薬剤の製造においては、
製造工程や精製工程を経て純度が高められており、
不純物や未反応の化学結合は除去される傾向があります。
従って、薬物の安定性を考える際に
1つの視点になるのは
一部の固体材料の表面にあるような
ダングリングボンドを対象とするのではなく、
「基」の置換などを考えることです。
薬物の物質構成において、
水素基が含まれるケースは圧倒的に多いとされています。
水素は有機化合物の主要な構成要素であり、
薬物分子も有機化合物である事が多いため、
水素基を持つ事が一般的です。
骨格形成やそれに伴う立体構造の決定において
水素基は重要な役割を担っています(4)。
水素結合は弱い結合ですが、
その安定性は立体構造を形成していますから
その周りの場の影響を受けて変わることが想定されますし、
置換するためには、その置換物質が
そのサイトに安定的に存在できる特性を持つ必要があります。
従って、少なくとも
薬剤として安定的に生成できているならば、
水素結合が弱くても、水素基が頻繁に他の分子、官能基と
置き換わるかどうかはその条件によると考えられます。
一方で、
薬物の代謝反応において一般的な変換の一つは酸化反応で
薬物の炭素原子と結合している水素が酸素と反応し
水酸基に置換されます。
この時に自動的に反応が推し進むのではなく、
その反応を促進するための酵素が必要です。
その代表的な物質が
Cytochrome P450 (CYP) familyとされています(1,2)。
このように酸化反応が生じると
反応性があがり、有害な代謝生成物が生じたり、
親水性が上がることで尿として排出されやすくなることで
薬剤としての安全性や機能が低下してしまいます。
上述したように
薬剤に水素基が含まれることは一般的ですから
水素基のCYP酵素を介した水酸基への酸化活性をどのように下げるか?
これについて考えることが重要になります。
Rita Maria Concetta Di Martino(敬称略)らが示す
Fig.1bでは水素と重水素の
ギブスの自由エネルギーが
炭素原子との原子核の距離に対して
どのように変化をするかを書いていますが(1)、
重水素はその距離が小さい場合において
その自由エネルギーが小さくなり安定状態となります。
従って、水素よりも切り離しにくいということです。
ゆえに、水素を重水素で置換する事は
周りの分子の種類と立体構造によるので
必ずしもそうはなりませんが、
反応速度定数の理論限界で
おおよそ最大で9倍遅くすることが可能です(3)。
その様な差を運動学的同位体効果と呼びますが、
その程度を一般的に予測する事は難しく、
おおよそ経験的に水酸基置換が
どのような代謝経路によって
その運動学的同位体効果が上がりやすいかが示されています。
(参考文献(1) Fig.1dより)
その薬剤の非特異的な反応性が低く、排出圧力も低ければ、
当然、循環器内を含めた体内での薬物の寿命は上がります。
従って、より少ない量で、より少ない頻度で
同じ濃度に相当する薬効を期待することができます(1)。
しかしながら、
水素と重水素を置き換えるという事は、
単にその結合間の安定性を変えるだけに留まらないケースがあります。
例えば、
カフェインのメチル基の水素を重水素に置き換えた場合、
重水素の配座での酸化反応は抑えられましたが、
それ以外の位置においての
代謝反応が顕著に変わったことが示されました(5,6)。
一方で、このような代謝スイッチが起こらないケースもあります。
去勢抵抗性前立腺がんの治療薬として
承認されたアンドロゲン受容体抑制剤である
Enzalutamideにおいて
アミドNメチルグループを重水素化した場合
代謝スイッチは起こらず、
薬剤としての安定性は向上したとされています(1)。
このような重水素サイト以外の領域の薬物代謝が変わる可能性以外に
非小細胞性肺がんの薬剤である
Osimertinibにおいて重水素置換をした場合、
鍵となるキーサイト以外との結合活性が高まることで
薬剤の選択性が失われた事が示されています(7)。
従って、副作用が強く出る事もあります。
薬剤の安定性、薬効、毒性を体内で意図しない形で
変化させる要因は様々です。
主に酸化反応、加水分解反応ですが
その反応を推し進める体内に存在する酵素について
◎cytochromes
◎alcohol dehydrogenases(8)
◎aldehyde dehydrogenases(8)
◎monoamine oxidases(9,10)
◎lysyl oxidase(11)
◎vascular adhesion protein 1 (VAP1)(12)
◎aldehyde oxidase (AO)(13)
これらが挙げられています。
このような酵素による酸化反応、加水分解反応による
毒性によって臨床試験が中止になる事もあります。
その酸化反応や加水分解反応を緩和する事が期待できる
重水素化はそれによるデメリットよりも
メリットが上回る可能性があります。
薬剤の分子認識の分析能力の高まりは
対掌性(キラリティー)の薬効への重要性を浮き彫りにしました(14)。
同じ分子構成からなる薬剤であっても、
2次元構造(配置)、3次元構造(配座)において
異なる構造をとる事があります。
上述したようにC-H結合においては
異なるサイトでそれが生じる事によって
配置、配座が変わることがあります。
それらが変われば、薬効、毒性が変わる事から、
その中から薬効が高く、毒性が低いような
最適な配置、配座を持つ構造が存在します。
しかしながら、そのような最適な構造は
必ずしも物理化学的に安定ではなく、
すぐに異なる異性体に変化するような不安定性が生じます。
C-H結合を重水素に置換してC-D結合にすることで
特定の立体構造により安定化させる事が可能になります。
これを「Deuterium-enabled chiral switch(DECS)」と呼びます(1)。
少なくとも立体構造が確定しないという事は
薬剤としての特性ばらつきになるので、
水素を重水素置換する事で構造がより固定的になる事は
特性を揃える上でも重要な要因になると考えられます。
重水素は結合状態を変える機能を持ちます。
例えば、2量体化や脂質過酸化反応を誘発する事で
栄養となる媒体を薬剤として利用しようとしたときに
それが酸化ストレスなどに対して不安定な場合であったとしても
過酸化反応が生じていることで
そのストレスに対してより安定な構造とすることができます。
それによってより安定に脳などに
特定の栄養素を届けるようなことができます(1)。
◎自己免疫疾患(15,16)114,115
◎炎症性疾患(15,16)
◎ダウン症候群(17,18)
これらにおいて
JAK抑制剤の利用が検討されています。
しかしながら、その結合選択性の問題から
重篤な副作用が出る事が示されています。
◎感染症
◎心臓関連のイベント
◎悪性新生物
◎血管生成
また、狭い治療マージンであり、
用量の許容範囲が狭く、
管理が難しいことも挙げられています(1)。
しかし、重水素置換を行ったDeucravacitinibは
従来選択的結合が難しかった
JAKホモロジー2にアロステリック機序で
高く特異的に結合する特性を有している事から
IL-12, IL-23, IFN-γの信号を仲介するTYK2を
選択的に抑える事ができ
上述した自己免疫疾患、炎症性疾患の治療において
新たな展望を提供しています。
このDeucravacitinibは上述したようにTYK2に対して
高い選択性を有しています。
結合親和性では
TYK2: IC50 0.2nM
これに対して
他のキナーゼ:>10000nM以上です(19)。
従って、非常に高い特異性を有していますが、
唯一JAK1だけは選択性を有する事が難しい結果になっています(19)。
(JAK1: IC50 1nM)。
ただし、乾癬に対して行われた
Deucravacitinibに対する臨床研究では
JAK1-3抑制で生じるバイオマーカーに影響を与えず、
TYK2に対してより選択的に作用している事が想定されています(20)。
Ian M. Catlett(敬称略)らがFig.3に示すデータによると
IL-17、IL-22、IFNなど炎症性サイトカインを顕著に減少させ、
臨床症状としても乾癬による皮膚の炎症が抑えられたとされています(20)。
安全性に関しては健康なボランティアに対する
用量依存的な副作用の評価が行われています。
その結果、心電計では異常がなく、
生じた副作用には咽頭炎やリンパ節の腫れなどがありましたが
全体としては許容できると評価されています(21)。
薬剤のC-H結合の重水素置換は薬剤の安定性を高める場合があり、
それにより半減期を伸ばし、投与頻度を減らせる可能性があります。
従って、元々、有効な薬において半減期が短く、
頻繁に投与する必要があり、
患者が医師の指示通り、続けて飲むことに問題が生じる場合に
(低い服薬コンプライアンス(Low patient adherence))
その薬の重水素置換が有効な場合があります。
例えば、遺伝性血管浮腫(HAE)の治療薬として
Bradykinin B2受容体拮抗薬(Icatibant)があります。
これが半減期が短く、上述したような問題がありました(1)。
その重水素置換薬であるDeucrictibantはIcatibantに対して
作用が速く、長く薬効を示したとされています。
また安全性も許容範囲であったと報告されています(22)。
子どもの脳腫瘍を含め、神経芽細胞種、膠芽細胞種では
放射線治療が主な治療法です。
重水素は放射線感受性が水素に比べて高いため(1)、
重水素置換をした薬剤で治療をした際に
その治療薬が脳腫瘍を形成する癌細胞に送達されれば、
その位置で放射線感受性を高め、
放射線治療の効果が向上する事が期待されると理解しています。
DNA-PKc抑制剤であり重水素が使用されているVX-984において
ヒト細胞由来の同所性異種移植モデルで
膠芽細胞種に対して、
VX-984に基づく化学療法と放射線療法を組み合わせた場合、
それぞれ単独の場合と比べて
マウスのケースで生存期間が上昇したことが示されています(23)。
このVX-984による化学療法単独では
延命の効果はなかったとされています。
従って、放射線感受性向上の効果が大きく出ていると評価できます。
この薬剤の重水素置換の課題は
C-H結合を乖離して、C-D結合に置き換える効率が高くなく、
そのへき開、結合は段階的に生じることです(1)。
そのような課題の中、下記、いくつかの方法で
効果的な重水素置換が試みられています。
◎N-alkyl amine-based drug molecules(24)
◎Photocatalysis(25,26)
◎Electrochemistry(27)
◎Radical chemistry(28)
但し、合成の際には過剰な重水素置換を防ぐための
プロトコルを開発する必要があります。
重水素置換の薬剤のベネフィットは多面的ですが、
Rita Maria Concetta Di Martino(敬称略)らの
SWOT分析(Fig.4)に基づいて
その弱点、脅威について挙げます(1)。
◎基礎研究から臨床応用までの予測不透明性
まだ、そのパスを通った薬が少ないため、
どれだけの薬が承認された実績があるかのデータが不足しているので
製薬メーカーはその適用率に基づく経営判断ができない可能性があります。
◎重水素置換の不制御性
重水素置換はC-H結合を置き換えるものですが、
高分子である薬剤のそのサイトは一か所では当然ないため、
任意のサイトに制御した形で置き換える事が難しいです。
◎分析の難しさ
重水素置換が実際にどこで生じているか?
その正確な分析が難しいです。
◎高い製造コスト
特許使用料なども含めると重水素置換によって得られる利益が
それまでの投資を上まわる見込みに対する不透明性があります。
また、重水素化する媒体は一般的に高価です。
◎ガイドラインがない
◎特許権(知的財産権)の問題
重水素置換は参考文献(1)Fig.4のSWOT分析で挙げられているように
多面的な付加価値があると考えられます。
その中で、特に付加価値が高いと考えられるのが、
脳腫瘍に対する放射線感受性が高まるという事です。
上述したVX-984は化学療法としての
脳腫瘍の効果において生存延長はみられませんでした。
もし、化学療法としての効果だけではなく、
◎ウィルス(29,31)
◎ナノ粒子(30,32)
◎抗体薬物複合体(33)など
薬剤を送達できる送達媒体による標的性が高まれば、
薬剤の効果だけではなく
放射線の効果も高まることが期待できるので
多面的な治療ベネフィットが得られる可能性があります。
小児がんも含めて、脳腫瘍の治療の効果、
副作用を下げていく事を考える際に
放射線感受性を上げる重水素置換を
研究開発技術要素の重要な一つとして位置付ける事は
一考の余地があると想定できます。
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薬剤における重水素置換の効果
癌細胞における重要な癌抑制遺伝子治療とその留意点
世界の平均寿命が公衆衛生の改善も含めて高まっていくと
あるいは、
もし、人の寿命の最大が120歳を超えて150歳くらいまでに
これからの劇的な医療技術の改善で実現するとしたならば、
そこで必ず向き合わないといけない共通的な疾患は
間違いなく「癌」です。
実際に疫学的に日本の場合でいうと
平均寿命が上がった結果、死因の一位は癌になりました。
Nature関連誌でも
医学系の総括論文で古くから存在する雑誌で
臨床系(Nature reviews clinical oncology)
基礎医学系(Nature reviews cancer)が対象となっている
疾患は癌のみです。
また、癌と密接に関係のある細胞生物学も
総括論文と専門論文の両方が古くから存在しました。
これがあるのはその他、免疫系になります。
免疫系も近年、癌免疫治療が注目され
免疫系と癌の関連の報告が増えていると思います。
それくらい癌は医学界において扱いが大きいという事です。
医学系論文の種類は科学界の中で一番多く、
その中で最重要視されている分野は癌です。
ただ、脳神経科学もこれと並ぶくらい重要ですし、
癌と同様に神経変性疾患は高齢になると向き合う必要のある事です。
寿命の延長を目標としている人は世界に多くいると思います。
そこで障害としてたちはばかるのが
まちがいなく「癌」で
言い方を変えれば
もし、人が癌という病を制圧、
あるいは医療介入によってうまく付き合う、共存する事ができれば、
本当に今まで実現しなかった
120歳以上の寿命を獲得する一つの要素を手に入れることになります。
例えば、
それ以上の寿命を得ようとすると
細胞の分裂の切符とされるテロメアを伸長させる事を考えることは
根本的なテーマの一つです。
しかし、そのテロメアの短縮システムが壊れたのが癌であり、
そのテロメアを伸長させる事は癌ととなり合わせです。
もっと広い観点で細胞の老化について考えるときに
細胞の老化は癌の防止因子になっているという報告もあります(7)。
従って、細胞の老化を止めるということは
そこには癌のリスクを高める広範な要因が潜んでいる可能性があります。
アシーナ・アクティピス氏は
癌を進化学を含めて考えている研究者の一人ですが
癌治療において
癌の特徴を根本的に定義しない事には
癌治療を普遍的に成功させる事は難しいのではないか?
このような視点を持っています(6)。
その答えは「癌細胞は協力を裏切る事である」ということですが(6)、
より示唆的なことにおいては
そもそも単細胞生物から多細胞生物になった時点で
生物は癌になる運命を副産物として抱えてしまったということです。
子供から細胞はどんどん組織の成長に伴って増えていきますし、
大人になって安定期になっても細胞は入れ替わります。
そのような細胞の動的な状態は
常に癌化のリスクを含んでいます。
しかし、「細胞同士の協力」(6)によって
そのような癌化は通常は制御状態にあります。
癌の様々な多様性を含めて考えると
一括に定義することも難しく、
それよりもはるかに難しいことは
普遍的に治療を成功させる事です。
おそらく人が120歳の寿命に定められているのは
テロメアの短縮でも説明されますが、
臓器の成長、成熟のセットポイントが決まっているような感じではないか?
と現時点で私は仮説を立てています。
つまり、言い方を変えれば、
人の寿命を150歳などにすることは
人の心臓を15/12倍に大きくするようなものだ
ということです。
それを全身でするということです。
そう考えると120歳以上の長寿命化、不老不死の実現が
如何に難しい事か容易に想像することができます。
しかし、癌をできるだけ共通的に治療したいという目的があります。
それが長寿命化の第一歩でもあります。
p53という遺伝子は癌化した時にアポトーシスさせる遺伝子で
癌遺伝子として代表的なもので
これに変異が入っているケースが
多くの癌で多くの割合で見られます。
従って、このp53という遺伝子に着目することは
癌治療において重要なコンポーネントの一つであるという認識です。
それについて調査する必要性が高いということです(1-5)。
一方で、そういった遺伝子の変異に着目する事は
2000年以降、遺伝子検査技術が発達し、
遺伝子改変技術も多く生まれ、
遺伝子が生物の形質を決める設計図で根本的なものであることから
非常に世界では重要視されています。
従って、
p53についてもその変異を正常に戻すことができたら
癌の一つの共通的な治療になるかもしれない
という視点を持っています。
そうした場合、
遺伝子改変技術や
異常なp53生理経路の中で
その化学反応を推し進める酵素の働きを制御することが
薬剤開発の一つの視点となり、
後者の薬剤開発は
「Kinese drug discovery」と呼ばれ、
20年の開発の軌跡があります(8)。
しかし、p53遺伝子の場合は機能を再活性化する必要があり、
過剰なたんぱく質の発現を抑制する
このような方式は適用できないかもしれないとされていますが(1)、
KRAS(G12C)抑制剤と同じように
変異型のタンパク質を抑える事は
癌細胞の機能低下を導くかもしれません。
その様な中で
◎p53タンパク質の配座の安定化(57)
◎p53タンパク質の配座の正常化(62)
◎変異型p53タンパク質のp63,p73との凝集の抑制(63)
◎p53タンパク質の分解の抑制(64)
これらの観点で薬剤が開発されてきました(1)。
しかしながら、
p53タンパク質を利用した薬剤は
その機能が広範にわたり、
通常細胞でも重要な役割を担っていることから
ハイリスク、ハイリターンの治療になりそうだと考えられています。
そういった中で
p53タンパク質を標的とした治療において
全てのp53遺伝子の異常を持つ癌に対して
一元的に治療できる方式(on-p53-drug-fits-all)を
見つける事は今までの薬剤開発、その結果をトレースすると
難しいことが徐々にわかってきたとされています(1)。
他方で、別の方向性が考えられます。
新型コロナウィルスのワクチン開発で明らかになったように
特定の遺伝子に対して
DNA、mRNA、タンパク質
いずれにおいてもその精製が可能です。
p53、RASのように重要な癌抑制遺伝子であり、
その変異が病因の一つとなるならば、
「正常な」これらのがん抑制遺伝子の
DNA、mRNA、タンパク質を
癌細胞に送達させることが考えられます。
キナーゼ標的薬剤では調整の為のポケットを見出し
それに作用するための薬剤設計をする必要があります。
そのたんぱく質を生み出す遺伝子に新たな変異が生じると
その薬剤の効果が顕著に下がることがあります。
しかし、この技術は
最終的に癌細胞内でアポトーシスや免疫惹起など
癌抑制性に関与する経路を活性化させる一つの因子である
癌抑制遺伝子のタンパク質を生み出すことが可能です。
この場合、基本的に遺伝子な逃避は起こりにくいかもしれません。
また、p53の遺伝子変異の形式は1種類ではありません。
ミスセンスの中にも数種類あり、
機能低下、機能増強などタンパク質の量に関わる変異もあります。
従って、正常なp53タンパク質を届ける手法は
個別の遺伝子変異に対してアプローチする方式よりも
より広範に作用する可能性があります。
但し、p53のファミリーとしてp63、p73タンパク質もあります。
これらは「ネットワーク」を築いて(65)、
細胞内で癌抑制において重要な役割を果たしている可能性があります。
そうするとp53だけを大量に細胞に送達すると
p53, p63, p73からなるネットワークのバランスが崩れることが懸念されます。
従って、p53タンパク質を細胞内に送り届ける事を
DNA, mRNA, タンパク質で考える場合には
p63, p73の付随的な働きについて注意する必要があります。
しかしながら、p63, p73は人の癌において
p53ほどの変異頻度の高さはないとされています(65)。
ただし、そうではあっても
p63, p73に変異が入っていないかどうか
それについて確認する事は必要かもしれません。
但し、細胞内でタンパク質を生み出す際に
例えば、p53やRASのように変異した際に癌生成と
関わりの深い癌抑制遺伝子に対して(9,10)、
それらが正常に働くようなタンパク質を
3次立体構造を含めて再現するのは
その構造に影響を与えるいくつかの因子があるため
単純に遺伝子とリボソームのみで決まるものではありません。
例えば、タンパク質の折り畳み構造を決める
シャペロンや糖鎖やリン酸などがあり、
タンパク質の質を制御するユビキチン化酵素などもあります(11)。
また、送達について考える場合
それぞれの寿命も重要です。
一般的にDNA > mRNA > タンパク質の順になります。
従って、送達媒体としてナノ粒子を使う際にも
これらの寿命を勘案して投薬設計する必要があります。
また、
正常なp53遺伝子にコード化されたタンパク質が
癌細胞に送達されたとしても
それに変異が入った癌細胞において、
本当に癌抑制システムを駆動させるうえで
物質供給として十分条件を満たすか?という事です。
もっとシステム化された状態で
細胞死プログラムが故障している可能性もあります。
あるいは癌細胞の中には
すでに豊富な変異型p53タンパク質が含まれており、
もし、薬物送達技術によって
正常なp53が癌細胞に送達されたとしても
それらの干渉によってp53の機能を十分に引き出せない
可能性があります(1)。
例えば、変異型のp53はp63、p73といった
同じファミリーのタンパク質と凝集する特性を持っています(58,59)。
この事はKanaga Sabapathy(敬称略)らがFigure 2に示すように(5)
p53タンパク質の機能増強(GOF)が生じた状態で
生存率が機能低下(LOF)よりも低い事と関連しているかもしれません。
この事はミスセンス変異が入った状態での比較ですが、
通常の構造でも量が増えると悪影響があるか?
それについて注意喚起の必要がある臨床データです。
なぜなら、量が増える事でp63,p73と凝集して、
あるいは絶対量の比として、
相対的にそれらの機能を弱めてしまう可能性があるからです。
このファミリータンパク質と凝集する特性によって
送達された正常なp53タンパク質が
癌細胞内に豊富にある変異型p53タンパク質と複合体化して
そのたんぱく質の機能を失ってしまう可能性があります。
実際に
このようなp53やRASといったがん抑制遺伝子を働かせるアイデアは
すでに考えられています。
例えば、p53のプラスミドDNAを細胞内に送達することで
すでに癌抑制効果があるという事がマウスのケースで
確認されています(12)。
このプラスミドDNAは染色体とは独立したDNAで
主に細胞分裂に応じて細胞質で数を増やすことができます。
従って、遺伝子工学、バイオテクノロジーにおける
遺伝子導入において一般的に使われる環状のDNAです。
ただし、一般的にプラスミドDNAからの
タンパク質生成効率は通常の細胞核内にあるDNAよりも低いので
現在、その効率的な合成を促進する試みが行われています。
また、DNAの場合はmRNAに転写する際に
細胞核に輸送させる必要がありますが、
mRNAの場合は細胞質への送達で実現可能で、
p53のmRNAは細胞外で精製する事が可能であるし、
上述したようにすでにそれはmRNAワクチンで証明されています。
従って、実際にp53-mRNAをナノ粒子の中に入れて
癌の治療を試みた研究があります(13,14)。
それによると一定の抗癌効果がある事が確かめられています(13,14)。
このような特定の遺伝子を導入して
そこから生み出されるたんぱく質を利用して治療する方法は
ナノ粒子を使って行われるケースが報告されており(12-14)、
細胞種特異的にこれらのナノ粒子を送達する事ができれば、
その送達効率は高まるため、
より副作用が少ない形で効果的に治療する事ができる可能性があります。
また、p53遺伝子を使った治療の場合
オフターゲットも想定されます
p53遺伝子の変異の中にはp53タンパク質の構造が変わったり、
生成量が減少するものもありますが、
同じ構造であっても増加するものもあり、
それが様々な癌との関連が報告されています(15,16)。
p53タンパク質が他の通常細胞に大量にオフターゲットされると
このGain-of-functionと同様の事が人為的に生じてしまう
ということも想定されます(自発的に量が制御される可能性もあります)。
実際に過去のp53を標的とした薬剤の中で
p53タンパク質を分解する際に生じるユビキチン化を
抑える薬剤が開発されました(MDM2抑制剤)。
この薬はp53タンパク質の分解を抑えるわけですから
p53タンパク質の細胞内の量が増える事が想定されます。
それを高用量で標的化していない状態で投与した場合、
胃腸に強い副作用が出ました(60)。
また血小板が顕著に減少しました(61)。
おそらく血小板やその前駆細胞に送達され、
その細胞の細胞死が促されたからかもしれません。
血中の細胞の送達効率が高いこも関連しているかもしれません。
この事は通常細胞にp53タンパク質が異常に増えた場合の
弊害を示唆するものかもしれず、注意が必要です。
これに関連して、
乳がんなど過剰発現変異が原因となっているケースもありますが、
このような癌の特質の場合
p53タンパク質を送達させると逆効果になる可能性がありますが
注意すべきは
その過剰発現変異が構造的なミスセンスを含んでいるか?
それとも通常の構造で過剰発現になっているかを見分ける必要がある事です。
一般的に癌でp53の変異で多いのは
構造が変わるミスセンス変異か
発現しなくなる(量が少なくなる)機能喪失変異です(17)。
ミスセンス変異が70%と言われます(1)。
p53は重要な遺伝子であり、
特に成長期には精密に制御されていると言われています。
従って、p53に関連した癌治療は
根本的な景観を変える可能性はありますが、
非常に繊細な制御と事前の遺伝子的検査が必要な可能性があります。
考えられる一つの技術は
薬剤の標的性を高める事です。
また、準備段階として確認が必ず必要なのは
がん治療であれば、癌細胞そのものへの作用だけではなく
試験管レベルでもいいので
通常細胞に対して正常な癌抑制遺伝子たんぱく質を入れた時に
どのような副作用があるか調べる事です。
p53の治療を考える場合には
考える軸としては
p53の変異(ミスセンス、機能喪失、機能増強)と
p53の調整機構(主にユビキチン化、miRNAによる分解)があります。
特にミスセンス変異がある時には
構造の異なるp53タンパク質が生み出されます。
これが細胞内でどのような新たな影響を与えるか?
ということを考える必要性があります。
一般的には癌ではミスセンス、機能喪失のケースが多く
p53の基本的機能である
◎損傷時の細胞サイクル停止によるDNAの修復(28)
◎細胞周期の調節、老化による異常増殖の防止(31)
◎修復不可能で異常な時のプログラム細胞死
◎血管新生の調整(32)
◎多くの遺伝子の転写の制御によるメンテナンス
◎抗酸化物質の調整(29)
◎免疫応答の制御
◎タンパク質の調整、オートファジー(27)
◎代謝機能の調整(解糖)、リモデリング(25,26)
◎細胞の移動性の制御(30)
◎細胞の分化(33)
◎骨のリモデリング(34)
これらが癌を制御する上で重要であり(19-21)、
これらの機能が喪失していると想定されます。
従って、機能の一つとして免疫応答の制御がありますから、
免疫チェックポイント阻害薬の治療効果に影響を与える場合もあります。
例えば、胃がんのケースでp53に変異がない場合は
顕著に免疫チェックポイント阻害薬の効果が
変異がある場合に比べて高くなります(24)。
癌は例外を除いて、異形成、異常に増殖する傾向がありますから
そのブレーキとなるp53の機能がなくなる、弱まる傾向にある
と考えられます。
だから、
ミスセンス変異と機能喪失変異のケースが多いということです。
おおよそTP53遺伝子の改変の70%を占めると言われています(1)。
(ただ、機能増強のケースもあります。)
これに対してはp53タンパク質を供給するという事は
基本的にバランスとしては過少な状態から増えるわけですから
治療効果は得やすいという事になります。
そうした場合、p53の治療を考える場合において
一方で重要となるのは、
p53が機能増強した時にどのような副作用があるか?
この事について考える事です。
現時点でわかっている限りにおいて
少なくとも年齢に関わらず、
神経系においてはp53が機能増強すると不全が生じます。
神経細胞は癌化するケースがほとんどないので、
むしろp53による制御をあまり必要としません。
それよりもp53による細胞死のリスクの方が大きくなるので
増強された時のリスクが大きくなります。
実際に神経細胞においては
p53が機能増強する事は神経幹細胞などを通じた
脳の発達においてリスク因子となります(21)。
また、アルツハイマー病でもp53の機能が増強する事によって
そのリスクが高まるとされています(22)。
むしろ神経細胞においてはp53の機能喪失状態によって
逆に神経が保護されたとも言われています(23)。
心臓の心筋細胞などもそうかもしれませんが、
基本的に神経細胞や心筋細胞など癌化のリスクが少ない細胞においては
p53の治療によって、過剰供給のリスクがある場合には
ベネフィットよりもリスクのほうが高くなる可能性があります。
例えば、
発達期にある子どもの場合も
組織を大きくしていく必要があります。
その際には癌化しないようなシステムも必要ですが、
一方で、簡単に細胞死する事もリスクになります。
従って、p53の調整を精緻に行う必要があります。
上述したユビキチン化やmiRNAによる
タンパク質分解機能も優れているかもしれません。
しかし、p53によって過剰にタンパク質を供給すると
制御することが難しくなり、成長を阻害してしまう可能性もあります。
特に、小児の脳腫瘍の治療において
p53の治療を検討する場合には注意が必要です。
なぜなら、癌化しにくい神経細胞の近くにあり、
かつ、成長著しい時期でもあるからです。
このような要因を考慮に入れると
p53治療は小児の脳腫瘍には向かない可能性があります。
いずれにしてもp53治療を行う際には
その核酸やタンパク質が脳に送達されないように
管理する必要があるかもしれません。
また、ゾウなどは人よりも顕著に体が大きいのに
癌化しにくいと言われています。
その一つの理由はp53が多型であるということです。
これをピートのパラドックスといいますが、
人のケースでもp53が多型であると
寿命が長い傾向にあると言われています(22)。
これをバイオテクノロジーによって
多型にすることは遺伝子導入によって可能なので
それをマウスのケースでしたときにどうか?
それを試す価値はあるかもしれません。
しかし、p53は重要な遺伝子であり、
人で生まれながらに多型が存在し、
疫学的に見て寿命が長いという事も確認されていますが、
同じようにアリルの異なるp53を設計し
その核酸、あるいはタンパク質を投与したとしても
その多型である機能は一時的である事が想定されるし、
副作用もある可能性があるので、慎重な判断が必要です。
p53たんぱく質の機能は、
生体内、癌細胞は複雑なので例外もあるかもしれないですが、
基本的には細胞核にあるDNAに結合する事によって
上述した細胞の状態に応じた適切な応答を実現します。
特定の遺伝子に働きかけるということです。
Jinwoo Ahn(敬称略)らが図で示している様に(35)、
p53タンパク質の一つの末端部であるC-terminusの
様々な残基、エピトープにそれぞれ番号が割り振られ、
その番号に対応したDNA遺伝子があります。
この結合部位は通常は不活性な状態になっていますが、
C-terminusの一部が欠損したり、
リン酸化、アセチル化などが生じることで
タンパク質構造が修正され、
個別の遺伝子の発現に影響を与えるように
遺伝子に結合することができるようになります(36)。
当然、予測される事なのですが、
p53タンパク質が正常に応答するためには
p53に働きかける入力信号も正常である必要があります。
果たして癌の治療を考える際に
仮にp53タンパク質を送達できたとしても
p53タンパク質に作用する多種多様な信号が
正常な細胞に対して崩れていないか?
このような視点があると思われます。
また、p53タンパク質の機能を低下させる
タンパク質が癌細胞で過剰に発現している事があります。
例えば、MDM2, MDMXです(37)。
入力信号も含めて考えると
p53タンパク質単独では癌細胞を
十分に消滅させる事ができない可能性がある
という事が想定されます。
しかしながら、これらのp53抑制物質は
p53に変異が入っていない癌細胞において
過剰に発現されている事が多いということです(37)。
p53は広範ながん抑制遺伝子ですから、
癌細胞が癌の形質を獲得するために
偶発的に手に入れた代替的な機能であるという解釈もできます。
但し、p53を調整する機能は細胞の中にあり、
小さなタンパク質であるARFは
上述したp53の機能を抑制するMDM2の機能を抑制し
間接的にp53の機能を保護していると考えられています(38)。
このp53は細胞の中でオンオフのスイッチがあり、
遺伝子毒性があって癌化のリスクがあるときに
癌抑制機能を発現するために活性化する事があります(38)。
通常の細胞の状態では
p53は不活性の状態にあるとされています。
p53タンパク質をDNA、mRNA、たんぱく質そのものを送達させる事で
癌治療を行う場合、通常細胞へのオフターゲットも想定する
必要があります。
そうした場合、通常細胞に通常よりも多くp53が存在した時
特に強いストレスがなく、活性化因子が弱い場合において
細胞のバランスとしてどのような悪影響があるか?
これについて考える必要性が出てきます。
また、ここからが重要なのですが、
例えば、細胞にストレスがあって、
アポトーシス経路をp53起因で発現させる場合、
外的因子と内的因子があって、
そのうち外的因子とは
細胞の表面の受容体を活性化させる事であるとされています(39)。
(参考文献(38) Box 1参照)
これが細胞種特異的輸送系統と関連します。
p53をコード化したDNA, mRNA, p53タンパク質
あるいはp53遺伝子を書き換える場合、
ナノ粒子を使ってそれらを送達する事が提案されています。
この時にオフターゲットを減らしたいわけですから
p53の活性化の需要が高い細胞に特異的に送達させたい
という需要があります。
上述したようにp53によってアポトーシス経路が活性化した時
その外的因子として、細胞表面の受容体が活性化します。
この受容体に対して結合性を持つ抗体やタンパク質を
ナノ粒子に架橋、複合体化させれば、
p53タンパク質の需要が高い細胞に
特異的に送達させる事ができる可能性があります。
これは癌細胞だけではなく、
癌細胞と通常細胞の間の少し問題のある癌の芽となるような細胞においても
その前駆状態ではp53活性の信号が細胞で高まっている事が
可能性として考えられるため、
その時に発現されている受容体をキャッチし、
そこに特異的にナノ粒子を送達させる事で
p53の機能をより確実に引き出せる可能性もあります。
その時にその受容体のリガンドをそのまま使うことができれば、
下述するアポトーシスに関わる受容体であれば、
その信号を誘発しつつ、かつp53タンパク質を
細胞内に送達させる事ができる可能性もゼロではありません。
そのままエンドサイトーシスしなくても、
少なくとも近くまでは輸送することができます。
但し、Douglas R Gree(敬称略)が
Fig.1に示すように細胞死受容体(Fas)のケースで言えば、
細胞外の構造の配座が変わっている可能性ももちろんありますが、
細胞内部の装飾のみが変わっていて、
信号伝達の有無が決まっている可能性もあります(38)。
もう一つの癌細胞特異的な送達効率を上げるモデルとして
癌の新抗原を標的とした送達があります。
Ori Hassin(敬称略)らがFig.4に示すように(1)
モノクローナル抗体に2つの特異性を持たせて、
エフェクターT細胞を活性化、引き寄せつつ、
TP53の新抗原を認識する抗体を
TP53遺伝子、DNA、mRNA、タンパク質を封入した
ナノ粒子に複合体化させ、送達効率を高めることが
現在の医療工学技術によって可能です。
この場合、免疫機能を同時に誘発することができます。
ケモカインなども同時輸送する事で
さらに広範に免疫細胞を引き寄せる事もできます。
p53は代謝とも関連があります。
細胞の糖レベルが下がると
細胞の寿命を短くしたり、増殖を抑えたりする機能があります(40)。
しかし、この機能がロスすると
栄養不足のまま増殖し、おそらく代謝機能が崩壊して
異常な成長を示す癌化につながってしまいます。
飢餓状態になるとp53は活性化される傾向にあり、
空腹状態の癌治療についても考えられていますので(41-44),
それと組み合わせて、
上述したp53を送達させる治療を行えば、
より効果的である可能性もあります。
癌治療は、癌細胞を細胞死させる事も重要ですが、
その周りにあるストレスを受けている癌になる前の細胞においても
一定のケアが必要です。
その際に、正常なp53の機能は重要ですから、
それが活性化しやすい間欠的空腹など低糖状態にしておいて、
その状態でp53に関連する核酸やタンパク質を含む
ナノ粒子を送達させる事で癌細胞だけではなく、
その周辺の細胞の適切な機能を確保する事ができる可能性があります。
基本的には癌のリスクは高齢になると上昇しますし、
命を落とすリスクの上位にくる疾患ですが、
癌に罹りやすいからといって、
一義的に寿命が短くなるというわけではなく
少なくともp53遺伝子の観点では複雑です。
p53遺伝子において生まれながら2つのアリル(遺伝子座)がある
人が一定割合います。
p53タンパク質のポジション72において
アルギニン(Arg)がプロリン(Pro)に置き換わっている
タイプのp53タンパク質がArgタイプと混在している
遺伝子多型の人がいます。
Proタイプはアポトーシス活性が落ちるために
癌に罹りやすいのですが、
一方で、寿命を延ばす効果があるようです(45)。
上述したようにゾウでは体が大きいにもかかわらず、
体全体の細胞数が大きいにもかかわらず、
癌に罹りにくいということはp53遺伝子の多型が関連している
という推測もありますが、
人のp53遺伝子の多型では
その活性がわずかに低下しているケースもあるようです(38)。
その結果、上述したように癌に罹りやすいということです。
確かにp53タンパク質の基本的機能の中に
◎細胞周期の調節、老化による異常増殖の防止(31)
これがあります。
しかしながら、p53遺伝子の機能が高まるからといって
老化が促進されるかどうかは定かではありません(38)。
酵母やマウスなどいくつかの有機体で
カロリー制限は寿命が長くなることが示されていますが、
考えられる一つの理由としては
神経細胞のp53活性の低下が挙げられています(46)。
p53の機能の一部は、
細胞死、癌化に関わっているわけですが、
基本的に神経細胞は癌化するケースがほとんどないので、
神経細胞に限っては細胞死が抑えられているほうが
延命のためにはよさそうだという事が
仮説の域はでませんが、想定されます。
実際にアルツハイマー病では神経細胞のロスによって
脳の萎縮が生じるとされています(47)。
神経系の自己免疫疾患でも脳の萎縮がみられるとされています。
その神経系の自己免疫疾患によって
自己抗体が自らの神経細胞を攻撃する事によって
その連結も含めて失われ、結果として組織的に萎縮する
ということであると考えられます(48)。
いずれにしても神経変性の疾患で広く見られる
脳の萎縮は神経細胞の減少と関連している可能性が高い
という事が言えそうです。
上述したアルツハイマー病ではp53遺伝子が改変され
その活性が高まっているケースがあるとされています(49,50)。
これらを総合して考えると
p53のような細胞死に関わるけど、癌を抑える遺伝子に関しては
神経細胞や心筋細胞など癌に罹りにくい細胞においては
少なくともその活性は高まらないほうがいいと言えそうです。
むしろ、少し抑制しているほうが
結果として神経保護によってメリットがあるかもしれません。
p53が非常に普遍的な遺伝子であるとするならば、
癌を抑えながら、細胞の寿命を延ばすという
両方を同時に得ることは難しいかもしれないという事です。
冒頭で述べた様に
例えば、人の寿命を150歳まで上げるという取り組みがなされる際には
テロメアなど細胞分裂の回数を決める染色体末端構造も
重要ですが、おそらく細胞死を制御しているp53遺伝子の働きに
焦点を当てる事も重要です。
すなわち、p53遺伝子の活性を抑える事で
細胞の延命を図る事は上述した事と関連して考えると
人の寿命を延ばすうえで基本的な要素となりそうです。
しかし、それをすると癌化のリスクが同時に高まるという事です。
そう考えると癌はやはり延命する際に隣り合わせとなる
疾患であるといえそうです。
ここからが非常に重要です。
おそらくp53遺伝子の活性は生涯経時的に様々な細胞種で
その役割に応じて変化しているのではないか?
このような仮説を立てました。
なぜなら、胎児、子どもの頃は成長させる必要がありますから
p53遺伝子の一部の機能は障害要因の一つとなるはずです。
そうであるとするならば、
少なくとも幹細胞など重要な細胞種において
p53遺伝子の活性が抑えられている可能性がある
と考える事もできるからです。
従って、
幹細胞とp53遺伝子の関連について調べる事は重要です(51)。
実際に、例えば、マウスのケースですが、
胚形成においてはp53タンパク質の量が劇的に減少している
ということが示されています(52)。
また、幹細胞でも想定通りp53は不活性になっている
という報告もあります(53,54)。
但し、必ずしもあてはまりません。
マウスのES細胞ではp53が豊富であったという報告もあります(55,56)。
p53は多能性を有している細胞の分化において
重要な役割を持っています(51)。
これは仮説ですが、
p53遺伝子から生み出されるたんぱく質は
細胞核にある遺伝子の特定の部位と結合して
その遺伝子の働きを制御する事で
細胞内の様々な機能と関連します。
そのp53タンパク質のDNAへの結合親和性は
末端構造のCターミナルの配座の変化によって変わります。
この配座の変化がいわばオンとオフのスイッチになっています。
従って、このオンとオフのスイッチによって
強いストレスが罹った時にはオンになって、
あるいは分化など必要な時にはオンになって、
通常は細胞死しないようにオフになっているということかもしれません。
つまり、p53は状況に応じて精緻に制御されているということです。
この観点で考えると
癌化を防ぎながら、細胞の延命を図るという両立は
p53の活性と不活性を決めるいわばスイッチの機能が
健全に働いているかどうかに一部依存する
可能性があるという仮説が成り立ちます。
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