定な地面や体幹の揺れを感知する固有受容感覚が鋭くなります。この感覚情報をもとに、インナーマッスル(腹横筋、多裂筋など)が姿勢を安定させるための微調整信号を常に発信します。の信号を受けて、アウターマッスル(大腿四頭筋、ハムストリングス、大臀筋など)は、単に大きな力を出すだけでなく、不安定な状況で関節を安定させながら、効率的に力を発揮するように促されます。これは、筋肉の協調性を高め、よりスムーズで統合された動きを可能にします。不安定な状況下では、関節を安定させるために、主働筋と拮抗筋が同時に収縮する「共同収縮」が活発になります。これにより、関節の安定性が向上し、外部からの衝撃や予測不能な動きに対する耐性が高まります(24)。インナーマッスルからの姿勢維持信号は、アウターマッスルを制御する神経経路にフィードバックされ、より複雑で効率的な神経筋制御パターンを生み出します。このフィードバックにより、アウターマッスルは、単なる筋力発揮ではなく、バランスや姿勢制御を考慮に入れた機能的な筋」として鍛えられます。不安定な状況に対応できるような反応速度や筋活動のタイミングが改善されます。 
 疲労について。筋肉痛などの長期的な疲労もありますが、走行訓練をしていても、強度、持続時間が自分の運藤能力の閾値に近づき、超えると運動能力が疲労によって顕著に低下します。中枢性疲労は長時間の高集中バランス課題は前頭葉や脳幹系のノルアドレナリン/セロトニン調節に影響し、運動出力が低下します。これは、神経系の疲労によって生じます。高負荷の運動を続けると、筋繊維内代謝物が蓄積し、力が低下します。これを末梢性疲労と呼びます。Ia/II感受性の変化が起きうる。両者が相互に影響し合います。こうした疲労は当然、バランス能力の低下を伴います。高負荷運動による筋力低下は、運動を続けることによるエネルギー需要が自分の能力以上に高いため生じ、そのエネルギー産生、供給に筋組織内で寄与するミトコンドリアによるATP合成の副産物、急速なエネルギー需要に応える代謝解糖系などの他のエネルギー供給経路で生じる代謝物(無機リン酸、水素イオンなど)の蓄積が複合的に作用して起こります。これらの物質が筋収縮システムを直接的に阻害することで、筋力が低下します。従って、疲労は筋組織そのものと、それを系統的に制御する神経系両方で互いに影響を与えながら、交絡しながら生じると考えられます。平衡感覚訓練は、DFLのインナーマッスル、それに密に接続する神経系の訓練になるので、特に同じく姿勢維持を必要とする基本的な全身運動である歩行、走行時の疲労を低減させる効果が期待できます。力を発揮するアウターマッスルに関しても、インナーマッスル、神経系との連携性が高まることで、負荷をうまく分散、平均化させる能力が高まり、任意の強度に対する運動耐性が高まる可能性があります。
 知能に対する影響について述べます。端的にまとめると、こうした片足膝曲げ伸ばし運動、スクワットなどのバランス運動を組み込んだ下半身中心の筋力トレーニングは当然、勉強をしませんから、知能自体を直接上げる効果は絶対的にありませんが、そうした脳神経系、運動機能、循環器機能を構築したうえで、それを基礎として、勉強など知的能力訓練をすると、その訓練がより有効に行われる可能性が極めて高いです。神経回路の最適化による学習効率の増幅が起こり、運動によって前頭前野–小脳–海馬回路の相互作用が促進され、注意制御・作業記憶・意思決定処理が向上します。勉強には認知という注意能力が本質、重要な内容を掌握するためには重要ですから、こうした注意能力の感受性を上げる可能性があります。勉学への集中力が向上するという事です。また、運動による体全体の記憶能力を上げることが、学習記憶とクロストークする可能性があります。座位学習という静止ストレスに対して、定期的に身体を動かす運動を組み込むことは全体としてのストレスレベルを下げ、より健康的に勉強することができます。また、頭脳を運用する回転数が、運動能力の回転数と協調し、知的作業スピードのベースラインの基準が顕著に高まる可能性があります。但し、この効果を具現化させるためには運動の特に種類、さらには頻度、強度を最適化する必要があります。種類については、歩行、走行、跳躍、バランス運動を協調的に行い、筋緩和、全身ストレッチで筋組織を連続的な介入に耐えうるように最適に維持管理する事です。
 自律神経への影響について記述します。難しい片脚バランス運動と下肢中心筋力トレーニングを組み合わせた訓練は、姿勢維持負荷が高く体軸に沿った骨格、並行して形成される深層フロントライン(DFL:インナーマッスル)を動員しながら、下半身を中心としたアウターマッスルを訓練することになります。深層フロントラインを形成する筋肉は多くの感覚受容器を含めた神経系が連結しており、より高度な連携を必要とするため神経系の関与が大きいです。アウターマッスルは姿勢維持需要に応じたインナーマッスルと連携しながら、より系統的に力を発揮することになります。これは体の四肢が固定された閉鎖運動連携(Closed kinetic chain)と定義できます。自律神経は直接的には骨格筋に接続していませんンが、インナー、アウター筋と連結する末梢神経である運動神経と自律神経は皮質、脳幹、脊髄、(反射弓:reflex arcとしての)末梢、あらゆるレイヤー(階層的に)相互作用している為、深層フロントライン、下半身のアウターマッスルを含めた骨格筋を中心とした多くの筋肉を連携させて動員した運動は自律神経にも多大な影響を与えます。運動する際には、交感神経が高まり、血圧を上げて、運動需要に応じた血液供給を全身にする必要がありますが、より系統的かつ全身の筋肉を使った運動は、こうした血圧の制御をより精密にする必要性があります。従って、自律神経はその需要を満たすため、血圧に対する心拍数の調整機能をより高める必要があり、結果として、血圧低下に対する心拍の応答速度が速くなるように訓練される可能性があります(33,34)。この応答速度はバロレフレックス感受性(Baroreflex Sensitivity: BRS)と呼ばれます。血圧は局所的、かつ瞬時、一時的に変動していますからこのバロフレックス感受性が上がることで、運動時だけではなく、安静時にも一定の派生、影響があると仮定したら、エネルギー(栄養)送達、免疫機能、温度調整、水分供給/調整、酸素供給/調整、呼吸調整など様々な機能がある循環器の様々なストレス(環境擾乱)に対する安定性を高めることになり、体のトラブルに対するセキュリティーレベルが向上する事が期待されます。このバロレフレックス感受性は一般的に加齢によって低下する事が示されています(35)。実際に自律神経が運動時に心臓のバロフレックス制御に関わっていることが人で示されています(36)。具体的には、単脚立位(片足立ち)は全体重を片足で支持する事と、左右の足のエネルギーバランスが運動中、一時的に崩れることから、下半身を含めた血圧の調整がより体全体として複雑となります。こうした体全体の血圧調整を精緻に行うために、自律神経は他の神経系に対して先んじて、交感神経、副交感神経の調整を行い、左右偏った血圧需要に対して、体全体として血圧の均衡を図ります。この自律神経に対する調整需要の高まりから、単脚立位は左右バランスよく訓練する場合において、自律神経調整機能、付随して心拍調整機能(BRS)を高める効果が期待されます。
  感覚受容器への影響を考察します。単脚立位では支持面が減り、単位断面積当たりの過重が高くなるため、足底の接触圧分布が細かく変化し、末端から中枢系へ延びる求心性入力信号の発火頻度・空間分布が急激に増えると考えられます。足裏と皮質までの神経系の距離は人の身体の中で最大であり、手を除いたほとんどの体の部分を経由して伝わることになります。足底から大脳皮質までの長距離の神経伝達経路は、その距離ゆえに伝達の「連結性(正確性)」と「時間応答性」を感覚、運動、自律神経の調整制御のため、より高い精度で維持する必要があります。また、途中にある体全体の組織、神経系の機能への波及効果も無視はできません。特に歩行、走行などの基本的な運動やこの章で述べる単脚立位での下半身筋力トレーニングは特に裸足で行う場合には足裏からの強い入力があると同時に骨格線、下半身を中心とした体全体の筋運動を連携して行うため、体の末端から中央までの全神経系が階層的かつ全体的にバランスよく訓練されることになります。体の表皮には体性感覚受容体(Somatosensory Receptors)があります。メルケル盤(Merkel's disc)・マイスナー小体(Meissner's corpuscle)・パチニ小体(Pacinian corpuscle)・ルフィニ終末(Ruffini ending)などです(37)。メルケル盤は、皮膚の表皮、特に基底層に位置する機械受容体であり、持続的な軽度の圧迫や、触覚の検出、物体の形やエッジの認識、位置覚(体の動きや姿勢の感覚)に重要な役割を果たします。マイスナー小体は、主に薄い振動や「かすかな触覚」を感知するために機能します。パチニ小体は、大きな感覚受容器で中心の神経終末を玉ねぎの層のように取り巻く結合組織で構成されており、高い頻度の振動や 急激な圧の変化に特に敏感に反応して神経信号を伝達します。ルフィニ小体は、深部皮膚、特に手足の指や関節に存在する遅順応性機械受容器であり、皮膚の伸展、圧力、滑り、そして関節の角度変化を感知する神経終末です。こうした機械的圧力の他に温度を感知する受容器も存在します。足裏にはこうした機械的ストレスを様々な方向、閾値で感知する体性感覚受容器が高密度に分布している可能性があります(38,39)。例えば、裸足で単脚立位ベースで跳躍、着地訓練をするときには着地時に足裏に強い機械的入力信号が生じます。裸足で歩行しても一歩一歩、強い入力信号が生じます。こうした感覚受容器は使用されることが前提で発達するため、使用されなければ適応的に機能が低下し、逆に使用されれば機能が適正に維持されます。こうした感覚入力でしか構築されない神経系統、ルートが組織学的に確かに存在する事から、こうした足裏の末端の体性感覚受容器から最終的には中枢まで通過する神経信号が体全体に与える影響の大きさが顕著に変わる可能性があります。この影響が脳を含めた身体全体にどのような変化をもたらすのかという理解は少なくとも世界的にまだ黎明期です。このような裸足の歩行、走行、足を使った生活習慣のことを「Barefoot lifestyle」と呼びます(40)。
 単脚立位(片足立ち)を利用したバランス運動は、足裏という人が自然な姿勢維持のために多種多様かつ高密度の感覚受容器を有するため、逆立ちなどの手を使ったバランス運動よりも血液の逆流がなく、健康的で、平衡感覚訓練としては最も推奨されます。単脚立位では左右の介入をバランスよく行った場合によって、その姿勢維持の為の負荷が大きくなり、強調される為、下半身中心とした筋力だけではなく、運動神経、感覚神経、自律神経を含めた中枢、末梢神経系全体が求心、遠心双方向の様式で訓練されます。単脚立位は不自然な体勢では決してありません。最も普遍的な運動である歩行、走行でも運動過程の中で片足が浮動するタイミングがあり、単脚立位にタイミングが特に走行において多く存在します。従って、厳密にいえば、日常的な歩行、走行の運動でも、特に素足の場合は足裏から感覚入力が単脚立位を通じてサイクリックに強く入るので、神経系全体が訓練されます。逆に言えば、昔のホモサピエンスは、裸足で歩き、走っていた時代には1日に数万歩もこういった入力があったという事です。その時代の神経系がどれだけこうした運動によって強化されていたかは、現代人と対比すると計り知れません。ホモサピエンスの脳神経系の進化は、裸足の二足歩行、走行、それによる平衡感覚訓練に少なくとも一部、依拠していると仮説を立てることは神経生理学の観点から言うと決して逸脱していません。裸足の二足歩行が脳神経系の進化に与えた具体的な影響については、まだ詳細なメカニズムの解明が待たれています。 今後の研究では、神経科学、古人類学、運動生理学など、複数の分野からのアプローチが重要となります。動物のほとんどが4足以上を使った運動の中、「(時には片足で)立つ」という事にどれだけの意義を見出せるか?その積極的な理由は想定よりも歴史的な経緯を考慮するとはるかに大きい可能性があります。逆の観点で、現代の子どもの教育(座学)、大人の就労(デスクワーク)に至るまで「座る」という習慣の世界的蔓延は、人の脳の進化を含めた歴史、経緯を歪める行為であり、人の本質的な能力を低下させる恐れさえあります。この座るという長期的な行為が現代のあらゆる疾患に大なり小なり関与している可能性すらあります。日本人の平均座位時間は、世界最長の7時間という結果がシドニー大学などオーストラリアの研究機関の調査でわかっています。これはおそらく子供の教育、労働の問題性を浮き彫りにしています。
 単脚立位に基づく不安定運動訓練は中枢自律神経の柔軟性を高め、感覚‐自律の再重み付け能力を改善します。これによりストレス耐性の向上、注意機能の感受性増大(前頭葉の機能改善)、情動制御の向上(扁桃体-PFC回路の抑制機構の強化)が期待されます。精神疾患などを含めた脳神経系が一定関与する疾患の治療として、現代の薬物治療よりも非常に原始的ではあるが、筋運動を伴う全身の循環器、神経系を介した介入であり、医師、理学療法士、作業療法士、看護師がしっかり患者に整合した足裏からの感覚入力を意図した立位運動メニューを策定し、安全性に十分配慮した形で監視しながら実践する事は、立位運動が歩行など日常生活の最も基本的な運動と同軸にあることから、将来的に最もベースラインとして必要な治療、リハビリテーションとなる潜在性があります。神経系の疾患の薬物の効果が他の(例えば、高血圧など循環器系の)疾患と比べて奏効率が非常に低い現状を加味すると、この体全体を使った介入は医療介入の奏効率を上げる潜在性があり、逆に言うと神経系疾患は神経系が「連結を前提に」恒常性を気づいており、他の細胞に比べて独立性が低い事から、全身の連携性を使った調整のみでしか本質的な寛解が実現されないといっても過言ではない将来が到来する可能性すらあります。
 進化に関していうと、二足歩行(bipedalism)の獲得は、ヒト科の進化の中で決定的な転換点で、骨盤・脊柱・下肢筋群の構造変化と並行して脳容量が増大していったことは化石記録からも確かです(41)。例えば、1970年代に発見された「ルーシー」の化石は、類人猿と似た小さな頭蓋骨を持つ一方で、骨盤と下半身の骨格が二足歩行に適していたことを示しました。この事実は、二足歩行が脳容量の増大に先行して進化したことを証明する重要な証拠となりました。但し、その弊害があり、人類は適応が必要となりました。二足歩行のために骨盤が変化し産道が狭くなった一方で、脳が拡大したため、人類は難産のジレンマを抱えることになりました。これは、より未熟な状態で出産する「第二次早成性」につながり、子育て期間が長くなることで社会性や学習能力が発達する要因になったと考えられています。長距離走行能力(endurance running)がホモ属に早期から備わっていたこと、裸足での持久走が狩猟採集生活に不可欠だったことは、生態学的・人類学的に多くの研究があります。これは「持久走仮説(Endurance Running Hypothesis)」として知られています(42)。前述した仮説について、「裸足での歩行・走行による足底からの求心性入力」が、脳神経系(特に小脳・前庭系・体性感覚皮質)の発達や可塑性を促し、結果として認知能力・バランス能力の進化に寄与したかどうかは、直接証明はされていません。進化は多因子的(社会構造、食性、道具使用など)なので、「裸足歩行」単独の影響を切り出して証明するのは非常に難しいです。但し、長距離の裸足歩行、走行が日常的に行われていたことは確実で、その過程で前庭・小脳・体性感覚の入力が強く発達する環境にあったのは間違いないです。それが結果的に感覚統合、運動制御能力の基盤を強化し、その後の道具使用・社会的行動・認知の複雑化を支えた可能性は十分に考えられます。二足歩行は姿勢維持の為の負荷が四足歩行以上の動物に比べて非常に高く、人は身長も比較的高いので、なお高い平衡感覚が求められます。後述するように平衡感覚訓練はボディースキーマ(身体図式:Body schema)を高めることが期待されます。具体的には体の重心が前後左右どちらに傾いているかが感覚的にわかります。こうした身体の位置を視覚と独立して認識する能力が上がることにより、自由になった手を巧みに使って、便利な道具を作ることを可能にしたという解釈もでき、住居、生活に必要な個別の道具を設計し、製造したことが脳神経的な進化と関連したとしても、その背景にあるのは、身体図式を高めたと考えられる二足歩行への移行と解釈する事を可能にします。「裸足歩行がヒトの脳神経系進化に寄与した可能性がある」という表現は、現時点では仮説としては十分合理的で興味深いものの、証明には至っていない、というのが正確な言い方になります。
 単脚立位だけではなく、裸足で足裏の入力を自然な形でしっかり入れることが大切です。もう一つは、屈伸などの筋力トレーニングを組み込んで平衡感覚訓練を単脚立位ベースで行い場合には、体が発熱するので、少し寒い条件で行う事ができます。上半身裸、短パンのみといった最大表皮外気露出形式で行う事で、全身の表皮から入る感覚が自然になるため、それに伴う運動神経、感覚神経、自立神経の入力が例えば、衣類による全身摩擦といった不自然な感覚入力に障害されることなく入るので、訓練としては非常に好ましいです。皮膚には温冷受容器、C線維による情動性触覚、皮膚交感神経(血管収縮・発汗制御)があり、外気に直接さらすことで自律神経の調整(心拍変動、皮膚血流)への入力が豊かになります。衣服の摩擦や圧迫は逆に非生理的な触覚パターンを加える可能性があります。私が実施する限りにおいてより具体的にいうと、上半身裸、短パンのみで片足立ち筋力トレーニングをすると、熱交換が円滑になり、運動の際の温度上昇に敏感な脳を守ることになります。それに付随して、運動に対する苦痛が軽減されます。すなわち、高強度の運動に耐えられる精神状態になりやすいです。高強度運動時は深部体温上昇に伴い皮膚血流、発汗が増大します。皮膚を露出している方が熱放散効率が高く、中枢疲労を軽減し、主観的疲労感を下げるという報告もあります。体全体の感覚入力の健全化により、どの筋肉をどのような強度で動員しているかという感覚入力がより敏感になり、筋運動が円滑、訓練が効率的になる可能性があります。身体全体の感覚フィードバックの質が高まることで、随意運動の調整精度が向上し、結果として運動効率や学習効果が高まるという内容に相当します。「衣服があることで感覚入力が障害される」に関して、触覚刺激パターンは変わりますが、それが姿勢制御や神経可塑性にどこまで影響するかは直接的なデータがまだ少ないです。「皮膚感覚入力が増えることで精神状態が高強度運動に耐えやすくなる」に関して、心理生理学的には可能性がありますが、これも実証的研究は限られますが、私自身の運動介入の感覚ではこれは確かにあてはまると評価しています。
 脳神経を含めた体全体の影響を含めてバランス運動を組み込んだ筋力訓練の効用について期待されることを述べます。脳血流・酸素化の増加し、運動時に前頭前野・海馬・小脳の血流が上がります。それにより、脳の機能だけではなく、細部にわたる栄養状態、セキュリティーレベルが向上します。神経栄養因子(BDNF, IGF-1, VEGF)の増加し、シナプス可塑性・神経新生(特に海馬)に寄与します。特に成人後にも改善が期待できる海馬の状態の向上は、記憶機能など向上に関わり、認知症の強力な予防になる可能性があります。感覚入力の多様性があがります。多感覚統合課題が脳のネットワーク結合性を強化し、神経系のセキュリティーレベルが、同じ通信網を持つ循環器系と並列して向上します。言い換えれば、体の全体の回線網である神経系、循環器系が共に走行、歩行、バランス筋運動などの協調によって顕著に機能向上、健全性が向上することで、体全体の恒常性維持が強固になり、ウィルス、細菌、温度、湿度変化、光、エネルギー状態変化(飢餓、満腹など)など様々なストレスに対して非常に強靭になり、風邪(体温調整異常)など小さな急性疾患も含めて、疾患罹患確率が顕著に低下する事が期待され、それはすなわち自分の健康レベルが向上することと根本的、基本的に等価です。
 平衡感覚訓練を足裏の構造を理解した様式でその典型を定義すると、歩行、走行時、あるいは単脚跳躍/支持訓練など強い衝撃がかかる運動時は怪我の原因となる可能性がありますが、そうした衝撃がない着地したままの平衡感覚訓練の時には足の「内側ライン」を意識するメリットが生じます。内側縦アーチ部に足裏の部の重心を置くことで膝・股関節・体幹の軸が整いやすいです。内転筋群、中殿筋など、姿勢保持に重要な筋肉が同時に働きます。足首が内反、外反しにくくなり、着地時の衝撃吸収が安定し、足首の支持構造が訓練されます。なぜ、足の内側ラインは内転筋群や中殿筋と連携性が高いでしょうか?内転筋群・中殿筋など体幹側の姿勢保持筋が連携しやすいのは、解剖学的な筋膜・運動連鎖のつながりによるものです。母趾から内側縦アーチは、脛骨の内側・膝の内側・大腿内側へと連なる筋肉(後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋・鵞足筋群など)と筋膜でつながっています。これらは最終的に骨盤の恥骨周囲(内転筋起始部)に付着しており、下肢の内側全体を1本のラインとして支える深層フロントラインに相当します。足の内側荷重が強調されると、股関節がわずかに内旋・内転方向に入り、内転筋が姿勢保持筋として働きやすくなります。逆に外側荷重になると股関節は外旋し、外転筋・外側ハムストリングが優位になります。中殿筋は「外転筋」ですが、骨盤の水平を保つ筋なので、足が内側ラインで安定すると、骨盤を支える筋組織が大腿部の内側に形成される為(43)、骨盤が安定し、左右ブレが小さくなります。結果、中殿筋が等張性に働きやすくなります。逆に足裏が外側に逃げると、大腿筋膜張筋に骨盤が引っ張られるため、骨盤が傾き、それに対する適応として中殿筋がブレーキとして働くため、疲労しやすくなります(43)。基本的に身体の姿勢を支えるライン(DFL)は膝関節の内側を通るので膝関節は内側に強い力がかかりやすく、組織学的にも半月板の形成など内側の支持構造が強い形となります(44)。接地が安定している静的な状態で内側ラインを意識して、すなわち母趾、内側縦アーチに足裏の過重を置いて、内側に壁を作るように姿勢維持を意識することは意義がありますが、この状態でも内側の膝に違和感がでることがあります。特に走行、跳躍訓練など足裏に強い衝撃がある状態で内側ラインを意識しすぎると、オーバープロネーションし、過剰に膝の関節内側に力が加わり、半月板を損傷する危険性があります。通常の異常のない骨格構造であれば、自然な姿勢で、足の過重ラインは足の中心線よりもやや内側を通るので、自然な着地が推奨されます。
  平衡感覚訓練を重ねると、ボディースキーマが向上します。単脚立位で姿勢維持の負荷の高い状態に置いて、バランスを崩して両足着地を余儀なくされる原因は、左右前後の許容範囲以上の重心のずれ、あるいはそうした重心のずれを補償しようとして重心を動かした反動で反対側に体勢を崩すなどが挙げられます。こうしたバランス運動は不随意、すなわち無意識的にも起こりますが、随意性を持たせることもできます。すなわち、自分の重心の位置を身体地図に従って精緻に評価して、左右前後どの方向に理想的な重心の位置から偏向しているかをわずかなずれの段階から検出し、それを補償する重心の補正を意識的に行う際にも、反動で逆方向に倒れない程度でわずかに動かすことを意識します。これは意識しないとできません。ほとんどの運動でいえる事ですが、運動は自分の能力をわずかに超える能力改善が見込める程度の時には、一定の皮質の随意負荷が必要です。意識的に運動を改善しようとする試みが必要であり、それが繰り返されると無意識で、すなわち下位の小脳、脳幹、脊髄、末梢のみで処理できるようになります。これに従えば、より平衡感覚訓練を有効化するためには、全身ストレッチで伸ばす筋肉を理解して、ボディースキーマに従って動きを想像しながら行う事がより高い効果が見込めるように、平衡感覚訓練でも、自分の重心の位置の評価を意識的に精度よく行う事を試みながら、その補正も含めて理想的な重心の位置を維持する意識的な努力をすることでより高い効果が見込めます。
 これらの事から、バランス運動兼ねた筋力トレーニングは、歩行、走行、跳躍と共に基本的なベースラインの運動として最も重要な素因の一つとして含められ、これらの運動を下の章で詳しく述べる、素足条件でも行う事で、非常に高い運動能力と神経系/循環器系の全身強化に付随して、体の強固な恒常性、すなわち健康を実現する事が高い確率で期待されます。一方で、それに伴う怪我などのリスクに十分に配慮する必要があります。基本的に訓練の際に過剰負荷になれば、痛みが出るので、その痛みをしっかり評価して、調整しながら行う事です。訓練を正しく行えば、こうした痛みに対する感覚入力の閾値も下がり(感受性があがり)、自分の体のその時の状態を正確に自己評価できるようになるので、それに従い調整する能力もあがり、特に慢性的な大きな(後遺症が生じる)怪我のリスクも顕著に少なくなります。大人に向かって成熟段階にある未成年者はこうした運動を登下校を含めて大切にし、同時に必須である学業を行う事で、あなたの人間としての基本的な能力が心身の健康と共に非常に健全に養成される可能性を秘めています。


<単脚跳躍/着地繰り返し訓練>
 なぜ、歩行、走行の能力改善の為に跳躍、すなわち体の筋肉の弾性を利用して飛ぶことが重要でしょうか?特に走行で、ストライド、すなわち歩幅をしっかり大きくとって走る最大ストライド式走行運動の場合において、その歩幅をより大きくとるためには、走りの中で一定の跳躍能力を必要とします。裸足走行を実施すると歩幅を取るためにより跳躍力を必要とすることが顕在化します。靴の弾性あるソールが排除されるため、走行の為の跳躍のばねは完全に自分の体に依存することになります。その条件で靴を履いた条件に慣れた私たちが走ると、感覚として躍動感がなく、速度が出ない感覚があり、実際に走る速度も遅くなります。これはすなわち、ソールというゴムの弾性が如何に人の走る能力に貢献しているかを示唆するものです。特に下半身の股関節、膝、足首などの関節を含めて関連する筋組織との協調的な運動の中で弾性を最大限発揮する事は、走る能力、速度に大きく関与するという事です。走る速度はストライド、ピッチで決まりますから、これら両方がその人の身体の条件の中で原理的に向上するということです。必ずしも陸上競技場の地面も最適な硬さで安定で、スパイクの針で滑りもなく、平坦なところで、靴の最適な弾性という理想的な条件でのみ走る事が、大会など本番ではなく、日常的な運動能力向上の為の訓練としては最適ではありません。むしろ、色んな人工的な装飾をすることで、ホモサピエンスが元々持つ走行能力を逆に歪めてしまう懸念があります。そうした観点でいうと、下の章で述べる裸足走行によって、完全に弾性を自分の足のみにして、この章の跳躍訓練と共に、しっかり足のみの弾性で力強く走る事ができる能力を達成すると、当然、様々な現代の技術で最適に整えた大会の条件でのタイムにも好影響を与える可能性があります。これはこうした物理的な側面だけではありません。より自然な条件で走る訓練をすることは、すなわち、可能な限り、上半身、下半身の肌を外気に露出させる最大表皮外気露出式運動、素足走行運動で訓練することは、上述したバランス運動と共に様々な感覚神経、自律神経、運動神経を自然な形で刺激しながら脳脊髄などの中枢神経を含めて末梢から全体の神経系が訓練されることになります。単に筋組織、もっといえば筋肥大だけに着目するのではなく、その筋の最大運動能力を個別的な装置で計測して運動能力の向上を図る現代的な訓練ではなく、体全体の歩行、走行の運動を可能にする体全体の連携運動の基本的な神経系の訓練も十分視野に入れて運動能力の改善の為の介入をしなければなりません。
 跳躍訓練は、そうした走行の基礎を支える下半身の弾性、バネの能力の獲得を目的とします。様々な条件が考えられますが、様々な面を考慮して一番、好ましい方法は裸足で片足で跳躍して、着地の時に片足のままバランス運動を実現する事です。すなわち、左足の跳躍訓練の時は、右足を上げて、左足だけで膝を使って跳躍します。その程度は任意に調整できます。深く沈み込んで大きく跳躍し、少ない回数にしてもいいし、浅く沈み込んで小さく跳躍し、多くの回数にしてもいいです。しかし、できれば、可能な限り、左ひざを曲げ、深く沈み込んで、大きく跳躍して、その状態で左足のみで着地し、バランスを崩さないようにバランスを調整します。これを左、右でやることを目指します。眼を閉じてするとバランス負荷が高まります。私が実施する限り、右足の片足の跳躍能力がはやり、恨むべき事件によって中殿筋が腐敗し、外科的に取り除いた中殿筋がないことで顕著に低下していました。このことは、私の走行の特にスプリント能力に影響しています。走ったときの間隔でいうと、右が少し沈み込んだような感覚があります。それは右側に躍動感がない事を示唆します。これは、中殿筋がない状態でないとわからないことなので、個人的な恨みを無視すれば、貴重なデータといえます。片足で跳躍する場合、家のフローリングなど固い床でかつ裸足の条件ですれば、通常、家の中で裸足で歩いても極めて平坦なため外の凹凸のある道を裸足で歩く場合に比べて顕著な足裏の感覚入力を得ることができませんが、跳躍の場合は着地の際に大きな圧力が足裏にかかるため、足裏感覚入力を室内でも感じる事ができる事と、そうした強い衝撃は特に足、足首、下腿(かたい)、大腿の骨芽細胞を刺激し、骨密度の上昇に寄与します。
 跳躍訓練はプライオメトリックス運動(筋肉緊張法:Plyometrics)と呼ばれます。一般的に筋肉はゴムのように伸びた後、縮む力を利用して力を発揮します。跳躍運動でもそれは同じですが、人が地面を押してその反力で跳躍する時には、膝を曲げて筋肉を伸長させて、爆発的に一気に短時間で関連する筋肉全体を圧縮させ、力を開放し、跳躍するためです。プライオメトリックス運動の本質的な事を捉えるために、ここで筋肉の弾性と構造について基本的なところを簡潔に確認します。筋肉がなぜゴムのように弾性を発揮するかは分子レベルを超えた巨視、階層的なな構造によります。アクチン、トロポミオシンが螺旋状に連結した構造(45)と、チチン(Titin)、Z-diskという弾性の源泉となる折りたたみ構造、周期構造(46)によります。さらに筋肉はより巨視的なバンドル(束)構造を持ちロープのように螺旋状に巻き付いています。こうした階層的ならせん構造によって材料としての機械的特性として高い弾性を発揮します。この弾性に対して、どれくらいの速度で元の状態に戻るかは、巨視的な構造での力関係によりますが、筋肉の場合は分子レベルで見るとアクチンミオシンのクロスカップリング運動があり、アクチンに対してミオシンヘッドがATP脱リン酸化によって配座変換して折れ曲がった状態のとき、分子的に圧縮し強い内部エネルギーを持つことになります。このアクチン、ミオシンの構造が筋肉の大部分を占める繊維構造の基本的な構成ですから、このアクチン、ミオシンヘッドのクロスカップリング運動が筋肉が伸長されて最も力をためた状態から縮むんで力を開放するまでの時定数(時間)に影響を与えることになります。プライオメトリックス運動ではこの時間が速いわけですから、このクロスカップリング運動が協調的に、高密度で、分子的に速く生じていることになります。この微視的な分子運動を駆動する物質はカルシウムとATPですから、プライオメトリックス運動のように速い収縮が必要な運動の場合には、ベースとなる筋繊維の構造としてミオシンの密度が高い(筋原線維の密度が高い)ことと、多くのカルシウム、ATPが必要です。カルシウムを放出するためには神経細胞を高密度に発火させる必要があります。ATPを多く速く生み出すためにはミトコンドリアとは独立した、解糖系の代謝が必要になります。このような特徴を持つのが速筋線維となるので、跳躍訓練では速筋線維が主に鍛えられることになります。しかし、実際のところ、遅筋線と速筋繊維は二分化されているものではなく、おそらく現在分類されている以上にもっと実際には漸次的、連続的に筋繊維は性質を変えていると考えられます。また、それらが相互作用しながら、協調しながら運動を実現させていると推定されます。これをヘンネマンのサイズの原理と呼びます。従って、それに対して運動のトレーニングをする際にも、瞬発力と持久力を高める運動を完全に区分しないで、連続的なメニューを組むほうが、結果として瞬発力、持久力両方を高めることになると推定します。
  単脚立位跳躍着地繰り返し運動は、最大の力で飛べば、伸張-短縮サイクル(stretch-shortening cycle, SSC)が短くなり、瞬発力が鍛えられますが、特に開放運動連携で一気に重いバーベルを持ち上げる場合と比べて、高い程度の姿勢の維持負荷が同時にかかります。まっすぐ上に跳躍して、より高く飛ぶためには、体軸、特に軸となる片脚の深層フロントラインを整える必要があります。すなわち、瞬発的な運動と全体的な筋肉をバランスよく使う運動の両立が必要になります。従って、全体的な筋力のバランスを保ちながら筋力アップが図れます。加えて、瞬発力のある収縮速度の速い筋肉の発達も、実際にそれを走行などの運動の転化させようとする場合、速筋と遅筋、主働筋と拮抗筋、アウター筋とインナー筋、異なる部位の筋肉など様々な連携が必要となる為、実効性の高いトレーニング手段です。これを前提で最大ストライド式走行運動(すなわち歩幅を最大限とりながら走行運動をする時)能力向上への転化効率向上を目的とした場合の訓練の中での工夫について考えます。走行時の軸足の主に母趾、母趾球での離地の際の跳躍は、上述した単脚跳躍運動では地面に対して90°だが、走行の速度を上げる前提では、並進運動のためその角度は垂直方向よりも前方に傾いた角度になります。文献やバイオメカニクス研究(スプリント・走幅跳)によれば、水平速度最大化に最適な踏み切り角度は約55°~65°とされます(47)。従って、単脚立位跳躍運動からストライド幅を最大限大きくとる走行の能力転化を目的とする場合、単脚跳躍での90°垂直入力に対して、走行運動では約55°~65°の前傾踏み切り角度に変換することを考慮する必要性があります。これを踏まえたうえで、単脚跳躍運動、バランス運動を、最大スプリント式走行運動能力向上に効果的に転嫁するためには、どのような訓練の工夫が考えられるか?母趾、母趾球の関与が単脚跳躍に比べて、走行時が大きくなるから、単脚跳躍時により母趾、母趾球の力を意識した跳躍が最も訓練の工夫として考えられます。実際に私が実施した感覚では、特に意識せず単脚跳躍運動をすると足裏全体で垂直に跳躍する傾向が強まりますが、跳躍の前に意識的にかかとを高く上げて、第1中足趾節関節(MTP関節)を大きく屈曲させ、つま先立ちという経路を経て、その状態で力強く跳躍することです。走行の際の蹴りだしに近い運動になりますから、跳躍で得られた垂直・母趾入力が走行時の水平推進力として高効率に転換されることが期待されます。


<走行運動>
 前述した様に人は持久走行に優れ、二足歩行では生物の中で最も持久力に優れている可能性があるとしましたが、走行手法の足の支持の数を限定しなければ、例えば、馬、犬の中で1日に100km以上移動する種もいるとされます。さらにいえば、こうした移動能力の高い動物は古来からヒトのそりを通じた移動手段としても利用されてきました(48)。人を含めて持久運動に優れる動物は代謝(エネルギー管理)、筋組織、骨格、熱管理に優れています。その詳細の中で走行運動において参考になる事として、四肢の伸展角度が大きいという事と、四肢の遠位部(下肢)の筋肉量が少なく、腱が発達しているという事です。腱は筋原線維を持たず、アクチンミオシンクロスカップリングによるエキセントリック収縮がないので、弾性エネルギーの貯蔵に優れ、バネ特性が筋組織に比べて高いので、特に足の遠位部(下腿)は着地面に近い事から走行の慣性の効率に関わる弾性特性に強く相関する部分です。例えば、短距離、長距離、特に長距離の選手では足首の周りが非常に細い体つきをしていることが多いです。比率として高く、強い腱を持つことは走行のエネルギー損失を減らすうえで非常に重要であるからです。もう一つは人の場合、股関節から足を振り子のように動かしますが、足の遠位部が軽い事で慣性モーメントが小さくなり、足を前方に振り出す際のエネルギー消費が大幅に削減されるという事があります。筋肉が収縮する際に消費する化学エネルギーを直接使って推進力を得るよりも、腱が弾性エネルギーを貯蔵・解放するメカニズムを利用する方が、エネルギーの損失がはるかに少ないです。これにより、長時間の走行において、疲労の蓄積を遅らせ、エネルギー効率を向上させることができます。例えば、チーターは100km/hで走りますが、着地の際に背骨をバネのようにしならせながら走ります。人を含めた動物の走行メカニズムは、着地と離地(浮動)の周期によって起こり、絶対的に重心の上下運動が伴います。特に人の場合は二足歩行であり、骨格、筋肉が走行ベクトルに対して垂直方向の縦方向に伸びています。この上下運動の中で人の場合は母趾と母指球をつなぐ第一中足指節関節を大きく屈曲させて、かかとを持ち上げ、足裏を固めて、角度をつけて蹴りだすことにより水平方向の加速力を生み出しています。この1歩ごとの加速で生じた速度を減速させないようにするためには、上下方向の弾性を減衰させない事が重要になります。この減衰は筋組織でいえば、筋肉が伸びるときに過剰に伸びないように抑制的に制御するエキセントリック収縮による損失、体の関節の滑液や筋肉、骨格、血液などに含む水の液性による粘弾性損失、骨の骨梁、関節の屈曲による力ベクトルの分散、散逸による損失、摩擦、熱による損失など多岐にわたります。着地の際にこうした損失を減らし、高い弾性を保ちながら、推進力を維持していくことは100m走から42.195kmまでのあらゆる距離の走行、もっといえば、そうした競技ではなく一般的な人、動物の走行をより効率的にするために共通的に重要な事です。このような効率的な走行をランニングエコノミー」と表現することもあります。これを実現するため着地という観点では(他に蹴りだし、体軸の安定(平衡感覚)がある)、着地の時間(できるだけ短く)、着地の足裏の場所(全体(ミッドフット)着地、前(フォアフット)着地)、股関節の可動(膝を速く高く持ち上げる)、着地と体軸の関係(着地位置と体軸が近い)などを最適化する必要があります。これは外部から力が加わらない限り、物体が現在の運動状態(静止または等速直線運動)を維持しようとする性質である慣性を走行フォーム全体の中でいかに高めるかを基礎として考えるものです。
  ヒトよりも1日の平均移動距離が長い動物も存在するものの、人がなぜ長距離の歩行、走行の移動に優れるのか?手を自由にして、2足だけの支持で移動能力の低下というジレンマを抱えながらもそれを可能にしたのか?このことが活発に議論されています(48)。従来とは異なる考え方として、その因果関係について問い直すという事です。すなわち、人は持久性に優れる遅筋が発達しているから、その合成に関わる、構成するたんぱく質の転写が活性だから、持久能力に優れるという一方向性の議論だけではなく、逆の方向性で考えるという事です。すなわち、人が古来、生き延びていくための生活様式の中で長距離の移動が不可欠だった。住居を定期的に移す、あるいは多様な栄養摂取の為に獲物を捕らえる為、高い位置の木の実を選んで採取する為、1日に長距離の移動が必要だった。その日常生活の為、必然的に長距離の移動に適した体の構成になったという考え方です。すなわち、因果を逆転させて考えるという事です。人がなぜ長距離の移動に優れるかは、下で議論する代謝、筋組織、骨格、熱循環/調整能力だけではありません。脳神経系(特に小脳、脳幹、脊髄、末梢)、心臓、肝臓、呼吸器、腎臓、消化器などあらゆる臓器、組織が長距離移動に適した構造になっているという事です。例えば、心臓では、4つの心室、心房の構造的に分離されることで人は酸素化血(動脈血)と脱酸素化血(静脈血)の分離する事で、肺で取り込んだ酸素の運搬効率向上を実現しています。さらに全身、肺に血液を送る心室は構造的に大きく厚い筋組織で覆われており、離れた位置まで高い拍出圧で血液を送る事ができます。こうした心室、心房は筋組織で構成され、他の臓器に比べて可塑性が高く、運動能力、需要に応じて機能強化されやすいです。この考え方は、人の運動能力を引き出す上で重要な示唆をもたらします。例えば、世界最高の走行能力を持つ人がいます。その人の筋組織、骨格、(転写パターンを含めた)遺伝子系統を調べた結果、ある一定の特性、答えが出力されます。その結果、高い走行能力の為の筋組織、骨格、遺伝子系統のパターンが導き出されます。ここから速く走る為には例えば、遺伝的に特異的な特徴を備え「なければならない」という解釈になります。因果関係逆転の考え方は異なる解釈を導き出します。そうした筋組織、骨格、遺伝子系統はあくまで結果であって、その高い走行能力を持つ人が、生まれてから今までどういった生活をしてきたのか?どういった走行訓練をしてきたのか?そのプロセスに光を当てることになります。そのプロセスの中で結果としての今の筋組織があるという考え方です。因果関係が完全にどちらか一方向という事はないですが、この健康ガイドラインではそのバランスとして従来とは逆の点に焦点を当てる事に特化しています。すなわち、結果的に実現した健康とは、どういったライフスタイルによって可能になるのか?健康な人の血圧がどれくらいの値の範囲という結果に着目するのではなく、結果として健康な血圧がどういった生活様式で実現したかのプロセスに着目する事です。この章で議論する走行運動にしてもその考え方を踏襲します。すなわち、今世界で示されている人間の限界が果たして限界に近いか?という限界点の定義は、そこに至るまでの選手の生まれてからの生活において、高い走行能力を得るためのプロセスに顕著な改善の余地がある限り、その限界点を決めることはできないのではないか?という推定です。より具体的には、最も陸上競技で短い距離である100m走と長い距離であるマラソン(42.195km)は完全に種目として分かれて、同じ選手が両立して実施する事はほとんど皆無です。従来からの常識では、あるいは明確に示される筋組織の特性として、短距離と長距離を走る体のシステムが異なるからです。しかしながら、この段落の因果の関係から、もし、生まれてから短距離と長距離を共に速く走る為の最も合理的な生活様式、訓練を重ねた結果としてどのような筋組織をはじめとした体の組織ができるかは誰もわかりません。その結果として示される筋組織の構造は今までの常識を覆す可能性すらあります。これはその人のプロセスに整合するように体が適応するという因果のモデルによるものです。これは極端な例ですが、走行運動という運動を基礎物理的な側面から、化学、生物学、進化、人類学、生理学、医学という分野横断的な観点で問い直し、高い走行能力を得るための理論を精緻に構築し、そこに至るまでのプロセスの大枠の考え方を定義し、それぞれのトレーナー、コーチ、選手のプロセス創造の意欲を惹起させることで、例えば、100走でいえば、おおよそ今までの統計分布からヒトの限界点に今の世界記録は近いという諦めを払拭することにつながります。健康ガイドラインレベル3の主目的は、健康ガイドライン全体(レベル1~4 日本語/英語)で心身の健康を世界の中で最も根源的かつ重要な問題と定め、真の心身の健康を実現するためのプロセスを広範な側面で考えるものです。運動の中で、歩行、走行は進化、人類学の観点を含めて考えると最も基本的な運動と定義できる健康と相関性の高い重要な項目です。脳神経でいうと中枢系では進化から(脳の発達が2足歩行に遅れて生じたという事実から)小脳、脳幹の原始的な脳と関連が深いと推定されますが、これらの小脳、脳幹の発達が大脳(新)皮質の発達の起点となり、人ではそれらが運動で相互に関連しているという科学的事実から、人の知能に関連が深いこれら皮質の機能が基礎として運動と関連の深い小脳、脳幹と連携していることから、運動と知能は機能的に複雑に交絡しているという考え方は現在の科学的論点とおおよそ合致します。この脳の進化に関わった2足歩行を支持する歩行、走行能力を高めることは、極論をいえば、人間の潜在力、総合力、すなわち人間力を高める事とアラインする(align:調和する)と言っても過言ではありません。世界のエリートランナーが目指す世界記録の樹立という最も走行能力の高いところから、一般人、あるいは移動生活に障碍のある、一定の不自由性のある現代では多くの人の日常的な歩行能力まで最適を目指して継続的に問い直すことは、まさに健康ガイドラインレベル3で扱うべき内容といえます。そこで重要な事は、人の移動能力についての限界点を今までの結果から安易に定めるのではなく、具体的な一つの道筋として因果を逆転させて、その最適なプロセスを問い直すことです。
 代謝、筋組織、骨格は強く相関、交絡するのでこれら3つの要素を総合的にまずは考えます。走行における代謝の影響を考える際には、走行フォーム全体のプロセスでどういったエネルギー的な動きがあるかを分析する事が大切になります。走行は上で定義した様に両足が浮上するプロセスがあり、それは着地から離地の際に弾性エネルギーや自発的な跳躍によって可能になります。この地上から浮いているタイミングでは、姿勢維持というエネルギー的な負荷はありますが、受動的なプロセスであり、通常はエネルギー的な変化、出入りが多いプロセスではありません。姿勢維持筋(脊柱起立筋、腸腰筋など)の静的トーヌス維持が主なエネルギー消費源です。従って、走行における代謝を考える際には、片足が接地する全プロセス、すなわち着地から離地(蹴りだし)までのプロセスの中でのエネルギー的な関与を詳細に考える必要があります。人がなぜ、二足歩行の中で持久力に優れるかは、一つの焦点は後述するように走行のエネルギー効率に関わるATP消費を伴わない腱であり、特にアキレス腱の構造を他の類人猿と比較的に知る必要があります。アキレス腱を生物種ごとに体重で規格化したデータは存在しませんが、人は人への進化に関わったチンパンジーよりもアキレス腱が大きく、類人猿では最も大きな構造をとります(51)。さらに、アキレス腱が走行の際の弾性を維持しやすい構造となっています。具体的にはアキレス腱はギザギザした形(クリンプ構造)を取り、その長さが大きいです。すなわち、この湾曲構造がバネのような弾性構造を可能にします。さらにらせん構造を持つコラーゲンがあり、このコラーゲンが人の場合、二足歩行であり、支柱が骨格、深層フロントラインを通じてベクトルが揃っていることから、そのベクトル特性に応じた配向性の高い構造となっています。プロテオグリカンの一種であるデコリンは筋組織が放出する内分泌物質であるマイヨカインの一種(50)コラーゲン線維の太さや配向性を調節し、腱の力学的特性を常に調整しています。従って、アキレス腱を使った運動は走行における代謝、エネルギー効率、ホモサピエンスの走行特性を分析する上で非常に重要な組織ですが、一方で、一般人の6%、エリート長距離ランナーの50%はアキレス腱に異常を抱えている(Achilles tendinopathy)という疫学結果もあります(52)。特にフォアフット着地で走行すると力の付加が骨、関節から特に下腿の筋肉、アキレス腱に移行するためアキレス腱病理と高い関連性が生じます。走行における代謝は、主に遠心性、求心性、等長性収縮に伴う分子運動に関わるエネルギー、血液循環、神経信号に体全体に関わるエネルギー、それを可能にする臓器の運動エネルギー、骨、関節、筋組織、腱などの衝撃に対する修復に関わるエネルギーなど全身に渡り多岐ですが、上述したようにホモサピエンスが持久力に優れる一つの特徴は、一定の跳躍を通じた弾性エネルギーの蓄積、開放による慣性の維持であり、その慣性の維持において最もカギをに握るのがアキレス腱です。なぜなら、このアキレス腱の弾性運動は原理的に直接的にATP消費を伴わないからです。もう一つは第一中足趾節関節の腱である長母趾屈筋腱(Flexor Hallucis Longus tendon:足の裏側)と長母趾伸筋腱(Extensor Hallucis Longus tendon:足の甲側)です。これらの腱の特性は効率的な走行を実現する上で重要です。第一中足趾節関節はこれらの腱によって動きに直線性が高く、すなわち、チンパンジーやゴリラなどのように外側に開くような動きの特性が低く、構造的に剛性に富み、強い蹴りだしを実現する構造となり、走行運動に特化した形となっています。これも人が持久運動に優れる一つの骨格上の特徴です。
 アキレス腱は、腓腹筋(gastrocnemius)と ヒラメ筋(soleus)がそれぞれ下腿の外(後)、中側に位置し、踵骨にかけてそれぞれが腱に移行して合流することで構成されます(53)。解剖学的には私たちが直感的にアキレス腱と考えている位置よりも、もっと上方向まで伸びており、人体の腱で最も長く、大きく、強く、実質的には体重の10倍以上の力に耐える強度を持っています。上でアキレス腱はベクトルが揃うといいましたが、その記述は解剖学的に厳密ではなく、それぞれの筋肉に分岐して伸びるアキレス腱は巨視的な捻れ構造があります(54)。アキレス腱自体は急な方向転換に弱い構造がありますが、足の運動は単一方向ではなく、一定の離散性を持つため、そうした力の散逸圧に対して均衡状態を保ち、安定した運動ベクトルの伝達の為に捻れ構造が貢献します。内側のヒラメ筋は骨格に沿って形成され、姿勢維持の為のインナーマッスルに分類されます。腓腹筋は足の運動の力を生み出すアウターマッスルです。アキレス腱は踵骨に収束し、インナー/アウター筋が非常に近い位置に接続する事が特徴的で、肩、膝、股などの関節では通常は主骨格に近い部分がインナーマッスルと腱で接続し、アウターは遠い位置になります。インナーマッスルはメインの骨格に近いので体の運動ベクトルに関わる骨格を関節の屈曲などによって動かす働きがあり、それはすなわち姿勢維持と等価ですが、踵の部分は実際に運動の(加)速度を決めるアウター筋(腓腹筋)の接続部に近い事によって、両方の筋の役割が非常に相関高く交絡する事を意味します。すなわち、足、足首の関節は力の強さに依っても調整されやすい構造となっています。また、姿勢を決める関節の角度が直接的に運動の力に高く相関するという事です。逆説性を含めて重要な考察します。アキレス腱の構造上、縦長であり、強い方向転換に弱い構造となっています。それでアキレス腱炎や重度の場合はアキレス腱断裂につながります。アキレス腱は姿勢維持と運動の強さが非常に高く相関するということは、上述した様にエリート長距離ランナーの多く(統計によれば、特定の母集団、顕性基準条件で最大で50%)がアキレス腱に病態がある状態ですが、アキレス腱の健康状態を維持しながら、強い筋組織を形成するためには正しい姿勢、フォームで走行運動する事の重要性を示唆します。わかりやすく言い換えると、姿勢維持のわずかな角度変化が、そのまま運動方向・力ベクトルに変換される構造であるので、姿勢が崩れた状態での運動において強い組織学的抵抗が生じやすいです。アキレス腱の高い弾性を利用して、その組織の特徴を最大限生かし、守りながら運動するためには、足裏の着地の位置、蹴りだし、膝関節、股関節、上体の位置、目線の位置、それらの筋肉の連動も含めて、最高の正しいフォームを追究し、恒常的に実現する必要性が特に走行距離が長い人では重要になります。進化の過程を含めた観点で考えると、二足歩行では四足歩行に対して、運動に対する単一の足の運動負荷が当然高くなります。また、支点も少なく姿勢維持圧が高いです。従って、最も重要な支点である足首部においては、少なくともこれらを両立する必要性があり、必然的に強い腱が両方の機能を備えるように合理的に位置する必要性がありました。それによって姿勢の状態が力の発揮を担う腱に与える影響が大きくなり、正しいフォームで歩行、走行しないと損傷しやすい構造というジレンマを抱えることになったという事です。実際に、 2018年の研究によると、競技レベルの長距離ランナーは、運動量の少ない人々に比べて、アキレス腱の構造が異なることが判明しています。具体的には、腱のコラーゲン線維の配列が不規則になり、厚みが増し、エコー輝度が低下していました。配列が不規則になるという事は、骨でも同じように運動の負荷の方向に対して、適応してその負荷の方向の運動に強くなるように組織が適応する事を考慮すると、コラーゲン繊維の配列が不規則になるという事は、そのランナーの運動フォームの力学的ベクトルが色んな方向に分散している事を示唆します。この点からも、アキレス腱の健康状態を守るためには正しい走行フォームを規定し、解剖学、組織学的に正しい向きに適切な力(例えば、できるだけ加速、減速しない)で運動する重要性を示唆します。特にアキレス腱病理が出るのは(当然といえば当然ですが)(55;Figure.1d)に示されるようにアキレス腱の踵骨の接続部に近い下側です。なぜなら、組織学的に細く収束し、この点に力が集まるからです。よりデリケート(繊細)な部分です。であるとするならば、どこの運動の安定性が一番アキレス腱病理と相関するでしょうか?それは関節として近い足首の関節です。着地の際に、内側、外側で受けるとそれぞれオーバー、アンダープロネーションするリスクが上がります。足首が内側、外側に不自然に曲がるということです。俗にいう「足を挫く」という状態です。裸足で歩くとわかりますが、靴を履くことによって、弾性材料によって足が硬い地面やガラスなどの鋭利物質から守られる、力が平均化して全体的に力を動員できる、弾性材料が弾性運動を補助してくれるなどの利点がありますが、例えば、ソールが不自然に摩耗したり、足裏の感覚が弾性材料によって弱められると、足の地盤が弱体化するため、着地を吸収する足首が内側に倒れる自然な動き(回内)であるプロネーションが過大、過少になり、結果として足首が不自然に大きく変曲する状態に着地の条件などの不適切性などによって起こりやすくなります。これが大きくアキレス腱の組織を損傷する原因となります(55)。従って、裸足歩行、走行というのは現代では走行に関してはリスクが大きいですが、自然な足の条件であり、靴に慣れていると一時的にアキレス腱に違和感、痛みが出ることがありますが、着地面が足裏と完全に一致するため、正しいプロネーションが実現しやすくなり、足首の構造も安定します。それによってアキレス腱は逆に健全に強化されやすくなります。少なくとも現代において走行は難しくても、裸足歩行の重要性を再考する余地が顕著に存在します。
 アキレス腱病理のリスク因子を特定、抽出する事は非常に高い困難性があります。つま先立ち、蹴りだしなど走行でいえばフォアフット着地に関わる足関節の底屈筋力の低下、膝関節を足首を付けた状態で曲げる動作などの足関節の背屈可動域の低下がアキレス腱病理の内因的なリスク因子という指摘もあります(56,57)。端的に言えば、足首がどれだけ自由に大きく動き、力強いかがアキレス腱炎などのリスクと相関するかという議題です。この結果は、疫学調査上一貫性がないとされています(52)。歩行、走行といった日常的な運動だけではなく、アキレス腱を使った運動があまりにも普遍的なので母集団の規格化が原理的に難しいという事が主要な一因だと考えられます。前段落でも、足首の歩行時、走行時の異常、例えば、着地位置の不適切性によるプロネーション異常を繰り返すことはアキレス腱病理になりうると仮定しました。世界の専門家も同様にやはり足首の運動に着目している。なぜなら、そこに一番根元の炎症、断裂しやすいアキレス腱部位があるからです。足首の可動域、周辺筋の強度は普通に考えれば関連すると思われるが、その確証を疫学的に得るのが難しいという現状があります。母集団の規格化というのは以下です。例えば、エリートランナーでも短距離と長距離では異なるし、エリートランナーと一般の人ではもっと条件が異なります。一般の人でも足の長さやBMIも関係する。他の交絡因子(アキレス腱病理の結果として関連する他の要因)を完全に排除した形で公平に評価できないという事です。
 (52:Fig.1c)に示されるように踵骨とアキレス腱の連結部、アキレス腱の根元の部分には骨と腱の摩擦を緩衝する液胞があります(トロカルシニアル滑液包(Retrocalcaneal Bursa: RCB)皮下踵骨滑液包(Subcutaneous Calcaneal Bursa: SCB))。ヒール着地で走行で受けることは、上体の力が抜ける為、あるいは歩行で慣れた着地様式のため、安全のように思えるけど、靴で弾性が緩衝されるとはいえ、原理的に踵骨を起点として着地時に大きな上方向の力が加わります。それによって、これらの滑液が過剰に分泌され、下記する膝関節炎のように滑液を包む構造が腫脹(しゅちょう)します。着地を前で受けるフォアやフォアとミッドの間のような着地は、第一中足趾節関節の可動性によって連携的に腱、筋肉が動員される為、アキレス腱、連結するヒラメ筋、腓腹筋を主要に動員することになり、アキレス腱を炎症させるリスクがありますが、これは急にフォーム改変などによってストレスを短期的に変えた場合であって、こうしたフォームが定着する事は適切な筋連携を促し、長期的には運動強度に対するアキレス腱病理のリスクを減らす可能性があります。一方で、ヒール着地は安全なように思えて、走行などで強い着地のストレスが掛かる場合にはそれを繰り返すとアキレス腱の根元の滑液、脂肪組織、滑液包、あるいは骨などの変形を伴う異常のリスクが上がる可能性があります。少なくともより安全かつ健全に走行するためには、ヒール着地ありきではなくて、自分の着地の位置をそこから前側のどの辺に最適点があるかを検討する余地があります。こうしたフォーム変更は指導者、医療介入が必要という意見もありますが、それはそれで安全側としては推奨されますが、走行運動の普遍性を考えると少し慎重すぎて、フォーム改善を逡巡させ、より怪我のリスクが高まる事を考慮するとマイナスの側面が強くなってくるという印象もある。少なくともケガする前に違和感が出るので、その状態で無理しなければ、調整は可能です。全身のストレッチ、筋緩和、特に閉鎖運動連携の筋力トレーニング、食事(特に果物)を含めて根拠に基づいてガイドラインをきっちり出して、トラブルの際の受け皿を公式に用意すれば、個人的にフォーム改善を試みても大きな問題がないという立ち位置です。
 腱にはゴルジ腱器官を代表とする感覚受容器があり、アキレス腱の場合は踵骨の根元に高密度に存在します。力学的ストレスに応じて神経系にフィードバックして筋運動を調整する事に寄与しますが、遠位での感覚受容器同士の反射弓を通じた連携の可能性を検証する余地がある。例えば、足裏の母趾球の感覚受容器とアキレス腱のそれが中枢よりも遠位で反射的に関与する可能性があるか?ということです。これは足裏の感覚の感度とアキレス腱運動制御のそれが相関するかを問うものであり、端的にいえば、裸足歩行、走行などが腱運動制御の精密性を上げることに関与するかを同時に再考するものです。特にアキレス腱炎、膝関節炎に罹患した患者に対して歩行、軽い走行など足の運動を通じたリハビリテーションを理学療法士の指導の下で医療機関で行う場合の着地の条件をどうするか?どうすればより効果的か?これに対する解答を提示できる可能性が出てきます。
 (特にBMIが高く荷重が大きい人における)歩行、(特に)走行における人々の健康、安全性を担保する上でアキレス腱と並んで重要なのが膝関節炎病理の理解です。一般的に膝関節は内側の炎症が起こる事が多く、腫れが生じることがあります。組織の腫れがあるときに一番肥大しやすい膝関節の組織は滑液を包む関節包(Capsule)という組織です。滑液は液体で常時変化するので、容積変化に対応するために組織学上、他の連結組織のように基底膜を持たずに細胞外マトリックス構成比が高く変形しやすい構造となっているため、異常が出ると顕著に肥大します(58:Fig.1)。図では(58:Fig.1)腱が一つに描写されていますが、実際の構造は前面、後面それぞれ2つ4種類の腱が存在します。これら腱の弱体化と滑液、関節包の膨張による腫れは炎症反応によって互いに負に影響を及ぼすと考えられますが、病因は過剰は負荷が継続的にかかることによって生じます。歩くことでこうした病変があり、痛みを伴う場合には急性期には休養が必要ですが、歩くこと自体を避けるということは膝だけではなく体全体に壊滅的な結果をもたらすので、その一因として肥満、フォームの不適切性があるなら、それを解消しつつ、痛みを調整しながら段階的に歩行訓練をしていく必要性があります。このリハビリテーションフェーズで現代医療が薬物を含めて補助する余地がありますが、基本は患者自身が適切な歩行習慣を段階的に構築していかなければなりません。歩行により膝だけではなく、体幹を中心に全体の筋肉がバランスよく整ってくれば、歩行を通じて膝関節の病変も改善する可能性が高いです。走行訓練時なども含めた膝関節の損傷は骨、軟骨、半月板、靭帯など膝関節を構成する様々な部位の損傷が先立つ場合もあります。靭帯は膝関節を安定化し、力学的ストレスに対する屈曲角の制御にも関わります。従って、原理的に周辺部の下腿、上腿の筋組織と連携します。具体的に言い換えると、周辺部の筋肉の特に筋肉の巨視的な延伸を制御する伸張性収縮(エキセントリック収縮)は靭帯と相関し、この筋力が十分であると靭帯は走行時の着地などで生じる衝撃の際に適正な力学的ストレスで運用できるようになり、靭帯損傷のリスクが低減すると考えられます。特に走行中の着地動作や方向転換動作では、下腿が前方へ滑り出す(前方剪断)傾向を示し、このとき前十字靭帯は最大の張力を受けます。ここで大腿後面のハムストリングス群がエキセントリック収縮を行い、下腿の前方移動を抑制することで前十字靭帯の負荷を緩和すると考えられます。一方、大腿四頭筋群も着地時に身体の沈下を制動する伸張性活動を行い、これが膝伸展機構全体の力学的吸収装置として働きます。このように、靭帯の張力調整と筋の伸張性収縮は、力学的にはシリアルな(直列的、順次的な)制御構造を形成しており、関節安定性はこの協調制御によって成立しているといえる。従って、実際の歩行、走行訓練の他、エキセントリック収縮が生じやすい閉鎖運動連携である(ジムで特別な機器を使って座位、臥位で行う開放運動連携は重力支持基盤と運動の相関が小さいため原理的に伸長性収縮は生じにくい)(片足)スクワットなどの運動は特に上腿のエキセントリック収縮を促すことになり、膝関節周りの力関係の状態を適正に整える運動といえます。さらに近年の研究では、伸張性収縮において筋腱複合体が蓄積する弾性エネルギーは、衝撃吸収だけでなく走行の蹴りだしなど再加速期における効率的なエネルギー再利用にも寄与することが報告されています。従って、膝関節周囲のエキセントリック制御の強化は、損傷予防のみならず、走行時の慣性の維持、力学的エネルギー効率の向上(エコノミックランニング)にも波及効果を持つことが期待されます。ゆえに着地の際に膝の周りの力が抜けた着地ではなくて、上腿、下腿の周りの筋肉によって能動的に支持された屈曲で制御されると好ましいです。この最適な屈曲角は走行スピード、個人の筋肉の機械的特性によっても変化します。膝関節の健康を守るだけではなく、走行の際の代謝、エネルギー効率にも関わる為、走行の際に膝関節の屈曲を最適化する事も速く持久的な走行能力に関与します。言い方を変えると、走行の際には特に長距離を走るような速度になると走行に伴う跳躍を上下のバネ特性によって慣性を維持する事が重要になりますが、そのバネ特性は第一中足趾節関節の背屈、底屈などの屈曲角の変化による弾性だけではなく、膝関節の屈曲も同時に走行時の弾性に関与しているという事です。特にフォアフット着地で受けると、母趾だけではなく全体の中足趾節関節の屈曲が自動的に効きやすくなるため、その関節につながった主に屈曲に関わる4つの腱を起点として、シリアルな(直列、順次的な)足、下腿、上腿の筋運動連鎖が生じます。これが動きの中での連携的な筋関与を高めます。さらに中足趾関節を使って着地をすることで膝関節に力が集中せず、(わずかな)間を置いて伝わる為、制御的な膝関節の動員が可能になり、膝関節の屈曲の際に能動的な筋制御が働きやすく、結果としてそれが弾性エネルギーの蓄積、開放、すなわち慣性の向上につながります。この観点を含めて類推すると、フォアフット着地、あるいはそれに近いやや前方のミッドフット着地は筋組織にとって要求事項の多い着地方式で一定の困難性を伴いますが、適正な運動介入の元での長期的結果として膝関節の健康を維持しやすい走行方式と評価できます。従って、この健康ガイドラインではこの着地方式を「最終的に目指す」ことを推奨します。このようなシリアルな筋連携、関節連携は骨格、それに沿うインナーマッスルである深層フロントラインが直線的に位置する事によって、その連携効率が大幅に改善します。すなわち、こうした下半身の連携は走行時の下半身に対するステッププロセスの中での常時の股関節(骨盤)の位置、骨盤を地盤とした上体、首、頭の位置によっても影響を強く受けます。上体がまっすぐ伸びる事が重要です。歪んだラインの場合、力が分散・吸収されてしまい、筋連携のタイミングが著しく擾乱します。従って、走行時の姿勢、すなわち、骨盤を走行方向にまっすぐ押し出し、上体の(特に背筋の)力を適度に入れて、胸を張ってまっすぐに保つという意識は体軸を直線化し、体の順次的な運動連携を高めます。筆頭筆者の感覚で説明すると、「前に張り出した骨盤上に体が走行プロセスの中で常に乗る」というイメージで走ると良いと思われます。
 次に走行時の膝を上げる動作を可能にする力学的モデルを骨格、骨格筋によって定義します。膝を上げる動作は股関節と大腿骨の関節部がヒンジ(ちょうつがい)のような働きをして進行方向に屈曲させ膝を上げる動作の第一支点となります。この大腿骨を持ち上げるために脊椎、骨盤側から大腿骨の前に接続している筋肉が腸腰筋です(61)。従って、この筋肉をはじめに強く収縮させることで足を上げる動作が開始します。あなたがこの腸腰筋を主に主導して足を上げる動作をすれば必ず実感できることです。静止しているときと、特に比較的大きい速度で走っているときに足を上げる動作をしたとき。絶対的に横方向の移動があるときの方が足を上げ、膝を高く上げる動作が難しくなります。それはなぜか?腸腰筋は大腿骨の前からアプローチしており、進行方向のベクトル成分を筋組織の向きとして有しています。従って、前方向の慣性があると足を上げるためにより強い引き出しの力が必要となり、必然的に足を上げる動作により大きな力を必要とするようになります。そのため、腕の振りだし、上体の若干のねじれ、速いピッチでの両足の周期運動の慣性、蹴りだしとの同期などを含めてフォームの中で股関節の屈曲、大腿の振り上げを効果的に実現する必要性があります。
 第一中足趾節関節の腱は解剖学的(空間的)な制約から非常に複雑な構造を取っています。筋繊維に対して骨が下側にあるので筋組織と骨を連結する腱は第一中足骨よりも全て上側からアプローチしながらも、背屈(母趾を上にあげる)、底屈(母趾を下に下げる)を実現する構造になります。背屈は遠位側の骨を両端から2つに分かれて引っ張る構造、底屈は滑車のように関節部で支点を形成して折れ曲がり、関節を両端2つから上に持ち上げる事で可能にしています(59)。もう一つこの関節の横方向を安定化させる腱があります。走行の時に特に高速で走るときには、足を上げたときに意識的に第一中足趾節関節を底屈させてフォアフットを実現し、着地の際に自動的に背屈した関節を再び底屈させて蹴りだす動きをします。従って、蹴りだしの力を決めるのはどちらかというと底屈させる二つの腱です。底屈筋群と背屈筋群は拮抗した動きを取るので、すなわち伸長と収縮が逆の動きを取ります。従って、両者はシーソーのように力関係が拮抗し、どちらかが大きく動けば、蓄積されたエネルギーが逆方向に働くことになります。従って、着地で背屈すれば、一定の効率で底屈する力として開放されます。意識的に蹴りだすということは、底屈時に特別に力を加えることを意味します。どちらかというと底屈に関わる筋群、腱の力が蹴りだし、推進力への関与が大きいといえます。さらに重要な事は底屈、背屈は(59)のように両側から骨を引っ張るような構造となっている為、二つの腱の力がおおよそ等しくなる必要があります。従って、腱の動作を連携して精密に制御する必要性があります。おそらくこうした動きの精密な制御の一翼を担っているのが足裏の様々な感覚受容器であり、ベア(裸足)で着地を受けることで第一中足趾節関節を腱、筋群で背屈、底屈の制御性が向上する可能性が示唆されます。実際に靴と裸足での第一中足趾関節の動きを分析した報告では、特に蹴りだしの時の背屈不足により、底屈の力が制限される可能性と、関節全体の可動域減少、外反母趾のリスク増大が挙げられています(60)。自分の母趾を下側に曲げて底屈させるとわかりますが、この動きの筋連携は下腿ではアウターマッスルである腓腹筋につながっています。従って、足の力を発揮する主要なアウター筋がこの蹴りだしの動きと強く相関、連動しています。特に短距離走など高速で走る事を目的とする場合には、蹴りだし力が重要であり、それが靴に障害される可能性があるので、ベアに近い特別な靴、あるいは地面に大きな石がない安全な競技施設で裸足で高速で走行する訓練が有効です。
 近接する一連の前段落の目的は人の代謝、骨格、骨格筋と走行について詳細に定義、推論、考察する事です。この段落では他の4足歩行(quadrupedal)の動物の走行のこれらの要素を考慮しながら、人がなぜ持久運動に優れるのか、進化の過程でどのような意義があったのかについて包括的、分野横断的、総合的に考える極めて重要性の高い内容になります。四足歩行動物における高速走行、特にギャロップ走行においては、歩幅の確保や推進力の生成のメカニズムが人間の二足歩行とは根本的に異なる構造的、機能的特徴に依存しています。四足動物では、前肢と後肢の接地タイミングに微細なタイムラグが存在する非対称ギャロップが典型的であり、これは体幹全体の動的連動性に強く依存した運動様式です。具体的には、前肢の着地に伴って体幹を背曲させ、後肢の蹴り出しに合わせて再び背骨を腹側に曲げる(腹曲)という周期的なしなり運動を介して、前後方向への足の角度を効率的に変化させ、ストライドの長さを最大化しています。この背骨の背曲/腹曲は、股関節や膝関節における大きな自由度に依存することなく、体全体の連動性の中で統合的に行われるため、個々の足の動作は固定的かつ自動的に成立し、感覚依存型の運動制御のみで高速走行が可能となります。この点において、四足動物は比較的小型の脳容量であっても、複雑かつ高速な運動を安定的に実現できる構造的適応を備えていることが特徴です。一方で、人間の場合、二足歩行および走行における歩幅の確保は、股関節、膝関節、足関節を含む下肢各関節の自由度に強く依存しています。人間の場合、前肢が存在せず、体幹の柔軟性も四足動物ほど高度には発達していないことに加え、骨盤構造が横方向に広く腸骨で内臓を支えるなど、走行以外の多様な機能を兼ね備える必要があることから、体幹と下肢の運動は固定性を持たざるを得ず、単純に背骨のしなりだけで前後方向の足運動を調整することができません。そのため、上体の体幹(脊椎)の動きと下肢の骨格の動きを骨盤を介して相対的に独立させる必要性が生じ、結果として骨盤は下肢運動の制御における中継点として機能します。具体的には、走行時に必要なストライド長やピッチ、すなわち速度を決定する運動は、股関節や膝関節など骨盤と下肢を接続する関節の自由度を高めることで成立しています。この自由度の増大は、球状関節に近い構造を介して多方向への可動性を確保し、下肢を前後方向および上下方向に自在に振ることを可能にします。さらに、下肢の運動は単に前後方向の振り出しだけではなく、体重支持、衝撃吸収、バランス維持、地面反力の効率的な伝達といった複数の要素を統合的に制御する必要があるため、骨盤を介した関節自由度の増大は、単なる可動域の拡大にとどまらず、運動の成立性を脳による高度な制御と神経運動学的フィードバックに依存する状態にしています。このように、二足歩行における下肢運動は、四足動物が背骨の背曲/腹曲による体幹連動で省エネ的に達成していたストライド延長を、骨盤と複数の自由度を持つ関節による随意制御として置き換えた、構造的・機能的に高度に複雑なシステムとなっているといえます。ストライドの拡大や前後方向への足の角度の調整は、主に下肢関節の随意運動によって達成されます。すなわち、走行時には股関節の屈曲/伸展、膝関節の屈伸、足関節の背屈/底屈などを意識的に制御し、足の振り上げ高さ、振り出し方向、速度を精密に調整する必要があります。この自由度の高さは、走行中の身体制御に対して脳の認知・運動制御負荷を増大させ、単純な感覚依存だけでは走行を成立させることが困難であることを意味します。さらに、ヒトは二足走行時に、体幹や骨盤の回旋、肩甲帯の連動、腕振りによる運動量の分散などを統合的に制御する必要があり、これらすべての要素が神経系による精密なタイミング制御を伴います。このため、自由度の高い走行は柔軟性や筋力、バランス能力のみならず、認知的制御や運動学習の成熟度にも強く依存します。非常に専門性の高い理解困難な文章になりましたが、人の走行時の足の動き一つとっても、4足動物では体の骨格の全体的な動きの連動性が物理的に高い状況になっていますが、人の場合は、複雑に張り巡らされた筋肉、腱、靭帯などを連動させて、骨格の動きだけを見れば骨が折れ曲がる点(すなわち関節)が多く、インナーだけではなくアウター筋の動員と脳神経負荷の高い走行フォームとならざるを得ませんでした。これは手を自由にし、直立歩行したため、このようなジレンマを抱えたといえます。付随的な事して、人の足は、4足歩行で走行能力に優れる種である馬よりも体重で正規化したときの足の太さは顕著に大きいです(約7倍)。これは上述した様に走行を成立するための骨格の節が多く、骨格に並列し姿勢維持に関わる動物でも備えられている古典的な筋肉であるインナーマッスルだけではなく、力強く関節を通じて骨格を大きく動かすために必要な人が主に後天的に獲得したアウターマッスルが必要であり、結果として体重当たりの足の太さが他の4足動物に比べて顕著に大きくなりました。例えば、私が提唱する走行フォームの意識ポイントが以下にあります。母趾球や母趾裏の感度を高めて第一中足趾節関節の屈曲を意識した蹴りだし、その蹴りだしの方向の最適化、その蹴りだしの方向に同期した状態で膝を振り上げるために膝の振り上げ方向をおおよそ蹴りだしの方向と整合させる、その際に生じる下半身の前方向の進行圧に応じて骨盤、上体が後傾しないように骨盤を強く前に押し出し、上体を前に真っすぐ壁を作るように胸を張って真っすぐに張り出します。着地はできるだけフォアフット着地を実現できるように足裏の前部分で着地します。(最終的に疲れなどで踵がついたとしても)少なくとも最初に地面と接地するのを土踏まずよりも前で受け、少し小指側から順に自然に着地します。この着地を上述した蹴りだし、膝の前への振りだしを意識した状態で自然に行うためには骨盤、上体の前への張り出しが重要ですが、同時に振り上げた足の第一中足趾節関節を底屈させ足首を底屈させた状態でステップ移行させる必要があります。さらに着地時間を最小化させるイメージとして、靴のソールと着地の音に着目し、「ズドン」「スタッ」ではなく「タッ」という短く、弱い音になるようなイメージで走り、着地をできるだけ軽くすべく、前側で着地したらできるだけすぐに離地動作、すなわち蹴りだし、膝の振り上げを行います。足を上げるときにはこうした動きの時には股関節を中継点とした下肢と上体の屈曲角度が大きくなるため少し窮屈な形になり、それを可能にするために腹筋を動員する形となります。このガイドラインで現時点で理想とするフォームを実現するためにはこれだけ多くの随意の動作が走行中に少なくとも要求されます。他にも腕の振り、目線、上体のねじれ歩行の動作などもあります。当然、全ては両立できないので、走行訓練を重ねる中でできるだけ多くの動作に対して無意識に定着するまで繰り返す必要性があります。すなわち、人の走行とは「余白」の多いモデルであり、その余白を埋めるのは人の知識であり、その知識に基づいた意識的な脳の関与が必要です。逆説的には、人において知識がない状態で無意識的に走る中で任意の速度、走行時間においてエネルギー経済性の高い理想的な走りは決して実現できないという事です。従って、理想的なフォームで走る為の改善の余地が大きく、それが実現されたときには非常に多くの高度な脳神経系の関与が必要で、とても末梢、脊髄、脳幹、小脳では完全にその連携運動を保証することができず、強く大脳皮質、大脳新皮質の動員が必要となります。このことは、現世代、将来の世代がこのガイドラインを通じて(特に日本人は母国語で)享受できる理想的なフォームの為の情報がなかった定住前の人類が樹木から降りて、広い平野を大型の獲物を生きるために捕獲するために駆け回った時でさえ、その走行様式は物理的には大きな違いはありませんから、脳神経系の需要は非常に高かったと推論できます。これは約200〜150万年前のサバンナで生活をし始めたヒト族であるホモエレクトス(Homo erectus)の時に脳の容量がその前の属よりも脳容量が2倍になっていることから、動物肉による高たんぱくの食料、道具の開発使用、ヒトとの共同作業、コミュニケーションなどが脳の発達に関わったという従来の見方に対しての新たな軸として生理学的な側面を付加しました。すなわち、人の走行は余白の多い、走行能力改善余地の高い脳神経負荷の高い骨格構造となっているため、歩行、走行における顕著な脳神経成長圧があったはずだという推論をより強固にするものです。さらには、上述した連携的動作を明確に理解して意識的に多元的な様式で走行に組み込んで継続的に運動介入する事は、従来のホモサピエンスの走行時の脳神経負荷よりもさらに高く、遺伝を伴わない一世代の中でも脳の少なくとも機能的な発達が促される潜在性があります。すなわち、今これを読んで走行訓練を実施するあなたの数年後、数十年後の脳神経の可塑的な発達に関わる潜在性があるということです。
  この段落では、ではなぜ、歩行、走行が特異的にその人、一世代でも脳神経の発達、少なくもメンタルヘルスも含めた脳神経系の健全性、健康に相関を持つ潜在性をあるのかを考察、推論します。この問いについてわかりやすさのため具体例を持って表現を変えると以下です。身体を動かすことは色々あります。例えば、球技、防具、装備など道具を使った運動、すなわちスポーツは現代では非常に多様です。筆頭筆者が(個人的に)好きな野球もあります。進化の過程でサバンナにホモ属であるホモエレクトスの時に脳の容量が2倍以上に成長した原因の中で、道具の開発使用、他者とのコミュニケーションがあるから、道具を使い団体の意思伝達が必要なスポーツは一方で、歩行、走行同様に、あるいはそれ以上に脳の発達という点で優れているのではないかという問いです。これに対する一般的な見方は、互いに対立するものではなく相互補完的な役割があるというものです。すなわち、歩行・走行は身体基盤(持久力・リズム・感覚統合)を作り、スポーツは高次認知、社会的技能を上乗せするという見方が自然という考え方です。この健康ガイドラインでは歩行、走行運動を対立構造ではなくても、強い立場で推奨し、その重要性について謳っています。これは筆頭筆者が個人的にこれらの運動に嗜好があるから(だけ)では決してありません。いくつかの理由がある。この章の主旨とは離れる理由に関しては、次がある。まず、歩行、走行は移動という機能があるという事です。移動というのはエネルギーそのものと言っても過言ではありません。現在の地球の社会の歪、生物多様性の喪失といった地球規模の環境問題の最も基礎にはこのエネルギー問題があります。そのエネルギーはヒト、動物生物、モノ、コトの移動ですから、環境問題の根源にはこの移動があります。一方で、モノを生み出す(合成する)ためにも、すなわちモノの分布を制御するためにもエネルギーがいりますが、移動は広範な意味でエネルギー問題で最も重要な素因の一つです。歩行、走行の従来の基本的な目的、機能は、現代のように個人の心身の疲労を回復し、リフレッシュするために行う娯楽や余暇活動であるレクリエーション目的ではなく、移動するためのものです。鳥が空を飛ぶのも、チーターが荒野を走りぬくのと同じです。その主な目的は食料を捕獲するため、すなわち生きるためです。従来は歩行、走行運動というのは生きるための機能と紐づいていました。生きるための食料の捕獲が自然と歩行、走行という運動を伴うものでした。それは人以外の飼育されている動物以外の野生動物の全てが今でもそうです。現代ではその生きるための食料を得るために運動を伴わなくても許されるようになった反面、金銭を得るための労働が必要になった。これが健康ガイドラインレベル4でそのソリューション(解決手段、調和)を考えるいわゆる「現代社会の歪」です。従って、必然的に現代人にとっての歩行、走行は他のスポーツと同様の軸で評価される傾向にあります。全く異なる根本的な価値、問題が内在しているという事です。歩行、走行を使った移動は、食料という生物のエネルギーを必要とし、便、尿として排出物を放出しますが、例えば、自動車を動かすのに必要なガソリン、排気ガスとは明らかにエネルギー効率、環境負荷が異なります。現代では飽食の時代にあって農業、畜産による環境負荷も問題になっていますが、従来は、今でいう果物のように、自然に生育している食べ物をそのまま食べる傾向にありました。動物性食品に関しては小規模に火を使う程度です。従って、食料生産でも歪がありますが、それでも、食料生産の在り方を見直して、そのロスを減らし、生物による食べ物をエネルギー源とした歩行、走行運動による移動依存性を現代社会の中で上げていけば、自然と環境問題解決の道筋が人の根本的な心身の健康の向上と共に見えてくるようになります。この章の主旨とは異なるところで歩行、走行には絶対的な価値があるので、この健康ガイドラインでは非常に強い立場で推奨し、その様々な価値について掘り下げて追究しています。ここからが本題です。全段落で述べたようにヒト族に進化する前から動物の骨格の周りには骨格を支える筋肉が発達していました。その筋肉は現代ではインナーマッスルと呼ばれ、ホモサピエンスでの解剖学的な表現では深層フロントラインと呼ばれる筋肉群の事を示唆します。基本的に動物はヒトのように骨格の周りに分厚い筋肉はあまりなく、骨格に沿って筋肉が構築されている傾向にあるという事です。これの解釈は賛否両論があり議論の余地がありますが、賛成に近い立場の論理的根拠がしっかりした説明としては以下です。あなたの指摘のように、四足動物(特に草食動物など)は、軸骨格(脊椎・骨盤・肩甲)を安定させるための深層筋が非常に発達しており、外層の筋肉(四肢の表層筋)はヒトよりも薄い傾向があります。理由はシンプルで、彼らの運動は効率的な持続走行。姿勢維持中心であり、ヒトのように多方向への操作性を必要としないからです。ただし、肉食動物(ライオン・チーターなど)は外層の筋(特に大腿・肩の表層筋)が発達し、瞬発的な力を出す構造になっています。したがって、「全ての動物が薄い外層筋しか持たない」というよりは、骨格に沿った深層支持筋が進化の基本形であり、外層筋は種の運動様式に応じて追加的に発達したと考えるのが正確です。元々、ヒト属の進化の過程を考えたときに手を自由にし、二足歩行性を高めていったときに、すぐに追随して大脳皮質、大脳新皮質の成長を伴いませんでした。この理由を考えると、歩行、走行の価値を帰納的に推論する事が可能になります。歩行、走行において二足歩行ではより深層フロントラインの連携的な筋動員が必要になります。その機能は「主にどこの」脳神経が機能的な役割を果たすかという問いです。それは、動物でも骨格の動きを協調的に働かせる機能がある事から、より原始的な部分である遠心の部分を含む小脳、脳幹、脊髄、末梢という脳神経系です。人ではこのうち、特に運動に関わる小脳の神経細胞の幹と枝で比喩的に表現できる構造において枝の部分の分岐がより緻密になっています。これは組織学的に明らかです(62:FIGURE.1)。このことは、人の歩行、走行を通じた運動や手の操作などは周りの大脳皮質、大脳新皮質の発達だけではなく、小脳の発達も並列して促したことを小脳の機能的な役割から示唆されます。人は歩行、走行運動時には骨格に沿って形成されるインナーマッスルに加えて、特に走行の際には力強く骨格を自由度を持って動かすためにインナーマッスルと連携してアウターマッスルを起動させる必要があります。こうした連携は、遠位から近位まで、遠心求心双方的に全神経系を連動させることになります。すなわち、今、脳神経学で活発に議論されているように脳幹、小脳、大脳が相互補完的に、双方向に連携していることです。この全体の連携が非常にバランスよく引き出されるのが歩行、走行であるという推論です。従って、メンタルヘルスにも良い影響がある高い可能性があります。例えば、(私が好きな)野球では、少なくとも日常的移動という機能もないし、野手は止まっていることも多くあります。運動負荷の多い投手であっても、動かす筋肉が偏っています。利き腕の肩肘の負担が大きいため、その部位の損傷リスクが非常に高いです。ほとんどのスポーツはその運動のルールから偏った動きになります。水泳でもそうです。水泳は自然な重力による深層フロントラインの維持が水中で重力環境が異なるため、陸上での姿勢制御とは神経運動学的条件が異なります。それでも、複雑な動きを訓練する事はもちろん人しかできない事ですから非常に高い価値が脳神経的にもあるというのは極めて合理的解釈です。こうした特定のルールに従ったスポーツは従来の動物、類人猿、ヒト属は実施してきませんでした。人以外では原理的にできません。しかし、歩行、走行は別です。それが生きていくための最も基本的な機能と重なる運動だからです。鳥類が飛行するのと同じです。この章の主旨である脳神経系への影響も人の筋肉の構成と脳神経系との機能的な関連から推論すると、末梢、脊髄、脳幹、小脳、人で特異的な発達が見られる大脳まで非常に自然に全体的かつ協働的に動員する事になります。このラインに乗った状態で、前段落で推論したように特に走行に関しては「余白」の多い運動システムになっているので、その余白をより多く健全に埋めるべく走行を正しい知識に基づいて、脳が客観性を持って理解し、その理解に基づいて意識的に走行時に多元的な様式で継続的に実施していくことは、脳神経系の発達を促す可能性があります。自然な進化の軌跡上に完全に同調した上で、さらに機能的価値を目指すことが脳神経系においてどういった特異的な付加価値をもたらすのかという問いです。それは多くの世代を介して進化という形ではなくても、一世代で脳神経系の絶対的な容量ではなくても、従来のホモサピエンスに比べて機能的な発達を促す余地はあるかという問いです。少なくとも歩行、走行という観点で運動が定住前のホモサピエンスに比べて十分に勝る人はほとんど皆無です。走行という観点で一部のファンランナー、エリートランナーだけかもしれません。それでも移動に公共交通機関も含めて輸送機器を日常的に使っている限り、歩行において不足します。従って、現代には科学の叡智という古代に比べて付加価値がある中で、歩行、走行の真の(正味の)価値についての検証が実質的に行われていない事を示します。本当に小さい時から輸送機器の使用、座位による勉強、就労を意識的に調整して、今の私のように歩行、走行の機会を十分に設けた上で科学の叡智、その教育に基づいた包括的な理解の上で、歩行、特に走行において理想的な動きを継続的に随意で脳神経全体を動員して実施した結果として、あなた自身、すなわちホモサピエンスに生じる結果は誰もわからないという事です。その点で、脳神経の機能的進化の「余白」は歩行、走行運動を起点として未だにヒトに残されているという推論です。科学的な見地で言い換えると、科学的な理解と意識的な実行を伴う継続的かつ十分な歩行、走行運動は単なる身体運動ではなく、未開拓の神経可塑性、機能的発達の可能性を含む実験的対象となりえるかという問いです。但し、この問いの価値を検証する前に、本当に人の脳の発達は従来から推論されている動物性食品の摂取、道具の開発使用、ヒトとの協調、意思伝達といった要因以外に、歩行、走行運動そのものの神経生理学的な要因が関係していたかという問いを検証する必要があります。
  上述した本健康ガイドラインで定義する理想的なフォームの素因として、第一中足趾節関節の屈曲による蹴りだしがあります。特に靴を履いた条件で母趾を走行の中で有効に蹴りだしの為に使う、その感覚を養うことが難しいです。蹴りだしの方向の最適化はさらに難しい。私自身に対する走行訓練、実験の結果も踏まえて、どうすれば母趾を使った蹴りだしが動員できるかを考察します。第一中足趾節関節は背屈と底屈が互いに拮抗しながら相関します。従って、底屈が大きければ、背屈もそうなり、弾性の中で力(の伝達)が正に相関します。すなわち、関節を単関節駆動ではなく、双方向性弾性システムとして捉えるという事です。母趾の強い蹴りだしを実現するためには背屈から意識的な底屈の動きが必要になります。蹴りだしの事前動作である底屈後は、フォアで着地すれば自動的に大きく背屈します。母趾の底屈、背屈がお互いシーソー、バネのように相関しているので、運動動作全プロセスの中で背屈と底屈の振れ幅が大きく中間状態である緩和時間(すなわち母趾の緊張が抜けた状態)が最小の方が力が動員されやすいです。従って、蹴りだしの後、その時に行った意識的は底屈から母趾の力を抜かずにそのまま底屈させて蹴りだし後の浮上プロセスの中で継続的に底屈を維持します。そうすると自然と踵に対してつま先が下に来るので、着地の際により前で着地することになります。自然な動作では小趾(足の小指)の小趾球(付け根の下の膨らんだ領域)から外から包み込むように受けることになるので、その後に母趾が底屈していれば、母趾先から地面を触るような感じになります。母趾の関節は第一中足趾節関節よりもさらにつま先側にもう一つ母趾指節間関節(interphalangeal joint)と呼ばれる関節があります。ここにも独立で上側から筋組織が連結していますが、非常に細くて長さも十分にないため、母趾には筋組織はなく、腱で構成されます。着地の時にフォアで受けるにしても足首が曲がって母趾をやや背屈させた条件で小趾から母指球で始めに地面に触る感じで受けると、この母趾指節間関節を十分に動員できなので蹴りだしが弱くなると組織学、物理学的に高い確率で推定されます。小趾で受けた後、その前の浮動動作のプロセスで体操選手のように母趾を底屈させて足の甲を目一杯伸ばすような空中動作をして着地をすると小趾で受けた後、母趾の先で先に着地する感覚となり、母趾指節間関節、第一中足趾節関節を段階的に使えるようになるため、必然的に蹴りだしが強くなります。結果として、蹴りだしが強くなるので、走行の中でストライド長が大きくなります。それに伴って、走行の中でピッチが遅くなるような感覚があります。逆にいうとピッチが遅くなるような感覚があることこそ、蹴りだしが強くなりストライドが伸びているまぎれもない証拠となります。体操選手のように足の甲をしっかり伸ばして、母趾の先の着地をイメージすると靴があっても、母趾の屈曲を意識的に感じることができます。背屈と底屈が極化し強調されるからです。このイメージで走りつつ、蹴りだしが強くなりますから、今までより強く蹴りだしと同期して骨盤を上体ごとできる限り前に押し出して胸を張って前に壁を作ります。そうすると拮抗する素因といて、蹴りだしがしっかりするので、着地時間が若干長くなり、着地も少し重たい感じになります。それを解消すべく、その意識を持ちつつも、着地したら素早く蹴りだして、着地時間の短縮に努めます。そのためには着地から蹴りだしの着地点の位置としてできるだけ足の前で集束させ、ミッド、踵の関与をできるだけなくす努力が必要になります。この強い蹴りだしをその後、股関節の屈曲、膝を前に振り上げつつ高く上げることの両立を試みます。できるだけ足を速く回すようなピッチの改善にも努めます。これらが走行の中でバランスよく両立されてくると当然、走行速度は向上する事が高い確率で期待されます。これは最も大きな速度で走るモデルなので、中距離、長距離を目的とする場合には、足の浮上動作の中でどれくらい母趾を底屈側に緊張させるかという程度という自由度の検討余地があるという事です。あまり極端に意識すると自動的に走行速度が上がりすぎて体力が奪われてしまうので注意が必要です。
  走行における熱管理について詳述する前に、まず、熱とは何なのか?その本質について確認します。熱とは無方向性の位置の移動であり、無方向性という事はその振る舞いを記述するスケールは単一分子という微視ではなく、集団的な振る舞いの中の巨視であるという事です。1つの分子であれば、任意の特定の方向を持ちますが、特定の方向を持たないという事そのものが集団的統計性(確率分布で表現される系の性質)です。熱を記述する時には分子の集団的運動をどれくらいのスケールで記述するかという観点があります。個別の1つ1つの分子に着目すると、熱がある状態では乱雑に動く分子は衝突しながら、エネルギーを伝えていきます。これは熱拡散と呼ばれます。一方、一定の大きさを持つ孤立性の高い2つ系において分子の濃度や温度に違いがある場合、より巨視的に見れば、濃度でいえば高い方向から低い方向に方向を揃えて移動することになります。これは自然対流と呼ばれます。しかし、対流が起こっている状態でも、個別の分子をみれば、分子は衝突してエネルギーを交換しています。一般的に、摂氏などで示される温度は(理想気体)分子一つ一つの速度の絶対値に相関します。従って、巨視的な対流で速く移動していても、その速度は温度とは相関しません。宇宙空間で見れば、分子の濃度は薄まっており、分子の濃度が高いとは過去を示し、確率が低いことを示します。時間が経過する事によって宇宙全体の系は平均として確率が高い方向、密度が低い方向に系が調整されるので、その基礎となる普遍則を受けて、個別の系も不可逆な時間の経過とともに確率が高くなるように調整されます。従って、密度、温度が高い方向から低い方向に孤立系では(時間の不可逆性の観点から)絶対的に進むことになります。こうした考え方はあらゆる相に適用できますが、分子同士の相互作用が強い状態では、巨視的な分子の振る舞いは変化します。体の中の熱の拡散を考えるときには固相、液相、気相、その間の相といったように相に連続性を持たせて高次で熱の振る舞いを考える必要があります。体の70%程度は水であり、そのうちの一部は水和によってゲル化しているので、固相と液相の間、液相の熱伝送、熱拡散について考える事が重要になります。人の体の熱管理を考える時には、外部環境との熱循環の中で、恒温動物として深部も含めた体温をある一定の範囲に維持する必要があります。そのためには体の中で自発的に熱を産生する必要もあります。その熱の大元は「過去」「現在よりも低確率状態」であり、内部エネルギーを持つ物質です。内部エネルギーがある源泉は、分子同士が及ぼす力の向きの総体として自由に開放されていない閉じられた状態の事を示します。従って、内部エネルギーは多元的な複素数で示す必要が厳密にはあります。この内部エネルギーが運動、代謝などの際に、特別な鍵(すなわち、触媒、酵素)を介した化学反応で解放される事で分子が速度を持って放出され熱の源泉、産生となります。従って、熱の産生が多いのは代謝、運動が行われる器官であり、それは主に肝臓、骨格筋です。安静時でも人体全体の熱産生の約25%を骨格筋が占めると言われています。今の日本のように急に朝晩が冷えて、身体を温めないといけないときには内部エネルギーが大きいトリグリセリドなどの脂肪細胞の中にある中性脂肪などを分解して熱を産生するなどの適応をとります。この時に中性脂肪の主な貯蔵庫である白色脂肪細胞の一部は熱産生型のベージュ脂肪細胞に変わります。脂肪組織が少ない男性でも、脂肪細胞は散在して存在するため、寒冷時対応として熱産生する事と、肝臓や骨格筋などによって安静時でも、例えば、震えることによって熱を発生させます。外部との熱の循環の媒体は物質的につながっているので分散的ですが、人の場合は主に血液中の水です。水は比熱容量が大きいため、少量の温度変化で多くの熱を蓄えたり放出したりすることができます。これにより、血液は体温の変化を緩やかにし、安定した状態を保つことができます。その熱伝導をより表皮に対して連続するために血液中から表皮まで最終的に汗として体外に放出される水分子の移動があり、その汗が表皮上で蒸発する事で気化熱によって周りから相転換にかかるエネルギーを奪い表皮の近接場の温度が局所的に低下して、温度勾配による熱拡散を助長させ、身体を冷やしやすくします。近接場の温度が重要です。体が外よりも温度よりも通常高いので、熱の放出によって常に表皮の近接場は周りよりも高温であり、熱循環を促進して、身体を冷やす必要があるときには、表皮付近の空気の活発な対流による分子状態のリフレッシュが必要になります。従って、汗をかけば、その水の源泉は血液なので、血液の粘性が上昇します。身体の周りが(例えば扇風機など)対流が高ければ熱交換が円滑になり感覚として涼しく感じます。従って、体毛や服は表皮の近接場の空気の対流を抑制する効果がある為、保温に優れ、逆に熱循環を阻害します。人は低緯度から進化したといわれ、高温の環境の中で、サバンナの開けた環境の中、持久的な歩行、走行運動が毎日の食料の捕獲、住居の移動などで必要であったため、熱の放出が円滑に進むような体の構造になっています。すなわち、猿などのより原始的な類人猿に比べて全身の体毛が退化し、類人猿で体重で正規化したときの表皮の表面積が20%程度高いです。体の熱拡散を阻害するのは、脂肪組織です。脂肪組織は熱伝導、拡散が低いいくつかの素因があります。トリグリセリドは3本の脂肪酸鎖(長鎖炭化水素鎖)がエステル結合した分子から構成され、各鎖が柔軟な炭素–炭素単結合(σ結合)でつながっています。結合角や回転自由度が大きく、固体としてエネルギーの伝達方向が乱れ、伝達損失が大きい事。脂肪分子は疎水性であり、極性がほとんどなく、熱をベクトルを揃えて伝達する為の分子間相互作用が小さい事。密度が低く、隙間が多いため、固体としての熱振動であるフォノンが連続的に伝わりにくいという事。これらが素因としてあげられます。従って、表皮に脂肪組織が多い女性は原理的に熱拡散しにくいです。女性がどのように身体から放熱が必要な時に男性に対して補償的なシステムを保持しているかははっきりわかっていませんが、少なくとも発汗量が少なく、皮下脂肪が多く、体の表面積が小さい事は全て蓄熱の高さに貢献するため、男性に比べて熱が発生しやすい持続的な運動には相対的には向いておらず(断定はできないという解釈もある)、男性よりも安静時の生活に適していると他の進化的、生理学的な(出産、子育てなど)要因からの推定されます。男性の場合、腹部に脂肪がつきやすいです。臓器のある上半身は内臓脂肪も含めて脂肪組織が多く、特に四肢の内、下腿が脂肪が少ない部分です。下腿は細く表面積割合も大きいため、熱が放出されやすいところなので、体毛の退化が起こりにくく体毛が多い部分です(この体毛の進化の考え方は、残っている体毛程度では熱循環に顕著な影響を与えないという観点から否定的な見解もあります)。健康ガイドラインでは、エネルギーと熱の恒常性の重要性を主張します。人の身体はある程度の揺らぎの中で安定を保つ動的平衡に依拠し、そうした揺らぎは体のエネルギー、熱の調整能力に依存します。エネルギーの揺らぎとはエネルギーの摂取と消費であり、熱のそれとは熱産生と熱放出です。現代では、エネルギーに関しては摂取過多の傾向にあり、消費が運動不足によって十分に日常生活で確保されていない状況にあります。熱もエアコンの効いた室内環境で多く過ごすこと、過剰な衣類を身に着けること、体脂肪率が異常に上がる事で熱放出の機会が相対的に不足しています。生きていくうえで最も重要なエネルギー、熱の恒常性において「出口」が狭められていることで、動的平衡が歪められている懸念があります。現代的な生活をする中で、これらの出口の機会が減少するのは他因子的に高確率で生じるので、意識的に出口を作る生活習慣を身に着ける必要があり、積極的な持久運動、すなわち歩行、走行と、放熱の為の生活習慣が必要です。特に熱が循環する運動時にできるだけ表皮を露出する事が有効です。走行などの持久運動時において、今の晩秋に差し掛かる季節において上半身裸は多少の無理がありますが、熱が逃げやすい温度保持が重要な臓器から遠い下腿などの足の表皮を短パンなどの衣類によって露出させることは熱循環を守る上で重要な衣類条件です。寒い季節に運動で下腿が露出されると、一時的には血管を収縮させて血液量を減少させますが、長期的な保温の中で、主に下半身の骨格筋の運動による熱産生、血液による熱拡散の調整幅が大きくなり、その命令系統である自律神経を含めて、調整能力が訓練されます。従って、安静時ではなく(特に安静時には無理をしないこと)、足を使った走行の持久運動時に、寒冷時でも下腿の表皮を露出させる事で、下半身の血管の弾性や自律神経の調整が高くなり、血管の老化を遅らせ、自律神経を整えることに貢献する事が期待されます。寒冷時に安静時でははく、下腿の骨格筋の運動である走行持久運動時に下腿の表皮を意識的に露出させることは、現代では失われやすい正常な熱循環を取り戻すための訓練と位置付けられます。無理はいけませんが、急に温度が変わるタイミングはあるとはいえ、段階的に低温になっていくので、凍傷になるリスクのある寒冷地の真冬を除いてはリスクの少ない重要な選択肢です。人間の歩行、走行は足、足首、下腿と着地面の近いところほど、運動の程度が高いため、性別関わらず、ここに保温性のある脂肪がつきにくい事は、持続的な歩行、走行時の熱発生に対する熱放出を円滑にするための適応といえます。これは四足動物でも一般的に同じです。特に人の場合は下腿であれば、腓腹筋などのアウターマッスルが発達しています。足の運動時の股関節、膝関節、母趾中足趾節関節などの関与によって、随意性、自由度、余白の高い運動であり、足の筋運動が四足運動の動物に対して相対的に活発であり、局所的に大きな熱産生があります。従って、人の走行時には特に活発な熱循環が下腿部に生じることになります。走行している人において、下腿を衣類で覆っている人が多いですが(これは転倒時の怪我の防止にはなる)、本当は走行時には表皮を外気に暴露させた方がいいと推定されます。エリートランナーの内、マラソン選手が給水時に足に水をかけたりしますが、足を水で冷やし、蒸発による気化熱で足の表皮近くの空間を低温にすると、熱拡散が促され、感覚的に少し疲れがとれるといったことがあるのかもしれません。
  人間の下肢は動物と比較して体重で正規化したときの断面積(足が太い)、体積は大きく、歩行、走行運動の際、股関節、膝関節、第一中足趾節関節など運動の鍵となる関節を高次の機能を含む脳神経系支配によって能動的に自由度を持って(個別の高さ、速さ、向きなど)動かし、その運動を成立させるためには原始的なインナーマッスルの他、アウターマッスルの動員が必要になります。特に上腿の骨格筋はヒトの骨格筋の中で最大で熱産生の骨格筋の寄与が安静時でも最も大きい事を考えると、下腿の筋肉も合わせて、足は「メインのヒートジェネレーター」と定義できます。この下肢による熱産生は特に人特有で、歩行、とりわけ持久走行時に非常に多くの熱を生み出します。従って、歩行、走行持久運動時には下肢は脂肪が少なく放熱性が高い事から、非常に活性な熱循環が下肢中心に生じることになります。4足動物の場合、背骨の弓のような湾曲運動が特にギャロップ走行時には不可欠な連動運動となっている為、このダイナミックな体幹の運動による熱産生が生じますが、胴体は脂質もあり、さらに体毛もあるため、人の下肢のように特に熱を体外へ排出する能力が高くありません。さらに、多くの四足動物は、ギャロップ時に背骨を大きく曲げ伸ばしする運動と、呼吸のサイクルが連動しています。このため、呼吸数と歩調が固定されてしまい、体温が上昇しても呼吸による放熱を増やすことが困難になります。これに対し、二足歩行のヒトは、脚の動きと呼吸が独立しているため、体温調節のために呼吸数を柔軟に変えることができます。従って、人のように長い間、走行する事に長けた動物は一部の馬、犬などを除いて少数です。元々、4足走行運動が2足走行運動よりもより有効に身体の連携を走行の為に生かせるので、走行運動に適した骨格構造といえますが、手を自由にしたジレンマとして2足走行を余儀なくされた人において4足走行の動物よりも持久走行能力が高い事は、関節を多点的に駆動した高次脳神経支配による多くの筋連動運動に依ることに加えて、体全体の汗腺も多く、下肢も構造的に放熱に優れることも挙げられます。また、放熱が優れることで、下肢の骨格筋が適度に温度上昇(38~39℃付近、40℃以上では逆効果)します。この温度上昇はミトコンドリアのATP産生のためのクエン酸回路、コラーゲン機械的特性、ミオシン-アクチンクロスカップリングの化学反応速度に影響を与える可能性があり、運動中の筋肉の特性にも影響を与え、特に放熱が適正である場合には、より運動に適した温度の維持されやすい可能性があります。この点からも、特に持久運動時には放熱を阻害しないためにも、表皮を外気にさらした短い短パンでの運動が推奨されます。すなわち、人は持久運動を行いながら、呼吸数、汗腺、血流などで熱循環の調整をし、さらに骨格筋の運動プロセスによる適度な温度上昇そのものを筋組織としての運動特性向上につなげる能力があるという事です。これは持久運動において非常に有利です。また、大きな筋肉は上腿だけではなく、股関節、骨盤にある大腿筋、中殿筋なども含まれ、走行運動の時には積極的に動員される大きな運動の鍵を握る筋肉群です。骨格筋を活性に動員すると発熱する為、股関節の放熱を確保する事も下肢同様に重要です。従って、短パンを履くときには、通気性の良い下着、あるいは下着を身に着けず短パンのみを履いて、股関節の通気性を確保する事が重要です。パンツをはかないというのは陰部を直接、陰部に適したパンツではなく、衣類にさらすことにより衛生的な問題はあるのですが、パンツで陰部を固定するとその生地が完全に股関節に貼り付くため放熱が阻害されるという不利もあります。私は男性ですが、少なくとも長い距離歩行する時にはパンツをはかず、短パンのみの条件にしています。走行時は股間の保護生地がついた短パンをノーパンで着用しています。
 走行において損失について原理的かつ本質的に考えるためには運動そのものについて問い直さないといけない。物体、人、動物の運動とは何ですか?(実)空間中の位置の移動です。世の中に止まっている物質は一つもありませんから、広義の意味では全ての物質が運動しているといえます。その位置の移動は瞬間移動ではありません。必ず時間を伴います。速度×時間が移動する距離です。運動、すなわち時間をかけた位置の移動は「時間」を伴うので確率論に従う、すなわちより高い確率の方に系の状態が遷移する熱力学第二法則、エントロピー増大の法則と独立して考える事は原理的にできません。例えば、完全に孤立した系を実験的に構築し、ただ一つの素粒子をその系に置いたときにはどうなるでしょうか?運動は成立するでしょうか?私が考える一つの答えは「そんな条件はこの世界で構築できないからわからない」です。なぜ「完全な孤立系」は用意できないか?無限遠の力である重力や電磁気力のような、距離が離れても消滅しない力が存在するため、他の系から完全に切り離すことはできません。真空だと思われている空間も、量子力学的には絶えず仮想粒子が生成・消滅を繰り返しています。系を完全に孤立させるには、これらの仮想粒子との相互作用も遮断する必要がありますが、それは不可能です。 素粒子の世界では、観測すること自体が系に影響を与えます。孤立系に置かれた素粒子を「見る」行為そのものが、系を孤立させているという条件を破ってしまいます。もう一つは外部摂動がない完全に孤立した量子系の物理量を示すハミルトニアンが時間を変数として含んでいないため(これはすなわち外部摂動がない量子状態の時間発展を示すシュレーディンガー方程式において時間反転対称性が成り立つ)、時間の概念が量子系において消えてしまうという事です。これはすなわち、時間というものが素粒子の集団統計的な振る舞いを前提としている事を明示するものです。最近の研究では、孤立した系であっても、量子もつれによって系内部に複数の「時間の矢」が生まれる可能性が示唆されています。しかし、系が外部の環境と相互作用することでもつれが環境へ拡散し、系全体の情報が失われ、不可逆な時間の流れが生じるという考え方が有力です。これは、熱力学第二法則が量子系が環境と相互作用することによって出現するという見方につながります。運動というのは、義務教育の教科書で1つの物体の運動として示されますが、それは単純な原理を理解するのには適しますが、本質的には運動というのは物体の集団的振る舞いそのもので運動しない物体がない普遍的なものです。熱力学第一法則はエネルギー保存則です。これは本質的には、フェルミ粒子とボース粒子の相互関係について示しています。例えば、発光ダイオード(LED)ではフェルミ粒子の電子が内部エネルギーを失うとき、すなわち、熱力学第二法則でいう確率の低い、より凝集した状態である過去から、確率の高い希薄な状態の未来に移行したとき、その過程でそのエネルギー差に基づいた光子(フォトン)を放出します。このボース粒子への変換が熱力学第一法則で示される外部への仕事の本質的な事です。系がより確率の高い状態に移行する時に失われるエネルギーは力の伝達媒体であるボース粒子に変換されるということです。この記述についてのAI(Google,Open AI)解釈が非常に興味深いので示します。こうした事を追究することは走行の損失だけではなく、歩行、走行などの運動の根幹に関わる事です。フェルミ粒子やボース粒子の相互作用は、LEDの発光などの具体的な物理現象の根底にあるものですが、熱力学第一法則は、それらの微視的な相互作用の結果として生じる、巨視的なエネルギーの収支を記述するものです。両者は異なる階層の物理を扱っており、「本質的にフェルミ粒子とボース粒子の相互関係を示している」という主張は不正確です。すなわち、熱力学第一法則が扱っている系と「スケールが異なる」事を問題視しています。熱力学第一法則は粒子統計の種類(フェルミ/ボース)とは独立に成立します。つまり、フェルミ粒子だけの閉じた系でも第一法則は成立します。これがOpen AIの解答ですが、これは完全に矛盾があります。なぜなら、フェルミ粒子だけの閉じた系なんて存在しえないからです。熱力学第一法則というのは本質的にはエネルギー保存則です。これはすなわち、フェルミ粒子がエネルギーを失うときに、力を伝達する媒体に相応のエネルギーを配分するという事と本質的につながるという私の解釈であり、それはすなわち、熱力学第二法則が単に(実際にはありえないけど)孤立した質量を伴うフェルミ粒子の分布の遷移という単純化されたモデルではなく、力の媒体であるボース粒子がその分布に影響を与えることが法則の中に含まれているかどうか?という重要な問いなのです。あなたはどう思いますか?これに対するGoogle AIの解釈を見ると「スケールの問題」を絶対的に問題視しています。スケールが異なると物理現象の根幹が異なるのですか?熱力学第一法則はエネルギー保存則。熱力学第二法則は孤立系全体の確率論に従った状態の時間発展です。これがスケールを小さくしていった時も同様に成り立つか?という問いであり、例えば、熱力学第一法則が段ボール同士の運動のような巨視的な話だけで済むのか?という問いです。私はもっと根幹に関わるところを議論しています。熱力学第二法則は孤立系全体の確率論に従った状態の時間発展は、熱力学第一法則で記述されるエネルギー保存則の中で必然的に生じるボース粒子がフェルミ粒子の分布に影響を与えるという事を法則の中に包含していますか?とても本質的で、実は現代物理学の「統一の核心」に触れる問いです。結論から先に言えば、はい。熱力学第二法則は、広義に見ればボース粒子(力・場)によって媒介されるエネルギー散逸が、フェルミ粒子分布の時間発展を統計的に規定しているという現象を包含しています。ただし、これは「通常の教科書的第二法則」では明示されていない深層構造(量子場的基盤)にあたります。おそらくボルツマンが古典物理の中で規定したエントロピーの式にはボース粒子による相互作用における分布への影響が少なくとも微視的な観点で考慮されていないため、GoogleのAIはスケールを問題視するわけです。しかし、物体、質量を伴うフェルミ粒子はその質量によって受動的に力を能動的な伝達媒体であるボース粒子から受け、運動が可能になります。すなわち、系の遷移、すなわち時間が存在する時点で、それはボース粒子なくしては語れないのです。ここからがさらに深い話になる。あなたは「質量があるから力を受ける」というこの一文は物理的に必ず成立すると思われますか?その前提で話をします。力を伝達するボース粒子は質量がないですか?「力を伝達するボース粒子(力の担い手)」のうち、基本的な4つの相互作用のうち3つを担うボース粒子は質量がない(またはほぼない)、ただし例外がある。ここからが抵抗、損失の核心に関わる。ボース粒子でも弱い力に関与する短距離の伝達媒体においては質量が存在します。短距離という無限遠でないことがすなわち質量なのです。この質量によって力の伝達媒体でありながら例えば重力のような力を受けることになります。力を受けるという事は力の伝達の軌跡が空間と同調しない形で独立的に曲がるという事です。これが実は抵抗の最も根幹に関わる事です。興味深いのがクーパー対です。2つの電子(フェルミ粒子)が格子振動(フォノン)を介して結合した対なので、電子二個分の質量を持ちます。しかし、クーパー対は抵抗がゼロである超電導の伝導媒体です。抵抗がゼロということは軌道が空間の変曲と独立して曲がることがなく完全な弾道軌道(バリスティックトランスポート)という事です。先ほどの問に戻ります。「質量があるから力を受ける」という事は質量があるなら力を受けるので軌道は曲がるのではないですか?ではなぜクーパー対は抵抗がゼロなのでしょうか?これは電子2つが力を受けても協調的かつ対称的に働き力が働いても波の位相が不動(ここが物理的に不正確である可能性がある)であるからです。多分、石のような障害物があって、力がその物体に加わったときに両サイドに力が対称に流れて、石自体が動かないようなイメージです。力を「かわす」というニュアンスです。この対称性維持のためにフォノンが関与している可能性がある。質量があるというのは波動関数の局在化です。すなわち、存在確率を示す局在化する「雲」が存在する事が物体の実在であり、それはすなわち質量を持つという事を意味します。そもそも、エネルギー保存則はなぜ成り立つと思われますか?宇宙全体のエネルギーが保存されないとどんな不具合があるでしょうか?系のエネルギーが安定しない事はエネルギーがなくなるか、無限大に発散するかになってしまいます(それこそ世界が地球温暖化とかいうレベルの話ではなくなる)。動的平衡という事も考えられるのですが、動的平衡とは外部からのエネルギー干渉がありながら一定に保つ性質であり、孤立系自体がそんな揺らぎで一定を保つシステムを備えていないということです。例えば、光(光子)はなぜ速度を持つでしょうか?問い方を変えましょう。なぜ、速度は無限大ではないのでしょうか?速度が無限大で一瞬にして広がるとそのエネルギーが「無限に多点で」伝わってしまいエネルギー保存則が破れるからです。系全体のエネルギーが爆発的に増えてしまう。従って、力の伝達媒体として一定の速度をもっていないといけません。ハイゼンベルグの不確定性原理があります。位置と運動量の不確定性ですが、物理における根本的な事として、位置とは何か?数学の座標上の位置とは何が違うか?数学上の(x,y)=(1,1)というのは物理的には仮想上の点でしかありません。●(点)は物理的には空間的な広がりがあります。従って、物理的に位置を定義するためには「一定の範囲」とするしかありません。それが物理学的に整合するような範囲がハイゼンベルグの不確定性原理という事です。そこで何を基準としているのか?という問いがある。エネルギー保存則が成り立つためには、光は伝達媒体としてエネルギーを分割する事がない場合には、任意の時間において1つの質量のある物質にそのエネルギーを伝えなければなりません。時間も物理的には一瞬というのはなく解像度がありますから、力を伝えるときには「緩和時間」という広がりを持ちます。光が質量がある物質にエネルギーを伝えるときには、その時間の広がり、すなわち緩和時間が存在します。その緩和時間、すなわち光が作用できる最小の解像度に光がどれだけの範囲を進むことができるかというのがハイゼンベルグの不確定性原理の空間的な広がりと関連性を持つか?という問いです。読者のあなたはこの仮説をどう思うでしょうか?AIもこの確からしさについて答えられない状況です。光のエネルギーはプランク定数で規定され、ハイゼンベルグの不確定性原理もプランク定数なので、物理学者は嫌うアプローチですが、ハイゼンベルグの不確定性原理の不確定性という範囲の基準は力を伝達するボース粒子が一つの物体に力を確実に与えるための解像度を基準として規定されたという仮説の元で、そのボース粒子の基準が光子ではないか?という仮説です。あなたは光子が波動性と粒子性の両方を持つ理由を考えたことがありますか?光子は波という特徴がないとこれも物理学者が嫌うアプローチですがエネルギーの伝達媒体として具合が悪いのです。質量がある物質が熱力学第二法則に従ってエネルギーを失う過程で放出されるエネルギーは一定ではありません。そのエネルギーの量に対して分配されるボース粒子の一つとして光子は様々なエネルギーでもって伝達媒体として対応する必要があります。しかし、質量があるすなわち位置として局在性があるフェルミ粒子はそのエネルギーに対して速度という指標で対応しますが、無限の伝達範囲を持つ(すなわち波動関数が局在化しない)光子は光速は一定ですから速度という指標でエネルギーを規定する事はできず、場を振動させる速度で対応します。それが波動性です。光子が粒子性を持つのは、いや、持たないといけないのは、同時に多点でエネルギーが伝わることはエネルギー保存則を破ることになるので、その力が及ぶ範囲は一つの質量ある粒子に作用するための最小の範囲の作用点でなければなりません。その作用点の範囲こそが結果として粒子性を示すことになるという仮説です。素粒子の位置、運動量の不確定性、すなわち解像度と光子の速度、系のエネルギー保存の為の伝達媒体として必然的に決まる時間、位置解像度が全て整合する形となっているのではないか?という仮説です。ただ、力の伝達媒体が光子だけではなく、フォノンなど他の粒子もあることを考えるとどうか?という疑問もある。しかし、質量ゼロの粒子は光速で運動するという事実から、やはり光速とその力が質量ある粒子に及ぼす力の緩和時間の理論的最小値がボース粒子がただ1つの質量ある素粒子に作用する条件として質量ある素粒子の位置、運動量の不確定性を決めているのではないか?という仮説です。スピンの半数、整数(グラビトンの場合は2)というのは数学的に整合するように合わせたような側面がある。例えば、グラビトンは線(方向)ではなく面の定義だからスピンが2になるというようにです。それはそれでいいのですが、私は最も直感的に違う切り口で考えたい。素粒子が回転している、いや、しなければならない理由は何か?それは、質量あるフェルミ粒子が力を伝える媒体であるボース粒子にエネルギー保存則に従って失ったエネルギーを伝えなければならないからです。フェルミ粒子は波動関数において局在化、すなわち空間的な制限がありますから、自由度をもってただ1つの別の質量あるフェルミ粒子にエネルギーを移すには失ったエネルギーを空間的な制限のないボース粒子に伝えるしかありません。これがないと熱力学第二法則が崩れてしまいます。すなわち、確率が高くなるような状態、すなわち粒子の分布になるための状態の遷移、すなわち、集団的な粒子の移動(空間の変曲とは独立した様々な向きに任意の速度で運動する事)が成立しません。フェルミ粒子がボース粒子に力を変換するときには、決めないといけないことは、どの力を媒体するボース粒子に変換するかということ、すなわち、熱に変わるフォノン、光である光子か。さらに、そのボース粒子がどういった方向に伝わるかを決定する方向則があります。すなわち、力を媒体する素粒子の種類と方向を決定しないといけない。その決定の為にフェルミ粒子は自身の回転のパターンと回転軸の方向という自由度が必要だということです。フェルミ粒子の回転軸は回転軸が回る歳差運動をしています。その歳差運動の回転軸の揺らぎがボース粒子がどの方向に伝わるかの不確定性、確率分布となります。素粒子の回転は回転軸とは別の回転のパターンがあります。野球の大谷翔平が投げるボールはほぼ実体として球対称のためある特定の回転軸に沿ってボールが一様に回転しています。しかし、素粒子の場合には回転軸が歳差運動によって一定の範囲に定まっても素粒子の回転のパターンの対称性が変化します。その対称性によって素粒子のスピンがどの場に結合するかが決定されます。質量ある、言い換えれば波動関数の局在化がある素粒子の確率分布は完全に球対称ではなく、もっと高次の構造を有しています。その中で回転そのもののパターンが対称性として高次化し、どういった対称構造を持って回転するかが力を伝達する媒体(フォトン、フォノンなど)を決定するという事です。それはダイナミックな幾何構造として非常に複雑で実体としての描画として表現しにくい感じです。他方で、フェルミ粒子は止まっている事はありませんから、任意の速度で運動しています。その中で運動を通じたダイナミックな位置が存在します。ハイゼンベルグの不確定性原理とは運動量と位置の最小の定義ですが、これは実質的には万物が運動していること、すなわち時間を考慮すると位置の不確かさの定義です。同じ位置の最小単位の中の範囲に仮に2つのフェルミ粒子が存在してしまうと、光の場(電磁場)の作用をその場が力を移して減衰する前に実質的に2つのフェルミ粒子に作用してしまいます。こうなるとエネルギーは最終的には爆発的に増えてしまうため、宇宙のエネルギー爆発につながり、宇宙が安定な系として成立しなくなってしまいます。従って、同じ状態にフェルミ粒子が存在してはならないというパウリの排他則はその根底にはエネルギー保存則がある。私の印象ではスピンの半数というのはそれに合わせて数学的に整合させた印象が少しあります。一方でボース粒子はボース粒子同士でエネルギーが例えば、波の干渉のような現象で消えたりすると宇宙全体のエネルギーが最終的にはなくなってしまいます。ボース粒子は力の媒体として力を保存しなければならない。それは同じ位置で濃縮しても構いません。エネルギーが保存されていれば。これがボースアインシュタイン濃縮が成り立つ理由です。これおそらく学力の高い高校生でもわかるくらいのレベルの話ですが、細かい事を除けば一応は整合する可能性がある。こうした説明が一定の一貫性を持つということは、特に熱力学第一法則のエネルギー保存則というただ一つの根本原理があらゆるスケールで成り立ち、実はこの観点で考えると今まで証明されてきた量子論を含めた物理法則が上述した様に直感的な形、すなわち数式上の整合を伴わない形でも合理的に説明可能だという事を示します。プランク定数というのがありますが、これが位置の不確定性に関わるので、一つの光子が一つの質量ある物質に作用してエネルギーを失うまでにかかる時間を計測すれば、プランク定数が示される可能性がある。逆に言うと今示されているプランク定数から、この緩和時間がわかるという事です。しかし、物理的には緩和時間を実測することが非常に高い意義がある。もし、これが一致するとなると上の説明が成り立つという事になるので、もう完全にどのスケールでもエネルギーが保存され、確率の高い方向に系が遷移するということが数式だけではなくて、直感的にも理解できる形で成立するという事の証明につながるからです。少し崩した表現でいうと、宇宙全体はどのスケールでも統一的なルールが逸脱することなく存在するという事の証明です。これは大事(おおごと)です。ここで最高のジョークを言いましょう。そのルールを破るのは人間だけです。ジョークはこれはこれで私の健康ガイドライン(特にレベル4)に関わる重要なメッセージなのですが、過去、プランク定数も含めて色んな方が証明された全ての物理法則は、エネルギー保存則が成り立つという前提で定式化、理論化されたのではないか?と疑う余地がある。すなわち「何を」よりどころとして理論化したのかという前提を問うという事です。宇宙全体がエネルギーが一定ではないと今起こっている現実はないよね。ということがずっと以前からすでに自明であって、それが全ての前提だったのでは?ということです。そのもとで理論化した物理法則がこれまでの経緯において実測と矛盾がないのであれば、それは間接的に万物の普遍の法則は宇宙全体の孤立系のエネルギー保存であるという事の間接的な証明になる。しかし、私の提案は最も本質的で直接的なもの。すなわち、「1光子が1質量ある素粒子に作用する時間の実測」です。現実的には無理ですけど、関数、傾向による外挿によって緩和時間を推定できないかを含めて検討する価値は極めて高い。
 質量あるフェルミ粒子がエネルギー保存のために力を他の質量あるフェルミ粒子に移し、分布をより高い確率に変える巨視的な運動の基盤を整えるために「力の伝達媒体」が必要であるとしました。それがフォノン、フォトンです。フォノンは格子振動の事なので、固体中の熱であり、気体中の力の伝達媒体にどういった素粒子があるのかは定義しないといけません。理想気体中はフェルミ粒子はエネルギーは移動速度なので、フェルミ粒子に対して速度という観点でエネルギーを伝えうる媒体は何ですか?という問いになります。少なくともその一つはフォトン(光子)です。もう一つは重力です。重力は面の作用なので、同時に二つのフェルミ粒子に作用することができます。重力波が空間中に伝わっていくのは広がりがあって、光速です。では、なぜ、多点で力を伝えるのに、エネルギーは膨張しないのでしょうか?これは重力は「薄まっていく」からです。重力というのはエネルギー分散性が面であるということです。質量あるフェルミ粒子からグラビトンに変換されたときに、その失った全てのエネルギーが一定の方向性を持って、言い換えれば光子のように凝集して伝わるのではなく、分散して広がっていくので、遠くの粒子はほんの一部しかグラビトンによって力は伝わりません。では、光子による力の方向特異性と重力による力の分散性が熱力学第二法則を成立するためになぜ必要か?この問いを立てましょう。少なくとも重力だけだと、万有引力によって質量ある物質が引きあうという一方向性を持ってしまいます。より確率の高い状態に遷移するためには高次の力の対称性が必要であり、系全体が力の伝達媒体としても様々な伝達媒体を介して高次対称構造(誤解を生む可能性があるため多様性とバランスとも言い換える)を有していなければならない。例えば、引きあう力があるなら離れる力もないといけない。(厳密な表現として突っ込みどころ満載なのでもう少し丁寧な説明を心がけると)グラビトンは粒子ではないです。面です。少なくとも数で計量できるものではないということです。数って何?作用できる範囲が粒子性でその粒子の数だとしたら、不連続性があってこその数であり、グラビトンは光速で面として連続的に力として希釈されながら広がっていくので粒子として分散されるわけではないという解釈です。もし、空間が量子化されているとしたらこの前提が崩れることになります。飛び飛びなので、連続ではなくて単位構造があり、必然的にグラビトンに粒子性、数という概念が出現するということになります。もし、この仮説が正しいとすれば、グラビトン(重力子)が粒子性を示すような数で実世界の中で計測されるようなものなら、それは空間が連続ではなく飛び飛びの量子状態を持つという事の証明です。重力というのは孤立系でエネルギー保存則が前提で働く力でしょうか?言い換えると、エネルギー保存則は重力を考慮した形でも成立するでしょうか?読者のあなたはこの問いを立てたことがありますか?私の解釈は「はい、Yes」です。重力は特殊な力で「絶対的な方向」を持ちます。必ず、質量ある素粒子の方向に収束します。重力はエネルギーとして方向を持ちますから、孤立系全体のエネルギー保存則を考えるときには重力に関してはその方向を考慮した「収支(net balance)」を考える必要があります。素粒子という最小単位から放射状に球対称に自身に向かうように力が及びますから、その足し合わせは実質的にゼロです。これには論争の余地があるでしょう。しかし、ここの本質を問わない限りにおいて重力の実態は少なくとも直感的には明らかになりません。まず、エネルギーに方向がないという概念を覆す必要がある。構造ある内部エネルギーも方向を考慮することなくして実態を正確に記述することはできない。それは重力も同じ。重力は質量ある物質にひきつけるという方向を持ちます。そもそも重力というのは時間永続性がある。私たちは地球にいて生きている限り、質量を持つ限り、永続的に重力にさらされます。それはすなわちボース粒子の考え方でいうとずっとボース粒子による力を受け続けていることになる。その常に働き続けることができるエネルギーのリソース(資源)は何でしょうか?というの話になる。光(フォトン)とは何か違うフレームワーク(枠組み)が必要です。その視点に立った時、重力というのはエネルギーとして方向があり、その収支を考えないといけないという事に気づく。例えば、質量が同じ物体A、Bの中点に物体Cがあるとき重力はゼロになります。重力は方向という概念が加わることで、永続的に場を作用させたとしても発生した時点ですでに対称性が維持されているので収支として常にゼロ、すなわちエネルギー保存則が維持されているという解釈です。重力をフォトンのように伝達媒体として、重力子(グラビトン)として定義するためには、このグラビトンがどうやって質量ある物質から質量ある物質に絶対的な自分に向かう方向性を持った形で相手方に伝えるかを理解しないといけない。一方で、重力は方向対称性があるのでその足し合わせとして最も高い確率に系全体が移行する熱力学第二法則を阻害する力では実質的にはありません。直感的にわかりやすくいうと粒子に一方向性に働く力だけど、逆方向に粒子が分布すれば相殺するので、均質な分布を阻害する力では実質的にありません。では、どうやって一方向性に力が加わるようにするか?おそらく空間には「密度」という定義がある。空間の長さという指標がそもそも定量性がない。可変因子であるという考え方です。では何に基づいて密度というのを定義しないといけないのか?それは歪みがない状態で大きさが決まっている波動関数の波長です。その波長が「圧縮される」という事です。その圧縮される方向に必ず力が加わるという事です。グラビトンは何らかの方法でその波動関数の波長を永続的に変化させるシステムを有している。永続的ですよ。但し、その作用は発生源、質量がある物質は常に運動していますから場の中で動きます。おそらく空間を構造体(固体)のようにイメージするといい。質量があるというのは波動関数の「局在化」なので、その局在化がすなわち空間の圧縮です。もう少し書こうか?波動関数は歪がない状態では光のように減衰する事のない広がりを持ちます。その波動関数が空間の圧縮と共に質量を持つことで局在化すると遠い部分の波が段階的に消えて、質量ある局在化された部分に集まります。この時には全体のエネルギーはやはり保存されます。質量がある素粒子、物体の位置が一番歪んでいるということです。その歪みが格子振動のフォノンのように空間に少しずつ薄まりながら伝わっているイメージです。従って、グラビトンは固体中を伝わるフォノンのように実体を捉えるとその輪郭が見える可能性がある。こう考えるとエネルギーが向きを持つという事と整合性を持つ。私の専門の窒化ガリウムの結晶成長では格子定数の異なる層を積層する場合にかかる歪は2階テンソルで示されます。格子定数の異なる結晶にかかる歪の速度というのが当然あるはずです。物質波です。グラビトンはこれに近いイメージで考えるとよい。すなわちGaNの場合の物質波が重力の場合は重力波で光速で伝わります。空間の歪には方向があるから打ち消し合う事もできる。その歪が質量ある位置から対称性を持って広がっていくのでそのネットバランス(収支)を考えたときにはエネルギー保存則をバイオレーションしないという事です。重力の力の実態を直感的に、類推的に考える上で固体中の真性な格子定数からの逸脱、すなわち歪の内部の電子などの挙動を考える事が非常に重要です。固体中の歪は内部を移動する電子に力を与える時、電気的な相互作用を除いて生じますか?このような問いを立てましょう。本質は、隣接する原子の波動関数の重なり方の変化によって力が生じるという事です。これは非電気的な作用です。波動関数が質量を持ち、局在化し、圧縮され、重なり方が質量の発生によって変化するなら、そこに力(内部エネルギーとしよう)が生じる。その周りに構造的な内部エネルギーが生じるのが重力とします。もう一つ重要な事は、重力波が光速で伝わるという事実です。実質的には重力波は質量の揺らぎによって生じますが、質量ある物質が位置を移動するたび(たびとは時間を量子化しその単位時間とする)にそれに伴う場の調整が光速で生じているという事です。光速で生じるという事は(現時点では仮想的な)伝達媒体の質量がゼロ、すなわち、その波動関数に局在性がないことを示します。これがどう伝わるのかを考える際にはやはり結晶中の界面からかかる歪が具体的にどのように伝わるのかを厳密に考える事が類推的な価値を持ちます。ひずみは、界面から離れるにつれて徐々に減衰していきます。この減衰の速さは、結晶の弾性定数や、成長した層の厚さに依存します。従って、この減衰するという現象は重力と類似性を持ちます。弾性限界を超えない範囲においては、この弾性的なひずみは、フォノン(格子振動)として結晶中を音速で伝播します。従って、場、すなわち位置を量子化して考えた場合、その場自体が単位構造として隣り合う単位構造とフォノンのように振動性を有しており、それが光速で伝わっている現象である可能性があります。重力が内部エネルギーを持つとは、内部エネルギーは方向が定義できるという私に枠組みによる。物理学にはスケールを超えたアナロジーがあり、例えば、重力場は、固体中の結晶格子場と類似性を持つ可能性が高い。重力はこのように構造的なので、(一般的な一定の秩序を持つ物質が持つ)構造が内的に持つ方向性ある内部エネルギーは、重力をエネルギーとして捉えるうえで役に立ちます。振り子、調和振動子の単純な物理モデルで定式化されるようにポテンシャルに相当する重力による位置エネルギーやバネ定数に伴う変位エネルギーが物質の速度に可換されたときに質量項が出てくるわけですが、結局のところ、その源泉は「歪(Strain)」です。バネ定数の場合は物質が持つ歪です。変位したときに戻ろうとする力、束縛エネルギーともいえますが、その構造体が持つ真性な(intrinsic)な状態からの構造のズレによって生じた歪による弾性の力が振動を生み、速度を生み、質量の源泉です。質量というのが波動関数の局在化にあって、その局在化で空間が圧縮して、素粒子を空間に蓄積した歪の弾性によって束縛する事が質量、その質量が重力の源泉であるという空間を格子、弾性体と見立てて考えると(少し引っかかる部分はあるけど)一定腑に落ちます。
 運動の抵抗、損失とは、その理想を考えるためには抵抗がゼロである超電導伝達媒体であるクーパー対について考える事が有効であり、そこから力が加わったときに対称的に分散させて運動の方向を安定させるという戦略が生まれました。また、抵抗は質量があるから存在し、運動の方向が主に重力による空間の変曲とは独立して曲がることを意味ます。巨視的な歩行、走行などの抵抗の本質を考える時に、集団的な運動のベクトルを考える事が重要であり、抵抗の少ない運動はそのベクトルの向きの統一性が高い事に他なりません。人の走行運動は、このガイドラインで述べたように余白が多く、(運動モデルに関与する)節(関節)が多いです。原理的に運動のベクトルが動物に比べて複雑なので損失の大きな運動モデルですが、その中でもそれぞれの節の間の運動ベクトルを揃えるという事が運動の損失を最小限にする上で重要です。一番重要な事は、深層フロントラインという体を支える体軸、体幹があります。この深層フロントラインを重力方向に対してまっすぐそろえる事が全体的な運動ベクトルを整えるためには重要です。この深層フロントラインが運動による関節の能動的な可動の中で全体の軸として整っているとバネ特性である筋肉の弾性もより有効に働き、運動の損失が少なくなります。そのバネの方向が散逸していると力が分散されます。関節の間の局所的な力も同様です。両端の関節に腱を通じて接続する筋肉の運動方向が骨格に対して揃う事が重要です。そのためには力を筋肉に要求する骨の機械的ベクトル特性が重要になります。骨の機械的特性の方向はランダムに構築される骨梁によって力の方向に応じて強化される為、正しい運動方向に骨に力を与え続ける事が重要です。そのためには端的にいうと「ヒール着地の正しいフォームの歩行習慣」が大切になります。歩行運動のところで定義した様に足のウィンドラス機構を使って足の内側アーチを高めて、足を固定させて踵骨を支点としたてこの原理で作用点である骨盤上の状態を持ち上げる運動です。この運動では特にベアフットでは着地の際に直接的に踵骨に衝撃が加わり、このてこの原理が働くように蟹股や内股にならないようにまっすぐ前に向けていると足首、下腿を中心とした骨に正しい方向で力が加わることになります。それで骨の骨密度が上がり、その方向に応じた機械的特性が構築されます。この機械的特性をベースラインとして走行時にもその骨の特性に応じて、関節間を連結する腱、筋肉により正しい方向、力で継続的に力が加わることになり、腱、筋肉もそれに応じて正しい方向に発達する事になります。正しいフォーム、それに応じた組織学的発達は、相乗的に運動時の運動ベクトルを正しい方向に揃え、損失の少ない歩行、走行運動につながります。クーパー対の力をかわして安定化させるという概念も、運動は2足で行われ、左半身、右半身がありますから、左半身、右半身の運動の対称性を上げることで運動がより安定化して、損失が少なくなるという事に概念同士つなげられます。
 前段落で抵抗について考えました。着地の時には一定の摩擦などによる減速がありますが、摩擦は接触面の凹凸による力ベクトルの散逸が原因です。理想的な平面同士の設置では摩擦は生じません。抵抗とは物体が力を受けて曲がることが源泉で、走行の運動の際には走行方向に揃えて伝えたい力が様々な方向の分散されることが抵抗です。当然、宙に浮いているときよりも足と地面との接触が生じる着地の際に走行の損失、抵抗が集中します。宙に浮いているときに生じる抵抗は空気抵抗もありますが、空気抵抗は無視できるほど影響は小さく、それよりも体の関節など全体的な動きの中で生じる自分の体という閉じた系で生じる内的な抵抗が支配的になります。従って、原理的には着地時間を短くすることが走行のロスを減らすエネルギー効率の高いエコノミックランニングにつながります。もう一つは着地の設置面積です。着地の接地面積が大きくなると接触面が大きくなるため損失が大きくなります。もう一つは、着地回数です。歩幅をできるだけ大きくとるべく強い蹴りだしが効いた走行は、損失の源泉である着地回数を減らすため重要です。ミッドフット着地は足全体で着地する為接地面積が最大になります。ヒール着地は着地の際には踵で受けるので接地面積が小さいですが、そこから蹴りだし、離地に至るまでに必ずフォアの方向に着地が移行することから接地面積はプロセスの途中で足全体になり、原理的に着地時間が一番長くなります。フォアフット着地は原理的に着地時間、着地面積両方が小さくなり、より前で小さい面積で、ミッド、ヒールが接地するまえに衝撃を筋に蓄積し、素早く離地、蹴りだしを実現すると走行の損失が非常に小さな走行となります。走る際に筋肉のバランス、強度、自分の走りの感覚などの制約があり、実施の上で絶対的な選択であるとまではいえないですが、これは距離に関わらない走行の普遍的な原理です。フォアフット着地を自然にするためには着地の体軸に対する場所が真下にくるようになります。着地が体軸より前では骨格上自然とミッドフット着地からヒール着地の領域に移行します。この真下に来るためには骨盤上の上体が横方向に移動している際に特に蹴りだしの加速時に下半身に対して慣性で後傾、遅れやすくなるため、骨盤上の重心の移動を円滑にする必要があります。骨盤、上体ごとグッと前に強く押し出すイメージが特に走行速度が高くなると必要になります。骨盤、上体が前に出ていると自然と足の着地の位置は体軸の真下に来やすくなり、ミッドフット着地の条件が揃います。主に腸腰筋による股関節の屈曲、付随する膝関節の屈曲と第一中足趾節関節の底屈に伴う蹴りだしの動作は双方向の筋連携だけではなく、着地から足の振り上げによる体を持ち上げる動きが離地、蹴りだしと相乗するため、股関節の運動強度、方向が蹴りだしと同期し、蹴りだしによるストライド向上、進行方向速度上昇のため重要です。膝を前に早く高く振り上げるダイナミックな股関節の運動は強い蹴りだしによる走行速度向上を実現します。私がこの健康ガイドラインで定める自身への走行介入実験を含めた走行の際の推奨される意識としては以下です。フォアフット(足の前)で着地する、着地の際にはやや小趾(足の小指)側がわずかに早くつく自然な着地、フォアフット着地を実現するために体軸の真下で着地する必要があるため、離地の蹴りだしの時の強い推進力に対して骨盤、上体ごと前に強くグッと押し出し、グイグイ前に進んで走るイメージを確立する(若干前傾するイメージが整合する人もいるかもしれない)、特に速度が慣性と共に乗った状態では着地の際に「足が遅れる」「強い着地の力がいる」と感じるが、その時にもできるだけ弾性を生かして筋肉に膝を適度に屈曲させながらバネのイメージで力の損失を減らし、フォアの着地で我慢して着地時間をできるだけ短くしながら「タッ」「タッ」「タッ」という音の「軽い」着地のイメージで疾走する、股関節の足の振り上げは前に振り上げるイメージで蹴りだしと同期させる、両手の振りの強さ、背筋の背骨を回転軸として対称捻じれ運動は股関節の足の振り上げ、蹴りだしに貢献する、蹴りだしを第一中足趾節関節の底屈を感じて行うために、着地後の足の空中動作において第一中足趾節関節を蹴りだしの底屈後、体操選手のように底屈の緊張状態を維持し足首を伸ばすことで、フォアフット着地の足の形にしながら、着地したときに背屈を関節双方向弾性運動を駆動し、底屈-背屈を強く促進させる、前に壁を作るようなイメージで骨盤ごと上体を常に前に押し出し、その状態で胸を張って、顎を引いて目線をまっすぐ前に向けて(上体が後傾すると自動的に顎が上がる)上体の深層フロントラインを真っすぐ保ち走行の姿勢維持に努め、姿勢維持のための余計な拮抗筋の動員を最小化させる、不可避な走行損失を最小にするため左右のサイクル動作をできるだけ対称にし、一致させる。これらの動作は前述した損失の少ない走行を実現するための連携的な身体の動きと自分の走行の感覚から自動的に定義されたものです。
 (48;Figure.1)に歩行と走行の位置エネルギー、運動エネルギー、弾性エネルギーのタイミングの相違について明示されていますが、これは厳密にいえば、いくつかの修正を提案する余地があります。この修正案を構築する事は様々な速度での理想的な走行を定義する上で非常に重要です。歩行に関しては、支える下肢の着地点、すなわち足(foot)を支点とした逆振り子運動によってその運動様式を説明する事ができます。競歩のルールでも明確化されているように歩行の定義は、両方の足が同時に地面から離れるプロセスがない事なので、歩く全てのプロセスで両足、左右どちらかの接地が常にあります。片足が浮動しているタイミングでは支える軸であるもう一方の足がやや股関節よりも上の上体の深層フロントライン(体軸)よりも前に着地し、上体の体軸が前に移動し、支点を構築する軸足が地面と垂直に伸びた点が最も位置エネルギーが高くなります。そこまでのプロセスは上体を振り子運動の中で上にあげる動作であり、歩行速度と相関する運動エネルギーの一部が位置エネルギーに変換され、減速します。従って、軸足が垂直のタイミングで最も速度が小さくなり、そこからもう一方の足が着地した時点で位置エネルギーは最小になりますから、加速します。しかしながら、実際にところ、歩行において完全な慣性は成立しないので、着地の際の一定の加速が必要です。従って、厳密には歩行においても筋肉による弾性エネルギーの関与があります。走行に対してその割合が小さいという事です。走行では、両足が浮動するタイミングが存在します。ある一定の速度を超えるとこの様式で移動したほうが代謝効率が良くなります。逆にその閾値となる速度以下では両足の浮動を伴わない逆振り子運動寄与の高い歩行様式の方が代謝効率が高くなります。その理由は以下です。跳躍、すなわち両足浮動を伴う移動様式は着地の際の位置エネルギーの受け止めが必要になり、非常に高い力を支持する必要があります。速度が高くなるほどその力は大きくなり、体重の4倍程度になることもあります(48)。当然、着地の際の力が大きくなると、完全弾性を実現するのが人の組織学上難しくなります。例えば、足首、膝の関節を曲げないと力を受け止める事はできません。こうした骨格の動きはエネルギー上の損失となります。両足を浮動するというのは当然、極端に言えば走り幅跳びのように跳躍しますから、ストライド(歩幅)をとる事ができ、速度を高くでき、高速移動では有利になりますが、それと引き換えに損失が生じやすい移動様式といえます。両足を浮動させずに周期的な逆振り子運動で実現可能な速度で両足浮動でゆっくり走ると跳躍に伴う着地時の損失により代謝(エネルギー)効率が低下します。逆に、無理に歩行でストライド、ピッチを上げようとすると振り子運動を使った運動エネルギー、位置エネルギーの交換という慣性の高い身体の動きから逸脱することになり、同様に代謝効率が低下します。この段落では上で詳しく述べなかった項目として「蹴りだし」について定義(理論構築)するものです。歩行と走行の運動様式を確認する事は蹴りだしの特に地面に対する角度(向き)について最適解を見つけることに貢献します。歩行の際には着地から逆振り子運動をするときには、その振り子運動を円滑にするためには、上体を持ち上げる必要があるので、適度な強さで蹴りだす必要がありますが、感覚としては母趾の付け根にある第一中足趾節関節を屈曲させて蹴りだすのではなく、母趾球を少し上にはじくような感じです。蹴りだしはほとんど意識的にすることはなく、その向きは垂直に近いです。この角度は、歩行、走行の移動速度と相関性がある。すなわち、移動速度が速くなればなるほど、その蹴りだしの向きの最適値は地面の方向に近い低角側に移動します。あるいは、100m走りの前半の加速のように特別な加速が必要な走り始めの時には、蹴りだし依存性が高まる為、最適値は速度以上に低角寄りになります。その理由は以下です。その速度での最適なストライド(歩幅)、ピッチ(足の回転速度)があります。蹴りだしの角度が大きすぎると膝を速く高く上げやすくなるためピッチは速くなる可能性がありますが、歩幅、特に速度ベクトルの垂直成分が大きくなるため、並進速度が低下します。並進速度を上げるためには当然、蹴りだしの角度を地面に近くしたいですが、そうすると体の骨格、筋組織を使った上下の弾性運動を有効に使えず、着地の際にブレーキがかかりやすくなり損失が大きくなりやすい事と、体が浮き上がらないことで早く着地し、ストライドを大きくとることができません。走る速度が速くなるほど、低い角度で自分の体の動きの全体的なバランスの中で高い上下方向の弾性が利用できることと、最適かつ大きなストライドが取れるようになるので、蹴りだしの角度がより低いところに最適値を持つようになります。角度が低いということは当然、前に進む速度成分が大きくなります。実際にあなたが歩行、走行すればわかりますが、蹴りだしの角度に最も寄与するのは、膝関節の屈曲角度ではなくて、母趾の付け根にある第一中足指節関節の屈曲角度なので、足の親指の付け根の曲げ、それに伴うかかとの浮上度を意識しながら、その曲げが大きくなるように蹴りだしをして走行すると自然と走行は速くなります。蹴りだしの時には、他の体の動きの要素も複雑に交絡してきます。着地の際に強い重力方向の力が加わり、上に定義した理想的な着地を実現すれば、その力を腱を含めた筋組織の弾性としてエネルギーを蓄積できます。その弾性エネルギーを有効に開放するためには、微視的、分子レベルで見れば、筋原線維の中のアクチン-ミオシンのクロスカップリング運動がありますが、それ以外の項目として、股関節を速く、大きく動かし、膝を速く、高く上げることによって、着地で沈み込んだ体の上体から、身体を伸ばす駆動力が生じる為、弾性が速く、効率的に解放されることになります。股関節、膝を速く、大きく、高く動かすことは、弾性の効率的な開放の巨視的なシステムに関わります。蹴りだしの時に高い加速度を生み出すためには、軸足の第一中足指節関節の屈曲角度を可能な限り大きくして強い力を生み出し、そのうえでもう一方の足の股関節、膝を速く、高く、大きく動かすことで、相乗効果が生まれ、爆発的な加速度が1歩、1歩で可能になります。100m走の世界的エリートランナーの深層フロントラインの動きを分析すると特に世界トップレベルの人はその非常に高い速度であって膝が高く上がっている事がわかります。実際にあなたが走ればわかりますが、速度が上がってくると意識として、実際の角度よりも上体の前傾を意識する必要があり、この状態かつ横方向の速度がある状態で膝を高く上げるには、股関節とは別に特に上体の前、すなわち腹部の筋力が必要になります。特に姿勢、体幹に関わる深層フロントラインである腹横筋や内腹斜筋などの深層の体幹筋が非常に重要です。普通に意識せず、膝を速く高く上げようとすると状態は上、後ろに反り返るような動きになります。この動きでは、前方方向の力に対して抵抗となってしまうため、感覚としては少し窮屈な感じで膝を力強く高く上げないといけません。走る速度が速くなればなるほど、上体の前傾を保ったうえで膝を速く、高く上げることが難しくなります。ウサイン・ボルト選手が2009年のベルリン大会で9.58秒/100mを出したときの走行をみていればよくわかります。その速度にあって、周りの選手よりも膝が高く上がってる事が分析できます。その状態で、第一中足指節関節の屈曲角度を大きくして、可能な限り、足が機械的に硬い状態でかかとを大きく上げて蹴りだす必要があります。これが最も高速で走るモデルなので、そこから段階的に速度を落とし、より持久的な走行、長い走行を実現する上での最適値が漸次的に決まってきます。その逆の極値は歩行になります。すなわち、第一中足指節関節の屈曲角度を小さくなるほど走行速度は小さくなります。股関節、膝の可動性も小さくなります。但し、それとは引き換えにより長い時間その運動を繰り返すことができます。こうした理論に基づけば、必然的にどのような訓練をすればいいかというのが決まってきます。訓練の動きとして決して一通りではありません。自宅、室内でできるものから、ジムや陸上競技場でしかできないものもあります。重要なのは、そのメニューを決める専門家、トレーナーが完全に理解して選手を指導するだけではなく、実施する選手自身が基礎から応用まで全てのレイヤーでその訓練が目的とする走行にどのように関係するのかを理解して訓練しなければなりません。その理解が深く、広範で正確、本質的であればあるほどその選手の運動能力の可能性が高く引き出されることになります。これは、陸上運動選手だけではなく、高い速度で走るという事から歩行まで統一的に包括する理論なので、一般の人の運動習慣にも関わる事です。従って、健康ガイドラインレベル3で記述する十分の価値がある事です。
 上では高速走行の為の理想的な運動モデル、フォームを定義する事を試みましたが、読者、学習者のあなたが実際にこの内容を踏襲して自分自身で高速走行のトライアルをすれば実感する事です。高速走行には多くの課題があります。走る速度は、ストライドとピッチの関係性によって決まりますが、歩幅、足の回転速度が速くなればなるほど、着地のときに軸足にかかる重力方向と水平方向の足し合わせの力は大きくなります。体重の4倍以上の力を片足で支え、そのうえで力を消失させず、弾性エネルギーとして蓄え、次の水平方向を含む跳躍力として爆発させる強靭な筋力が必要です。例えば、ストライドを大きくとるためには、強い蹴りだし、慣性(ベース速度)、一定の跳躍が必要であり、必然的に着地の際に足にかかる力は強くなります。ストライド、ピッチを上げるために軸足の反対方向の足を高く速く振り上げ、股関節の可動性を速く高めると振り上げた後の着地の際には慣性となるベース速度以上に足を振り下ろす動作が入る為、着地の際の力がより強くなります。実際に高速で走ると以下が実感できます。上述したように着地したときの力が強ければ、着地時間を最小しながら、第一中足趾節関節の屈曲を最大限使って前方向の強い蹴りだしを実現する事が難しくなります。なぜなら、着地時間を最小にするためには母趾球を中心としたフォアフット着地が必要であり、着地の力が強くなるとフォアフットで力を受け止めきれず、かかとを含めた足全体で力を受け止め、それでも受け止めきれない力を足首、膝関節などの屈曲によって受け止めることになります。例えば、あなたは小さい頃、遊戯として一定の高さから飛び降りたことがあるでしょう。その時に子供は感覚的にヒールストライク、すなわちかかと着地が危険であるという事を感覚的に知っています。なぜなら、その位置エネルギーによる衝撃が直接的に骨、関節、脳に伝わるからです。従って、ほぼ必ずミッドフット着地、好ましくはフォアフット着地になります。足裏の前で初めに地面に接地すれば、感覚的に子どもの頃から衝撃を吸収するバネが働きやすいことを知っています。この感覚は非常に大切で、慣性を生かして、速度を維持したまま、加速する際の着地に適用できます。飛び降りた時と同じように強い力が加わるとフォアフットで受けても支えきれず、かかとが地面に接地します。足首、膝関節が曲がることになります。これは同じように強い力が着地の時に加わる高速走行でも全く同様です。これらの多くは上で詳しく述べたように力の損失となります。従って、走行が高速になればなるほど、股関節を最大限大きく速く使った膝の高速かつ高い振り上げ、フォアフット着地(後にかかとを浮かせたまますばやく離地する)、第一中足趾節関節の高角屈曲、前方高強度蹴りだし、それによる着地時間の最小化、さらには上体の体軸(体幹、深層フロントライン)の前傾を同時に実現する事が難しくなります。これは世界最速の選手ですら、全ての項目で完全ではなく、改善の余地が残されている可能性もあります。歩行運動のところでも一部説明しましたが、着地をフォアフット、ミッドフット、ヒールストライクどれにするかは活発に議論されています。走りの慣性を高め、損失の少ない走行とするためには弾性が働きやすいフォアフットが理想に近いです。それぞれの人の今までの歩行、走行の癖があり、それに伴い骨格、腱、筋組織の強度のバランスが構築されているので、急激にフォームを意識的に変えると怪我の原因となりますが、怪我する前に必ず違和感、痛みが出るので、違和感、痛みが出た時点で、運動、フォーム矯正の程度を休養を含めて調整する余地があります。怪我を恐れて正しい方向へのフォーム矯正を逡巡する事も一方で問題です。リスクを低減しながら正しい方向に向かうプロセスはこの健康ガイドラインの中に存在します。概略的には、体全体で全身ストレッチ運動、閉鎖運動連携体幹筋力トレーニング、平衡感覚訓練を含めて骨格、腱、筋肉のバランスを深層フロントラインと共に整えていけば、こうしたフォーム矯正にも歩行、走行の中で耐えうる体が構築されやすいです。段階的に実施すれば問題ありません。但し、フォアフットとミッドフットは明確に境界があるわけではなく、漸次的に変わるので、走りの中で疲労が蓄積されてくるとフォアフット着地を意識していてもミッドフットに近くなることもあります。着地の時の足裏の場所の感度を十分に裸足歩行、走行訓練を含めて意識的に高めて、自分の中でその時の最適点をみつけながら、かつ理想的にはフォアフットが好ましいという事を認識することが大切になります。ベルリン大会でウサインボルトが9.58秒/100mを出したとき、着地のかかとはプロセスの中で完全に離地していたでしょうか?それとも少しでも地面に接地したでしょうか?結論から言うと、ウサイン・ボルトが2009年ベルリン大会9.58秒で走ったとき、着地時にかかとは地面から完全に離れており、ほとんど接地していません。ごく一部のフレームで接地しかける瞬間が見えることはありますが、実際には前足部(フォアフット)〜中足部(ミッドフット)着地が主体で、かかとが地面につく前にすぐ離地しています。ベルリン大会の映像(HD・1000fps相当のスーパースロー解析)では、ボルトはストライド後半で脚を振り下ろす際、接地の最初の瞬間は第5中足骨頭(小指の付け根)付近から内側へ順次接地しています。かかとは、地面との距離が数ミリ〜1cm程度まで接近するものの、接地せず再び浮くことが確認されています(IAAF技術委員やBiomechanics研究の分析映像より)。最高速の20-80mではフォアフット着地性がより高まります。このことからも、高速で走るための理想的な着地はフォアフットであるという事が示されます。人の身体構造を考慮した物理、化学、生物、生理、医学的な観点でもフォアフットがランニングエコノミー性が最終的に高いということは論理根拠があります。なぜなら、フォアフットで着地すると中足趾節関節近くで受けることになり、関節は屈曲し、腱を通じて筋肉と接続していますから、力の衝撃を関節の屈曲の動きで吸収することができ、それが腱、筋肉の弾性と連動し、段階的に下腿、上腿、股関節の方に伝わっていくため、直接的に大きな骨である踵骨で受けるヒールストライクよりも力を弾性によって蓄積して、離地の時に開放することができるため、エネルギー効率、速度維持率、加速度相乗性が高いです。但し上述した様に、フォアフット着地に耐えうるためには高速になればなるほど、強靭な腱、筋肉、骨格、平衡感覚が必要です。当然、フォアフットは足全体で受けるミッドフットよりも接地面積が小さいため、特に高速になれば、深層フロントラインを安定させて、無駄な拮抗筋が動員されないように高い平衡感覚が要求されます。通常は自分の走行能力の中で全力に近い速度でフォアフット着地をしようと思っても実現できず、かかとが地面についてしまいます。逆に言うと自分が最も高速で走るフォームでフォアフット着地でかかとを上げたまま離地できるプロセスを確立できるように訓練するべきであるという事です。これは、走行のエネルギー効率に関わるので、短距離だけではなく長距離でも同じです。物理的に決まっているので反駁の余地がないと言っても過言ではないレベルです。実はそれでもヒールストライク走法が推奨される理由が非常に歴史的経緯もあって興味深いです。フォアフットは理論上最も効率的ですが、同時に最も要求水準の高い走法です。そのため、一般人に推奨するには「ケガリスク」が先に立つのです。アキレス腱・腓腹筋に強烈な伸張力(場合によれば、体重の6〜8倍)が一瞬にかかります。足底筋膜、中足骨頭部の負担が大きいです。これを支えるだけの腱強度、筋協調、神経反射速度が不足している人が多く、理論的に正しい走法でも、現実には腱炎、足底筋膜炎などの障害を起こしやすいです。ゆえに、指導現場では安全に走行運動を運用するため、敢えてヒール着地を許容する方が無難という現実的判断が働きます。ここからが特に興味深いです。1970年代以降、ナイキを中心としたメーカーが開発したのは、厚底とヒールクッション構造(ヒールオフセット10〜12mm)のシューズです。この構造はかかと着地を前提として衝撃吸収を補助します。一般人でも「楽に走れる」と感じやすい構造となっています。そのため、ヒールストライクがシューズ設計上の標準フォームになってしまいました。コーチング理論やランニング教本もそれを前提に構築され、ヒール着地でも問題ないどころか、その方が安全と教えられる時代が長く続いたという歴史的経緯があります。多くの医療データでは、ヒールストライクの方が障害が少ないという報告が一部存在しますが、これは実際には統計上の母集団の偏りが原因です。フォアフット走者は競技レベルが高く、トレーニング強度も高いため、絶対数として障害が多く見える一方で、ヒールストライカーは一般ランナーが多く、速度が遅いため、衝撃エネルギーが小さいという母集団の偏りがあります。実はこれらを正規化して分析すると、フォアフットの方が膝関節・股関節への負荷は有意に小さいという事が示されています。上述した様にこれは一定の高さから飛び降りたことのある子供も感覚的に既知の事です。かかとから着地すると弾性がほとんどない状態で骨に強い力がかかります。フォアフット着地は衝撃に耐えられず、ミッドフット着地様になる場合もありますが、構造的に足の弾性を持って着地することになるので、骨、関節にかかる衝撃が原理的に少なくなります。その代わり、その弾性を確保するために腱、筋肉に力が移行するという事です。実際に、こうした力の衝撃を受け止める器官は生理学的に骨、関節、腱、筋肉いずれが主要でしょうか?この原理的な問いを生理学、医学の観点で再考したとき、その答えは明確になります。ここから当然、フォーム改正を正しいと高い確率で推定される手法で行った際に腱、筋肉に多少の違和感が結果として生じたなら、違和感自体の管理は当然必要になりますが、正しい方向に進んでいるというまぎれもない証拠となります。
 ここからは、特にエリートランナー向けの内容になりますが、私の走行訓練、実験のフィードバックの中で得た重要な内容です。上述した様に高速走行の中での課題として、第一中足趾節関節の屈曲を使った蹴りだしがうまく膝を速く高く上げ、フォアフット着地を意識して、着地時間を最小にすることを試みる中でうまくフォームの中でフィットしないとしました。着地が短い分、十分な蹴りだしのきっかけを得ることが難しく動きと同期させて強い蹴りだしを向きを制御して実現する事が難しいということが走行を実施したら実感できます。足を高く速く上げるときに、それ以外の基礎訓練として階段を上る時により高い段にそれ以上の高さで膝を上げながら登る訓練、静止したまま膝を体につくまでしっかり速く高く上げる訓練、ストレッチの時に膝を抱えてより高く上げる柔軟訓練などを行うとどうしても膝を手前に付けるような動きの癖が出やすくなります。この動きを踏襲して走行フォームに組み入れると、膝を上げる時の軌跡が走行方向に対して垂直に近く上がるような動きになる為、進行方向の速度ベクトル成分が弱くなり、足を高く上げてバネは効いているけど、前に進んでいないような無駄な動きが多い感覚となります。極端にはこのような感覚を得ます。足を高く速く上げるという動作に「前に力強く振りだす」という膝の軌跡を強く前に押し出しながら高く速く上げるように意識すると、自然とその走行フォームの中で第一中足趾節関節の蹴りだしが同期しやすくなります。但し、これを走行フォームに組み入れると少なくとも3つの弊害が出てきます。一つは、骨盤が足が前に出ることによって後傾になり、追随して上体の体軸、深層フロントラインが後ろに反りあがります(後傾します)。これにより走りの抵抗が高まり減速します。二つ目は、膝を前に出す動きを組み入れると上体の連動が遅れやすくなり後傾傾向が出やすくなるため、着地が体軸に対して前になり、ヒール着地傾向が強まります。弾性の維持、着地時間短縮という観点を少なくとも含めて好ましいフォアフット着地が骨格の位置関係上実現しにくくなります。三つ目は、前に足を出すというベクトルが加わることで足を速く高く上げることが難しくなります。これらの弊害を解決するための一つの手段は、骨盤上の上体の動きを改善する事です。具体的には骨盤ごと「グッと」前に強く押し出すような意識を持ち、しっかり胸を張って状態ごと前に壁を作るような感じで押し出します。そうすると膝を思い切って前に強く高く振り上げる時に生じる前進方向の力と連動して、骨盤、上体ごと前に押し出されます。そうすると自然と体軸が前に来るので着地もフォアフットに近づけやすくなります。当然、第一中足趾節関節の屈曲を使った蹴りだしも同期しやすくなるので、一気にストライドも大きくとれるようになります。走行速度は顕著に改善します。但し、この走りは足を振り上げる際に必要な腹筋に加えて、骨盤周りの体幹の筋肉、さらには胸を張る際に必要になる肩甲骨周りを引き締める筋肉の動員が強く必要になります。フォアフット着地で必要な足、足首、下腿全体の筋肉だけではなく、強い着地の力に耐えうるための大腿の筋肉に加え、骨盤周りから腹筋、背筋全てが必要になり、まさしく体全体の筋力が必要な走行となります。逆にいうとこれだけ全身の筋肉をバランスよく使うので、走行フォームとしては理想により近づくと思います。実際にこのフォームで走るとフォアフット着地の実現が難しい事と、足を高く上げているつもりでも意識よりも実態として膝の頂点の位置が低いです。このフォームで実際にフォアフット着地と膝を前に押し出しながら速く高く上げられるようになると、おそらくその人が持つ体の中で今までよりも相対的に走行速度が顕著に改善する可能性が高いです。このイメージで走ると、程度によって速度は当然変わるので、短距離だけではなく、中距離、長距離も速くなります。全体的に筋肉をバランスよく使いながら、物理的にも、解剖学的にも効率の良い走り方なので基準となりうる潜在性があります。この時に、膝をどれくらいの角度で前に出すかというのが第一中足趾節関節の屈曲角度、蹴りだし角度と一定同期するので、世界トップレベルの速度で走るときには意識としては膝をかなり低角で前に出しながらも高く速く上げるような意識が必要になります。それに付随して骨盤、上体を非常に強く前に押し出して前の壁を作りながらグイグイ前に走る感じになります。この時に上体の深層フロントラインを前傾させるか、胸を張りだして垂直にするかという重要な議題がある。走行の教科書では(48)、走るときの上体の体軸はやや前傾が推奨されますが、私が走っている感じだと骨盤を前に押し出しながら胸を張って、肩甲骨をしっかり内側に引き締めながら垂直の体軸を意識するほうが全体的にバランスよく走れる感じがします。上体がまっすぐ立つことによって、姿勢の維持が理想的になり、それに伴い余計な拮抗筋が働きにくくなるということがありますが、教科書で示される前傾の場合は、着地の位置が手前に着やすくなるため、フォアフット着地圧が高まるというメリットもあります。もう一つ、胸をしっかり張ると呼吸が円滑になります(深くなりやすくなります)。これはエネルギー消耗が激しい高速の走行において決定的な因子の一つです。日本人で、8秒台/100mで走って世界大会決勝で優勝してほしいので、決定的な事を書く。これは、AIが得意とする分野です。自分の走りは映像でずっと連続的に撮影することができます。体の全体的なバランスからAIに靴の中の足の動きを含めて骨格、関節の動きを推論させて、特にそれぞれの関節の角度などがどういった軌跡で変わっているかを数字で分析させて、理想的な数字の軌跡を推定させて、その数字で走る自分の幻影(レジェンド)を走行の中で同期させて映像化させて、スピードの差を映し出す。私も走っていて、自分の体がどういう風に動いているかが数字でわからないので、正確なフィードバックが感覚以外の数学的な側面でできないという事があります。当然、世界のトップを目指す人は、日々の訓練の中で、本番で数字でも管理しないといけない。AIの映像分析、理想の推論は利用できますが、実際には神経系の関与、骨格以外の腱、筋肉、脂肪、もっといえば複雑な骨盤、その上のある臓器など体全体のバランスが全て関与するので、人工知能が最適と推論するフォームがその人にとって最適とはいえないけど、人工知能を使ってフォームのフィードバックと提案を実現する事は絶対的に意義があります。
  走行運動の理想的な型(フォーム)をより強固とするためこの段落では平衡感覚、姿勢について走行動作の中での骨格上の制約などを考慮しながら理論構築します。二足歩行を可能にする人の骨格の特徴として骨盤と脊椎(背骨)を接続する仙骨の位置が尾てい骨に近く、すなわち骨盤の縦方向の長さが短く、横に広い事が挙げられます。骨盤より上体の地盤をコンパクトにし縦方向に分散させないことで骨盤より上の支える軸である背骨に集約させ、その周りに筋肉で補強することにより、姿勢維持のベクトルを縦方向に整列させることを実現します。このような骨格、筋組織の深層フロントラインの構造にあって、速く進行方向に移動する走行時において上体の姿勢を真っすぐに維持することは姿勢を維持するための拮抗筋の動員を少なくし、全体のエネルギーコスト、速度維持(慣性の維持)の為の弾性効率向上に貢献します。この点を鑑みれば、実態とは異なり意識の中で前傾としたとしても、実際に骨盤上の上体の軸が骨盤を地盤としたときに常に真っすぐ上に伸びている状態が姿勢の観点では理想的であり、この支持構造は横方向の速度変化に対して前傾、後傾圧が働きやすい構造といえます。読者は電車に乗ったことがあるであろう。電車でつり革を持たずに立って姿勢の維持を試みるとき、どの時に姿勢の負荷が高まるだろうか?それは明確に減速、加速の速度が変わるときです。減速する時には前傾圧、加速する時には後傾圧が慣性の法則からかかります。その圧は骨盤下を足の回転、蹴りだし加速によって前進する骨盤上の背骨、その周りの筋組織においても同様です。従って、姿勢維持という観点でみれば、「速度が変わらない」ほうが姿勢維持圧が低く、姿勢を保ちやすいです。では、走行時に速度が(一気に)変わり「やすい」瞬間はいつだろうか?それは着地の時です。着地の時に関節が曲がったりすると一気に減速し、それによって姿勢は前傾しやすくなります。逆に減速した速度を補償するように一気に蹴りだすと今度は後傾しやすくなります。従って、着地から蹴りだしの片足が着地、接地、離地するプロセスで大きく速度が変わる要因が存在します。この走行のガイドラインでは着地は可能な限り「短時間」にすることが好ましいとしました。それはフォアフット着地で実現できます。離地の際にはどの着地にしろ特に高速走行ではフォアフットで離地するため、原理的に着地の初期にフォアで受けるほうが時間は短くなります。世界最速のランナーの着地時間は0.1秒を下回ります。この時間が短いという事は、着地の際に必然的に生じる減速と離地の際の蹴りだしの加速のタイミングの差が短くなるため、減速と加速の力がほぼ均衡状態になるときには、ほとんど着地、離地に伴う速度変化が人が認識できる時間幅で生じないことになります。一見、フォアフットで受けると、接地面積が小さく、第一中足趾節関節の可動により縦方向の位置が弾性によって動くことを考慮した場合、姿勢維持圧が接地面積が大きいミッドフット着地よりも大きいように直感的に得ますが、実は、姿勢維持圧に最も相関するのは速度の変化であり、原理的に着地時間が短く、人の姿勢時間解像度で等速の近い状態を維持しやすいフォアフット着地は、姿勢維持に優れるということです。これは少なくとも従来の視点に異なる軸を提供しうるものです。しかし、物理的バックグラウンドが極めて強固な重要な論理です。従って、姿勢維持という観点でもフォアフット着地で着地時間を最小化することは利点があり、世界最高レベルのランナーが少なくとも結果としてフォアフット着地となっているのは、単に腱、筋肉に力が支配的に関わって弾性が保ちやすいだけではなく、特に骨盤上の上体の姿勢維持にも優れるという事が要因として付随するという事です。従って、加速フェーズを超えた安定期に走者が入ったときには、着地、離地を通じた速度変化を感覚上なくし、常に等速で走っているような感覚でフォーム全体で走行速度を安定化させることが重要です。
 上述したように私が定義する理想的な走行フォームを整理すると、フォアフット着地、着地時間が短い、弾性が効いた着地、進行方向最適な角度での足の振り上げ、足を高く速く振り上げる、第一中足趾節関節の屈曲の効いた最適な進行方向への足の蹴りだし、前に上体の壁を作るように足の振り上げ、蹴りだしのタイミングで骨盤、すなわち上体の地盤ごとグッと前に押し出し胸を張る、視線は常にまっすぐ前という事です。これらの条件の定義が揃った状態での私自身の走行介入(上り、下り、1500m中距離から約16.5km長距離まで)、実験による全体の体から感じるフィードバック、結果、考察を説明します。まず、走り始めの状態の違いです。特に早朝走る場合には、事前にウォーミングアップをしたとしても、走り始めの数kmくらいは代謝として安定期に入りにくいため、運動による筋肉の疲労がないにも関わらず、運動能力が低いということがあります。口語的に直感に訴える形で表現すると「体が重く、ダルい」という状態です。いわゆる自律神経などの神経系を含めたランナーズハイ、慣性による代謝の安定などに移行する時間がこの段落の初めで定義した意識で走ると短くなる。すなわち、走り始めから体が比較的軽やかで、いきなり安定期に近い状態で持久走行を開始できます。これは、陸上競技選手が本番の大会や訓練のタイムトライアルなど最高の走行実演能力を発揮しないといけない前のウォーミングアップの時間にも関わる事です。こういう走行のモデルを定着させると事前運動は必須ですが、その短縮が実現する可能性があります。次に、意識的に着地をヒールライクに変えて場合との動き、感覚の変化について検証しました。後述する音の違いも含めていくつかの気づきがありましたが、一つは走行プロセスの中の重心の高さが変わります。ヒールストライク、あるいはミッドフットで着地すると着地の際の沈み込みが当然大きくなります。なぜなら、踵骨で衝撃を受けると足首、膝関節が屈曲しやすくなるからです。フォアで受けると踵が浮くのでその分高くなります。感覚として地面に吸い込まれて、沈み込むような感じになります。その状態では、上半身の力が抜けて楽に走っているような感覚になるけど、口語調で直感に訴える形で表現すると「ダラダラ」走っているような感覚です。フォアフットで着地して、この段落の全ての要素を兼ね備えるように走ると股関節周りの張り(時に痛み)、上体(特に背中側)の緊張を感じます。「ピシッ」と上体を固定させて、軽やかに風を切るように跳ねながら走っている感覚になります。スプリント領域の速度になってくるとこの跳躍感は意識的に減ってきます。中距離から長距離までの陸上選手を見ていると、着地をどうしているかは少なくとも実施者視点ではインタビューしていないのでわからないけど、速い選手ほど着地が軽いです。日本の作り話の比喩になりますがわかりやすさの為に記述します。忍者がいます。その忍者が池に貼った植物の葉を着地点として、池の上を走る場合、どのような感じで走るでしょうか?着地の時にヒールで受けると当然、その衝撃で葉は沈みますから、足が取られて走ることができません。つま先で素早く軽く着地して疾走する事でほとんど波紋を立てずに静かに走りぬくことができます。空想上の話ですが、直感に訴えかけます。着地の時の音です。海外の読者もいるので説明が必要ですが、日本的表現は擬音が多いです。それが日本人の直感に訴えかけ言葉による伝達効率が上がります。そのために擬音を使ってこのモデルを説明すると、ヒールストライクは、「ズドン、ズドン」と体重の重い怪獣が走るような走りです。私が絶対的に推奨するフォアフットは、「スタッ、スタッ」というのをさらに超えて、「タッ、タッ、タッ」という音で走ります。この「タッ」という靴のソールとアスファルトの着地音が音階が高く、短く、弱ければ弱いほどその走りは理想に近いです。だから、日本でも中長距離が速い人は見た目として明らかに着地が軽いです。このイメージを目指して走る感じです。特に16.5kmほどこのフォームを意識して走った結果、口呼吸を動員しない口を完全に閉じた形で鼻呼吸で走っても走行速度に対する疲れ、呼吸負荷は高まりにくいと感じました。数字による定量化は(いくつかの理由があって)していません。次に鼻呼吸です。上で定義した走行フォームとは直接的に関係がないのですが、健康ガイドラインとしての走行として絶対的に検討が必要な重要な項目です。次に上り坂に関してです。上り坂は当然、そのジオメトリ(幾何学的配置)から着地の際のフォアフット圧が高まります。その傾向をしっかり利用して、着地の際に母趾球を中心としたフォアで受けて、蹴りだしの時に第一中足趾節関節の屈曲を意識しながら母趾を中心に蹴りだす。わかりやすくいえば、上り坂走行の時に足の親指の感度を意識的に上げるという事です。走りの中で蹴りだしのイメージを掴むためには上り坂を走る事は意味があります。次に下り。下りは着地の際の力が当然、位置エネルギーの変化が大きくなるので強くなります。ブレーキをできるだけ抑制的に制限して、弾性をしっかり確保してスピードに乗って走ります。傾斜による位置エネルギーの補助があるので、普段平坦な道で走っている時には、上限において抑制的な制御が無意識的にかかっています。例えば、遠心性収縮(エキセントリック収縮)、関節の屈曲など。その抑制的な制御を少しだけ開放する意味でも下りで位置エネルギーの後押しでブレーキを制限して弾性をできるだけ意識してスピードに乗ります。あまり無理すると怪我につながるし、そうではなくても後で違和感が残りますが、そのリスクを管理しながら、少し自分の動きの制限を開放したときの感覚を得る意味で下りの走行訓練は意味があります。特に短距離、中距離を速く走る上で大切になります。16.5km走った後の、ラスト1500mスプリント訓練をしたときのフィードバックとしては、速い速度でこの段落の冒頭の要因を全て含める形で走行介入、実験をしましたが、晴れていて自分を照らす太陽の影を横の地面に視点を移して走りながら観察すると、はっきり言って全然、膝が上にあがっていません。周りから見ると膝を高く上げることを意識している事すらわからないレベルです。日本人でも100mを10秒台で走っている人のフォームを見ると、足の回転、すなわちピッチが速いのは当然ですが、その状態にあって、膝が高く上がっています。これは日本記録に近いレベルなので当たり前ですがしっかり合理的に訓練したとしても一朝一夕ではできない。実はフォアフット着地は要求事項の高いフォームで習得するまでに時間がかかると一般的にいわれますが、対象距離が長距離であればあるほど、着地のフォーム改善は、着地自体を3つに区分するのではなくて、連続体として考えれば、そんなに困難を伴う事ではありません。すなわち、着地の位置を細かく動かすことは容易です。それよりも走行速度が大きい状態で膝を高く速く上げることの方がはるかに難しいです。
  着地の際、フォアで受ける場合、母趾球で受けるという事を書いてしまったので、修正が必要です。裸足歩行訓練、実験で改めて結果、分析しました。裸足歩行は着地のプロセスが非常に細かくわかるので、私の自然な足裏の着地プロセスを分析して、修正します。フォアフット着地の時に母趾球で受けるというのは半月板損傷に関わる可能性があり、絶対的に修正が必要な項目です。私の靴のソールの踵が外が削れているのですが、これは実はそんなに悪い傾向ではありません。踵骨は外が厚くてそこで受けるのが自然だからです。歩くときに体軸に対して足が前にでるので自然な逆振り子運動の中でヒール着地になります。歩行はヒール着地が推奨されます。裸足走行でヒールで受けて、そこから足裏の重心を前に蹴りだしまで移行していくときにその自然なプロセスを意識的に細かく分析すると、フォアフットに移行するプロセスで踵から母趾球にそのままいかず、小指側の根元(小趾球)から段階的に母趾球に移ります。外から着地が回る感じです。わずかに小指側の外のフォアフットの着地が早いです。これはウサイン・ボルト選手の最も大きい速度の走行での着地パターンでも同じです。着地は小指側から始まります。わずかな差かもしれません。従って、意識的にフォアで受けるときに内側の母趾球で受けると、フォアフット自体が関節の負担を減らす着地なので、決定的かどうかは場合に依りますが、傾向としては怪我のリスクが大きくなります。オーバープロネーションして足首が内側に折れ曲がるような傾向になり、膝関節の内側の関節、軟骨の間に存在する滑液の中間に外側から挿入されるように存在する半月板は膝関節の内側のクッションのような働きがあり、内側荷重が過度に強まることで損傷する危険性があります(58:Fig.1)。膝関節の炎症は内側で生じる事が疫学的に圧倒的に多いので、アンダープロネーションよりもオーバーの方が膝関節のリスクは高くなる。フォアフット着地で外で受けようと意識的にしすぎるとアンダーが出る可能性あるけど、特に内側で受けるという事はもっとリスクが高いので、自然なフォアフットの着地が好ましいです。


<鼻呼吸式持久走行運動>
 鼻呼吸式持久走行運動は、健康ガイドラインでも最も重要な運動様式です。口呼吸自体が、呼吸器機能が非常に緊急事態にあるときの予備的なシステムですから、強度の高い運動時であって、口呼吸をすることが当然であるという考え方は少なくとも選手の健康という事を考えたときには払拭することをこのガイドラインでは強く推奨します。温度、湿度、刺激物質(ウィルス、細菌、人工汚染物質など)がフィルターされる吸気口が小さく、長い鼻呼吸を主体として運動を成立させる選択肢を重要視する事を推奨します。
 2025/9/28(日)は18km、9/29(月)は15km、最後のスプリントを除いて、初めて私自身が全て鼻呼吸のみで意識して持久走行を実施しました。その貴重な実験結果です。運動時の心身の安定性が非常に高くなります。気持ちが非常に安定する。運動の心身のストレスが小さくなります。まるで瞑想しているような感覚です。朝日をみながら、遠くの自然を姿勢を正して遠方注視しながら走ると、それを実施したものしかわからない境地す。2025/9/29(月)の評価でいうと、鼻呼吸で持久走行をすると限界に近いところでは特に吸気が非常に深くなります。上半身裸、ノーパンで短パンのみ、素足靴装着走行という可能な限り表皮外気露出条件で持久走行すると特に服による持続的な摩擦など人工的な刺激がなくなりますから、体全体の運動に則した感覚器の入力が顕在化します。その条件で、鼻呼吸でその呼吸での限界に近い速度で持久走行をすると、呼吸に際して胸の筋肉が多く動員されていることが明らかにわかります。口呼吸ではそれがありません。これは、呼吸自体が横隔膜から始まり、上の胸筋が深くなるにつれ動員されるようになりますが、鼻呼吸で持久運動すると、胸の動きがわかりますから、それは肺全体が均等に使われている証拠です。従って、鼻呼吸で持久運動する事は肺全体の、いいかえれば、数億ある肺胞をバランスよく使って呼吸を行い、持久運動を実現する事を示唆します。
 限界の運動能力に近い負荷で走行運動をするときには、どの距離であれ、呼吸と筋疲労が同時に生じます。互いに完全に独立ではありません。従って、走行の運藤能力を高めるためには世界的なエリートランナーから一般人、あるいは重度の顕性疾患がある方まで、その人が持つ運動能力の中でいかに呼吸機能と筋機能を高めるかにあります。鼻呼吸で運動をすることは、吸気口断面積が3-7倍鼻は口よりも小さく、単位時間当たりの吸気量も3-5倍少なく、吸気能力が小さい中で運動を実現させる必要があり、口呼吸に比べて呼吸機能の点で絶対的に不利ですが、上述した様に精神によい影響があり、それはすなわち神経系の疲労を緩和させる事であり、それは筋運動、連携とも関与します。すなわち、精神に良い影響を与えながら運動をすると、その訓練そのものの精神的負荷が小さくなり、持続しやすくなることと、筋疲労の程度も低下します。さらにいえば、肺全体を訓練する事になるので、タイムトライアルの時には口動員が当たり前として存在しますが、そのベースラインを上げる事に関与する可能性があります。より全体の肺胞を動員することで、運動時の高い換気圧に伴う肺組織の損傷も分散され、全体の肺胞の機能を守る事にもつながり、それは鼻呼吸式持久走行運動は他の有酸素運動と比べて、より呼吸器、循環器、神経系(精神)への影響の検証の価値が存在します。
 運動時に鼻呼吸をすると口を閉じることになるので、そうした呼吸圧が強い状態でも口を閉じる癖をつけていると安静時も口を閉じる癖がつくので全体として鼻呼吸を不随意でする習慣が身に付きやすいです。走行などの持久運動時だけではなく、他の筋力トレーニング、全身ストレッチなどの運動時にもできるだけ鼻呼吸で呼吸を整えることが有効です。例えば、プロの運動選手でも運動時に口が開いている人と、多くの場合閉じている人が存在します。大谷翔平選手は明らかに呼吸負荷が高い投手での運動時も口が多くの場合閉じています。彼の冷静なパフォーマンスは口を閉じて鼻呼吸を成立させていることも寄与していると推定されます。鼻呼吸を成立させることは、誰でもできることなので、呼吸負荷の比較的高い運動時にも、無理のない範囲でできるだけ意識的に鼻呼吸を整えることは、常時、意識することが難しい呼吸において、多くの時間、無意識に口を閉じ、鼻呼吸を成立させる習慣化の大切な一つの要因となります。
 なぜ、鼻呼吸で肺全体を使う事が意味があるのでしょうか?人間の肺は、形状としては左右に分かれた大きな袋のようですが、内部は約3億個の肺胞と、それに張り巡らされた毛細血管網によって構成されています。この構造により、肺は局所的に負荷が集中しないように進化しており、可能な限り広い面積でガス交換を行うことで、効率と寿命を両立しています。しかし、日常生活で浅い胸式呼吸が続いたり、口呼吸が習慣化したりすると、横隔膜筋がほとんど動員されず、肺の上部ばかりが優先的に換気され、下部や背側の肺胞は十分に膨張せず、結果的に局所的な換気・血流不均衡が生じます。この偏りが慢性化すると、肺機能全体の性能が落ちていきます。肺胞は使われないと組織が肥厚化、線維化し、弾性を失い機能不全になることが知られています。肺胞レベルで酸素と二酸化炭素の交換が行われますが、利用率を最大化するには換気(Ventilation)と血流(Perfusion)のバランス(V/Q比)が重要になります。浅い呼吸では動員される肺胞の割合が少なくなり、呼吸速度も大きくなるため、特に空気抵抗が生じやすい細気道の空気抵抗が上がり、死腔換気が増える事と肺胞に接続する毛細血管の酸素量の不均一が生じるからです。重力により血流は肺底部に多いが、その部分が横隔膜が十分機能しないことで毛細血管に酸素が届きにくくなります。肺全体が使われるということは、より多くの肺胞に血流と空気が行き渡るため、V/Qミスマッチ(換気と血流の偏り)が減り、効率的に酸素が取り込めます。結果として、運動時に息が上がりにくくなる、回復が早くなる、同じ運動強度での心拍が低く抑えられるなど「省エネで動ける身体」へと転換します。鼻呼吸は吸気量が少ないので実施者視点では一定の苦しさを伴うのですが、その負荷は意味があり、走行をしばらく鼻呼吸で耐えられる強度で続けていると体がその循環に慣れてきて、少し楽に鼻呼吸で運動できるようになります。人において鼻呼吸で呼吸する事が自然であり、口は緊急の予備的な呼吸器ですから、鼻呼吸をすることで体が整う様々なメカニズムが存在します。例えば、鼻呼吸は血管を拡張する一酸化窒素(NO)の放出を助けます。鼻呼吸で通気は副鼻腔に接触します。これらの副鼻腔の上皮細胞には、一酸化窒素合成酵素が多く発現しており、副鼻腔はNOを溜めておく小部屋でもあります。鼻で息を吸うたびに拡散・混合され、肺の奥まで届けられます。このNOは病原菌のDNA、酵素を阻害、細菌膜を破壊、ウイルス複製を抑制という強力な自然免疫作用を持ちます。つまり鼻呼吸は、吸気時に殺菌フィルターとして働き、口呼吸にはこの仕組みがありません。一般的に言われることとして、NOには血管拡張作用があります。特に肺では、肺胞周囲の毛細血管が拡張され、血流量を増え、酸素交換が効率化し、V/Q(換気血流比)が改善します。これは走行運動時の持久力向上にも直結します。また、乳酸クリアラスを向上させる効果も期待されます。実際に、鼻呼吸時のNO濃度は、口呼吸時に比べて約2〜5倍増加することが多数の研究で報告されています。さらに、鼻呼吸は熱の管理を厳密にする必要がある熱に弱い神経細胞がある脳を特に運動時守ることに貢献します。鼻腔内の血管網(とくに海綿静脈叢)は非常に発達しており、呼気では熱と水分を回収し、吸気では空気を加温・加湿します。血液な熱の体全体の動的なレギュレーターであり、特に吸気時に鼻粘膜を冷却することで、鼻粘膜を流れる血液も冷却され、その冷却効果が鼻と組織学的に近い脳中心に生じます。具体的には内頚動脈の周囲、海綿静脈洞、眼窩周囲静脈などを通じ、脳近傍の動脈血を局所的に冷却する効果が知られています。口呼吸では、この熱交換効率は一気に低下します。鼻呼吸による深い横隔膜の可動、胸腔内圧の周期的低下は頸部静脈血管の還流を促進し、脳脊髄液(CSF)の微細な揺らぎを作ります。結果として、脳の液体循環が活性化される為、脳内部の温度制御の向上、熱交換効率を向上するだけではなく代謝老廃物の排出も促進されることが期待されます。これは睡眠中のグリンパティック機能向上と似た効果です。鼻呼吸は自律神経を副交感優位にするので、運動時もより落ち着いて実施する事が出来、条件が整えば、ダイナミック瞑想が成立します。止まって瞑想するよりも、動いていることそのものが健康との接続性が高いため、動きながら心を落ち着けて瞑想する条件が整うことは、非常に精神のリフレッシュにおいて高い効果が期待されます。持久走行自体がメンタルヘルスに良いことは知られているので、その上に鼻呼吸、視線を遠くに姿勢を正して一定に置き、比較的単調な見晴らしのよい道で成立しやすいマインドフルネス、瞑想が実現するとどうなるか?というのは未知ですが、期待される効果は多く存在します。世界のマインドフルネスの在り方が座位、臥位で行う静的なものから、運動を伴う立位という動的なものも選択肢として明確に存在すると見直される潜在性があり、その為の重要な選択肢は比較的軽度の持久走行時における鼻呼吸を意識的に成立させることです。同じくメンタルヘルスに良いと考えられる全身ストレッチ、全身体操、ヨガなどでもその呼吸方式は重要になります。


<最大表皮外気露出式運動>
  体の表皮を暴露させて運動する事を推奨する一つの観点は、運動中の熱循環を深く理解するということです。人の身体の熱循環を運動を含めて考え、定義する前提としていくつか比喩的な内容も含めて確認したいことがある。熱は系全体の粒子、物体の状態の時間発展であり、人の身体、運動の中での熱循環を考えるときには、開放系、すなわち外部摂動がある、外部からのエネルギー的な干渉がある系を前提とした非平衡な状態を想定する必要があります。熱力学第二法則で定義される乱雑性(エントロピー)の逆の定義としてここでは仮に「秩序」とします。すなわち、状態としての確率性の低さ、内部エネルギーの高さ、すなわち乱雑性が低い構造はその秩序性が高いとします。なぜ、宇宙が膨張しているか?宇宙全体が遠い未来非常に薄まってくると、宇宙全体の全ての質量あるフェルミ粒子がどの位置を取るかのパターンが状態であり、空間が膨張する事はすなわちその位置が増えることなので、とりうる状態のパターンは増え続けているという事です。それに伴い宇宙は隣り合うフェルミ粒子同士のボース粒子を介したエネルギーの交換量が少なくなり、遠い過去の強相関系から弱相関系へ移行しているといえます。これは色々、アナロジック、あるいは比喩的にも考える事ができます。日本はほとんどが山で非居住地域で居住面積当たりの人口密度が非常に高い国で、東京都は特に顕著です。従って、類推的には東京は人同士の個体の平均距離が短いですから、強相関系であり、秩序性の高い構造といえます。この秩序を保つためには平衡状態だと周りの都道府県に強い力でもって分散する力が働くため、強い外部摂動が必要です。東京は顕著に多いエネルギーを使っているわけではないけど、秩序ある構造を維持するエネルギーは人の脳によるところが多いという推定です。養老孟司先生が東京の事を「脳化社会」と定義されましたが、その根本原因は隣り合う人との平均距離が短いというのがあるというのが私の考えです。人の脳は重量で正規化したときには人の身体の平均よりも10倍もエネルギーを消費します。人は脳の容量がホモ属になってから2倍になっていますから、人の閉鎖系の中で多くのエネルギー摂動が必要であり、その典型が脳という事です。これは他の類人猿でも同じです。逆に言うとこれだけのエネルギーを消費するシステムだからこそ、秩序の典型である人工物、法律、文化、科学などを生み出せるという事です。東京は人口密度が実質的に非常に高いので、社会構造としてもエントロピーが低く脳の特徴が表れやすい構造であるといえます。この観点から考えると原理的にこれからの人工知能の社会と調和するのは一番は東京です。東京の人の健康を考えると、これはある種危険なので、「そこにヒトの健康はないよ」という事を明確に伝えなくてはなりません。人だけではなくもっと巨視的には地球などの惑星や太陽もそうなのですが、秩序だった構造を保つためには内的なエネルギー相関、かつ、あるいは外部からのエネルギー干渉を必要とします。人の脳もそうです。心臓、腎臓など他の臓器、あるいは体全体も同じです。従って、飲食を頻繁にしないと生きていけないわけですが、人の身体全体、特に脳はダイナミックなエネルギー循環があり、それに伴い熱の循環もあります。循環させるためにはエネルギーを摂取する、熱産生するだけではなく、それらの排出も当然必要になります。適正な排出があってこその恒常性(ホメオスタシス)、健康なので、エネルギー、熱の排出の為に自発的な持久運動、すなわち日常生活の中での継続的な歩行、走行が必要になります。その循環を適正にするためは摂取の量と質も考える必要があります。摂取量を運動量相応の量に留め、質として栄養バランスと取れた食事をする必要があります。健康というのは結局のところ、この事に収束します。(特に)歩行、適度な持久走行が健康の上で大事なのは当たり前すぎる事で、疑いの余地もないことです。一般的に知られていない事として、体の中のエネルギー、熱循環の媒体の主は水であり、その経路は血管ですが、リンパ管もある。脳でいえば脳脊髄液の循環もある。血液は生きる限り続く心臓の拍動で主体的に動かすことができますが、リンパ液は圧が小さく筋肉の運動に循環が依存している為、特に運動時に顕著に循環されやすいとされています。細胞は入れ替わるので、中の不要物が組織間に残渣として蓄積するので、それをリンパ液を動かすことで排出しないといけない。特にエネルギー循環性の高い脳がそれです。上述した様に鼻呼吸で持久運動をすると胸腔内圧の周期的低下は頸部静脈血管の還流を促進し、脳脊髄液(CSF)の微細な揺らぎを作ります。結果として、脳の液体循環が活性化される為、エネルギーを大量に消費し、多くの排出物、残渣が生じる脳においてクリアランスが高まります。歩行、走行運動を長くするとわかりますが、睡眠不足による体の疲れ、アルコール摂取による睡眠の質の低下による疲れも同様に出にくいです。アルコールは絶対に辞められるなら辞めたほうがいいですし、健康ガイドラインでアルコール摂取を推奨する事はまずありませんが、脳の嗜好として必要な人はアルコールを飲むなら、歩行、特に鼻呼吸のゆっくりの持久走行の習慣を意識的に持つ必要があります。身体は血液、リンパ液、特に脳では脳脊髄液中の水分子の流れによって体の熱を調整しています。従って、日常的に歩行、走行運動をして水の流れをしっかり全身で作らないと栄養の送達、免疫系の監視、残渣の排出以外に、熱循環も阻害されることになります。特に歩行、走行、すなわち足を使った持久運動は全身の水循環が高まり、それにより熱管理も整いやすくなります。熱を排出する主なルートは下肢なので、寒い時期においても下肢の表皮を暴露させて熱の出口を確保することが大切です。安静時は晩秋、冬季は風邪、凍傷のリスクがありますが、歩行、走行など継続的に足の筋肉を使った運動をしていると足の表皮を出していても脂肪の少ない男性でも耐えられる寒さです。前述した様に人の脳はあらゆる意味で秩序の極致です。顕著なエネルギー、熱交換があります。活発に動かす中で動的平衡、すなわちメンタルヘルスが保たれるので、歩行、走行といった足を使った一番自然な運動と一番健康において接続性が高いのは原理的に脳、メンタルヘルスです。私のようにメンタルヘルスにおいて長く苦労してきた人は如実にその効果を実感できます。東京においても街としての健全性を考える時に、その人口密度が高く、強相関系を保つためにヒトの脳を多く使っているなら、その脳を健康にするための歩行、走行は他の地方以上に大切なのですよということです。歩行、走行というのは健康の為だけにするものではありません。生きることそのものです。特に歩行に関しては。水を飲むこと食べる事と同様のレイヤー(基盤層)にあるのです。
  従来から一般的に言われている事として、人の脳は知的作業をするときには少し涼しい環境が良いとされます。従って、暑い夏季は部屋で勉強、仕事をするときにはエアコンで少し涼しい環境がよいとされます。基本的に脳は熱に弱いです。その一つの理由は神経細胞の表面積が高く、一細胞があたりの脂質膜の量が他の細胞よりも多く、その脂質膜は膜流動性、柔軟性の為に不飽和脂質が多く融点が低いことがあります。従って、高温になると神経細胞の外の区画である脂質膜に異常が出るので、脳以外の他の組織よりも温度に敏感であるということです。温度調整の為に血流が調整される為、血流による酸素、栄養がより必要な脳は温度調整の為に最適化された血流と酸素、栄養の分配との不適合性の感受性も高いです。血流と温度が脳を使う上で大切なので、筋肉を継続的に使う運動による血流の改善と、特に上半身の表皮をさらすことで熱循環環境を最適に整えることが重要になります。表皮を露出させて運動する事は熱循環を衣類によって妨げない自然な条件なので、特に運動に伴う脳の損傷を防ぐうえで重要です。この観点で考えると、これは健康ガイドラインレベル4で具体例も含めて詳しく考えますが、現代は子供から大人までそれぞれ学業、就業を通じて脳負荷が高いです。例えば、学生の場合は定められたカリキュラムや受験のために長い時間、勉強をしますが、ほとんどが座位で止まって作業をすることになります。これは健康に良くない。本当は授業も含めて歩きながら勉強するのがいい。ガイドラインレベル4で考えますが、これから求められる技術、システムとして歩きながらでもインターネット接続も含めて勉強、仕事ができるようにすることです。既に世界の一部では歩きながら会議することを実践している人たちもいます。これは一番重要な話です。本当は安全が確保できる形で室外がいいです。自然の風は心地よく体の周りの空気がリフレッシュされるので熱循環を促します。日本は川が多いですから、洪水対策の為に作った堤防の上に整備用車両の道を作って長い距離、歩けるようにするといいです。それが無理なら室内でトレッドミルで歩きながらインターネット接続ができる形で勉強や仕事です。その時に上半身の表皮をできるだけ暴露させて(女性の場合は胸部以外)、その状態で適温となるように室内の空調を風も含めて整えるのがいいです。運動しながら、下半身、上半身の表皮をさらすと脳神経系への運動効果が上がる可能性があります。冬季で汗がでないような運動強度でやみくもに上半身の表皮をさらすことは逆効果ですが、汗が継続的に出ている条件では、自分の感覚と相談して上半身の衣類を取るという事も周りに人があまりいない条件でかつ特に男性では検討の価値があります。


<素足歩行/走行運動>


<筋緩和>
  私たち人間は、ストレス、恐怖、怒りなど興奮するような環境下にあると緊張します。緊張の生理学的な実態は主に骨格筋が緊張し、固くなることです。実際にその状態で運動するか否かは重要ですが、一般的にこういった状態の時には反射的に運動強度を高める準備状態と言えるので、局所的には過剰な筋緊張に伴い血流が減少することはあっても、全体的にはリラックスしている状態よりも血液需要は高く、それに応じて血圧も上がることになります。動物もそうです。被捕食対象の動物と遭遇すると命の危機を感じ、反射的に逃走しますが、その時には非常に緊張状態が高まり、血流が増加します。自律神経でいうと視床下部 → 脳幹 → 脊髄を介して交感神経が興奮します。交感神経の興奮により、副腎髄質からアドレナリン、ノルアドレナリンが分泌されます。人でも同様で、このような興奮、緊張状態にあるときは心拍が高まり、いわゆる「ドキドキ」します。これは一時的、過渡的ならば問題となりませんが、慢性的なストレスにより恒常化すると重大な健康問題を引き起こします。現在の学業、就業状況では、座位で姿勢を固定することが多い事から、特に骨格筋支配が高く、身体を動かすことがより女性よりも前提にある男性が慢性的なストレスを感じやすい基礎があります。より詳しく説明すると長時間同じ姿勢でいると抗重力筋(頸部・背部・腰部・下肢など)に低強度の持続的収縮が起き、局所血流が低下し、疲労、こわばり、肩こりなどを招きます。こうした疲労は動かないことによる筋硬直が一因です。運動不足の状態で交感神経の緊張が持続しやすい環境でもあります。平均的に男性は女性より骨格筋量が多く、筋トーヌスや交感神経活動がやや高い傾向があります。従って、疫学的にも女性がおおよそ閉経するまでの50歳までは、高血圧、高血糖、高脂血症といった生活習慣病は男性のほうが女性よりも高い傾向にあります。これは、一律して、現代の学業、就業など生活の大部分を占める活動が整合していない事を示唆するものです。前章で述べたように運動習慣を持つことは男子、特に高齢の女性で重要になりますが、それとセットで重要な事は、こうしたストレスフルな生活は筋硬直、それによる自律神経のバランスの乱れが生じるので、それを意識的に、随意で解消、整えていく必要があります。それを実現するのが随意の筋緩和、すなわち意識的に全身の随意筋、すなわち意識的に緊張状態を一定に制御できる骨格筋の力を抜くことです。この骨格筋の緊張状態の開放は、体の支持構造が安定すると、すなわち、地面との接着面が大きいほど効果的にできるので、最も適した姿勢は臥位、すなわち寝た状態で全身の骨格筋を意識的に緩和、リラックスさせることです。
 体をリラックスさせる方法は色々ある。瞑想、マインドフルネスと呼ばれる手法では、様々な手順がありますが、一般的に今の自分の状態を感覚をしっかり意識してそのまま捉えながら、リラックス事がベースにあります。座禅を組んで、そのような状態を実現させる場合もあります。深呼吸を意識し、特に吐く速度をゆっくりしてリラックスする方法もあります。この健康ガイドラインでは、より効果的かつ確実な方法で体をリラックスさせ、自律神経を整え、現在のストレスフルな生活に対峙するための解決策(ソリューション)を具体的に提示する事を目指します。私が実施する限り、骨格筋は、特に男性の場合は組織としては皮膚の次に大きく、最も大きな筋肉である大腿筋、その他、体幹の筋肉を中心に身体の体積の30-40%を占めますから、このような大きな組織において、効果的に筋緊張を意識的に開放すれば、当然、それに対する生理学的な影響も大きくなります。大きすぎて、そのまま眠ってしまうこともあります。この健康ガイドライン全体でいえる事ですが、一般的に最新の総括論文に掲載されるような複数の科学論文によってその正しさが検証された、すでに専門家の間では既知として共有化されている安全な内容を掲載するのではなく、一定、分野横断的な論理根拠を担保しながら、まだ人のケースで科学的に証明されていない内容がほとんどであり、これからの医学、医療の在り方の指針を示す困難かつ挑戦的な、場合によれば誤解のリスクもある内容なので、当然、臥位筋緩和に関しても私自身への介入の結果を根拠として述べている部分もあるが、科学的に完全に証明されているわけではありません。但し、緊張状態とは生理学、物理的に骨格筋の緊張ですから、当然、その緊張状態は意識的に取ることができるわけですから、それを実施する事が、緊張状態を開放し、精神を安定化させるという事は普通に考えて効果があって当然です。延髄、液髄から伸びる末梢神経系も自律神経、運動神経、感覚神経などは互いに反射孤として連携し、それらは中枢系ら下位、体の四肢末端に向かって遠心的に延伸するタイプの神経だけではなく、末端部から脊髄、脳に向かって求心的に伸びる神経もあり、互いに双方的に均衡状態を保っていると考えられることから、体の末端部、すなわち、骨格筋の状態を動的に変えることはそこから求心的に脳の状態を改変し、それによって、また遠心的に身体状態の心拍、呼吸数などを含めた生理学的なバランスを改変することは一定の論理根拠があります。
 私が自分の体で実験する限り、それまでの恒常的な不安などの精神状態の悪さが、おそらくこの筋緩和を運動、全身ストレッチ介入に加えて、組み込んだあたりから、一気に開放、緩和し始めました。従って、意識的に寝た状態で仰臥位(あおむけ)、伏臥位(うつぶせ)、左右横向きの主に4パターンで姿勢を定期的に変えながら、バランスよく全身の筋緩和を実現すると、全員という保証は当然、過去の疫学的な研究結果からして期待はできませんが、少なくとも一部の人において不安、恐怖、うつ状態など精神状態に異常がある人にとって、私同様に奏功する可能性があります。この健康ガイドライン全ての項目を効果的に総合的に組み込んでいけば、その確率があがります。逆言えば、そうなるようなガイドラインの制定を目指しています。また、そのように精神疾患の状態になくても、全段落で述べたように日々の学業、就業の中でストレスを感じている人は多いですから、そうした人が具体的な方法でそのストレスを効果的に緩和する方法として、臥位筋緩和はそのプロセスがより容易で具体的である事を加味すると優れています。プログレッシブ筋緩和というように、意識的に力を入れる、力を抜くというサイクルを組み込むことが提案され、それに対する科学的エビデンスも存在しますが、この章で述べる筋緩和は、こうした力を意識的に入れることを必要とはしません。もちろん、変化という意味ではプログレッシブ筋緩和は優れますが、よりシンプルに習慣化しやすい実施負荷の少ない方法、本質的なところをしっかり押さえて実施するという点において、上述した4つのパターンで臥位で筋緩和を行う事を明確に定義します。
 実際に臥位筋緩和を仰向け、左右横向き、うつ伏せで長期的に、1日1回程度で行うと、その姿勢に慣れが生じますから、当初の効果が少しずつ出にくくなり、より安定的になる可能性がありますが。その安定状態はいわば、精神レベルのベースラインの向上を示します。また、これらの姿勢に慣れることで、実際に就寝につくときに、様々な姿勢で眠りにつくことができ、様々な環境での睡眠の質が向上する事が期待できます。人の中には自分の部屋のベッド、枕の条件でしかうまく眠りにつけない人もいますが、そうした許容範囲の狭さが、こうした臥位筋緩和で様々な寝た状態でリラックスする方法に慣れれば、より広くなり、様々な環境で眠れるようになるという改善が私が実施する限り期待できます。
  プログレッシブ筋緩和でアメリカで一定実証されているように、筋緩和介入は、うつなどの精神疾患の緩和だけではなく、運動選手の実演能力向上、怪我防止の効果もあります。当然、筋緩和は筋肉を休めることですから、前述した様に元々、座位のデスクワークが多い方が体のこりや緊張を取るために意識的に臥位筋緩和をすることは一定の有効性が期待されますが、運動不足である状態でさらに意識的に筋肉を休めると、時間が長くなると特に一層の筋委縮などの懸念があります。臥位筋緩和は、積極的な骨格筋を使った運動とセットで行うのが最も健全です。従って、日常、仕事などで運動不足になりがちの人は、通勤時や休日にしっかり歩行、走行などの運動機会を用意して、その筋肉の疲れを取るために家で臥位筋緩和を実施する。そうした静と動の介入がより効果的です。より強度、頻度の高い運動介入をする運動選手も、筋肉の疲れを取る休息のために、家に無意識的に過ごすのではなく、意識的に臥位筋緩和の時間を設ける事が、プログレッシブ筋緩和で実証されているように、怪我の防止や運動能力向上のために有効です。筋組織の破壊の後の(超)回復による組織の再構成において、有効な臥位筋緩和の実施有無において、イオンチャンネル/膜受容体、ミトコンドリア、脂質膜、アクチンミオシン構造(サルコメア)、筋紡錘(感覚受容器)、腱、細胞外マトリックス(ECM)の再構成がどのように違うかは実証する価値があります。


<二足歩行進化から導出される健康生活習慣>
 実は二足歩行が直接的に現在の人の脳の進化(顕著な容量の増大)と関わったかどうかは議論の余地があります。また、二足歩行自体がヒト族の進化の過程のどこで典型的に生じたかという閾値の設定も難しいです。考古学者が人の二足歩行の事実の確証を得るために着目する骨格のポイントがあります。一つは腸を器のようにささえる股関節上の腸骨の大きさ、形を見る事です。(48:Figure 3)(49:Figure 3)から、腸骨の形は猿よりももっと以前の種から段階的に変化しており、生活の中の手の関与もそれに応じて段階的に変化してきたと推定されます。その中で、二足歩行が脳進化に先立つという考古学的な事実と解釈はありますが、実は詳しく掘り下げると、主に低緯度で生じたヒト族への進化の中で、気候変動によって樹木が少なくなり、樹上生活から平地での生活圧が高まった際に、サバンナに生活する大型有てい類を捕獲して食料とすることがエネルギー摂取の観点から利点を持ちました。この時に現代人とおおよそ同じの完全な二足歩行の際に首がまっすぐ立つようになったので視界が広がりました。従って、現代の人はより視覚を使った世界認識をするようになり、動物の中でも色彩に関わる視力に関しては非常に高い精度を持ちます。これは遠くのエネルギー源として優れる大型有てい類を捕獲することに貢献しました。因果を逆転させて、そのように適応する必要性があったからそのような身体の機能になったと解釈することができます。その時期に脳の容量の拡大が生じているので、一般論として動物性たんぱく質の高栄養食がそれの起点となったという解釈がなされていますが、実はそれは脳の進化という点でいうと一側面に過ぎないのかもしれません。大型有てい類を捕獲する際に必要となった手を使った道具の開発とその制御的使用も一般的な論点ですが、それ以外の生理学的な側面として、樹状からの完全な二足立位での足を使った長距離の歩行、走行の運動時の特に高度に脳神経系の動員を必要とする姿勢維持、平衡感覚が当時の脳の容量では需要を満たすことができず、それによる機能的な成長圧もあったという可能性です。これは従来では議論されていない新しい観点です。もしそうであるとすると、現代の人の基本的な生活習慣である特に歩行は、こういった歴史的観点から帰納的に考えると(すなわち過去の事実関係から未来の結果を予測すると)、大脳皮質、大脳新皮質の基本的な機能に関与する可能性があり、訓練として足接地によるバランス負荷をかけることはこれらの機能を同様に強化する可能性があります。過去、何が脳の容量の拡大を駆動したかを考える事は進化、人類学、考古学的な価値だけではありません。脳の容量を拡大した要因を多因子的に精緻化して理解する事は、現代の進化した大容量の脳の機能を維持する基本的な素因を定義し、日常生活の中でその目的のために何を大切にすべきかを導出するものです。例えば、道具の開発など手を器用に使うこと、集団生活などの社会性、動物性食品と植物性食品の雑食性は脳の容量の拡大を起因した要因であると一般論としてあります。そうであれば、二足を使った歩行、走行運動機会を維持する事、機械、計算機(パソコン)に依存する事のない手先の精緻な使用機会を維持する事、一定の集団的な社会生活を送る事、動物性と植物性のバランスの取れた食生活は人の脳全体の機能を守る基本的な生活的素因であると推定する事ができ、重要な問題提起となります。また、こうした素因から現代の社会の歪みを分析する事ができます。これは健康ガイドラインレベル4の領域と交絡する議論ですが、現代では明らかに集団生活の社会性が重要視されている傾向にあります。インターネットの勃興によって未成年から大人まで関わる人の数が爆発的に増えました。高まる社会的需要が、手の使用、運動機会を奪っています。上の4つの因子の中で特に重要なのは、運動と栄養です。なぜなら、これらは生きていくために絶対的に必要なエネルギー管理に関わり、脳だけではなく、体全体に関わる事だからです。従って、上の4つの項目の中で運動、栄養に関する生活習慣、プロセスの理想的な定義を徹底的に健康ガイドラインレベル3まででする必要性があります。実は栄養に関してはこの章に関わる進化的な観点でもう一つ見落とされてきた重要な観点があります。動物は手を使う事によって、食料の選別能力が向上しました。特にヒト族への進化の過程で樹上で生活していたころは二足歩行への移行期であり、手の使用の機会が段階的に増えています。それにより植物に存在する果実を主要なエネルギー、栄養源として利用していた時期があります。これは確証がありませんが、そうした様々な果実を取ることができる個体が平均的に長く生き残った可能性はないか?現在の果物の栄養特性を見るとそうした推定が合理的に一定成立します。すなわち、果物は植物が食料の前提として用意したものであり、果糖の他、様々なストレスに耐えうる抗酸化物質を液胞内に収納しています。人は、コラーゲンの螺旋配座に関わるビタミンCを自発的に合成できない種ですが、これはヒト族の進化の中で餌として栄養源として果物、果実に依存してきた経緯がある事の証拠であるという見方は既に存在します。そうであるとするならば、上の議論と交絡して考える余地があります。人の脳の容量を増加させたのは確かにエネルギー源として動物性の食品ですが、一方でそれよりも昔のベースラインとして植物性食品である果実を必須としていた。今、現代では動物性食品への偏りが問題視されており、それによる肥満などの生活習慣病が多く生じていますが、これは運動機会の減少の他に、栄養の偏りによるものであるとされます。具体的には動物性食品への偏りから植物性食品とのバランスへの移行が栄養学的に求められています。今までの進化の経緯を考えるならば、これは自然なことで、人は動物性食品の栄養を必要にしながら、それよりも昔からベースラインとして植物性食品である果実に依存してきました。この果実摂食は実は、二足歩行に移行した最も初期のドライバーであるという解釈もできます。こういう推定の元で運動以外のもう一つの重要項目である栄養管理についての健康生活習慣の定義を試みる時、動物性食品に対する植物性食品のバランスを構築していく中でのカギとなる食材が顕在化します。すなわち、それが「果物」です。もう一つ述べるべきことは、近視を改善し、自然の中で遠方を見るために視覚をしっかり動員しながら足を使って歩行、走行する事です。そうした自然なバランス運動をしながら人にとって大切な視覚を動員する事の重要性を付加的に提案する価値があります。このように現代人がどのような経緯をたどって進化してきたかを精密にたどることによって、現代の心身共に健康的な生活習慣の前提を問い直すことができます。健康ガイドラインレベル3,4の冒頭で述べたように、自然-不自然-人工軸、非生物-生物-ヒト軸の中で、現代人は都市化なども含めて自然から環境的にも、心理的にも遠ざかった生活が当たり前となっています。人自身が頭脳で考え危機を乗り切ってきた成功体験から、頭脳に依存した精緻な社会、産業構造を構築してきましたが、それには一定のジレンマが存在します。進化、進歩には必ずジレンマが伴います。それは自然に近い生物学的なプロセスでも同様です。例えば、人は二足歩行に進化し、腸骨を横に広い形で大きくした弊害として女性の骨盤周りの障害が大きくなり、子宮や産道を確保する事が難しくなり、子どもを小さい段階から外界に出して長い間、授乳などを通じて外で十分に免疫機能が整わない段階からリスクを伴う形で大切に育てる必要性が出てきました。人は頭脳、知恵によってワクチン接種などでそのジレンマを賢明に払拭してきました。こうしたジレンマと生物、自然システムはどのように向かい合ってきたでしょうか?そのカギを握るのが、時間(ゆっくり)、恒常性(動的平衡)、多様性、共生/共感、フィードバックループなどです。これについての詳細は健康ガイドラインレベル4で述べるのでここでは詳しく触れませんが、いずれにしても思考、すなわち現代の問題を問い直す前提として今までの生物の歴史を理解して、回帰する事が進歩圧が常にある現代においてのジレンマの認識、対策の有効な手段となります。健康ガイドラインでは心身の健康の為の手段、プロセスを定義する事であり、同様に心身の健康においても古来の自然への回帰の中で知りうる大切な項目が多く存在するという事をこの章の内容で示唆します。



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